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タナル村での蛇女騒動から三ヵ月。ライバを離れて一人旅を続けるセフィロスは、辿り着いたテーシスの町で奇妙な事件に遭遇した。 深夜。テーシスの宿で眠りについていたセフィロスは、何か寒気のようなもので目を覚ました。只ならぬ気配に窓を開けてみると、外は一面の霧……そして人通りのなくなったはずの路地で二人の人影が奇妙な行動を取っていた。黒い外套を纏った男が一人の少女を抱え、その首筋に自分の顔を近づけていたのだ。 一見すると[愛し合う二人の男女が人目を憚って深夜の逢引をしている図]にも見えなくはない。だが、セフィロスはその少女の尋常でない虚ろな表情が気に掛かり、そして二人に気づかれないように二階の窓から静かに飛び降りた(!)。幸いにも、男はそんなセフィロスに気づいた様子もなく、先ほどからの行為を続けていた。 霧の中をセフィロスがさらに近づいてみると、男の行為の全容が明らかになった。男は明らかに少女の首筋に[牙を立てるように噛みついていた]のだ!。そして何よりセフィロスが驚いたのは、その男の目が紅に輝いていることであった!!。 思わずセフィロスが誰何すると、それを無視するように男は抱いていた女性を丁重に地面に寝かせ、その手に何かを握らせて立ち去ろうとした。セフィロスは少女が気になりながらもその男を追った。そして程なく追いつき、再び誰何した。 「貴様は誰だ!。ここで何をしていた!!」 男はそれに無言で答え、セフィロスにその輝く瞳を向けた。その時セフィロスの勘がその異様な輝きに警戒するように告げ、セフィロスはその視線を避けた。そしてそのまま破斬槍を構えて男との間合いを詰めようとした。が、その直前に男はその身に纏った外套を翻した!。 セフィロスは思わず槍を振るい、その外套を切り裂く!!。が、既に男はその場から離れ、逃走を始めていた。 だが、このまま逃亡を許すほどセフィロスは甘くなかった。流派に伝わる縮地の技で瞬時に男に追いつき、破斬槍を男に突きつけるセフィロス。その光景に男はおもわず「化け物か……!?」と呟きつつも自らも人間業とは思えない跳躍力で宙に舞い、そのままセフィロスを飛び越え、身構えた。 「今度こそ答えてもらおう。貴様は今、ここで何をしていた!。逃げたということは、何か疚しいことをしていたんじゃないのか!!」 「……確かに私はあの少女にひどいことをした……だが、私は彼女に必要以上に危害を加えたつもりもない。それよりも……」 そう言って男はセフィロスにきっぱりとこう言い放った。 「良いのか?。少女をあのままにして。路上に寝かせておいたら、風邪をひいてしまうではないか!!」 「貴様が寝かせたんだろうがっ!!」 男の指摘にムキになるセフィロス。それに対して男は静かにこう言った。 「私は必要以上に人を傷つけたくない……それに……君では私を[傷つける]ことは出来ない」 その言葉がセフィロスの武術家としての闘志を刺激した。 「そんなこと……やってみなければわかるまい!!」 セフィロスはそう言って、自慢の槍を男の足もとに向け、そして武繰の[技]を繰り出し、数回に渡って攻撃した。とりあえずこの場は男を転倒させ、動きを封じようというのだ。その稲妻のきらめきのような槍捌きに男は舌を巻いた。 「き、貴様……本当に人間か!?」 ![]() だが、やはり局部を狙った攻撃は命中が難しく、また相手に予想されやすいこともあって、あっさりとかわされてしまった。セフィロスはなおも攻撃を繰り出すも、ことごとくかわされてしまう。 数回の攻防の後、男は突如無防備な背をセフィロスに向けて「……好きにしろ!」と呟き、悠々と歩き出した。さすがのセフィロスもこの[無謀な]行動を前にかえって攻撃の機会を見出せず、男の逃亡を許す結果となってしまった。 「……待てっ!。せめて、名前ぐらいは名乗れっ!!」 セフィロスの問いに男は一言だけ呟いた。 「……[紅玉の吸血鬼]……とでもしておこう……」 男はそのまま霧の中へと消えていった。 セフィロスはすぐさま少女の元へと戻った。少女は既に目を覚ましており、駆け寄ってきたセフィロスを虚ろな表情で見つめていた。 