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「度胸、と捉えてもらえれば良いです」 イーリスも毅然とした態度で答えた。イーリスは[ケモノの主]に名を問いかけた。が、[主]はそれには答えなかった。 「……何故、そなた等にそれを答えねばならぬのか……。が、そなた等は運が良い。もし、私の機嫌が悪ければそなた等はとっくに我が牙によって瞬時に切り刻まれていたであろう……」 主は今度はモ・エギのほうを見た。モ・エギは先に声を掛けた。 「おひさしゅうございます。最後にお会いしたのは、五十年ほど前でしたか……」 「……御仁の姫君が人里に降りたという話を聞いてはいたが……そなたであったか……」 笑いながら答えた主は次にエルグラーテを見た。その鋭い視線は、映像盤越しにクサナギを捉えていた。 「なるほど……その者がそなたの新しき[主]か。に、しても……」 主は急に悲しげな表情になった。 「哀れな……長き年月は、そなたから[語る]力を奪い去ってしまったようだ」 どうやら主はエルグラーテ、いや、ファルメス・グラーテを知っているようだ。それも、三千年以上昔の、かつてのグラーテを……。クサナギは頭上の仮面を見上げた。が、仮面は何も語ろうとはしなかった。 主は再び口を開いた。 「……ここを立ち去れ人間よ、私が空腹になる前に。空腹になれば機嫌に関わりなくそなた等を喰らうであろうから。それが、樹界の[理]だ……」 「では、その時はモ・エギのような[御仁]でも食すのですか?」 イーリスの意地悪な質問に、主は笑って答えた。 「無論!……と言いたいところだが、御仁が相手ではさすがの私も無傷というわけにはいかぬ」 その場を立ち去る主。だがその前に主はこう、言い残した。 「そうそう、この先にいにしえの人間の[忘れ物]がある。もしそこに行くのならその[忘れ物]をどうするも自由だ。どの道あれは、この樹界にはあってはならぬものだから……」 それは危険なものか、と問うゼロ。それに対し主は、「忌まわしきものだ」とだけ答えた。獣の主が去った後、辺りに静けさが戻った。とりあえず一行は、主の指した方向に進んだ。そしてしばらく進むと、目の前に明らかに人工物と思われる巨大な立方体を発見した。それは、周囲が蔦に覆われてはいたものの、確かに建物のようだ。だが、この建物、[いにしえの]と呼ばれていた割には殆ど朽ちていないのだ。本当にこれは太古の建造物なのだろうか。 その問いにアルバートが答えてくれた。それによるとプレ・クメーラ文明は、現在はおろかクメーラ王朝時代よりも遥かに進んだ文明を持っていたという。そしてその中には、特殊セラミックなどの現在では全く再現不可能な材質も存在したらしい。おそらくこの建造物もまた、そうした材質で作られたものだろうということだ。 一行はその建造物の周囲を調査し、入口を捜した。その結果、どうやら扉と思われるものは一階に当たる部分にある一ヵ所だけのようだ。モ・エギも二階、もしくは三階に当たる場所を調べてみたが、窓らしいものは何もなかった。 入口と思われる扉には、取っ手やノブのようなものは見当たらなかった。おそらく、この扉はなんらかのカラクリで横にスライドするのだろう。クサナギは再びエルグラーテに乗り込むと、操兵の腕でその扉をこじ開けた。さすがに操兵に抗う術はなかったのか、扉は簡単に開いた。一行はモ・エギにピジョットとヌクヌクを預けると、その暗闇の中に入っていった。クサナギはその際、エルグラーテの仮面をはずして自分で持っていくことにした。 中には灯りがなく、完全に闇に閉ざされていた。セフィロスが持っていた永久ランプは以前の戦闘で壊れてしまったので、ランタンに頼るしかなかった。アファエルはランタンに火をつけようとするが、火打ち石では時間がかかる。そこにゼロが、以前購入したライターを用いて火をつけた。それを見たアファエルは(そうは見えなかったが)とても驚いた。彼女たち[剣の世界]の住人にとって、こちらの[世界]の工業製品はまるで魔法のように見えるのだ。こちらの[世界]の住人にとって彼女たちの存在が不思議に見えるように……。 「〜あらぁ?