
|
皇帝が後宮から出ていったその直後、一人の侍女がフェイに話しかけてきた。 「……ねぇフェイ。陛下も女官長も出かけたみたいだしぃ……ここらで、また一勝負、と行かない?」 勝負とは、もちろん賭事だ。ここのところ、フェイのおかげで何人かの侍女たちがすっかり賭事にはまってしまったのだ。(ま、ここにいるうちにもう少し、稼いでおくか)そう考えたフェイは、快く承諾した。 「あなたも、好きねぇ」 「もともと、フェイが広めたんじゃないの。じゃ、あとで[姫様]の部屋でね。みんなもう集まっているから……」 [姫様]とは、もちろん、ライバ王女ミリ−アのことである。この、一見おとなしい王女を演じるこの14才の少女は、その外観とは裏腹に、結構実は行動的な性格をしている。また、身分にまるっきりこだわらないこの王女は、それゆえに侍女たちの人気も高かった。が、 「……姫様、か……」 フェイはミリ−アが参加することを聞いて少し気落ちした。この姫様、フェイにとってはなかなかの強敵だったのだ。だが、お呼びとあっては仕方がない。それに、せめてここから出る前に、この小生意気な姫様と決着だけはつけておきたいという、賭事師としての誇りもあった。フェイは後片付けもそこそこに、ミリ−ア姫の部屋へと赴いた。 部屋に入るとそこには、ミリ−ア姫をはじめとした数名の侍女たちが待っていた。彼女たちはフェイを迎えいれると早速木札を取り出し、鬼の居ぬ間の一時を楽しんだ。 そのころ、すべての準備を整えたアリス、ジョウ、フェリスは、ナバールの案内で後宮に通じる地下通路を進んでいた。この地下通路はもともと、このライバの街の地下に広がる古代の遺跡だ。盗賊組合はその一部を昔から使用しているが、このクーデター騒ぎの際に、王朝結社に対抗するレジスタンスのために提供したのだ。 王朝結社も、レジスタンスとそれに協力している盗賊組合を捜すためにこの地下通路を躍起になって捜しているが、今のところ発見されてはいない。何せ彼らは、自分たちでは捜そうとせず、この街の役人たちを使って捜させているのだ。それは、主に市街や地下の下水道の探索のために、彼らの地の利を必要とすると云う理由もあったが、今まで散々自分たちをテロリストとして追い回してきた彼らに対する仕返しでもあった。もっとも、こんな考え方だから、組織自体にまとまりがないのだが。それ故、役人たちの探索にもいまいち、力が入らない。 さらに、その役人たちの中には、レジスタンスや盗賊組合の息のかかったものが紛れており、ひそかに探索を阻止しているので、見つけることなど、到底無理だ。 だが、後宮から伸びる通路は、もともとライバ王が最初から家族の安全を考えて作らせたものだ。ナバールは、自分たちの通路を広げようとした際偶然それを見つけたのだ。彼はそれ以前から王と盟約を結んでいた。それ故、ナバールとしてはなるだけ、ここは使用しないようにしていたのだ。 アリスは地下を進む間、ジョウの存在が気になった。顔にはネズミのお面をあてがい、その背には、唐草模様の風呂敷をまるでマントのように羽織り、そして腰には剣の代わりに刺身包丁と出刃包丁。これが[怪盗ネズミ仮面]の姿だ。彼はその他にも、自分の存在を知らしめるために[ネズミ仮面参上]と書かれた張り紙を大量に所持しているのだ。出発する前に、フェリスにメモ帳としてかなりの枚数が取られたにもかかわらず、 まだおそらく、大量に所持しているらしい。 そうこうしているうちに、例の地下通路の入口に到着した。ナバールは、辺りを伺いながら慎重に隠し扉を開けた。彼は、脱出はできれば違う方法を用いてくれ、と言った。一度開いた通路はもう、いつまでも隠し続けることはできない。できることであれば、見つかる確率を減らすために可能な限り痕跡を残さないようにしたいのだ。 一行は、思ったよりも狭いこの通路をゆっくりと進んでいった。だがあまり時間はないのだ。昼間出かけたサイラスとイーリスが、いつ戻ってくるかわからない……機会は今夜しかないのだ。 一方、賭はフェイとミリ−アの一騎打ちとなっていた。が、それほど真剣、というわけでなく、和気あいあいと世間話をしながらであったが。特にミリ−アなどは、しきりに皇帝の話というより、愚痴をこぼした。彼女はこのレオンナールという青年を徹底的に嫌っていた。 「何よ、所詮は犯罪者の集まりじゃない、テロリストって。それなのに勝手に国を乗っ取って、今じゃ皇帝気取り……大体、あの手の美形って、いっぱい女を泣かした顔なのよね。そういえば、イーリスっていったっけ、あの女剣士?」 フェイは、夕べ突如部屋に飛び込み、自分を押し倒した挙句に侍女服を強引に借りていった女剣士のことを思い出した。おそらく、その女が姫の云っているイーリスだろう。 「あの女、昨日の晩餐会で、皇帝に自分が逢いたいって伝えてくれって頼んできたのよ。このあたしに……!。いろいろ言い訳してたけど、逢って一体何するつもりなのかしら、全く……!!」 フェイにしてみればこの姫の憤慨が理解できなかった。彼女からしてみれば、皇帝はそれほど悪い人物には見えなかったのだ。 (……ぜーたく……) 結局、フェイの感想はこの程度だったが。 その時、部屋の扉をだれかが不自然なノックをした。姫を含む全員に緊張が走る。このノックは、王妃エリアナからこの後宮の管理を任されている、メイリン女官長が帰ってきた、という合図なのだ。何人かの侍女が部屋を出、フェイを含む三人ほどの侍女は姫とともに部屋の掃除の振りをした。 そしてその直後、姫の部屋に三角縁の眼鏡をかけた熟年の女性、メイリン女官長が入ってきた。この厳しそうな顔をした女官長は、開口一番にこういった。 「なんです?一つの部屋を掃除するのに、これほどの人数は要らないでしょう。大体、何で……」 お小言が長くなりそうなのでフェイは、とっさの思いつきで口にした物置の掃除を理由にこの場を去っていった。 後宮の地下では、救出隊が通路の終点である、縦に伸びる梯子の前に来ていた。ここを登れば、後宮のどこかに出られるはず。後宮に忍び込んだあとは、ナバールから預かった二通の手紙を、一通はフェイという女賭博師に、そしてもう一通はここの女官長メイリンに渡して、この救出作戦に協力してもらう手はずになっている。しかし、フェイはともかく、後宮の女官長が盗賊組合の頭領と繋がりがあったとは……。 用心しながら一行は、フェリスを先頭に梯子をゆっくりと、音を立てずに登っていく。フェリスが上にたどり着いて天井の扉を……おそらく、実際はどこかの部屋の床なのだろうが……様子を見るために少しだけ持ち上げたその時、その出口付近で人の気配を感じ取った!フェリスは慌てて扉を閉めた。が、思わずその扉に指をおもいっきり挟んでしまったのだ!!。 メイリンから逃げるように地下の物置にやってきたフェイは、その中で恐ろしいものを見た。何もないはずの床の一部が持ち上がり、人間の指が飛び出していたのだ!。その指はすぐに引っ込んだ。が、本当の恐怖はこのあとに起こった。 物置は何事もなかったかのように静まり返った。が、フェイはここに何かが居る気配を感じ取っていた。その時、先の床が突如跳ね上がり、中から一人の女性が飛び出してきた。その女性はフェイの前に静かに着地した。いわずと知れたフェリスだ。そして、その後から一人の女の子と、ネズミの仮面をかぶり、唐草風呂敷を羽織った男が出てきた……アリスとネズミ仮面だった。 「い、一体何なのよ??」 フェイは茫然となって、その場にヘタリこんだ。 その時、物置にだれかがやってくる足音が聞こえた。メイリン女官長がやってきたのだ。フェイは思わず、この場の三人を隠した。そしてメイリンに「ネズミが出た」といってその場をごまかした。確かに、ある意味では当たっているのだが……。メイリンは、応援を連れてきますから、といってその場を立ち去った。 一難さって、フェイ、そしてアリスとフェリス、ネズミ仮面はそれぞれ互いに誰何した。そして、ある程度の事情が確認できた時点で互いの情報を交換した。 「で、要するに、私の脱出と賭の帳消しと引換に、マリアをここから連れ出すことに協力すればいいのね?」 フェイはマリアのことはある程度知っていた。ミリ−アと他の侍女たちは当初、王朝結社の連れてきたこの少女を嫌っていたが、やがて彼女の、人質であるという境遇を知ると、態度を改め、同情的になっていた。マリアは数日前までは捕らわれていたクサナギの、そして現在は、皇帝陛下の身の回りの世話をしているという。 ただ問題が一つ。彼女の周りには常に、監視役が付いているのだ。これは姫や王妃よりも監視が厳しい。何しろ、あの紅蓮の狩人デューク・フリーディオの妹だ。彼が単独で救出に向かって来る可能性があるのだ。これはそのための監視だ。 「……ところで、この手紙をここの女官長に渡してもらいたいのですが……」 アリスは預かっていたもう一通の手紙をフェイに渡した。手紙が盗賊組合の頭領からのものだと知ったフェイはほくそ笑んだ。 (ふーん、あのお堅い女官長がねぇ……これを利用すれば、あの女官長をギャフンといわせることができる…)。 だが、とりあえずフェイは手紙をあけないでおいた。 かくしてここに、さまざまな思惑を背負いながらも、マリア救出のために忍び込んだアリスを助けるべく、三匹の[ネズミ]が勢揃いした。 軽業師に身をやつし、大泥棒を夢見る[怪盗ネズミ仮面]ジョウ・ヤング。 医者の白衣を黒衣に変えて、闇を走る仕事人、[女ネズミ]フェリス。 賭に負けても只では済まぬ。隠した鉄砲火花を散らす[ネズミ花火]フェイ。 ともかく、ここで立話しても埒はあかない。フェイはとりあえず三人を自分の部屋に連れていくことにした。 一行は、応援の来ないうちにフェイの部屋に向かった。途中、先ほど素晴らしい身のこなしを見せたはずのフェリスがすっ転び、逆に一見素人と思われるアリスがまるで本職の盗賊のような身のこなしを見せる、といった光景も見られたが、それでも何とか一行は部屋にたどり着いた。 フェイは、自分の部屋に一行を匿うと早速ミリ−アの部屋に向かった。そこで部屋の掃除をしている、ルームメイトのメイールに了解と協力を取りつけるためだ。そうしないと、部屋に戻ったメイールが彼らを見て騒ぎを起こしてしまうからだ。 |