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ノウラの城の地下牢。ここに、一人の男が捕われの身となっていた。 「あ〜ぁ、こんな風になるなんて、聞いてないよ……」 リナールの命令でワールモンと会見するためにこの街に来てから、どれくらいの日が経ったのだろう。軍師からは、密書を見せれば、ここの領主は必ず味方になると聞いていたのに、実際には味方になるどころか、突然地下牢にほうり込まれるはめになろうとは。数日前に、味方の襲撃があったらしいが、ものの見事に破れたようだし…… この哀れな密使は、こうして毎日、自分の運命を呪っていた。 そんなある深夜、自分の牢の前に奇妙な面をかぶった少女が現れた。少女は深手を負っているのか、非常に苦しげだった。 「……あなたをここから出します……ここの連中は、奪った王家の操兵の聖剣を工房都市に売るつもりです。あなたはこのことを、一刻も早く知らせてください……」 「た、確かに、衛兵がそんな噂をしているのを聞いたが、本当だったのか!」 奇面の少女は、奪ってきたと思われる鍵束の中から、合う鍵を探し出して牢をあけた。 「……私は怪我がひどく、とても逃げられません……どうか、あなたは逃げて、このことを知らせてください!。連中は、もう出発してしまいます……!」 衛兵たちの怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら少女を捜しているようだ。密使は少女を置いてその場を後にした。階段を登るときに後ろから、槍が人の体を貫く音がする。振り返ると、階段の入口に少女の奇面が転がってきた。密使は大急ぎで地上をめざして階段を駈け上がった。 「逃がさんぞ!女間者!!」 「ここが年貢の納め時だ!」 二人の衛兵が激しく槍を振るい、床に倒れた肉塊に突き立てる。そう、文字通りそれは肉塊だった。食料庫から持ち出された、本来は夕食の材料に使われるはずの……。 笑いをかみ殺しながら槍を振り回す衛兵たちを見ながら、奇面を脱いだ少女、ラマーナは一人言を呟いた。 「……これで、よかったんだろうか……?」 ラマーナは、この仕事をミオに依頼されたときのことを思い出していた……。 「どうして、私なんですか?」 夕日の差し込む室内に、固い声が流れた。相手の頑なな態度に辟易しつつ、ミオは、この娘にしては驚異的な辛抱強さで説明を繰り返した。 曰く。仲間の操手クサナギが敵に囚われたので救出したい。彼の投獄先はライバの街のそばなので、敵の注意をそこから遠ざけたい。そこで敵が血眼になって奪取したがっている「聖剣」を工房都市に売り払う、との情報を故意に流す。幸い、敵の密使を一人捕らえてあるので、彼に情報を与えて逃がせば、嬉々として敵に伝えてくれるはず。 「どう手引きして逃がせば、密使に罠を気取られないかが問題だったんだけど〜」 先のノウラ攻防戦で捕まった奇面衆が脱走を図り、手傷を負ったので全てを密使に託したことにしよう。そういってミオは人の悪い笑みを浮かべた。 「幸か不幸か、ラマーナさんの傷は完治してないし。真実味があるでしょ?」 一ヶ月に渡る阿修羅の献身的な手当にもかかわらず、ラマーナの傷は完治していない。モ・エギに言わせると、患者自身の意志が問題らしいが……。 一見理路整然とした、その実、行き当たりばったりのミオの説明にラマーナは立ち眩みを起こしかけた。さらにミオはたたみかける。 「この事はワールモン伯も了承してるわ。あの狸おやぢのことだから、クサナギ救出と同時に「聖剣を奪回に来る敵の精鋭部隊をこの機にだまし討ちにしよう」とか、「手薄になるライバで内部工作しよう」とか考えてるだろうけど、アタシはクサナギさえ救い出せれば良いわけだし……」 「ライバ王には、子飼いの密偵もいるでしょう!。そんな重要な芝居なら彼らにやらせれば、もと敵の……まだ、信用できないはずの私を使う必要は……!」 