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「…………で…………!!」 これが、クサナギを取り逃がした上に[新造古操兵ファルメス・エルグラーテ]にものの見事に破れてほうほうのていで逃げ帰った、サイラスとイーリスに浴びせかけられた、皇帝レオンナールの開口一番の一言だった……。 「……僕に黙って出掛けた上に、クサナギを逃がしてしまうとは……。サイラス、そちが付いていながら、この失態はどういうことだ!!」 サイラスは特に言い訳をするでなく、ただ静かに、「面目次第もございません……」とうなだれるだけだった。夕べのエルグラーテとの対戦直後と比べると、だいぶ落ち着いているが、さすがに今までの覇気が少し消えているようだ。 「クサナギ脱走に関しましては、残念ながら、ノウラ側の行動が早かった、ということです。そしてクサナギは、どうやら強化型の操兵を……」 イーリスが先手を打って言い訳を述べた。が、レオンナールはイーリスにこう言った。 「……イーリス……僕はまだ、君に許可証を送付してはいなかったはずだが?」 それを言われたイーリスは、何も言い返せなかった。そもそも、イーリスはあの時狂気に駆られてクサナギに会いに行ったのだ。イーリスは今になって、どうして自分がクサナギに会いに行ったのかを思い出すことができないことに気づいた。 次にレオンナールは、二人を見てほくそ笑んでいる軍師リナールに向き直り、一枚の紙を投げ渡した。それを読んだリナールは青ざめた。−捕われの姫君は頂きました。ネズミ仮面参上−。夕べ後宮に忍び込み、マリアを救出したアリスとフェイ、フェリスとジョウが置いていった張り紙だった。 「……つい先ほど、部下がこんなものを僕に届けてきた。これに関する報告は、まだ受けていないのだがな……」 「あ、あの……ですね……わざわざ、陛下のお耳に入れて、お休みのところを騒ぎ立てないように、と……」 しどろもどろに釈明するリナール。だが、レオンナールは、 「……僕の寝ている後宮に侵入者があったにもかかわらず、か!!」 と、リナールを一喝した。だがリナールは恐縮しながらも言葉を続けた。 「申しわけございません!ネズミ仮面の件につきましては、後宮から侍女が一人行方不明となっており、おそらく正体はその女かと……」 リナールはどうやら、ジョウとフェイを同一視しているようだ。確かにこの失態については叱責を受けねばなるまい。しかしリナールには一つ、レオンナールを宥める切り札があった。 「この失態は、夕べ出動した部隊によります、聖剣奪回の知らせをもって……」 だが、そこまで言ったリナールは、はっとなってさらに青ざめた。 「……ほう……それは初耳だな……」 必死になって弁解するリナールだが、もはやこの若い皇帝の忍耐力は限界に達していた。 「……そんなに、僕を蔑ろにしたいのか……!」 こうなっては、もう誰も諫めることができなかった。 「サイラス!!。僕の命令があるまで、そちは部屋で謹慎とする。イーリス!。そちも別命あるまで、待機していろ。そしてリナール……。聖剣奪回の報告を、楽しみにしているぞ……!!」 その後サイラスは、命令通り部屋に引きこもった。灯りもつけずに一人寝台に座り込むサイラス。飾り立てた剣を腰から鞘ごとはずし、それをじっと見つめ続けた……。 もう、十年も前だろうか。トランバキア帝国騎士団に入隊し、見習いとして働きながらサイラスは夢を見続けていた。−いつか英雄になる。歴史に名を残す勇者になって見せる−。だが、既に統率された軍隊としての様相を見せ始めていたトランバキア騎士団の中ではまず、かなわない夢だった。 そんな時、サイラスの属する騎士団にある任務が命じられた。それは王直々の命令で、この帝国と都市国家郡との境目に位置するところにある遺跡の調査と探索だった。古代の遺跡には時折失われた太古の記述が眠っている場合もある。特にそれが操兵に関するものならなお価値が高い。それを発掘して帝国の利益とすることが目的だった。−任務成功の暁には正式に騎士となれる−その言葉にサイラスは、その命令を喜んで受諾した。 