BAR 「Garry Force」
〜殺人蜂 Killer bee〜


 7月28日 PM2:14
 セントラルシティより北方約5600km
 地区名称「ヴィオラ」、コミュニティレベル「ビレッジ」
 未開の辺境であるこの地区で、今凄惨な出来事が起こっていた。ハンターくずれの盗賊集団「赤眼党」がこの「ヴィオラ」で暴虐の限りを尽くしていたのだ。男も女も見境なく殺し、何もかも奪っていた。そして老人や子供に対しても容赦はなかった。
 地区の財産や命をジワジワと時間をかけてうばってゆく。赤眼党はそんなサディステックな行為に悦びをおぼえてしまう最悪の集団であった。
 「赤眼党」を取り仕切っているボス、カーク=マクウィルは過去誰もが名を知る名ハンターだった。もともと狂暴な性格であった彼はやがて無差別な殺人に没頭し、警察や追手として現れる腕利きのハンターなどに対抗する為自らの腕と足をレイキャストタイプに改造、違法ハーフドロイドとして凶悪な力を持ってしまった。秀でたハンターとしてのもともとの実力と、アンドロイドのパワーを手に入れた彼はまさに向かうところ敵なし、最悪の快楽殺人者となってしまったのである。
 赤眼党の被害に遭った地区は8ヶ所に及び、死者は1500人以上にのぼったという。警察機構をそれぞれの地区が管理遂行しているシステムが一般的である辺境の村々では、警察の力など赤眼党の前に無に等しかった。
 事態を重く見た政府は幾度となく軍部調査員を派遣したが、部隊を率いて行けば巧妙に隠れられ、名うてのハンターを差し向ければ返り討ちにされるという状況に半ばお手上げ状態であった。
 ラグオルの第13気象観測台があることで有名なこの「ヴィオラ」も今、凄惨な死体の山と化していた。
 「ぐははは、今日も気分がいいじゃねえか。虫ケラどもめ、たんまり財産ためこみやがって!奪え!殺せ!遠慮はいらねえ、好き放題やるんだ、野郎ども!」

 後方の野盗集団から歓声があがる。

 「ん?」

 燃やされた家の影から小さな子供の手を引いた母親が逃げようとしていた。

 「おいおい、逃げられると思っているのかい?」

 「ひぃ!こ、この子の命だけは、お見逃し下さい・・」

 恐ろしさのあまり、視認できるほどに震えている親子。子供は母親の足にしがみつき、声をあげて泣いている。

 「うーん、ダメだな。仲良く冥土に行って、俺様の恐ろしさを存分に知らしめてこい」
 赤眼党は、いわゆる「袋叩き」を嗜好した。少数の弱者を多人数で襲うのだ。強力な相手が現れた場合はカーク自ら手を下すのである。
 カークは片手を高らかに挙げ、号令を発する。

 「野郎ども!残りカスがここにいるぞ!全力で屠ってしまえ!」

 「きゃぁぁぁ」

 通常ならこの号令と共に野盗どもが一斉に襲い掛かる。しかし、この時はなぜか水をうったように無反応であった。

 「ん?どうした?」
 カークが振り向くと、手下の野盗達が物言わぬ死体へと変貌し、無造作にころがっていた。そのただなかにフードつきのコートを深々とかぶった女が一人立っている。さすがのカークも、何が起こったのか理解するまでに数秒を要した。

 「カーク=マクワィルド。残念ダケド、死ンデモラウワネ」

 気取った口調だがイントネーションに抑揚がなく、すぐにアンドロイドであることがわかる。
 「こいつらを殺ったのはお前か?」

 「ジャマダッタカラ」

 「ほぉ。で、俺を殺しにきたのかい?」

 「ソウイウコト」

 「ふふ、お前、俺様が誰だか分かっていっているのか?」

 「最初ニ言ッタハズ。カーク=マクワィルドデショ。必要ナラアナタノ身体データカラ経歴マデ全テヲ披露シヨウカシラ?」

 「わかってるんなら話しは早ぇ。ロボをぶっ壊してもなにも感じねぇが、女の格好なら少しは興奮するかもな。とりあえず逝けや!」
 カークは恐ろしい早業で左腕に仕込まれたランチャーを発射した。
 弾は正面からアンドロイドに命中したが、コートを吹き飛ばしただけでボディには傷一つついていない。