「あのぉ……さっきまでここに外套を着たお方がいらっしゃったはずですけども……」 少女のその問いに対してセフィロスは逆に、ここで何があったのかを少女に問う。 「私が家で寝ていたとき、突然[あの方]が枕許に立っておられたのです。そして私のことをじっと見つめて……それからのことは覚えていません、でも……」 少女は心ここにあらず、といった感じで話を続けた。 「……とても悲しそうな目で私を見つめていたことははっきりと覚えています」 セフィロスは少女が何かを握りしめていることに気づいた。少女はセフィロスの求めに応じてその手の中のものを見せた。それは、小さな紅い宝石であった。 「あのお方が下さったものでしょうか……ひょっとして、あのお方が噂に名高い悲劇の[紅玉の吸血鬼]!!」 少女はセフィロスの問い掛けにそれ以上答える事なく、自宅と思われる方向にふらふらと歩き始めた。セフィロスは少女を家まで送っていった。家にたどり着いた少女は玄関で「開けてーっ!!」と叫ぶ。どうやら、玄関から連れ出されたわけではないようで、見ると二階の窓が開いていた。 この様子では詳しい話は聞けそうになかった。そんな少女の姿を横目に見ながらセフィロスは、とりあえずこの場は宿に戻ることにした。 そのちょうど翌日。クサナギ、ミオ、イヴル、アファエルの一行は、旅商人のイプセンに雇われ、そしてモ・エギとゼノア達もまた、その旅商人の道連れとしてともにテーシスの町へと向かっていた。 一行がリアでの[赤の盗賊団]事件を解決、町を後にしてから数日が経過していた。その間一行は、途中途中の宿場町で不思議な話を聞き入れていた。[紅玉の吸血鬼]。この近辺に昔から伝わる、夜な夜な女性を襲い、血を啜る恐ろしい吸血鬼の話なのだが、普通の物語と違うのは、この吸血鬼はわずかしか血を吸わず、しかも代償として小さいながらも高価な紅玉を置いていくというものであった。 [吸血鬼]または[ヴァイクン](アファエルの言葉では[バンパイア])と呼ばれるその存在は、一度死んだ人間が何かしらの方法で蘇り、さらなる[闇の力]を手にした恐るべき存在である。その肉体は強靱で、超人的な力を振るい、また普通の武器ではかすり傷一つ付けられないという。しかも、一度死んだその体は(ある例外を除いては)二度と死ぬことはなく、仮に傷ついたり[死ん]だとしても瞬時に再生してしまうという。 だが、その[生き返り]の代償は大きく、その体を維持するためには[人間の血]を啜る必要があり、それゆえに人間からは恐れられ、忌み嫌われている。そしてまた、彼らは[太陽の光]や高僧、高司祭などの[神の奇跡]に弱く、場合によっては[消滅]してしまうこともあるという。 それでも、やはり血を求めて夜をさまよう姿は昔から物語の中で恐ろしく描かれており、また、[血を吸われたものは伝染して吸血鬼になる]という話もあり、このゴンドア大陸では[龍]と並んで語られる[恐怖のおとぎ話]として広く知られている。 イヴルはこの話を思い出しながらアファエルとミオを見て、二人にひょっとしたら道中襲われるかも、と冗談交じりに警告した。それを聞いたアファエルは、 「大丈夫ですよぉ。[ばんぱいあ]は人間の女性しか襲わないんですよぉ」 と、相変わらず[のほほん]とした表情で答えた。そして頭上からもモ・エギの声が聞こえた。 「それ、本当ですか?。よかったぁ。ゼノアさんたら、ひどいんですよ。私を見て、"あなたでしたら、体が大きいから吸いでがありますね"なぁんて言うんですよ!」 「モ……モ・エギの裏切り者おぉぉぉ!!」 モ・エギの無情な言葉に一人嘆くミオ。だが一行は、一瞬モ・エギの肩に吸血鬼が破廉恥にもへばりつき、その首筋に牙を立てて血を啜る姿を想像……出来なかった。モ・エギにとって、人間サイズの吸血鬼など、蚊に刺された程度のものであろう、と云うほうが簡単に想像できるからであった。 そうこうしているうちに一行はテーシスの町につくことができた。だが、テーシスの町の門で一行は、とんでもない話を耳にすることとなった。何とあの[紅玉の吸血鬼]の物語はここいら辺では時折起こる事件で、しかも夕べも起きたというのだ。 