だが、サイラスはそこでとんでもないものに遭遇してしまった。そしてそれは、彼の運命を大きく変えた。遺跡の奥に鎮座していた一振りの剣、その剣は調査隊が入ってくると同時にひとりでに宙に浮き、次々と騎士団の人間を切り刻んでいった。が、運だけは人一倍強かったサイラスは、その剣の攻撃からうまく逃れていた。 そしてついに、騎士団の生き残りはサイラス一人になった。なす術もなく震えるサイラス、その前に剣の怪しく光る刀身がその切っ先を向けてきた。−もうだめだ−そう思った時、何者かが頭の中でささやいた。 −勇者になりたくないか− 声の主は剣だった。−歴史に残る英雄になりたくないか−サイラスは震えながらもうなずいた。英雄になりたかった、というよりもこの恐怖から一刻も早く抜け出したい……ただ、それだけであったのだが。 −ならば、我を手にせよ− その言葉に従い、恐る恐る剣を手に取ったサイラス。その時、彼の体の中で何かとてつもない力が燃え上がるように沸き上がった。 「……これならできる……この力を使えば、私は勇者になれる……歴史に名を残す英雄になることができる……ふ、ふ、ふははははは…………!!」 その日からサイラスの新たな人生が始まった。帝国を離れ、民衆の反乱で崩壊した国の王子を焚きつけて皇帝に仕立てあげ、組織を作りあげた。そしてさまざまな手段で資金や人材をそろえて力を蓄え、太古の王朝を復活させるために紛争してきたのだ。すべては、王朝復活の英雄になり、歴史に名を残すために。ところが……。 「……剣よ……私は今まで、すべて貴様の言う通りにしてきた……。だが、なぜ私は負けたのだ。クサナギの操兵如きに、あっけなく……剣よ、私は偉大なる力を手にしたのではなかったのか……歴史に名を残す英雄になったのではなかったのか…………」 サイラスはそう呟くと、そのまま寝台に倒れ込み、声を殺して嗚咽した……。 一方、マリア救出に成功したアリス、フェイ、ネズミ仮面ジョウと合流したクサナギ、ミオ、ゼロ、そしてセフィロス、阿修羅、モ・エギ達は無事にノウラの町にたどり着いた。そしてその少しあと、ゼノアとザクネーン部隊で構成された[偽聖剣売り隊]も戻ってきた。彼らはついでに、追撃してきたクメーラ軍の精鋭部隊も片付けてきたようだ。しかも戦利品としてリグ・アーイン型の操兵を二機も捕獲してきた。 ライバ王は早速それぞれの部隊をねぎらった。特にこの作戦の立案者であるミオには、微笑みかけながら言葉をかけた。 「……どっちが[タヌキ]だ……」 その言葉にひきつった笑みで答えるミオ。その後ろをルシャーナが通りすぎる。彼女もまた、ミオを讃えるように言葉をかけた。 「……[雌狐]……」 と。 「それにしても、うまく行きましたなぁ……」 もう一人の[タヌキおやぢ]ワールモンがミオに声をかけてきた。ミオはすかさず、側に居たラマーナを引っ張ってきた。 「この作戦はみーんなこの、ラマーナさんのおかげで成功したんですからね!」 ラマーナはミオのこの言葉を、複雑な思いで受け止めていた。 そのころ、一通りの報告を終えたクサナギは、突然モ・エギの大きな手に掴み上げられた。 「……クサナギさん……臭い……!」 モ・エギはそういって、突然クサナギの服をひっぺがした。そしてそのままノウラ名物の自然の大浴場にほうり込んだ。 「服は洗濯しておくから、お湯に使ってゆっくり体を休めてて……」 何が起こったか全く理解できなかったクサナギは、とりあえず言われるままに湯に浸かった。どの道服を持っていかれたのだから、そうするしかなかったのだが。クサナギが縁のほうに寄りかかってとりあえず体を休めていると、隣にいた長髪の男が声をかけてきた。 「また、逢ったな」 その男は、剣聖ニーツ・カークだった。クサナギとは、以前このノウラの街が死人の軍勢に襲撃された時、この町の守護操兵[ファルメス・エルブレイブ]の祠の前で一度だけ逢ったことがあるだけだ。が、クサナギはこのただならぬ雰囲気を漂わせるこの男のことを忘れたことはなかった。 「無事に助かったようだな。