 「何ノアイサツカシラ?」

 「ふっ、この程度でぶっ壊れると思っちゃいねぇさ!」

 セリフを言い終わらないうちにアンドロイドの懐に飛び込んだカークは、強力な両腕でそのボディを振り回そうとアンドロイドの肩をガッチリと掴んだ。しかし、ビクとも動かない。
 「…!!」

 「イキナリレディーニ抱キツクナンテ、失礼ジャナイ?」

 アンドロイドはそう言うとカークの左腕を片手で掴み、軽く力を込める。

 「ぐあぁぁぁぁぁ!」

 激しい音を立て、鋼鉄の左腕はもぎ取られた。
 アンドロイドはもぎ取ったカークの左腕を弄びながら言う。
 「飾リニシテハ、チョット大袈裟ネェ」

 「き、貴様何者だ!政府の回し者かっ!」

 「サァ…?コレカラ死ヌ人ニハドウデモイイコトデショ」

 「ち、畜生!キサマなんかに負けるかぁぁぁー!」

 カークは何百人もの血を吸った自慢のドラゴンスレイヤーを腰から抜くと、渾身の力で躍り掛かった。

 「フフ・・・Good bye、nice guy」

 「!!!!!!!」

 7月30日 PM5:00
 セントラルシティ イーストスラム8−8−10
 バー「ガリィフォース」

 ガリィフォースと呼ばれるハンター達でいつも賑わうバー「ガリィフォース」。
 開店早々のこの時間にはメンバーの姿はなく、寡黙なオーナーでありチームガリィフォースの隊長であるガルフレッド=ラトナーが静かにグラスを磨いているのみであった。ただ一人の珍客を除いて。
 「よくここがわかったじゃないか」

 ガリィと呼ばれるオーナーが、視線をグラスに向けたままその珍客に話しかける。

 「コッチ側の人間なら嫌でもアンタの噂は耳に入るさ」

 珍客はオーナーのおごりであるマルガリータをおいしそうに口に運びながら答えた。

 「もうそっちの噂になるようなことはしてないんだがね」
 「ははは、アンタほどの男になるとそうもいかんさ」

 楽しそうに話すこの男。ドツ=ラックファイン。人当たりのよさそうな瞳の奥に強烈なまでの殺気を持つこの男は、裏の世界で高名な傭兵兄弟「ドツボブラザーズ」の兄の方である。
 常に兄弟で戦場を駆け抜け、圧倒的なコンビネーションで獲物を仕留める。その姿を見たものは一瞬で闇に葬られると恐れられ「戦場の悪魔」、「戦場の怪物」という異名が裏の歴史に刻まれている。戦場を離れつつある今もその実力には全く衰えが見られないという。
 ガリィとは一度死闘を繰り広げ、お互いその実力を認め合った旧知の仲。強者を強者と認める心、それが強者として生き延びる条件の一つであることはお互い良くわかっていた。
 ドツは旧知の友と語り合う喜びを噛みしめるように言葉を紡ぐ。
 「まさかお前さんがバーなんか始めるとはなぁ。さすがの俺たちも耳を疑ったぜ」

 「・・・フッ」

 「一体どういう風の吹き回しなんだ?」

 ガリィは本来立ち入った事を聞かれるのを極端に嫌う。ハンター仲間なら有名な話だ。しかしガリィが敬意を込めて「アニさん」と呼ぶドツに対してはそんなことはなかった。認め合ったもの同士、何も隠す必要はない。
 「どうという事もないんだがね。ただ一つ言えることがあるとすれば・・・」

 「あるとすれば?」

 「仲間のため・・・と言ったところかな」

 「はっはっは!こりゃ傑作だ!何を言い出すかと思えば、仲間のためときたもんだ!」

 一見売り言葉とも思えるこの台詞に、ガリィは顔色一つ変えず笑みさえ浮かべて聞き返す。

 「おかしいかい?」

 「おかしいさ。かつては「狂犬」と恐れられたお前さんが、仲間のためなんて台詞を吐くとはねぇ」
 「・・・フッ。狂犬にだって大切な仲間がいるのさ。まぁ、穏やかになったのは否めないかもしれないがね」
 「ふふふ、その牙は全く衰えてねえみてぇだけどな」

 「大切なものを傷つけられれば、牙も剥くさ」

 「おおぅ、コワイ、コワイ」
 心底楽しそうにしていたドツだが、マルガリータのグラスを空けた途端、傭兵の顔に戻った。
 ガリィもその雰囲気を察してか、いささか眼光が鋭くなったように思える。
 「お前さん、あの話は耳にしてるか?」

