キャンペーン・リプレイ

第 十 話 「 遠 い 記 憶 の 呼 び 声 」  平成10年9月20日(日)

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 巨大な樹木が生い茂る深き森の奥。俺は何故か大きな鋸で丸木のようなものを切っている。いや、それは木ではない。骨……いや、角だ。とてつもなく巨大な少女の角だ。少女の体を二体の鋼鉄の巨人が強引に押えつけている。逆光で姿ははっきり見えないが、それが仲間であることを知っている。 俺は、苦痛と憎悪に染まって自分を見つめる巨大な瞳に向かってただひたすら謝り続けた。しかし鋸を引く手を止めようとはしなかった。
 やがて角はごろん、と俺の足もとに転がった……。
 何故だろう。仲間同士が殺しあっている。俺もまた、一人の男と戦っている。親しかったはずの男が怒りの形相を俺に向け、憎しみの剣を振るう。だが俺もまた、その男に向けて剣で切りつける。何故だ。何故俺たちは戦わなきゃならないんだ。ただ、わかっていることは、俺もこの男も何か使命感のようなものがあった、ということだけだ。 何回かの反撃の末に男は倒れた。俺は後ろに振り返る。そこには俺の味方がいる。はずだった。味方だったはずの男は俺に向けてゆっくりと銃口を向ける。……何てことだ……あんただけは信じてたのに……。 男の顔は逆光でよく見えない。だが、その歪んだ笑みははっきりとわかる。その笑みを浮かべたまま、男は引き金を引いた……。
「……嫌な夢だ……」
 ファルスはこのところ悪夢に襲われていた。おそらく、失われた自分の記憶に関わるものだろうということはファルス自身も薄々気付いてはいた。だが、いったいなぜ今になって……。翌朝、この所妙に落ち込んでいるファルスをクサナギとミオ、そしてメルルは心配そうに見ていた。気分を換えようと外に出るファルスを追いかけるクサナギとミオ。メルルは一人、仕事を求めて斡旋所に向かった。
 何気なく路地を歩いていた三人は、城壁に程近い貸ガレージ街に来ていた。そこは先日の操兵武闘大会不正事件において正体が露見したが、事件解決に貢献したことにより自由の身となった、御仁の少女モ・エギが宿としていた所だった。
 そういえばファルスはモ・エギに会ったことはなかったか。そう思ったクサナギは丁度良い、とばかりにファルスにモ・エギを紹介する。が、モ・エギの姿を見てファルスは衝撃を覚えた。彼女のその操兵並みの大きさにではない。そう、モ・エギはファルスの夢の中に出てきた少女そのものだったのだ。
 だがファルスに思いを巡らせる暇はなかった。ファルスの顔を見た途端モ・エギは怒りの表情で突如彼をその巨大な手で乱暴に掴み上げた。
「あなた、よくもぬけぬけと私の前に現れたわね……。私の角、鋸で切ったあなたの顔しっかり覚えているんだから……。角をどこにやったの!」
 ファルスはうつむいて、力なく答えた。
「……すまない……知らない。わからないんだ……」
「わからないって……今更とぼけないでよ!知らないとわからないじゃ全然違うんだから……!」
 モ・エギは興奮のあまりファルスを掴んでいた手に力を込めた。苦しむファルス。
「よせ、モ・エギやめるんだ!」
「ちょっとモ・エギ、いい加減にしなさいよ!」
 クサナギが興奮したモ・エギを止めるためモ・エギの腕にしがみつく。ミオもモ・エギの長い髪の毛によじ登って止めようとする。が、「邪魔しないで!」とクサナギをはね跳ばす。壁にたたき付けられて朦朧となるクサナギ。
「ああ!ごめんなさいクサナギさん……」
 我に返ったものの、自分のしたことに動転したモ・エギは慌ててクサナギを抱き起こす。ミオはその急な動きに振り回されて髪の毛から振り落とされた。
 しばらくして皆が落ち着いた頃、モ・エギは事情を話し始めた。
「人間たちの使う時間でいうなら今から三年前、私は樹界の中で三人の人間と二体の操兵に出会った。操兵を見たのはこれが初めてだったわ。でもそれは、不幸な出会いだった。操兵は二体掛かりで私を押さえ込んだ。そして、その人が私の……」
