The day start my life
〜殺人蜂0(ゼロ)〜
「キャハハッ、やめてったらコーディー」
森のセーフティーゾーンと呼ばれる区域で、モンスターと戯れる少女がいた。
少女の5倍はあろうかというサーベルウルフが、いとおしそうに少女の頬をなめる。
「今日ははじめてお弁当作りに挑戦しちゃった。一緒に食べようね、コーディー」
少女はそういうと、かわいいラッピー柄のナプキンを解いてゆく。
コーディーと呼ばれるサーベルウルフは、おとなしくお座りの体勢で少女を見守っている。その表情はどこか慈愛に満ちていた。
晩夏の日差しが森の木々を抜け、地面に模様を作り出していた。少女の開けたお弁当は、お世辞にもおいしそうとは言えないが、木々を抜けてくる日差しに照らされてキラキラ輝いていた。
このゾーンには恐ろしいモンスターは出現しない。人間と、比較的おとなしいモンスターが共存している区域である。かと言って、人々がめったに入り込んでくる所でもない「自然圏」である。
「このおにぎり、ちょっとお塩が多かったかな…。でもおいしでしょ?」
コーディーはおいしそうに大き目のおにぎりを食べた。
「手に持って食べられないのが残念だね」
ローズがコーディーと出会ったのは1年前。ローズの5才の誕生日であった。
少し大きめのサーベルウルフは、森で迷子になってしまったローズを背中に乗せ、森の入り口まで連れてきてくれた。
それ以来、ローズは森の入口周辺で毎日のように遊ぶようになった。大好きなサーベルウルフに「コーディー」と名づけ、背中に乗って散歩したり、お腹をマクラにしてお昼寝したり、一緒に魚を捕ったり…。二人は実の兄妹のように仲良しだった。
「お腹いっぱいになったねー、ちょっとお昼寝しようか?」
ローズはコーディーのフサフサの毛をマクラにしてお昼寝するのが大好きだった。暖かくて、とても安らげるから。家庭環境に恵まれないローズは、コーディーに自然と母親のぬくもりをダブらせていたのかもしれない。
暖かいコーディーの体に包まれながら、ローズはいつものようにお話を始めた。
「コーディー、私ね、大きくなったらお父さんやお兄ちゃんのような男の人と結婚するんだ」
コーディーは黙って耳を傾けている。もちろんローズが話している事が理解できていようもないが、うんうんと聞いてあげているような、そんな感じがする。
「お父さん達みたいに、悪い人たちから私達みんなを助けてくれるような、立派な人のお嫁さんになる・・・」
ローズの目がトロンとしてきた。
「もちろんその時はコーディーも一緒に暮らすんだよ。どんなお部屋がいい・・?」
そういったまま、ローズは寝てしまったようだ。
やさしい旦那様やコーディーと暮らす夢でも見ているのだろうか。
「ガルルル…」
「・・・ん?どうしたの?コーディー」
突然唸り出したコーディーに、思わず目が覚めてしまうローズ。
「うほぅ、こんな森の入口にサーベルウルフだぜ!」
「こりゃ儲けだな」
現れたのは二人の大柄な若手ハンター。実力派で名を売り出していた「マキシ」と「マム」のコンビであった。マキシはまさに筋肉質、太い腕には「M」にハートをあしらった刺青をしている。マムはマキシと比べて少し細身だが、顔にしまりがない男だ。二人とも重そうなライフルを携えていた。
「おい、なんでガキがサーベルウルフと一緒にいるんだ?」
二人の高次ハンターがかもし出すものものしい雰囲気に、ローズは恐怖でガタガタ震えていた。
「助けてやるぜ、お嬢ちゃん」
マキシはニヤリと笑うとライフルをコーディーに向け、引き金を引いた。
コーディーは紙一重で弾をかわし、うなりを上げている。
「な、なにするの!やめて!」
突然の攻撃に驚いたローズは、思わずマキシの足にしがみついた。
「なんで撃つの!?コーディー、何も悪いことしてないじゃない!」
「悪いこと?そんなこと関係ねえだろ。こんな森のセーフティーゾーンでサーベルウルフが狩れるなんて、ラッキーだぜ」
マキシはそう言うと、さらに銃の標準を合わせる。
マムはニヤニヤしながらその光景を見ていた。
「やめて!あなたたちハンターでしょ?!ハンターは誇り高い戦士だって、お父さんもいつも言ってるよ!やめて!」
泣きじゃくりながらローズはマキシに懇願する。
「そうさ、だからこうしてハンターズポイント(経験値)をこつこつ貯めてるんじゃねえか。立派なハンター様になるためにな」
銃に弾を込めながらマムがおどけて続く。
「俺たちはマジメ〜な、ハンター様だからねぇ。ははは」
ローズは心底恐ろしかった。優しいコーディーを殺して得るモノって何?こんな楽しそうに命を奪おうとするハンター達って何?