 「What?あの話とはなんだい?」
 「キラービー・・・」

 ドツがその名を口にした途端、二人の空気が一気に張り詰めた。

 「聞いたことくらいはある。新たに開発されたヒューキャシールタイプの・・・」

 「そう、アサシンハンターだ。」

 「結構な腕前らしいじゃないか」

 「そんな生易しいもんじゃねえらしいぞ。一昨日の「ヴィオラ事件」を知っているだろう?」

 「赤眼党がついに狩られたらしいな。まさか、ソイツの仕業だと言うのかい?」

 「ああ、軍部はあくまで軍の功績だと発表しているがな・・・」

 ドツが言いかけたところで、店のドアが開く音がした。

 「お邪魔しますよ、ガリィ」

 「やぁ、リョウじゃないか。今日は早いんじゃないか?」
 リョウと呼ばれたこの男、リョウ=グラン=マクゾート。冷酷な暗殺者という裏の道を歩んできたこの男は、とある女性と出会った事がきっかけで心に柔らかな薄日の差した男である。長い髪を束ね、黒装束に身を包んだその姿は、いつでも裏の顔が表出するような、そんな隙のなさを物語っていた。ガリィはこの若き実力派ハンターに時には敬意を表し、時には教えを与え付き合ってきたのである。
 「今日はちょっとお話がありましてね。おや?」

 リョウがカウンターの隅っこでマルガリータのおかわりを受け取っているドツに気がついた。

 「これはこれは、また珍客もあったものですね」

 ドツはリョウを一瞥し、つぶやいた。

 「リョウ=グラン=マクゾートか。ずいぶんヒョコヒョコ人前に顔を出すようになったじゃねえか」

 お互いもちろん見知った仲である。とはいえ何回も顔を合せているわけではないが、実力者の話は自然に耳にも目にも入ってくる世界なのだ。
 正直なところ、リョウはドツボブラザーズを尊敬しているし、ドツもまたリョウの事が嫌いではなかった。
 「ふふ、戦場では完全無敗のドツボブラザーズに、そうヒョコヒョコ会いたくもないですがね」

 これは皮肉ではない。心からそう思っている。リョウのそんな心境はドツにも伝わっていた。だからドツはこの男が嫌いではないのだ。強者を認められる心を持つものに半端者はいない。

 「その記録なら破られたぜ」

 「ほう、それは知りませんでした。あのドツボを打ち破るとは、一体どのような御仁でしょうかね」

 リョウは無言で出されたワインを口に運びながら表情一つ変えずにたずねてくるが、その眼は好奇心に溢れていた。ガリィもグラスを拭きながら何気に耳を傾けている。
 「ふふ、あんな恐ろしいヤツは見たことがねえ。思い出したくもないさ」
 この一言は、これ以上突っ込んでも何も語らないだろうことを明瞭に物語っていた。リョウもガリィもちょっと肩透かしを食らった目をしながら視線をそれぞれに戻した。

 「それはそうと、ガリィ。ああ、ドツもいるのならちょうどいいですよ」

 「ああ、そういえば何だい?話っていうのは」

 「一昨日の「ヴィオラ事件」のことなんですが・・・」

 「その話なら、ちょうど今話していたとこだ」

 ドツがグラスを傾けながら続ける。

 「軍部は自分たちがやったと言っているが、あれはどうもキラービーの仕業だって話さ」
 「さすがに情報が早いですね。その通りですよ」

 すかさずガリィが口を挟む。

 「しかし、あの赤眼党がそんなにあっさりとやられるとはね。構成員はどうということはないだろうが、ボスのカーク=マクウィルはそう簡単にいかないだろう?」
 「ガリィよ。キラービーを甘く見ないほうがいいぜ。マクウィルの死体はな、左腕がもぎ取られた上に、47ヶ所もの急所という急所が全て同時に攻撃を受けたように抉られていたらしい」

