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翌日。アリスがテシウムに会いにいってみると、彼は夕べとは打って変わって開き直ったように落ち着いていた。そして、団員に公演の中止と撤収の準備を指示していた。アリスが事情を訪ねようとしても、テシウムはただ、遠い目をしてこう言うだけであった。 「アニタがいなくなったのだ。これでは明日の公演は中止にしなければならない。それ故に、色々としなければならないことも多いし、な……」 アリスはここで、夕べクサナギから聞いたこと、何故アニタがいなくなった時にあれだけ脅えていたのか、を訪ねてみた。それに対してテシウムは寂しげな笑みを浮かべて、 「知らないほうが、いいこともある……」 と、それだけを言うと、一人天幕に籠ってしまった。 そのころ、クサナギとミオ、モ・エギが一座の天幕に来てみると、団員達がとてもきびきびとした、とは言えない様子で撤収の準備をしているのが見えた。アニタがいないので、公演を中止する、とテシウムから指示があったということだ。だが、この公演の意味を考えるとそれは、この一座の解散を意味することで、団員達はどうしたら良いか分からなくなってしまっていた。 三人がとりあえずテシウムに話を聞こうとして、彼の天幕に行ってみると、そこにはこちらもやはりどうしたら良いのか分からずに途方に暮れているアリスに出会った。 「どうしたのアリス。こんな天幕の前で悩む前に、このミオさんに言ってごらん……?」 アリスがこういう事態でよく混乱することを知っていたミオは、ここはゆっくりと聞き手に回ってアリスの話を聞いた。そして、「知らないほうがいい」というテシウムの話を聞いて、 「テシウムさんはこっちが何も知らないと思っているわけだ……要するに、こっちが事情を知っていることを話せば、向こうも腹を割ってくれるかも……クサナギ出番!」 ミオははっきりとクサナギを名指しした。唯の渡世人ならともかく、ライバ盗賊匠合頭目の知り合いで、しかも例の盗賊匠合の情報をもっている、とクサナギから持ち出し、力を貸す、と持ちかければ、テシウムも腹を割って話をしてくれる、と踏んだのだ。これがミオかアリスなら、唯の[操兵に乗れる女の子]としか見られないだろう……。 その時、不意に天幕が開いた。そして中からテシウムが何かを決意したような表情で姿を現した。そしてアリスに、 「私は少し、外の風に当たってくる。後のことはよろしく頼む……」 と言って、そのまま天幕の外に出ていこうとした。だが、ここでミオがそのテシウムの襟首をむんず、と掴み、 「ま、今日は日差しが強いし具合も悪そうだし、とりあえず中で気付けでも……!」 と言って、テシウムをそのまま天幕の中へと引き戻した。もしここでテシウムを外に出したら、おそらくは一人でなんらかの無茶をしてしまうことが明らかだったからである。 天幕に戻ったところでクサナギは、早速例の話を切り出した。 「テシウム殿……そなたひょっとしたら[あの男の組織]から逃げたのではないか……?!」 それを聞いたテシウムは顔を青ざめて「何故それを……!!」と叫び、諦めたように肩を落とした。そしてクサナギがナバールから事情を聞いて組織について知っていることを話し、力になると持ちかけると、テシウムは事情のすべてを話し出した。 「あの[道化のナバール]の知り合いだったんですか……そうです。私は旅芸人の振りをして、[彼]の組織の為に情報を集めていました。ですが、もう[彼]のやり口についていくことができなくなったんです……そう、レーデリックのやり方には……組織を拡大させる為にはどんな手段も厭わない、そのやり口が……!」 どうやら敵の頭領はレーデリックというようだ。テシウムはここで溜め息をつき、再び話し始めた。 