「もぅ、やめて〜!!」
全く話の通じないハンターに、ローズは精一杯の攻撃を仕掛けた。鋼のような足にパンチを一発、二発、三発・・・。
「いい加減にしねえと、てめえもぶっ殺すぞ!」
「がふっ!!」
マキシはローズを力いっぱい蹴り飛ばした。5mほど吹っ飛んで苦しむローズ。
その光景を見たコーディーは全身の毛を逆立て、勢いよくマキシに飛び掛かった。銃を持つマキシの腕に思い切り食らいつく。
しかし、マキシの表情は変わらなかった。マムもニヤニヤを崩さない。コーディーの牙はマキシの腕に食い込んでいるが、少量の出血を導いただけだった。
「おぉ、危険だねえ。いきなり噛み付きやがった。やっぱ殺すしかねえな」
マキシは銃を持った腕を噛ませたまま、コーディーのボディーに強烈なパンチを食らわせた。
「キャウゥゥーン」
吹っ飛ばされたコーディーはなんとか地面にうまく着地したものの、全身が痙攣し、もはや動ける状態ではなかった。
「それ、とどめだ」
出血した腕で難なく銃を構えなおすマキシ。得意技であるライフルの片手撃ちを披露する。
「やめて・・・」
バキューン
鮮血をふき出しながら崩れ落ちるコーディー。
「コーディー、コーディー、うぅ・・・」
ローズは地面に突っ伏しながらコーディーの最後を見た。コーディーの目はローズを見ていたような気がした。どうすることもできない自分が恨めしかった。
「死んじまう前に俺にも撃たせてくれ。ポイントの分け前が欲しいんでね」
そう言うとマムが弾を込め終わった銃をコーディーに向けた。
バキューン
二人のハンターは去った。笑いながら去って行った。その姿が涙で滲んでよく見えなかった。ローズはそのまま気を失った。
・・・・・・・・
気がつくと、ローズはいつものようにコーディーのお腹でお昼寝をしていた。
夢だったんだ・・・。すごく怖い夢を見た。でも、良かった。こうしてコーディーはそばにいる。
・・・血のにおい。ローズは自分の手を掲げてみた。血だ。ローズは思わず飛び起きた。全身が痛い。
「コーディー・・・」
ローズが見たのは血まみれのコーディーだった。死んでいる。ひと目でわかる。コーディーは最後の力をふりしぼって、ローズにぬくもりを与えていたのだ。大好きだったお昼寝。それはコーディーも一緒だったのだろう。
「うわぁぁーーん、コーディーーーー!!!」
ローズはいつまでも泣いた。
心を込めて作ったお弁当が、さっきよりも少しだけ減っていた。
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10年後・・・・。
ローズはまたあの時の夢を見た。
ベッドから半身を起こし、あまりにも鮮明な夢に思いを馳せていた。
涙は出ない。とっくに枯れてしまった。この10年で、ローズは人間の感情をほとんど失っていた。
特殊部隊「アンセム=ダークネス」で、血の滲む訓練と危険な任務をこなしてきた。優秀な戦闘員として、女性でありながら15歳の若さで大尉の地位に上り詰めたのは、ローズにただ一つ残された感情・・・「憎悪」によるものだけであった。
ラグオル政府軍部 特殊部隊「アンセム=ダークネス」
実動342部隊 司令室
11月14日 PM5:20
「ローズ=ディッシュ、まいりました」
スラッと美しい敬礼を指令に向けるローズ。
「うむ、まぁそう固い敬礼は抜きにしようじゃないか」
ローズは父親であるグランダル=ディッシュ司令をまっすぐに見つめたまま敬礼をといた。
「勤務中ですから」
「全くお前には困ったもんだ。年頃の娘とは思えんぞ」
指令はため息をつきながらローズを見つめた。
娘は母親に似て美しく成長したが、驚くほどの無表情と凍てつくような冷たい目が図らずも人目を引いてしまう。
「用件はなんでしょうか」
「うむ。組織においてのお前の功績は素晴らしい。我が子ながら全く驚くべき逸材だ」
「ありがとうございます」
