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王朝結社の拠点から出てきた一行の前に現れたのは、見るも無残な姿になった操兵ファルメス・グラーテ改……それはまさに、動いていること自体が奇跡であるような状態だった。その光景を目の当たりにしたミオは気が狂わんばかりに叫んだ。が、グラーテ改が動いているのということはクサナギも無事だと判断してとりあえずはほっとする。 だがグラーテ改は、ミオの前に来るとその動きを止めた。そして大量の蒸気を吐き出し、その仮面を切り離す。それはまっすぐにミオの手元に落ちてきた。慌てて受け止めるミオ。それと同時にグラーテ改の機体は、崩れるように倒れていった。その開いた操手槽の中に、クサナギの姿はなかった。刀と長銃、そして愛用の帽子を残して……。 ミオは不意に目を覚ました。この所、この夢ばかりを見る。だが、傍らに置かれたグラーテの仮面と馬車に積まれたもはや残骸としか呼べない機体とが、先の夢がまぎれもない現実であったことを思い出させた。 あれから三日ほど過ぎていた。ライバの王であるレイ・ライバ十六世は生還した一行の報告と、王の本営に襲いかかった暗殺者の存在(幸いその凶刃はラシュアンの妹レイムによって防がれたが)によってこの作戦自体が罠であることに気付き、早急に撤収作業を開始した。そしておそらくライバの街は王朝結社に乗っ取られているであろうと判断した王は、ライバの属領であるノウラの街へと進路を取ったのだった。 その際に、支払いの不安からか一部の傭兵と操兵二機が王と一行の元を離れていった。だが、グラーテ改と王家の操兵ファルメス・エンペラーゼの戦いを目の当たりにした他の兵士や操兵乗りが同情してこのまま残ってくれていた。そんな操兵乗りの一人から、クサナギが殺されずに捕らえられたということを確認したミオはとりあえずほっとしていた。 目が覚めてしまったミオは何か違和感を覚えて回りを見渡した。セフィロスがいる。ゼロもいる。メルルと阿修羅もいた。が、イーリスの姿がない。そして自分の枕許には全員宛と自分宛の置き手紙があった。慌てて読むと、「自分の目的ができたので皆さんとは別れます」とのこと。そしてミオ宛にはさらに「ゼロを頼みます」と書かれていた。ミオは絶句した。 その翌日、一行はライバの街から逃げてきたアリス、モ・エギ、ルシャーナ、そしてライバの敗残兵と合流した。ボロボロのグラーテを見て茫然とするアリスやクサナギが敵の手に捕らえられたことを聞いて動転するモ・エギをよそに、それぞれ互いの情報を交換した一行はすぐさまその日の内にノウラの街に向かった。 ノウラの街は受け入れ態勢を既に整えていた。ゼノアが先んじて手筈を整えていたのだ。この街の統治者であるワールモン伯爵とその側近ハラグ・ロイゼル卿の出迎えを受けた王と一行、そしてライバの敗残兵達は、差し出された食事を取って疲れを癒す。 そんな中、ミオはゼロのことが気になった。ラマーナと刺し違えて以来、ゼロはこの数日間ずっと心ここにあらず、といった状態だった。そして当のラマーナは、阿修羅とモ・エギの治療で外傷が治癒したにもかかわらず、一向に目を覚まそうとはしなかった。 「この娘、生きる意思がないみたい……」 モ・エギが悲しげに呟く。 とりあえず自分に出来ることからやろう!とミオは食事もそこそこに、ワールモンに話しかけた。破壊されたグラーテ修理のための場所と部品の提供を嘆願するためだ。グラーテの状態を見たワールモンはロイゼル卿と相談した。その声は小声で、ミオには聞き取ることができない。少し話した後、二人は「クックックッ……」と含み笑いを浮かべながらライバ王の所に向かった。 ライバ王はほかの兵士に混ざって食事を受け取るために並んでいた。もともと王はリベラルな考え方をもつ人物で、ライバの住民と身分にこだわらず接しており、議会も選挙によって選ばれた市民の代表を多数加えるなど、徐々に民主的な政治へと移行しようとしていた。