貴様はこれから、どうするつもりなのだ……?。まだ、奴等と戦うつもりなのか、既に帝国と化した大きな敵と……」 クサナギは静かに、そして力強く答えた。 「もちろん、そのつもりだ。私がたとえここでやめたとしても、奴等が私をねらってくるだろう。もう、後戻りはできない。それにどの道、誰かが立ち上がらなければならないのだ。それがたまたま、私たちだけだっただけだ」 「……貴様は人々を救う英雄になろうというのか?。大勢の人々を救うだけの力はあるのか。正義を語るには、それに見合った力が必要なのだということを、わかっているのか……!」 クサナギはその言葉を真っ向から否定した。 「私が人々を救うのではない!。自ら立ち上がろうとしながらそれすら許されぬものたちの、力になりたいだけだ。正義は誰でも語ることができるはずだ。もし、そのものに力がないのなら、力あるものが黙って手を貸してやればよいだけだ。それが力を持つものの使命であろう……!!」 この時クサナギは、あとから入ってきたゼロの企みに気づくことはなかった。現在このノウラにはカストール牢獄からついてきたかなりの数の囚人達がいる。ゼロは温泉に使っているその囚人達を巻き込んで何かをやらかそうとしていた。 そんなことは露知らず、クサナギとニーツの会話は続く。今度はクサナギがニーツに問いかけた。 「ならば問う。そなたはいままで何のために剣を極めたのだ。そなたのいう、正義を実践するためではないのか?。それならば何故、そのすぐれた剣技を人々のために使おうとしないのだ!。それとも、その剣はただ、そなたの人斬りの快楽を楽しむだけのためのものなのか?!」 その言葉にさすがのニーツも声を荒げた。 「それならば、きさまの操兵はいったいなんだ!。あれもまた、戦のための力ではないか!」 (さすがにこれは言い返せまい)そう思ったニーツだが、クサナギは意外にも、穏やかな笑みを浮かべてあっさりと答えた。 「……確かに操兵は戦いの道具だ。でも私は操兵が好きだ。そなたの剣技は確かにすばらしい。その力を持ってすれば大勢の人々を守ることができる。が、所詮剣は、誰かを傷つけることしか出来ない。しかし操兵は、その手の剣を鍬に変えれば大地を切り開き、田畑を耕し、人々とともに新たな町や村を築き上げることができる。そう、人々を守り、そしてともに歩むことができる。そなたの剣にそれができるか……!!」 逆に、ニーツが返す言葉を失った。さらにクサナギの言葉は続く。 「人々が一つになって正義を貫けば、力はあとからついてくる。たとえ一人一人は小さくとも、力を合わせれば、どんなことだって出来るんだ!!」 その時、決着がついたと判断したゼロが、クサナギの元に忍び寄った。 「そうだよなぁ〜みんなが一つになれば、どんなことだって出来る……素晴らしいことだよ、なぁ……!」 クサナギはこの時、初めて回りの様子がおかしいことに気づいた。ゼロに丸め込まれた囚人達がクサナギとニーツを取り囲んでいたのだ!。ゼロの合図で一斉に二人に飛びかかる囚人達。なす術もなく持ち上げられるクサナギ。ゼロは囚人達に、クサナギを隣の女湯のほうに投げ込ませた。 (そういえば、以前もこんなことがあったっけ)そう思った瞬間クサナギは、頭から温泉の中に突っ込んでいた。何が起こったか理解できぬまま頭を上げたクサナギの目の前には、手桶を構えたミオ、そして阿修羅が立ちはだかっていた。 女湯でのクサナギの悲劇を想像しながらこの場から逃げ出そうとしていたゼロの前に、ニーツが悠然と姿を現した。飛びかかってくる囚人達を軽くあしらいながらゼロを睨つけるニーツ。 「……この俺から逃げられると思ったのか?バカ弟子が……!!」 ニーツはゼロをむんずと掴むと、そのまま男湯と女湯を仕切っている薄い木の板でできている壁目がけて投げつけた。殺気を感じた阿修羅は、ゼロが激突するであろう壁に[気]を送り込んだ。本来突き破れるはずの壁は[気]によって強度を増し、ゼロがつき抜けてくるのを阻止した。が、ゼロの激突した余波で阿修羅が押さえていなかった部分の壁がすべて倒れてきた。かくして、大浴場は戦場と化した……。 |