「世辞ではない、事実だ。礼などいらん。わしだってこんなことでお前を褒めたくはないんだ」
司令はちょっと皮肉っぽく言った。
特殊部隊「アンセム=ダークネス」実動部隊の司令とは言え、女である我が子にこのような道を歩ませたくはなかった。しかも弱冠16歳。まだ子供だ。全く正気の沙汰とは思えない。組織とは離れた場所で、女の幸せをつかんで欲しいというのが本音である。しかし、それがかなわぬ事であるのは、ローズのまっすぐな瞳が何よりも物語っていた。
無言で見つめるローズから思わず目をそらしながら司令は続ける。
「実はお前に大佐の辞令が出たのだ。お前が大佐の任に就くことに誰も依存はなかった」
「光栄です」
「少佐、中佐をすっ飛ばしての昇進だ・・・。信じられんよ。わしは反対だったが、組織に私情を持ち込むわけにも行かんかった」
そう言って司令は苦笑した。しかしローズが全く表情を動かさないので、少しバツが悪そうにくるりとイスを回して後ろを向いてしまった。
「最近は強力な力を使った犯罪も増加の一途をたどっておる。「スナッフキャッツ」や「赤眼党」のようなやっかいな勢力も現れている始末だ。上(政府)も焦っている」
「・・・・」
「お前の活躍を期待しているぞ。正式な辞令はお前の17の誕生日に発令される」
「了解しました」
「以上だ」
「司令」
「ん、何だ?」
「我々A.D(アンセム=ダークネスの略称)は考えが少し甘いのではないでしょうか」
話は終わったと思っていた司令は思わずローズに向き直った。
「なんだ、どういうことだ?」
「強大な力を持つものが治安を乱す。そういう輩に制裁を下すのが我々の役目のはずです」
「だからそれを遂行しているではないか」
ローズの冷たい目にいつになく憎悪の色が浮かんでいることに、司令は悪寒を感じずにはいられなかった。
「強力な力を持つものは根こそぎ排除するべきです」
「罪を犯さないものに制裁を下すわけにはいかんだろう」
「強大な力は混沌(カオス)しか生み出しません。それを追求するものなど、生きる価値はありません」
「随分と極論だな。それは無茶というものじゃないか?それに、我々だって力を求めている。正義の力だ。そういう力だってあるんじゃないのか?」
ローズは強い意志を秘めた瞳を司令に向け続けた。指令はごく常識的な返答をしたのである。しかし、憎しみをたぎらせたローズの瞳は、何を言ってもゆるがないものを感じさせた。
「バカな事を考えていないで、任務に戻るんだ」
ローズは敬礼すると、静かに指令室を出た。
『そんなことは関係ない。善だの悪だのではなく、ただ目の前にある力を排除するだけだ。それには力が必要なだけだ。力あるものはさらに大きな力で屈服させるしかないのだ。私の求める力は、ただそれを行使する手段でしかないのだ』
ローズはそうつぶやくと、相棒である短銃「ガルド改」に弾を込め、フードを身にまとって夜の町に繰り出した。長きに渡って沈黙していた人生の幕を開けるために。
セントラルシティ21番街、スラム
11月14日 PM11:14
この時間、町のスラムは屈強なハンターや酔っ払いの巣窟となる。ゆえに犯罪の発生率も高い。もちろん女の一人歩きは危険以外の何ものでもない。
しかし、異様なまでの殺気を放つフードコートの少女には誰も近づけなかった。その右手には短銃が隠すことなく握られていた。
彼女は目的地にたどり着いた。最高の力をもって「力」を裁くために。
パブから出てきた二人組の大男。高次ハンターとして、そして荒くれものとして有名なマキシとマムのコンビである。このスラムでは英雄として奉られ、毎日のようにスラムの住人達に武勇伝を聞かせて回っては悦に入っていた。
「そこの二人」
いつの間にか二人の正面をふさいでいたローズが冷たい声をかけた。
「ん?何だお前は?」
突然まだ幼さの残る少女の声で呼ばれ、不審な表情を隠すことができないマキシが聞き返した。