 モ・エギは左手で、自分の五本の内一本折れている角をなでる。そしてファルスをその瞳でしっかりと見つめた。
「私は憶えている。あなたが半泣きの顔で私の角を鋸で切っていたのを……。そしてもう一人の男がそれを笑いながら見ていたのを……」
「確かにそうかもしれない……。だけど、今の俺にはわからないんだ……」
 しばし沈黙がこの場を支配した。
「……記憶喪失、ですな」
 その沈黙を破って、ゼノアが声をかけてきた。現在、彼はモ・エギの身上保証人となっている。
 ゼノアのその言葉にモ・エギは愕然とした。
「そんな……それじゃ今まで角を追いかけてきた私の三年間はどうなるの。せっかく見つけたっていうのに、これじゃあ……」
「まあ、嘆いたって仕方ありません。すべては彼の記憶が戻ってからのこと。私たちよりはるかに寿命が長いあなたなら待てないこともないでしょう」
 そういってゼノアは、クサナギとミオ、ファルスのほうに向き直った。
「ああ、そうそう、ちょうどあなた方に頼みたいことがあったんです。実は……」
 一方メルルは斡旋所である仕事の依頼を受けた。それはここライバから隣の都市マザまでの往復の旅の用心棒。依頼主は[ゼノア商会]。
 ゼノアの仕事を請けることにした一行は翌日、それぞれ準備に取りかかった。その中で、取り立て準備の要らなかったファルスは何気なく街をさまよった。御仁の少女との出会いは彼に衝撃を与えていた。その時、酒場に入る渡世人の集団の中にいる一人の男を見て愕然とするファルス。夢の中で自分を撃った、あの不気味な笑みの男だ……!
 ファルスは様子を探るため酒場に入った。連中は隅のほうの席に固まり、何かを相談しているようだ。――やっと、例の物の在りかがわかったよ――こだわりますね、三年前に――あれが手に入らなかったのはやっぱり悔しかったからね――兄貴は執念深いから――ファルスの頭の中で何かがふつふつと湧いて出てきた。
 一団は酒場を出た。ファルスもそれを追って席を立ち、あとをつける。連中は酒場を出て裏路地に入っていく。それを追いかけてファルスも路地へ。だが、一団は奥に進んではいなかった。尾行に気づいて待ち構えていたのだ。ファルスはそのまま裏路地に連れ込まれてしまった。そして連中のリーダーと思われるゴーグル男が嫌な笑みを浮かべてファルスの前に立った。その笑みを見たとき、ファルスの記憶の封印がわずかにとけた。――俺はこの男を知っている――。
 ファルスはこのぞっとするような笑みを浮かべた男に声をかけた。
「お久しぶりだな、[ファルス]君」
 ファルスという名はもともと本来の自分の名ではない。自分が記憶を無くしてからつけられたものだ。その由来は当時崖から落ちて死にかけていたとき、自分が無意識に呟いた言葉を当時ファルスを助けたある集落の人間が自分の名前と思ってそう呼んだことがきっかけだった。「ファルス」と呼ばれた男は笑みを消して驚愕した。
「ラルク……[ラルク・ロイド]か……生きていたのか……」
 ラルク・ロイド。どうやらこれがファルスの本当の名前のようだ。しばらくの会話の中で、ゴーグル男はファルス=ラルクの記憶がなくなっていることに気づいた。そしてそれをよいことにゴーグル男はファルスにまた組まないか、と持ちかけた。
「せっかく手に入れた[御仁の角]も当時の仲間の裏切りで失った。お前はその時、角を守るために戦って崖から落ちた……。お前の故郷であるラザの村、結局病で全滅したそうだ。角があれば、助かったのにな……。どうだ。もう一度私と一緒に組まないか?お前がいれば私も心強い。私は角の行方を突き止めた。だから、二人でそれを取り戻すんだ。そしてラザの村人たちを……妹さんを、弔ってあげようじゃないか……」
 ――違う。裏切ったのはあんただ――。ファルスの心の中でラルクの記憶が叫ぶ。が、ファルスはそれを表に出さず、「先約があるから」と断りその場を去った。