 さすがのガリィもこの証言にはキモを冷やした。

 「Oh、great!まさにKiller beeってヤツじゃないか」

 「全くその通りだな。あの「荒野の暴れん坊」をそこまで完膚なきまでに叩きのめしちまったんだ。尋常じゃねえ」

 緊張感を持ちながらちょっと楽しそうに話すドツ。高次ハンターの性か。
 キラービーについての情報に少し疎かったガリィが当然の疑問をドツにぶつける。

 「しかし、そのキラービーってのは一体何者なんだろう?」
 「話じゃな、どうも「ローズ=ディッシュ大佐」の差し金らしい」

 ガリィの眉が動いた。

 「あの「片手撃ちのローズ」かい?」

 「そうさ、ハンターどもを目の敵にしている小娘だ」

 ローズ=ディッシュ。正規軍とは離れた部分で組織された暗部の大佐。ラグオルで起こる闇の事件を闇の力で解決する特殊部隊「アンセム=ダークネス」において、17歳の若さで大佐にまで上り詰めた人物である。同組織の閣僚であった親の七光で地位を手に入れたとも言われているが、冷酷無比なハンターとしての実力も申し分なく、出会ったものはその地位を納得せざるを得ないという。
 自身が実力派ハンターでありながら高次ハンターを嫌う性格は有名で、数名のハンターはすでに暗殺されているという話である。
 「なるほど、彼女ならやりかねないね」

 「まぁ、とにかくキラービーにはなるべく関わらないこったな。もちろん俺だって傭兵としての血が騒ぐが、あえてやりあうこともないだろうよ」

 ドツが飲み干したマルガリータのグラスを弄びながら言った。
 しかし、静かに話を聞いていたリョウがたまりかねたように口を挟む。

 「そうもいかないみたいですよ」

 「なんだ?どういうことだ?」

 「キラービーはラグオルの高次ハンターを抹殺する為に作られました。彼女のプログラムには約500名ものハンターデータが入力されていて、ご丁寧にリストのナンバー順に抹殺していっているそうですよ」

 ガリィが少々大げさに驚いてみせた。

 「ほう、リストに載ったハンター達は気の毒なこった」
 「ガリィ、彼女のデータに載っているのは高次ハンターですよ。あなたの名前が載っていないはずはないでしょう?もちろんドツ、あなたも。そして私の名前もね」

 二人とも半ば予測していたことではあったが、こうして言葉にされてみると妙な実感がわいてくるものだ。
 ドツが冗談っぽく返す。

 「ガリィよ。俺とお前、どっちが先に蜂に刺されるかな?」

 ガリィは両手の平を上に向け、困ったポーズをとりながら

 「勘弁してくれ、俺は蜂がニガテなんだ」

 そんな二人のやりとりにかまうことなくリョウは続けた。

 「キラービーはアンドロイドながら「心」を持ってしまいました。戦闘を楽しみ、人の命を奪うことを何より楽しむ「心」。人間の暗部を忠実に具現化した最悪のアサシン・・・」

 その時、店の扉が開き、一人の客が入ってきた。
 フードつきのコートを深々と被ったスラッとした体型の女性客だ。
 「コノオ店、アンドロイドノ入店ハOKカシラ?」

 3人の高次ハンターは、仕草こそ先ほどまでと変わらないが明らかに目つきが変わっていた。
 オーナーが答える。

 「ああ、もちろんOKだよ。アンドロイドの常連客も結構いるからね」

 コートを脱ぎながら答えるアンドロイド。

 「ジャァ、リペアカクテルヲモラオウカシラ」

 その流線型のボディは見るものを惹きつけた。あまりにも美しく洗練されたボディ、何者も見逃さない鋭い眼光、しかし何より3人の気を引きつけたのはその異常なまでの殺気である。通常の神経を持つものなら一瞬で動けなくなるであろう。動いたら死ぬ、そんな威圧感を全く隠すことなく放出している。
 「死神のご登場だ」

 ドツがつぶやいた。
 アンドロイドはリペアカクテルを美味しそうに注入しながらゆっくり話し始めた。

 「ガルフレット=ラトナー、ドツ=ラックファイン、リョウ=グラン=マクゾート、ゾクゾクスル程ソウソウタル顔ブレネ」

 リョウも仕草はそのままに強烈な殺気を放ちながら答える。

 「それは光栄ですねキラービー。まさかここでやりあう気ですか?失礼ながらさすがのアナタもこの顔ぶれには骨が折れるんじゃないですかね?」

 「アラ?ゴ心配アリガトウ、リョウ=グラン=マクゾート。デモネ、ソレハ余計ナ心配トイウヤツジャナクッテ?」

 その言葉が消えないうちにリョウはキラービーの急所を奪うべく組みかかっていた。
 しかし、キラービーの動きが一瞬速かった。
 「キレイナ首ネ。コノ首、カキ切ッタラドウナルカシラ?」