それ故、格式と家柄にこだわる貴族や旧家などが多数を占める旧王朝派の反発が大きいのだが。 ワールモンとロイゼル卿から話を聞いた王は少し考え込んだ。そして、先の二人同様「クックックッ……」と意味ありげな笑いを浮かべる。 三人でひとしきり話した後、ワールモンは部下にグラーテを運ぶように指示を出す。ただし、行き先は修理工場ではなく、その隣の屑鉄置き場だった。 「……立ち会って、下さい……」 御者がミオに話しかける。その雰囲気はまさに霊柩車そのものだった……。気を呑まれたミオは言われるまま馬車に乗った。 グラーテを乗せた馬車は工場の横にある操兵の残骸でできた山の間に入っていった。そして屑鉄山の行き止まりに差しかかった時に異変は起きた。山の一角が動き、大きな扉が現れたのだ。開いたその扉の奥には、地下に続く広い通路が続いていた。驚くミオをよそに馬車は地下へと進んでいく。 中はとてつもなく広い空間だった。十体の操兵が両脇に、まるで墓守の如くそびえ立っている。ミオはその機体に見覚えがあった。重操兵[ブルガイン]。三年前に売り出されたばかりの新型機で、ライバの近衛隊も使用している高級機だ。一度グラーテ改もメークルの戦いでこのブルガイン型と戦っており、その耐久力はクサナギも舌を巻くほどだった。だが、そんな最新鋭機が、なぜ、こんな所に?。 馬車は広間の中心で止まった。そしてそこにあったものは、ライバの大きな操兵工房をしのぐ修理施設だった。呆然とするミオに、芝居を止めた御者が話しかけた。 「ここを自由に使って下さい。以前、死人の軍勢が攻めてきた時にこの操兵を出していれば、もっと楽に撃退することができたでしょう。ですが、故あってこれを使用することはできず、あなた方に大きな負担をかけてしまいました。これは伯爵からの詫びの気持ちです。部品はここのブルガイン型のうち一機を使用しても構いません……」 今明かされた驚くべき事実!……しかし、その言葉を最後まで聞かずにミオはさっさとブルガイン型によじ登り、喜々として部品を吟味し始めていた。そして早速グラーテの修理、改造のための思案を練り始める。 そこにゼノアがやってきた。彼はミオを呼び寄せると、整備台に乗せられたグラーテの横に置かれた操兵の腕部のような部品と操兵用の剣を指さした。これらは、グラーテが爆煙の中から現れた時に抱えていたものだった。 「これが、何だかわかりますか?」 ゼノアがミオに尋ねた。 「操兵の剣と腕でしょ?えらく煤ボケてるけど出来は良いみたい」 操兵鍛冶として至極当然の回答をするミオだったが、 「……これは、王家の操兵ファルメス・エンペラーゼの右腕と、王家の聖剣[ファーラス]です。おそらく、グラーテが自分の勝利の証明として拾ってきたのでしょう。ひょっとすると、これは色々と使えるかもしれませんよ……」 そういってほほえむゼノアを見て唖然とした表情になった。ゼノアはさらに言葉を続けた。 「連中に王家の操兵という象徴があるように、私たちにも象徴となるものが必要です。たとえ本人が望まなくとも、クサナギさんと操兵ファルメス・グラーテには私たちの[英雄]になっていただかねばなりません……」 地下工場から出てきたミオをライバ王とワールモン、そしてロイゼル卿が出迎えた。そして神妙な顔でミオに話しかけた。 「……どうであった……」 「……ちゃんと、見届けましたよ……」 ミオも神妙な顔をして答える。そして、今度は四人で「クックックッ……」と不気味な含み笑いを見せた。 一方、置き手紙をおいて一行の元を立ち去ったイーリスは、もはやすっかり王朝結社の手に落ちたライバの街の門前に来ていた。元ライバの衛兵がイーリスを呼び止め、この街が今戒厳令のために出入りが出来ないことを告げる。 イーリスは衛兵にサイラスへの取り次ぎを要求した。