「まだこの町は良いほうだ。わずかに血を吸われるだけだからな。だが、よその町じゃ、もっと大きなことになっているって言うぞ。隣町のグノーシスじゃ、その紅玉の吸血鬼に娘達が誘拐されたって言う話だそうだ……噂通り、紅玉だけを置いてな」 とにかく一行は手続きを済ませて町に入ることにした。手続きそのものは特に問題なく進み、御仁であるモ・エギも、紅葉武雷の胸甲に取りつけられている[工房都市匠合の紋章]のおかげですんなりと通ることができた。 手続きを済ませた一行がその足で宿に赴くと、そこで意外な人物と再会した。しばらく前にライバから旅立ったセフィロスであった。セフィロスを見たミオは誰よりも真っ先に声をかけた。 「セフィイィィィーッ!。アンタ、こんなところで何やってるのよ。レイムが寂しそうにライバで待っているのに!!」 そのミオの叫びにイヴルが反応した。 「何ーっ!セフィロスには恋人がいたのか!!」 「そ……そんなんじゃないっ!!」 などと騒いでいたその時、セフィロスは宿の外に夕べの少女がいるのを目撃した。少女は昨夜と同じく頬を赤らめたまま、とぼとぼと町の中央広場に向かって歩いていた。 そんなセフィロスの視線を追ったミオがまた騒ぎ出した。 「セフィロス!。また浮気したんじゃぁないでしょうねぇ!!」 「"また"ってなんだぁ!だからそう言うんじゃないって!!」 セフィロスは夕べの出来事を一行に話して聞かせた。その話を聞いた一行は噂が真実であったこと驚いた。その時、宿の主人がその話に割り込んできた。 「この町じゃあ、数ヵ月に一度くらいの割合で起きとるから、珍しいことじゃないよ。[吸血鬼は伝染する]っちゅうが、それもないしな。だが……」 主人は急に深刻な表情になった。 「ここ最近、誘拐事件に発展しているところもあると聞くなあ。隣町のグノーシスじゃあ、既に二件起きているというし」 主人のその話に今までカウンターの隅にいた旅商人イプセンが、急に血相を変えて主人に詰め寄った!。 「おい、主人!。今の話は本当なのか……!!」 「あ……あぁ、本当らしい。何でも、誘拐された現場には確かに、[紅い宝玉]が置いてあったって云うからな」 「……そんな馬鹿な!!」 そんなイプセンの様子が気になったミオは、彼をジト目で見つめ、そしておもむろに詰め寄った。 「……イプセンさん、ひょっとしてアンタ何か知っているの?!」 ミオのジト目に気圧されながらもイプセンはシドロモドロに言い訳をした。 「い……いやぁですねぇ……わたしゃ、街道沿いで話を聞いているうちにこの話が好きになっちまってですねぇ……」 それでもミオはしばらくの間イプセンに注意を払っていた。が、イヴルは再び「次に誰が襲われるか」という話題を持ち出し、ミオは再び自分が矛先にならないために神経を集中させなければならなくなってしまった。 「やっぱり襲われるのは[美女]じゃないのか?」 と言うイヴルの言葉に[美女ではない]と思っているミオはほっと胸をなでおろす。が、次の主人の言葉はそんなミオに打撃を与えるのに十分であった。 「いやぁ……こういっちゃぁ失礼だが、[紅玉の吸血鬼]は女性の選り好みはしないんですよ」 その一言で、ミオのジト目の対象は完全にイプセンから主人に移った。そんなミオの三白眼に迫られた主人は、矛先をそらすためかこんな話をした。 「そういやぁ、この前、妹を攫われたって云う渡世人が手がかり求めてきたことがあったっけかな」 それを聞いたクサナギとミオ、そしてセフィロスはそんな[妹思いの渡世人]を二人ほど思いした。一人は傭兵隊長ザクネーン。だが、彼は渡世人というよりは明らかに傭兵であった。そしてもう一人は……。 「確か……すごく鋭い目で……紺色のターバンをしていたな」 これでもう一人の渡世人がいったい誰かがはっきりした。少なくとも、クサナギ、ミオ、セフィロスの三人には。 だが、主人の話にセフィロスも疑問をもっていた。 「俺が見た印象じゃ……とても誘拐なんかする奴じゃなかったが?」 セフィロスが夕べ遭遇した[吸血鬼]は余計な争いを好まず、襲った相手のことを気づかうなど、いかにも[本意ではない]ということが見て取れたのだ。とても誘拐などするとは思えないのだ。