「A.Dだ。お前達に制裁を加える」
「は?A.D?お前がか?はっはっは!ざけんなよ、お前みたいなお嬢ちゃんがA.Dだと?」
楽しそうに笑うマキシ。呆然としていたマムが続く。
「おいおい、どっちにしても俺らA.Dの世話になるようなことはやってないぜ」
「そんなことは関係ない。私はA.DであってA.Dではないのだから」
「はっ、お嬢ちゃんよ、分けのわからん冗談はそれくらいにして、おとなしくお家に帰りな。さもないとさらっちまうぞ」
ひひひ、と楽しそうに笑うマキシ。うまい酒で上機嫌だ。マムもニヤニヤしながらローズを見つめている。
「お前達のように「力」を追求し展開するものは、生きていること自体が罪であり憎しみの対象。そういうカオスを狩るのが私の役目・・・。私こそがトゥルー=アンセム=ダークネス」
「おかしいぜ、コイツ」
マキシの言葉を全く気にとめずに、ローズが短銃をマキシに向けた。
「死ねばいいんだ・・・、お前達が・・・」
全く躊躇することなくトリガーに指をかける。
バキューーン!
弾は当たらなかった。一瞬で弾道を予測したマキシは、体を少しずらして避けていた。
「本気かよ。しかもそのガルドを片手で扱うとは、腕もなかなかのもんだな」
ローズは次の瞬間、素早い動きでマキシの懐にもぐりこんだ。
両手を首に回し、強烈な膝蹴りを入れる。
「ぐっほっ・・!!」
確実に鳩尾に入った。あとは銃で頭を撃ちぬくだけ。
無表情で銃をマキシの後頭部にあてがう。
「なんてな!」
ローズの蹴りはほとんど効いていなかった。
マキシはローズの胸倉をつかむと、思い切り蹴り飛ばした。
地面に転がるローズ。フードが外れ、顔があらわになった。
「なかなかカワイイじゃねえか。おイタはよくねえぜ…っと!」
「ぐっ・・・」
マキシはさらにローズの体を蹴り上げた。あまりに凄まじい威力に、ローズの目は霞み、口からは血が流れた。
思わぬ展開だった。難なく制裁を加えられるはずだった。
相手の力が、想像もつかないほど強力だった・・・。私は誰にも負けないはずなのに。
「コイツ、どうする?」
地面にうつぶせに倒れたローズを見ながらマキシがマムにたずねる。
「今なら誰も見ちゃいねえ。さらって楽しませてもらおうぜ。そのあとは闇にでも高く売るさ」
「OK、そうさせてもらうか」
マキシがローズのフードをつかみ、無理矢理起こそうとしたとき、ローズは残った力を振り絞って短銃をマキシに向けた。しかし、その手首をガッチリとおさえられ、銃はあさっての方向を向けられてしまった。
「あぶねえヤツだな。腕があがらないようにしておくか」
そういうとマキシは腰からナイフを取り出し、ローズの右肩を無遠慮に突き刺した。
「ぐっっ!うぅぅぅぅ・・・」
焼きゴテを押し付けられたようなするどい痛みと出血に気が遠くなる。
ローズの目から涙がこぼれた。
「はは!泣いてやがるぜ!痛かったかい?」
何年も前に枯れたはずの涙が頬を伝った。
痛みで泣いているのではない。悔しかったのだ。
今日から始まるはずだったローズの人生。力あるモノ達を狩る狩人としての人生。記念すべき第一歩を、憎しみの根源を絶つ事で幕開けようと思っていた。
今日の為に血のにじむ訓練に耐えた。死線も幾度となく越えた。女としての、人間としての自分も捨てた。そして強くなった。誰よりも。そのはずだった。だから今日から始めようと思った。
ローズは自分の肩を突き刺すナイフを持つ、憎き男の腕を掴んだ。自分の腕の何倍も太く、固い。自分の力ではどうにもならない絶望感に囚われた。これが自分の限界…。だとしたらもはや生きている必要はない。思い描く人生に足を踏み入れることさえできなかった。
マキシはナイフを引き抜き、ローズを突き飛ばした。
仰向けに倒れたローズは、もはや動くこともままならない。
「血を流しながら泣いている女をさらってくのも気が引けるな」
マムが冷笑した。