「私は、領主が代替りした時を狙って組織の内情を密告したのです……就任したての若い領主の功名心を煽るのは簡単でした。彼は次々と組織の集会場所や裏賭博場、泥棒市などに手入れをしていったのです。そして、その結果組織は崩壊寸前に追い込まれていきました」 「あんただったんかい……」 ミオはこれでテシウムが狙われる理由が納得できた。唯の裏切り者なら、組織建て直しの最中にいちいち襲うなどということは考えにくいが、組織崩壊の元凶となれば話しは別である。組織再生の前にその見せしめとしては丁度良いのだ。 「ナバールさんの情報ではどうやら組織がまだ力をもっている、と見ているようですが、実際にはそれほど恐るるには足りません……ですが、それ故にレーデリックは私を深く恨んでます……組織解体の張本人として……」 「なるほど……それでレーデリックとやらはこのような事件を起こしたのか……逆恨みもいいところだ……!!」 どこか勘違いしているようなクサナギは、それでもレーデリックに対して怒りを覚えた。 「奴らしいやり方です……私をただ殺すだけでは飽き足らず、娘を攫って私の不安を煽り、そして公演そのものを中止に追い込む……!」 テシウムはそう言って、宅の上にあった封書を一行に手渡した。その中の手紙には、[今日の正午に娘を返す。お前一人で来い!]と書かれてあった。テシウムがアニタを捜し回っている間に置いていったようだ。 だが、レーデリックが黙って娘を返す訳はない。正午までにはまだ時間がある。一行は早速対策を検討した。その結果、何食わぬ顔で約束通り出向くテシウムをクサナギとアリスが尾行、ミオとモ・エギが操兵駐機場から双眼鏡で様子を見て、接触したところで一網打尽、という作戦をミオが提示し、実行に移すことになった。 一行は指定された場所である町の入口の外に赴いた。そこで部下が待っている、と言うのだ。そして正午から一時間が経過したころ、一人で待っていたテシウムの元に外套に身を包んだ男が話しかけてきた。テシウムはその男の言葉に何やら頷くと、そのまま男の指示に従ってその場から離れた。 クサナギとアリスは早速尾行を始めた。ここで失敗する訳にはいかない二人は、それぞれ外套を羽織って自分達の正体をばれないようにしていた。が、ここでクサナギは人込みに巻き込まれ、肝心のテシウムを見失ってしまった!。が、ここでは敵もドジを踏んだ。テシウムを案内している手下はその場で振り返り、 「ふ……馬鹿正直に本当に一人で来たんだな……」 と、はっきり聞こえるように呟いた。どうやらこの手下はクサナギ、アリスに完全に気付いていないようだ。 一方、モ・エギとミオは操兵駐機場からそれぞれに町の外を監視していた。テシウムを監視しているであろうものを捜し出す為だ。そしてミオが双眼鏡で、モ・エギが戦鎧の兜に内蔵された探知装置で辺りを探っていると……。 「ミオさん、あそこ……!!」 「………へ…………?!」 モ・エギの指摘で自分が見ていた場所とは正反対のほうを見てみると、そこに怪しげな馬車が一台いるのが見えた。テシウムを連れた手下は一見あらぬ方向に迷走しているように見えるが、よく見ると確かにその馬車に向かっているのが分かった。ミオはまだ戦鎧着装姿を見られていないモ・エギに町の入口近くまで行ってもらい、いざという時にその馬車に向かってもらうことにした。 テシウムは馬車の側までやって来た。アリスはその馬車になるだけ近づき、あわよくばその下にしがみついて敵の隠れ家まで付いていこうとした。が、馬車はわざと広い場所に置いてあり、しかも四方に見張りをおいて全く死角を作らないようにしてあった。仕方なくアリスは近くで様子を見続けることにした。 馬車の小窓からテシウムの姿を確認した昨日の司会の男−レーデリック−は、開口一番、部下に向かってこう言った。 「馬鹿か、お前は……!」 どうやらレーデリックはクサナギとアリスの尾行に気付いており、それを見抜けなかった不甲斐ない部下を嗜めたようだ。 