 バックを取られ、首筋にフォトンの刃を突きつけられたリョウ。
 しかし、リョウには余裕があった。

 「見事な動きですね。全く驚きですよ。しかしあなたの負けです」

 キラービーの右こめかみにはガリィが、左首筋にはドツが、それぞれ銃を突きつけていた。
 キラービーは両手を上げ降参のポーズをしながらリョウから静かに離れる。

 「サスガハ伝説ノハンター達。デモネ、本当ハ私ノ負けジャナイノヨ、ワカル?」

 顔色を変えずにドツが答える。

 「ああ、わかってるさ。こんな銃でお前さんを撃ちぬけるとは思ってないし、なによりお前さんにはリョウを殺す気が全く感じられなかったからな」
 「ソウ。今日ハミナサンニ挨拶ヲシニキタダケ」

 オーナーの顔に戻ったガリィがカウンターの内側に戻りながら話す。

 「まだ俺達の順番じゃないってことか」

 「ソノトオリ。次ニ会ウ時ハ、アナタ達ガ死ヌ時。ソレトモ、今ココデ私ヲ攻撃スル?3人ナラ、私ニ勝テル可能性ガ少シハアルカモヨ?」

 「勘弁してくれ、店を壊されちゃかなわん」

 ガリィは言ったあと小声で「・・・フッ」と笑った。
 「次に会うのを楽しみにしていますよ」

 リョウが挑発する。

 「俺はあんまり楽しみじゃねえなぁ」

 ドツは本音を語った。

 「フフ、楽シカッタワ。ジャ、私ハ行クワネ。次ノターゲットヲ殺シニ」

 キラービーはそう言い残すと、軽く投げキッスの仕草をしてコートをはおり颯爽と店から出ていった。
 一気に店内の緊張感が抜ける。

 「噂通り、いや、それ以上か」

 ドツが嬉しそうにつぶやく。

 「店に来られても困ってしまうがね・・・・あ!」

 ガリィには珍しく、素っ頓狂な声を上げた。

 「なんだ!?どうかしたのか?」

 「ヤッコさん、リペアカクテルの料金を払わないで行ってしまったよ」
 「警察にでも通報しますか?」

 冗談っぽくリョウが言う。

 「死人が出ても困る、やめておこう。なんだか今日はおごりの多い日だな・・・フッ」
 ガリィが肩をすくめた時、店のドアが元気良く開いた。

 「こんばんわ〜!」

 青いTシャツに半ズボン、おおよそこのバーに似つかわしくない元気な少女が店に入ってきた。年の頃は11さい、知る人ぞ知る亜無部小学校5年1組の元気印である。
 ガリィもリョウもさすがに表情が緩む。

 「やぁこんばんわ、あちゃ。遊びに来たのかい?」

 ガリィは冷蔵庫からミルクを取り出しながら、嬉しそうに言った。

 「うん!明日は学校お休みだしね。あ、甘いミルクちょうだい!」

 そういいながら、リョウの隣にちょこんと座るあちゃ。
 鍛え抜かれたハンターのリョウと、その何分の1しかないあちゃの体格の違いがなんともいえない違和感をかもし出していて面白い。こんな光景もバー「ガリィフォース」ならではである。
 先ほどの殺気が嘘のようにクリアになっているリョウがあちゃに話しかける。

