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一行と分かれてライバに潜入したアリスは、ふとしたことから紅蓮の狩人デューク・フリーディオから、妹であるマリア・フリーディオの救出を依頼された。だが、ライバ城の後宮に居る彼女を連れ出すのは容易なことではない。アリスはこの街の盗賊組合の長であるナバールに相談した。 「……出来ねぇ、こともねぇが……実は、後宮に通じる抜け道もあるんだ、しかし……」 ナバールは渋った。何故なら、その通路は本来自分たちのものではなく、ライバ王家の緊急の抜け道だからである。だが、ほかに方法はない。ナバールはその抜け道を使用することにした。アリスは早速、そこに向かおうとした。が、ナバールは何の準備もしていないで出かけようとするこの無謀な娘を止めた。そして、側にいた一人の仲間を呼び止めた。 「おい、[ネズ公]。お前ちょっとこれ持って、[先生]のところに行ってこい」 ナバールはそういって、[ネズ公]と呼ばれた男に手紙のようなものを渡した。 「親方、[ネズ公]はないじゃないですか。あっしはネズ公じゃなくて[怪盗ネズミ仮面]ですよ!」 「何がネズミ仮面だ。変なお面かぶって、貧乏人の家に変な張り紙を置いていって迷惑かけてるくせに」 「ああ!分かってないなあ親方、これはあっしのポリシーって奴で……」 男は懐から、紙で作ったと思われるネズミの仮面を取り出した。そしてそれを顔にあてがうと、ナバールに自分の自慢話を始めた。そう、この男、ジョウ・ヤングこそはナバール一座の軽業師として生活する傍ら、天下に知られた大泥棒を目ざして夜を走る[怪盗ネズミ仮面]その人だったのだ。 ピエロとネズミの喧嘩もそこそこに、ジョウは手紙を持ってナバールが[先生]と呼ぶ若い女医の家に走った。そして、家の窓に手紙を投げ込んだ。 投げ込まれた手紙に気づいた白衣の女医、フェリスは、宛名がナバールであることを確認すると、早速広げて中身を読んだ。それには、黒いチューリップの落書きとともに、今回の仕事である、アリスによるマリアの救出への協力要請が書かれていた。手紙を読んだフェリスは残っていた患者の診察を終わらせて、ナバールの元に向かった。 ふだんは町医者として街に暮らす傍ら、黒いチューリップの添えられた[仕事]の依頼が来ると、その白衣を黒衣に変えて夜の街を走る[仕事人]。それが、フェリスの本当の姿だった。 隠れ家では、ナバールとアリス、そして手紙を届けて帰ってきたジョウが救出作戦の打ち合わせをしていた。だが、侵入方法がわかっているとはいえ相手は後宮。むしろ入り込んでからが問題だった。ナバールは少し考え、そしてある決断をした。 「確か、流れものの女賭事師が一人、後宮に忍び込んだままだったな。しゃあない、彼女に協力してもらうか」 側でレジスタンスへの支援物資の搬出をしていた、ナバールの部下エイルとビーインが、その言葉を聞いて取り乱した。 「お、親方っ、まさかあの女賭事師って、フェイのことじゃ!!」 「そうだ。あの女、後宮で一稼ぎするって意気がっていたが、このクーデター騒ぎで、出るに出られなくなっているはずだ。だから、脱出を手伝ってやるっていやぁ、協力してくれるだろ」 それを聞いたエイルとビーインは真っ青になった。この二人は、そのフェイという女賭事師と、「もし、後宮で一稼ぎできたら自分たちの稼ぎの半分をくれてやる」 などという、とんでもない賭を約束し、証文まで残してしまっていたのだ。 それを聞いたナバールは呆れてものが言えなかった。 「すっすんません!しこたま酒を飲ませられて、酔いの勢いでつい……」 「仕方がねぇ。俺が、一筆添えてやるよ」 その時、ナバールは背中に何かが忍び寄る気配を感じ取った。振り向くとそこには、ふて腐れた顔のフェリスが音もなく立っていた。彼女はナバールに、先の手紙を突きつけた。 「……何これ……!」 それは、ナバールが描いた黒いチューリップの落書きがであった。 「私の[仕事]依頼の合図は確かに[黒いチューリップ]だって言ったけど、こんな落書きはないでしょう!」 「すまんな、先生。造花作っている暇がなくてな。とにかく、時間がない。手紙の通り、この嬢ちゃんに協力してやってくれんかな」 アリスはフェリスにお辞儀した。フェリスはアリスに、彼女が何ができるのかを問う。一緒に行く以上、足手まといはご免だったからだ。アリスは自分の身軽さを披露しようと、その場で反転飛びをした。が、側にあった大きな荷物に引っかかり、ものの見事に転んだ。目が点になるフェリス。思わずナバールがフォローに回ってその場は事無きを得た。 ライバ城後宮。王朝結社によるクーデター以来、ここは新生クメーラ帝国皇帝レオンナール・クメーラ・ロクセーア14世の居室として使用されている傍ら、ライバ王妃エリアナと王女ミリ−ア、そして本来貴族たちの娘たちである侍女を人質として軟禁しておく場所として使用されている。おかげで、今まで侍女の数は、二十人くらいだったのに対し、今では新たな人質として、また、旧王朝派の貴族の取り入る手段として送ってきた人数と合わせて五十人以上にもなっているのだ。 その中に一人、あの手この手で入り込み、侍女相手の賭事で儲けたものの、このクーデター騒ぎで出るに出られなくなった一人の女賭事師がいた。その名はフェイ。この一見すると貴族のお嬢さま、といった風貌の娘は、裏の世界ではしたたかに生きてきた、一部ではちょっと名の知れた女賭事師だ。もっともこの時代、女一人で生きていくためにはこのくらい「したたか」でなければならないのだが…。 とにかく、主が変わり、自分たちが人質扱いになっても、侍女としての仕事に変化はない。フェイはそんな日常の中で、脱出の方法も思いつかぬまま、いつもと変わらぬ生活を繰り返していた。そのフェイがいつものように廊下を掃除していると、城の本丸からやってきた伝令の知らせを受けた皇帝が、数名の小姓を連れて城に出向くところに出くわした。すれ違う際に軽く会釈をしつつ、フェイはこの若い皇帝の[値踏み]をした。なるほど見た目は唯のお坊っちゃんだが、なかなかこれで、整った顔立ちの中にわずかながらも風格はある。少なくとも、見所はある、といった感じか…。 フェイはこの時、数日前までこの城に幽閉されていた青年のことを思い出していた。皇帝に歯向かい、戦いを挑んで負けたものの、皇帝自身にその人柄に一目置かれて城に連れてこられたその青年−確か、クサナギとか云ったような−を見た時、フェイはその存在が気になった。が、最近、皇帝の怒りを買い、カストール牢獄へと移送されてしまったという。フェイは結局、このクサナギヒコを間近でかいま見る機会に巡り会うことはなかった。 |