「まあいい……尾けてきたのは小娘と若造だけ……何ができるわけでもあるまい……!」 レーデリックは余裕の表情で二人がいるであろう場所に一瞥をくれると、そのまま必死の形相で睨むテシウムに目をやった。 「娘は?!……アニタは無事なんだろうな……?!!」 「ふ……約束通り来たその度胸と勇気を讃えよう。良かろう、娘は返してやる。ただし、無事と言えるかどうか……!」 その言葉と同時に馬車の扉が開き、その中からアニタが転がり出てきた。それを見たテシウムは驚愕した。何とアニタは足の骨が折られていたのだ!。 「アニタ……あぁ……なんてことを……!!」 愕然とするテシウムを見たレーデリックは満足そうに笑みを浮かべると、そのまま馬車を走らせるように指示を出した。 「これでお前は終わりだ……俺はお前が絶望に打ちひしがれているのをじっくり見た後で、ゆっくりと殺してやる……!!」 それを見たクサナギは大急ぎで馬車を追った。が、やはり人間の足では馬車の速度に追いつける筈はなかった。 馬車が動き出したのを見たモ・エギは、すぐに駐機場を飛び出して町の入口にまで駆け出した。町の衛士隊の操兵が止めに入ったが、相手が工房都市匠合の紋章を着けている為に手出しすることができない。モ・エギはそんなおろおろしている操兵を放って置いてそのまま町の関所を飛び越え、そのまま馬車を追おうとした。 が、結局モ・エギはその馬車を追いかけることはできなかった。足もとでアニタの悲鳴とテシウムの嘆きが聞こえてきたのだ!!。アリスが駆け寄ってすぐに手当てを施しているが、二人の声がモ・エギの耳から離れなかったのだ。 「あうぅ……お……お父さん……!!」 「あぁ……アニタ……」 モ・エギは馬車を諦め、すぐアニタの治療に当たらざる終えなかった。その光景を双眼鏡で見ていたミオは、そのレーデリックの卑劣かつ冷酷なそのやり口に思わず、 「あんのやろぉっ!……次は泣かすっ!!」 と、吠えた。そしてクサナギも、 「何ということを……奴等には血も涙もないのか……!!」 と、その怒りに拳を震わせていた。 そんな光景を馬車の中から見ていたレーデリックは、ただ一言「甘ちゃんが……」と呟いただけであった。 馬車を取り逃がした形となった一行は、とりあえずアニタをモ・エギの手の上に乗せて町の中に運び入れ、できる限りの治療を施した。テシウムをはじめとする団員達や踊り子達の見守る中、医術の心得のあるアリスがアニタの折れた足の位置を戻して接ぎ木を添え、そこにモ・エギが神通力で治癒を施す。これでほぼ完全にアニタの足は治る……筈だったが……。 「やっぱりだめ……私の神通力でも、完全に治るには一週間はかかるわ……とりあえず、痛みは止めたけど、骨折まで行っちゃうと後はアニタさんの回復力に頼るしか……」 「そなたの力でもだめなのか……」 クサナギの言葉はこの場にいる者すべての代弁であった。そう、モ・エギの神通力の治せる範囲は外傷まで。その範囲なら、たとえ体の一部が千切れていようが、完全に繋げることさえできる。だが、実際に使用可能まで治すとなると、後はその対象自身の生命力に委ねるしかないのだ。 「明日の公演は、やっぱり中止なんですか……?!」 「そんな……せっかく無事に戻ってきたのに……」 団員、踊り子達は落胆の表情を隠すことはできなかった。それはテシウム、アニタも同様だった。 アリスは、モ・エギの[部族の長]であるコガネ様に頼めないか、と持ちかけた。が、それに対して・エギは、 「だめでしょうね……こっちからあのお方を呼ぶ方法はないし……そもそも人間同士の揉め事には拘わろうとはしないでしょうね……」 と、落胆したまま答えた。アリスはどうしたら良いか分からなくなってしまった。 「どうしよう?……アニタさんほど上手な人はいないし……」 アリスがそう呟いた時、アニタがそんな彼女を見て不意に微笑んだ。 