ミオのあまりに軽い口調にラマーナは声を荒げかけた。この娘はいったい何なのだろう。他の人は自分に同情し、そっとしておいてくれるのに……!。 激情のまま拒絶しようとして、しかし、ラマーナはミオの表情に気付いて絶句した。 「貴方じゃなきゃ困るのよ。これは貴方を救うためにやるんだから!」 その表情は同情でも憐憫でもない、強いていうなら共感に満ちたものだった。混乱するラマーナへミオはさらに言葉を重ねる。 「身につけた技が、力が厭わしい?自分が犯した罪の記憶から逃げ出したい?……無駄よ、そんなこと。やっちゃた事は消せないし、他人に隠せても自分には隠せないもの。脅えて泣き叫んでりゃ人は同情してくれるけど、それに甘えてたら人間腐っちゃうわよ。」 言いたい放題である。しかしその声音に含まれる何かが、そして自分に言い聞かせるかのような雰囲気がラマーナの反抗を許さなかった。 「じゃあ、どうすれば良いって聞きたげね……今までやったことが間違ってたと思うなら、今後は正しいと思うことをやるっきゃないわ!」 「……え?……」 「身につけた技も力も、道具も、使い手しだいで善くも悪くもなるのよ。まあ、善行積めば贖罪になるかっていうと疑問だけど、少なくとも逃げてるよりは自分を納得させられるわ……って、ああもう阿修羅サンじゃないんだから人に説教なんかできないっての!」 話しているうちに混乱してきたらしいミオの姿に、ラマーナは逆に真摯さを感じ取れたようだ。自然と険のとれた笑みが浮かぶ。 「分かりました。今の自分に出来る事をやってみます」 「ほんと?!。嬉しい!それじゃあ早速手はずの打ち合わせに…」 ミオは文字どおり飛び上がり、ラマーナを引っ張っていこうとする。それを引き止めて、 「その前に、一つ教えて……その方法で、貴方は「自分を救えた」の?」 この問いに硬直し、ラマーナと目を合わせてから慌ててあさっての方を向き、ミオは照れ臭さを押し隠すように呟いた。 「……でなきゃ、こんなお節介しないわよ……」 現実に引き戻されたラマーナは再び呟いた。 「これで、よかったのかな……?」 良いに決まってるジャン!とのミオの突っ込みを思い浮かべ、思わず苦笑してしまうラマーナだった。 そのミオは今、作戦の最終準備として、すべての作業を終えたグラーテを起動させようとしていた。この作戦には、どうしてもグラーテの力が必要だった。が、アリスがライバに行ってしまったために他に乗り手がいない。そこで、ミオがグラーテを動かすことになったのだ。 ミオは、これはクサナギを助けるためだから、とグラーテに言い聞かせながら機体に仮面を取りつけ、操手槽にもぐり込んだ。そして昇降口を閉じて座席に深く座ると、すべての回路を開く。本来グラーテの仮面はクサナギと深く同調しており、他人が容易く同調することはできない。だがミオは特に何の抵抗も感じなかった。おそらく、仮面がクサナギ救出のためと知り、融通を利かせたのだろう。これもまた、フィールミウムの石が成せる技なのだろうか。 すべての機能が始動したとき、ミオは感応石に不思議な映像が写り出すのを見た。旧グラーテの全身像が移し出され、それが現在のグラーテの姿に変化しているのだ。どうやら、グラーテ自身が自分の新しい機体を覚え込もうとしているようだ。ミオが見たこともない文字で各部の機能が解析されていた。が、両肩と背中の装備だけ、疑問符と思われる記号が表示されていた。 ミオはその部分を口に出して説明した。すると、映像がその説明に合わせて変化する。特に、ロケットモーターの件は、一度驚いたような記号になってから変化した。 すべての機能を確認した感応石は、元の探知器としての単調な画像に戻った。ミオはグラーテを操作してみる。機体は操縦通りに動く。どうやら、機体の管理を完全にミオに委ねたようだ。今ここに、新しく生まれ変わった操兵ファルメス・グラーテが立ち上がった。 |