「そうだな。ちょっとおつむも弱そうだしな。この辺で勘弁してやるか。お嬢ちゃんよ、仕返ししたけりゃいつでも来るんだな!」
「ぐっ…」
最後に一発蹴りを入れると、二人は笑いながら去って行った。
ローズは去って行く二人を涙越しに見つめながら気を失った…。
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「アンセム=ダークネス」メディカルセンター
11月15日 AM2:20
ローズは治療室のベッドに寝かされていた。
傍らに初老の男性が一人、看病するように付き添っている。
「お嬢様…。私がお止めする間もなく…」
男は心底悔しそうであった。
「お嬢様がこうなさることはわかっておりました…。あの時、サーベルウルフの返り血を浴びて帰っていらしたあの時から…」
老人の独り言を聞いていたかいないか、目を覚ますローズ。
「サミュ…」
サミュ=ゴランドは長い間ディッシュ家に仕えている執事である。高次ハンターとして数々の戦いをくぐり抜けたのち、戦友であったグランダル=ディッシュに雇われ、執事として余生を過ごしている。老いても尚屈強なその肉体には数々の古傷が刻まれている。
「心配いたしましたよ、本当に…」
「・・・」
ローズは天井を虚ろに見つめた。
ローズは幼少の頃、サミュによくなついていた。サミュもディッシュ家の3兄弟のうちでローズを一番可愛がった。ローズが人の心を失ってからも、サミュにだけは人の言葉で話し掛けた。
あまりに生気を失ったローズの瞳を見て、サミュは悟った。ついにこの時が来てしまったのだ。サミュは重々しい口調で切り出した。
「行かれたのですね…。人生を始めるために」
ローズは視点を宙に漂わせたまま黙っている。
厳しい現実に向き合わされ、痛めつけられてきた事がサミュには一目瞭然であった。
「私はお嬢様がこうなさること、わかっていた・・・。しかし、あまりに突然だったので、止める隙もなく・・・」
「殺されてしまえばよかった…」
ローズは宙を見つめながらつぶやいた。
生きる道を閉ざされたローズに、もはや一片の生気もない。
「お嬢様は確かに強くなられた。並のハンターではかなうものはおりますまい。しかし、女性ゆえの限界があります」
ローズは丸太のようなマキシの腕を思い出した。あんな絶望的な思いをしたのははじめて…いや、10年ぶりだった。
「運が良かったのです。もうおとなしく新しい人生をお探し下さい・・・」
サミュは懇願した。
「サミュ・・・」
「はい、ここにおります」
「私を殺して・・・」
サミュは虚ろだったローズの目に再び固い意志が甦るのを感じた。もう誰も止められないのだ。自分の思い描いていた人生を歩めないなら、自殺もしかねないだろう。ローズにとってはそれしかなかったのだ。そうする為だけに生きてきたのだから。
「そこまでおっしゃるのなら・・・、あれを、あれをお出しするしかありますまい・・・。不本意ではありますが、お嬢様に生きる道を選んでいただきたい・・・」
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アンセム=ダークネス研究ラボ第9分室
11月15日 AM2:58
サミュは、「アンセム=ダークネス兵器研究施設」の最深部にローズを案内した。施設の中でも特に最新のテクノロジーが駆使される第9分室は、国家レベルの機密研究さえ行われている、禁断の研究室である。
「これは…」
ローズは思わず驚嘆の息をもらした。
ものものしい機器類と一体化したベッドに、美しい女性型アンドロイドが横たわっていた。
何よりローズが目をひかれたのは、その美しい体型がローズの姿とそっくりなことである。
「これこそ、ガルン博士の最高傑作「KT−79」。この日の為に密かに開発を続けておりました。いずれお嬢様が必要とされる日が来るのではないかと考えておりましたゆえ…」