貴方、[ティンダー]の呪文が使えるのですねぇ」 感心したアファエルが相変わらずのんきな口調でゼロに話しかける。ゼロは白々しく「うん!」と答えた。 「ほかに[すとーんぶらすと]も使えるぞ!」 ゼロは以前妖精族の村で[指弾]を見せ、彼らに[魔法]と思われていたのだ。が、盗賊としての資質を持つアファエルにこの[手品]は通用しなかった。 「なぁんだ。指で弾いているだけじゃないですかぁ」 だがゼロは引かなかった。 「えーっ。村の人たちは[魔法]だって言ってくれたぞ!」 「でもぉ、やっぱり指で弾いているだけですよぉ〜」 そんな漫才をよそに、一行はランタンを頼りに奥へと進んでいった。中は特に迷宮にはなってはいなかった。ただ真っ直ぐな通路と、途中途中に扉があるだけだった。そして開けてみた扉の中はどこも荒れ放題で、ひっくり返った本棚や、もはや元が何だったのかわからないガラクタだらけだった。 一行はそのガラクタを漁ってみる。すると、その中から比較的無事な書物が数冊見つかった。が、その書物は見たこともない古代語で書かれており、とても読めそうになかった。アルバートに頼んでみるものの、専門用語らしいものが多く、ここではとても調べられないという。 ほかにめぼしいものを見つけられなかった一行は、さらにほかの部屋も調べてみるが、やはり何も見つけられない。一行は二階に続く通路を捜した。それは程なく見つかった。が、既に階段は壊れていて上がることはできない。アファエルはロープを取り出し、フックを取りつけて、天井に投げ入れた。フックを引っかけて上ろうとするのだ。が、何をトチ狂ったのか、ロープごと二階に投げてしまったのだ!。これでは本末転倒だ。 そこでゼロ、セフィロス、イーリスは自分たちの流派に伝わる[技]で跳び上がることにした。阿修羅のような僧侶が行使する[気]の力は武繰の中にも違う形で取り入れられている。その中には、気の力で自分の跳躍力を何倍にも高めるものがあるのだ。 だが、元々は剣術の派生の技には違いなく、決して万能な魔法ではない。本来このような狭い場所で使用する技ではないのだ。ゼロとセフィロス、イーリスはそれでも跳躍を試みた。そしてゼロとイーリスは無事に二階に跳び上がった。が、セフィロスは跳ぶ方向を誤ってしまい、天井に激突しそうになった。とっさにゼロはセフィロスを蹴飛ばして天井に激突するのを阻止しようとした。が、やはり空中では無理があったのかその蹴りを外してしまい、セフィロスは天井にまともに激突してしまった。 その後一行は、ゼロが投げ下ろしたロープを頼りに二階へと登った。二階の部屋も一階同様ガラクタに埋もれていた。早速一行がしばらくあさっていると、 「〜あらぁ〜変なものが出てきましたよぉ〜」 と、アファエルが奇妙なものを掘り出した。それは、操兵用にしては小さすぎ、人間用にしては大きすぎる中途半端な[仮面]だった。アファエル、そしてアルバートとメリアを除いた一行はその仮面を見て驚愕した。その模様が何と、あの[奇面衆]の奇面に酷似していたのだ!。ゼロは先ほど見つけた書物を取り出すと、表紙を開いて項をめくった。すると、その仮面について書かれた項があったのだ。次の項を見るとその仮面を用いたと思われる[巨人]のようなものの図面も記載されていた。いったいこの建物の中で何が研究されていたのだろうか。そしてこれが、獣の主が語った[忌まわしきもの]なのだろうか。 どうやら三階以降も同じ状態だろうと判断した一行は、とりあえず一階に降りた。そして、今日はここで夜営することにした。ゼロはモ・エギに入口の番と荷物の預かりを頼みに行き、ついでに先ほどの書物の文字が読めるかどうかを訪ねた。が、さすがに御仁姫も人間の使う古代文字についての知識は持ち合わせてはいなかった。 皆が夜営の準備をしている傍ら、アファエルは通路の奥で、おそらく地下に通じるであろう扉を見つけた。その扉は両開きのスライド式だった。アファエルがこじ開けて覗くと、その中は果てしなく地下に続く縦穴だった。中央にある上から下まで伸びたワイヤーから判断すると、どうやらこれは昇降機のようだ。だが、扉の横にある釦を押しても、動く様子はなかった。 |