 「甘いものばかり飲んでいると太りますよ、あちゃ」

 「いいのいいの。その分たくさん運動するからねー。リョウくんだってあまりお酒ばっか飲んじゃダメだよ」

 そこまで言った時、カウンターの隅で驚きの表情を浮かべているドツに気づくあちゃ。

 「あー!」

 「うぉっ!」

 「ウツボのおじさん!」

 「ドツボだっ!!」

 ガリィもリョウも意外さを隠し切れなかった。

 「知り合いなのかい?二人とも」

 出来上がったガムシロ入りミルクを差し出しながら、ガリィがどちらにでもなくたずねた。
 「うん!この人お笑い芸人さんなんだよ。今日はアイカタがいないみたいだけど」

 「お笑い芸人じゃねぇ〜!」

 こんなやりとりにも、ドツは不思議と安堵感を感じていた。今まで感じたことのない不思議な感覚である。表情も自然と穏やかになっていた。
 「お笑い芸人とは傑作だな」

 「戦場の悪魔も、あちゃにはかたなしですね」

 ガリィとリョウがほぼ同時に笑いかけた。
 ドツは2人の高次ハンターと、1人の少女の顔を見比べながら言う。

 「まさか、譲ちゃんもここの仲間だっていうのか?」

 「ああ、大切な仲間だよ」

 隣でおいしそうにミルクを飲むあちゃを見ながらリョウがガリィに続く。

 「あちゃにはいろいろ助けられていますよ。精神的にね」

 信じられない、といった仕草でうそぶきながらもドツには良くわかった。前回の戦いでもこの少女や少年達にいろいろな事を教わったのだ。認める心は対強者にだけあてはまるものではない事に、ドツは初めて気がついた。
 「おじさん、バニィ達と知り合いなの?」

 「ガリィだ」←ガリィ

 口の周りにミルクをつけたまま話しかけてくる少女にドツはこみ上げてくる笑みを殺すことなく答えた。

 「あぁ、俺らほどの大物になればな、互いの実力を認め合ったライバルは自然に仲間になるものなんだ」

 「ふーん、お笑いの世界も色々あるんだね」

 「だからお笑いじゃねぇ〜〜っ!」

 そんなやりとりを、音もなく店に入って来ていた少女が楽しそうに聞いていた。
 銀色の美しい髪が暗めの照明に反射して異様とも言える美しさを醸し出している。
 年の頃はあちゃとそう変わらないだろうが、高次ハンター独特の「気」を放っている。そしてその気は独特の神がかりともいえる気高さを持っていた。まるでこの少女と他のハンターの違いを主張するように。

 「やぁ、こんばんはエレナ。いつの間に入ってたんだい?」

 ガリィがちょっとオーバーなジェスチャーで少女を迎えた。店になじみの客が集まってくるのはやはり嬉しいのだ。

 「こんばんわ、みなさん。楽しそうなお話でしたので、お邪魔は無粋かと思ったんですわ」

 少し目を細めて、ニッコリと笑いながらエレナはあちゃに向き直った。

 「もう、あちゃったら、急に走り出すんですもの。お店は逃げないと言うのに」

 「へへ、ごめんね。一番乗りしたかったんだよー」
 ふふ、と笑みを絶やさずにエレナはあちゃの隣に座った。
 そして珍しい客にその笑みを向け

 「今日は珍しいお客さんがきてますのね?シュラハトフェルトゲシュペンスト(戦場の怪物)。お初にお目にかかりますわ」

 ドツは空になったマルガリータのグラスを寂しそうに明かりにかざしながら言った。

 「ヴィエルジュの隊長さんまで現れるたぁ、つくづくこの店のメンツには恐れ入るぜ」


 夜が更けるにつれ、店内はだいぶ賑やかになってきた。さっきまで最悪の客がいたことがまるで嘘のように。この雰囲気に安らぎという異様な感覚を覚えてしまったドツは、たまらずガリィに語りかけていた。

 「ガリィよ。お前さんが何故バーなんか開いたかが少しわかったような気がするぜ」

 「・・・フッ」

 ガリィはニッコリ微笑むと、無言でマルガリータのおかわりを差し出す。

 「これからはちょくちょく顔を出させてもらうかなぁ。ここの雰囲気も、客達も悪くねえ。ツボのヤツもきっと喜ぶさ」

 ドツの目から刺すような鋭さが失せていることに若干驚きながらもガリィは冗談っぽく返す。

 「おごりはこれっきりにしてくれよ」

 「できる限りな。ははは」

 「・・・フッ」


 バー「ガリィフォース」。寡黙だが気のいいオーナーと、陽気な仲間たちが集う店。客達はそれぞれに抱えているモノ・・・闘い、運命、贖罪、そして宿題(汗)・・・などを忘れ、今日も楽しく盛り上がっていた。新しい常連をやさしく迎えながら。

 スラムの角に美しい流線型のボディが佇んでいた。
 
 ピピピピピピピ・・・・
 NEXT TARGET IS 「ヤン=チャン(文部省推薦教師)」

 「サテ、次ノ相手ハ、ドレクライ楽シマセテクレルカシラ・・・」

 肩で夜風を切り裂きながら、冷酷なアンドロイドはどこか寂しげに次の目標に向かっていた。

 殺人蜂 〜Killer bee〜  

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