ローズは美しいアンドロイドを食い入るように見つめている。
「見た目は、か弱い女性タイプ。お嬢様の分身となるべく、身体データを忠実に再現致しました。しかし、この美しい姿からは想像できない程凄まじい戦闘能力を備えております」
「どの程度?」
「1対1でこのKT−79に勝利できるものはまず存在しますまい。恐ろしい殺人蜂「キラービー」をモデルコンセプトに、凄まじい敏捷性と攻撃性を実現しました」
「キラービー…」
言われてみれば、ボディはその名の通り黄色と黒のツートンカラー。対するものに本能的に「危険」を感じさせるという有名なカラーリングである。
「もちろんパワーや硬度も現在考えられうる最高のレベルです」
ローズの眼に輝きが戻っているのが傍目にもよくわかる。
「できればこのKT―79を起動させたくはなかった。でもこれをお嬢様の翼にできるなら・・・。お嬢様が生きる希望を託せるのなら・・・」
「どうすれば起動するの?」
サミュの感傷も聞き流し、ローズが先を急がせる。
「KT−79は「心」を持つアンドロイド。最後にお嬢様の「心」を移植していただきます。それがKT−79の行動原理となります」
そう言ってチューブ付のヘッドギアをローズに手渡すサミュ。KT−79を起動させるのは不本意ではあるが、心なしか胸が躍るのを感じていた。
「さぁ、お嬢様の想い、送り込んで下さい。お嬢様の心を受け継ぐ殺人蜂の誕生です」
そう言ってマシンを起動させるサミュ。
ローズはヘッドギアを装着すると、ありったけの想いを描いた。今まで受けてきた数々の痛み。「力」を持つものへの憎しみ。「力」を「力」でねじ伏せることへの羨望。
『さぁ、起きなさい。新しい「私」、キラービー!』
ついに「キラービー」が起動した。
ベッドから半身を起こし、ローズを見つめるキラービー。
「ヨロシクネ、ローズ」
不敵に微笑むキラービーを、ローズは同じく微笑みで迎えた。我が子が生まれる時というのはこんな思いがするのかもしれないと思った。
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セントラルシティ21番街 スラム
パブ「ギルティック」
11月16日 22:34
街のごろつき共で賑わうパプ「ギルティック」。
21番街スラムの英雄「マキシ」と「マム」は、今日もいかつい男共に自慢話をして盛り上がっていた。
「それで、ラビィ=スユンとの対決はどうなったんだ?」
瞳をキラキラさせてマキシに問いかけるオヤジ。男はいくつになってもツワモノの冒険話に胸がワクワクするものである。
「おう、奴は噂どおりの大物だったぜ。なんつってもあのマシンガンさばきは半端じゃねえ」
ジョッキビールを豪快に飲み干しながらマキシが嬉しそうに語る。
片足をテーブルに投げ出し、だらしない格好で酒をあおるマムが続く。
「あれにはさすがの俺達もヒヤっとしたね。結局勝負はドロー。次は逃さないさ」
周りの男共がヒューと歓声を上げる。
「ヒヤっとしたといやぁ、この前俺達に挑んできた女がいたなぁ」
マキシの目が意地悪そうに細まる。
「へぇー、女がてらにアンタらに挑むバカがいたのかい?」
若い男が楽しそうに言う。
「あぁ、腕はなかなかだったが、ちょっとおかしいぜ。軽く痛めつけてやったけどな」
「私はA.Dだとかなんとか言ってたね」
その言葉に客たちがどよめく。
「A.Dかよ!まずいんじゃないか?」
「なんてことはねえさ。第一俺達はA.Dの厄介になるような事はしてねえんだ。単におかしいA.Dマニアなのさ」
マキシはそういうと一気にジョッキをあけた。その勢いでもう一言。
「今度来たら嫁にしてやるよ」
あけたジョッキをくいと傾けたマキシの決めゼリフに、パブの盛り上がりは最高潮だ。
その時、パブの扉が静かに開き、フードコートの女性が入店してきた。
店内の視線が一気に集まる。