「いるじゃない……ここに……」 アニタはそう言って、アリスを指さした。 「あなたは私の踊りのすべてを見、そして物にしているはず……今のあなたなら、私の代役を十分にこなせるはずだわ……」 「知っていたんですか……私が、あなたの踊りの技を見ていたのを……」 アリスの俯き加減な返事に、アニタは優しい笑みを投げかけた。 「私があなたに素質を感じたのは、その技術を学ぼうとする向上心……そういう私だって、技術の大半は人から盗んだものよ……私たち芸人は、そうやって互いの技を盗みあって技術を磨いていくものよ……」 それでもアリスの表情は暗いままだ。 「でも……私はアニタさんほどうまく、奇麗には踊れない……」 「ア〜リ〜ス〜!!」 そんなアリスに不甲斐なさを感じたミオがオドロ線を背負ってアリスを睨む。そして上から覗き込んでいたモ・エギもアリスの肩にその大きな指を軽く乗せる。 「大丈夫。アリスさんなら、きっと踊れますよ……!」 そしてクサナギもアリスに優しく声を掛けた。 「そなたならきっと出来る……大丈夫、自信を持つんだ……!!」 「ここでやらなくてどうする!!」 ミオがビシッとアリスを指さす。そんな励ましを受けたアリスは、きっかり三秒後に決意に満ちた表情に変わった。 「分かりました。どこまでできるか分からないけど、私はアニタさんに代わり、立派にこの[龍の女神の舞]の主役を務めさせて頂きますっ!!」 それを聞いた劇団員も控室を飛び出して思い思いにアリスを激励した。 「よぉしっ!……良く言ったぁっ……!!」 「いつも引っ込み思案だから歯がゆい思いしていたんだけど……!!」 「それでこそ一人前の踊り子だ……!みんな、そうと決まれば早速明日の準備だ!!」 団員達、そしてほかの踊り子達は元気を取り戻し、早速それぞれの持ち場に戻って準備と稽古に勤しんだ。そんな様子を見たミオは、クサナギの肩を叩き、 「明日の奉納の公演が始まれば、絶対奴が来るから、その時こそ泣かしたろうね……!!」 と、決意を込めて呟いた。クサナギ、モ・エギもそんなミオの言葉に強く頷いた。 この勝負はアリスの舞を成功させるだけでなく、レーデリックの妨害を阻止しなければ勝ったとはいえない。次にレーデリックが攻めてくるとしたら、それは公演の妨害ではなく、一座の殲滅が目的になるのだ。それは絶対に阻止しなければならない……。 「連中はアニタがいなければこの公演はできない、と思っている節があるの。でも、その思惑がはずれたと知ったら……」 「奴等は間違いなく向こうからやってくる……そこが勝負だ!!」 そのころ、町の外のアジトではレーデリックとその部下達が自分達の企みの成功を信じ、明日の襲撃の準備をしていた。 「ふ……公演が中止となれば、信用を失ったテシウムは町を逃げ出す……俺達はそこを狙って失意の奴をなぶり殺しにする……生きる希望を失い、抜け殻となった奴を……!!」 「これであの裏切り者も、御終いですなぁ……」 レーデリックは部下の言葉に満足そうに頷いた。 「当然だ……この俺に恥をかかせたのだ……その例はたっぷりとしてやる……すぐには殺さん。いたぶって、いたぶって、いたぶり抜いてから……!!」 レーデリックは明日の襲撃の夢想に耽り、そのまま高笑いを続けた。 その夜。アリスはアニタとともに最終の稽古に入っていた。最後の三回転半の部分を完全に習得する為だ。敵の襲撃はクサナギとミオ、そしてモ・エギ達が防いでくれると信じている。あとは自分の舞次第なのだ。そして、そんな思いが向上心に繋がったのか、アリスはたった数時間の練習でその三回転半を会得、[龍の女神の舞]すべてを完全に自分のものとしたのだ……!。 「やったわね、アリス!。その感じよ……。それさえ忘れなければ、その舞はもうあなたのものよ……!!」 アリスは何となく自信がついた。 |