衛兵はいぶかしげに城へと電信を打つ。すると、一台の豪華な馬車がイーリスを迎えに来た。サイラスがすぐにでも会いたい、と言うのだ。イーリスは言われるままに馬車に乗った。 馬車の中から見た街の様子は散々としていた。この前の戦闘の跡だろうか、街のあちこちが破壊されたままだ。きちんと修理されているのは防衛のための城壁くらいだった。街の人々はどうなったのだろうか。目を凝らすイーリスだったが、戒厳令のためか衛兵以外の人影は見えない。やがて馬車は王宮の門を潜った。 謁見の間では、サイラスが出迎えた。彼はイーリスを歓迎し、イーリスの仕官の申請を快く受諾した。だが、イーリスは何故、今になって王朝結社に仕官などしたのだろうか……。 サイラスはイーリスに二人の人物を紹介した。一人は、学者風の痩せた中年男で、名はリナール。王朝結社の知恵袋的な存在で、肩書きは[軍師]だった。もう一人は恰幅の良い軍人で、ライル将軍という。今はライバから逃げた「ライバ王派」残党の処理を担当しているという。イーリスは当面、このライル将軍の指揮下に入ることになった。 その時、謁見の間に小姓の声が響いた。 「皇帝陛下、御出座!」 サイラス、リナール、ライルが一斉に跪く。イーリスも少し遅れて膝を折った。それと同時に小姓の開けた扉から一人の青年がゆっくりと現れ、そして玉座に深く座した。王朝結社首領、新生クメーラ王朝皇帝、レオンナール・クメーラ・ロクセイア14世の出座だった。 「……良い、苦しゅうない。イーリス殿、この度はようこそ我が軍中へ。余もそちのような手練れが部下になることをとてもうれしく思う。今後とも、我らの理想の国家作りのために力を尽くしてくれたまえ……」 この時イーリスは、レオンナールの態度に違和感を覚えた。この前にクサナギと対峙した時の皇帝は、クサナギに闘志を燃やすいわゆる[お坊っちゃん]といった感じだった。ところが、今目の前にいる青年は確かに同一人物ではあるが、まるで感じが違うのだ。話をしている間も特に表情を変えず、それでいて威厳も醸し出している。さて、どちらが本当の姿なのだろうか?。 (一応の目的を果たして、落ち着いたって所かしら?まあ、冷静にこっちの話を聞いてくれる方が助かるけれど……) 何事かを胸に秘めたまま、ここは無難に退出するイーリスだった。 その後イーリスはリナールの案内で与えられた自室に向かった。本当は町の様子を見に行きたかったのだが、戒厳令のために外出がかなわなかったのだ。その時、リナールがこんな話をイーリスに聞かせた。 「ライバ王を取り逃がしたのは失敗でしたね。あの方は感情に駆られやすいところがあるとはいえ、戦術家としてはかなり侮りがたい人物でしてね。しかもその上、国民には人気がある。このままだと、この街を完全に支配下に置くことは少し困難かと……」 この男、どうやらライバ王を戦術立案上のライバルと見なしているようだ。しかしここでリナールの口調に嘲笑が混じった。 「だが、ライバ王も馬鹿なところに逃げ込んだものです。連中が逃げ込んだノウラの街の領主ワールモン伯爵は、元はライバ王の腹心とも言える地位だったのですが、三年前に輸送中の新型操兵十機を何者かに奪われる、という大失態をしてしまったのです。激怒したライバ王は手打ちにせんばかりの勢いだったのですが、ロイゼル卿の必死の取りなしで死は免じ、ノウラの領主に左遷してしまいました。さすがに伯爵はそのことを恨んだらしく、ノウラで集めた税金をライバに収めていないのです」 驚くイーリス。リナールはさらに言葉を続けた。 「そこで、我々はひそかにノウラに使者を送ったのですよ。もし、我々に味方するのであれば、高い地位で迎える、と。まあ、ここで伯爵が王を利用して自分がのし上がるつもりでいる可能性もありますが、それでも王の立場は危うい状態には代わりありませんし、そんな状態の軍隊では、とてもまともに統率が取れるとは思いませんな……」 |