「仕返しにきたのかい?」
顔を向けることなくマキシが言った。
マムは相変わらずニヤニヤしている。
女はマキシに近寄ると、冷たい声で話し掛けた。
「私ではお前たちに勝てない」
その一言で店内が一斉に盛り上がった。
「ははは!わかってるじゃねえか!んじゃ、何しに来た?愛の告白でもしに来たか」
客たちが口笛で盛り上げる。
「しかし、残念ながらお前たちはここで死ぬ事になる」
「相変わらずおかしなことを言いやがる。その自信はどっから来るんだよ!また痛い目にあいたいのか!」
マキシはそう言うとビールのおかわりを注文した。
「今日の相手はもう一人の私、私の子・・・」
ローズがそういうと、パブにもう一人、フードコートの女が入ってきた。
「今日は千客万来だなぁ」
マムはテーブルから足を下ろし、姿勢を直した。異常な殺気を感じてのことだ。
「今夜はお前が相手か?顔を見せやがれ」
マキシは巨体を揺るがしながら二人に近づき、後から入った女のフードをめくった。
美しさと異様さを兼ね備えたそのフェイスに、パブの客たちは息をのんだ。
「なんだよ、アンドロイドか。つまらねえ。少しはできるんだろうな!」
そういってマキシはキラービーの胸倉を掴んだ。
「ローズニ怪我ヲサセタノハ、アナタカシラ?」
キラービーはそう言うと、胸倉をつかむマキシの手首を片手でつかんだ。
「面白れえ!相手になって…ぐっ…!?」
マキシは自らの手首をつかむキラービーの細指を振り払おうとした。が、ピクリとも動かない。冗談かと思った客たちが歓声をあげる。
「早ク離サナイト、大変ナ事ニナッチャウワヨ」
キラービーの表情が笑ったように見えた。
「ぐっ、くぅーーっ…!は、離しやがれ!」
マキシの怪力をもってしてもキラービーの手は1ミリと動かなかった。
次の瞬間、キラービーはマキシの手首を支点に、その巨体を軽々と天井に投げつけた。
ガシャァァァァーーン
「ぐっはっっ!!!」
凄まじい勢いで天井に叩き付けられ、そのまま床に落下するマキシ。
天井には大きくヒビが入り、ところどころに血痕を散らした。床板や周辺のテーブルなどは粉々に粉砕されている。
あまりの出来事に、周りの男達は目を丸くするばかりである。
マキシは体中の骨が砕かれ、すでに息も絶え絶えの状態であった。
「くそぅ…、一体どう…なってや…がる…。」
這うようにしてローズに向かってくるマキシ。
ローズは汚いものを見るような蔑む目でマキシを見下ろした。
「キ…サマ、何を仕向けやがった・・・何者・・・だ」
「トゥルー=アンセム=ダークネス…」
ローズは小さな声でそうつぶやくとニヤリとし、短銃を向け、トリガーを引いた。
バキューーン
英雄の突然の死に、パブ内は大パニックになった。パブから逃げ出すもの、武器を構えるものなど様々であった。
キラービーの恐ろしいパワーに、未だ自分の目が信じられないマムは慌てて対アンドロイド用ライフルを構えた。が、その先にキラービーの姿は既になかった。
「・・・!?」
次の瞬間ライフルを持つ両手首は切断されていた。
「ぎゃぁぁっぁあぁーー!」
切られた手首を掲げながら崩れ落ちるマム。血しぶきが舞う。
「マッタク、ヒ弱ナ英雄サンダコト」
キラービーは既にローズの隣にたたずんでいた。
ローズは短銃「ガルド改」をマムに向ける。
バキューーン
広いパブに銃声が冷たく響き渡る。
もう誰も、動くことも言葉を発することもできなかった。
ローズは快感を感じていた。
これが私の人生。私の意志を受け継いだ最強の分身が、私の手足となり人生を切り開いてゆく。
マムを撃った銃声は、まるで新しい人生を祝う祝砲のようにいつまでもローズの耳に残っていた・・・。
The day start my life 〜殺人蜂0(ゼロ)〜 終
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