誘拐事件に発展したのがごく最近である、と言うのも気に掛かる。[悲しき吸血鬼]と[誘拐魔]。果たして、どちらが本当の[紅玉の吸血鬼]なのであろうか。 「あなた方は[紅玉の吸血鬼]の話をお求めですか?」 一行の側にいつの間にか一人の男が立っていた。その姿は少々道化染みているが、どうやら吟遊詩人のようだ。彼は一行の返事も待たず手にした琵琶を奏で始めた。 「……それは昔の物語……とある時代のとある国……」 (いちいち歌詞を朗読していたら行が足りなくなってしまう)この歌の要約を説明すると、今から六百年前、とある青年が邪悪なる吸血鬼をとある場所に封印した。が、その戦いの最中に自分も吸血鬼になってしまった。吸血鬼の本能は容赦なく青年の心を蝕み、そして血を求めていたいけな少女を襲うようになった。 だが、青年は完全に吸血鬼の本能に支配されたわけではなかった。彼は少女を襲ってもほんのわずかしか血を吸わず、この手の話に有りがちな[血を吸われたものは吸血鬼になる]ということもない。そして彼はその血の代価と詫びの印として[小さな紅玉]を置いていった。そのことから人々は彼のことを[紅玉の吸血鬼]と呼ぶようになった。 「ちなみに、隣町のグノーシスはこの"紅玉の吸血鬼"縁の地だそうですよ……」 それを聞いたイヴルは居ても立っても要られなくなった。グノーシスの町はこのテーシスから馬車で約半日。操兵で行けば今からでも行けなくはないのだ。 「……まさかイヴル、アンタこの件に首を突っこむつもりじゃぁないでしょうね!」 皆に散々脅かされていたミオは、できれば遠慮願いたい、と遠回しに言っていた。それに気付いたイヴルは、さっきからぼーっとしているクサナギに声をかけた。 「クサナギ、自分の近くで[人攫い]なんて事件が起きて放っておけるか?!」 それを聞いたクサナギは一時的に目を覚まし、 「人が困っているのなら、見過ごしてはいられないな……!」 と、この事件に積極的に関わっていくことに依存がないことを表明した。アファエルも最初から好奇心をあらわにし、そしてセフィロスも夕べのことがあってかやる気を見せて……多勢に無勢、ミオは反対することを諦めた。 「……まぁ、慌てなくとも、私たちの次の目的地はそのグノーシスなんですから」 イプセンの言葉でとりあえず落ち着くイヴル。だが、その中でミオはいつの間にか宿を抜け出していた。先の少女に詳しい話を聞くためであった。吟遊詩人の話を聞いていたミオはその間、ずっと吸血鬼の正体について考え込んでいた。しかし、この前の[赤の盗賊団]事件の際に[邪推]がたたって真相を突き止めることに余計な時間がかかってしまったことから、今度はもう少し情報を集めようと考えたのだ。 そしてさらにアファエルも宿を抜け出していた。彼女はイヴルにミオの様子を伺うように依頼されていたのだ。アファエルは少し離れてミオの後を追った。 ミオが町の中央広場に来てみると、先の少女が広場のベンチに一人腰かけているのが見える。少女はやはり頬を赤らめたままで、その手に何かを握りしめているようだ。ミオは少女の側に近寄り、周りをぐるぐる回ってその首筋を観察した。首筋にはわずかだが二本の牙の跡がくっきりと残っていた。少女はそんなミオの行動に気をはらう事もなく、ただぼーっと空を見つめていた。 「あの〜もしもし?」 虚ろな表情のまま顔を向けた少女にミオが詳しい話を訪ねても、セフィロスから聞いた以上のことは得られなかった。ミオは近くでこちらの様子を見ていたアファエルを呼び寄せた。そして彼女の宝石を鑑定してもらうことにした。 少女が見せた宝石は、日の光を浴びて美しく輝いていた。アファエルが盗賊としての知識でその紅玉を見ると、それは小粒ながらも質はよく、少なく見積もっても、おそらくは金貨五枚は下らないと思われる高級品と思われた。まぁ少女はおそらく、後生大事にして決して売りに出すことはないだろうが。 「……[紅玉の吸血鬼]……あのお方……とても悲しそうな眼をしていらした……もう何百年もこんな悲しみを繰り返していらっしゃるのですね……」 (吸血鬼の呪い……っていうより、こりゃあ恋煩いってやつだね) もはやあきれ果てて声もないミオであった。 |