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そして翌日。いよいよ祭りの日がやってきた。町は賑わい、唯でさえ多い旅人なのに今日はまたさらに多くの人が訪れていた。その中で温泉湖の上では、湖畔に巨大な浮き舞台が組まれ、正午の奉納の舞の準備が整いつつあった。 この[龍の女神の舞]は最初、数人の踊り子による前座から始まる。そして最初の踊りが絶頂期に達し、太陽が頂点に近づいたころ、ここでアリス一人による[奉納の舞]が演じられるのだ。そして舞はちょうど正午の間欠泉の噴出とともに山場を迎え、最後に再び数人の踊り子による舞で終焉を迎える、というものである……。 この舞は唯の芸能ではなく、この町にとってはとても大切な神事である。もし、失敗でもすれば、一座の信用に拘わるのだ。果たして自分にそんな舞の主役など勤まるのだろうか……アリスは控室の中で、迫り来る不安と緊張に包まれ、泣きそうになっていた。 だが、アリスはそれでも自らの使命感を震わせて必死に堪えていた。朝食を取らずに精神集中を続けるのはこの可憐な少女の体には良くはない。振り子時計の音がその緊張を余計に煽る。が、それでもアリスはじっと待ち続けた。そして、長い待ち時間が過ぎ、いよいよ公演開幕の時間が迫ってきた。ほかの踊り子に呼ばれたアリスはゆっくりと舞台に続く長い通路へと赴いた。 そのころ。町の中ではクサナギ、ミオ、モ・エギがそれぞれにレーデリックを迎え撃つ準備をしていた。町の衛士隊は要人と町の住人の警備で手いっぱいで、おそらくはアドリアーノ一座の警護までは手が回らないだろう。ここは自分達のみが頼りなのだ。クサナギはエルグラーテを町の前面に配置し、その存在を誇示することでレーデリックに対して威嚇とした。モ・エギもそれに習って堂々と武装して待機する。ミオはワークマンデSACの迷彩塗装を活かして町のはずれの林に潜んでいた。 一方、逃げ出すと思っていた一座が公演の準備をしていると聞いたレーデリックは、それらの光景と着々と準備の進んでいる舞台を見て驚愕していた。 「馬鹿な……アニタが怪我をしているのは観客すべてが知っているはずだ……テシウムの奴、いったい何をするつもりだ……?!」 そう、観客の間では今、アニタが怪我をして舞を演じられないことが広く伝わっていたのだ。実はそれもミオの仕業であった。この[子ダヌキ]は得意の策略を発揮し、テシウムと共謀して昨晩のうちにアニタが怪我をして公演が危ない、ということ(のみ)をわざと広め、観客共々レーデリックを困惑させる作戦に出たのだ。そしてレーデリックはその策にまんまとかかったというわけだ。これでレーデリックは、こちらの代役が出てきても何の策略を立てる暇なく乗り込まざるをえない状況となった。 が、ここでレーデリックはにやりと笑った。ミオの策に気付いたのか……?。 「ふ……代役を立てたか……ま、アニタがいない以上大した舞はできまい……どうやら腹をくくったようだな……どの道お前は恥をかくことには違いはない。見せてもらうぞ、最後の悪あがきを……!!」 どうやらアリスの実力までは気付かなかったらしい。やはりレーデリックはミオの策を完全に見抜いたわけではないようだ。 長い通路を進むアリスは今朝方、クサナギに「大丈夫……そなたならできる……」という励ましの言葉を受けたことを思い出していた。 「かえって緊張するんだよね……そういう言葉……」 アリスは震え上がりそうな心を抑えて通路を進んだ。それは、何故かいつもよりもとても長く感じた。通路の出口では松葉杖を突いたアニタが無言のまま笑みを浮かべてアリスが来るのを待っていた。アリスも、そんなアニタに無言で答える。そして、アリスは大歓声に迎えられてその通路の外に出た。 だが、ここでアリスはその歓声に負けて出口手前で一歩も動けなくなってしまった。今まで耐えてきた緊張と不安がこの大勢の人々を見た途端に再び擡げて来たのだ!。 「ここで私が行かなきゃ、劇団のみんなが……でも……」 その時、そんなアリスを巨大な甲冑の手が優しく掴み上げた。モ・エギであった。彼女はその手に掴んだ感触でアリスが緊張しているのを感じ取ると、優しく声を掛けた。 「体が固くなってますよ……」 それを聞いたアリスは二、三回ほど深呼吸をし、顔をパンッと叩いて気合いを入れ直した。モ・エギの足もとではアニタが、 「いつも通り演じれば大丈夫!。何の問題もないわ……!!」 と、励ましの言葉を贈る。遠くを見るとエルグラーテが振り返ってこちらを見ているのが見えた。その機体の視線からはクサナギの励ましの眼差しを感じることができた。 「もう、大丈夫ですモ・エギさん。そろそろ降ろしてもらえませんか……」 だが、モ・エギはアリスを降ろそうとはしなかった。まだ、緊張している、という感じが残っていたのだ。そしてモ・エギは、手の中の少女に優しさいっぱいの眼差しを向け、笑顔でこう言った。 「迷惑かもしれないけど……私からの[おまじない]……」 モ・エギは自分の唇を軽くアリスの頬に押し当てた。突然の巨人の口づけに困惑しながらもアリスはモ・エギのそんな励ましに顔を赤らめ、微笑んだ。 「ありがとう、モ・エギさん……」 地面に降ろされたアリスに、アニタが近づいた。 「今はこれしか言えないけど……ま、頑張りなさい……」 アニタはアリスを歓声のする出口のほうに押し出した。アリスはそんなアニタに、「いってきます……」とだけ呟いた。それに対してアニタは笑顔で答えた。 そしてすっかり緊張の取れたアリスは、歓声に湧く観客の前に堂々と姿を現した。そんなアリスを見て観衆に紛れていたレーデリックが不敵に嘯く。 「あの小娘が代役というわけか……どこまでできるか、見せてもらおうか……!」 そして、観衆が見守る中でいよいよ[龍の女神の舞]が始まった。アリスをはじめとする踊り子達が浮き舞台の中央で華麗に舞い、手足の鈴が軽やかに鳴り響く……。 人々はその姿に見惚れ、しばし沈黙が辺りを支配した。そんな舞を見たクサナギ、モ・エギ、そしてミオはその結果に満足し、そしてその感情を読んだのか、それとも仮面自身の感情なのか、エルグラーテもクサナギ同様満足そうに頷いていた。 が、それを許さない者がいた。レーデリックであった。彼は踊り子達の予想外の美しい舞を見て、自分の目論見が脆くも崩れ去っていたことにようやく気付いたのだ。 「ば……馬鹿な……アニタは足を折ったんだぞ……なぜ、それなのに、あんな難度の高い舞が舞えるんだ……?!」 レーデリックの付添いの下っぱが慌ててフォローにならないフォローを入れる。 「確かにあの娘の足は折りました!。ですが、あの一座に他にもアニタ並みの使い手がいたなんて……?!」 「知らなかったというのか……?俺達の情報をもってしても……?!」 当然である。アリスはあくまでナバール一座からの応援である。しかも[龍の女神の舞]は独自で学んだものであり、一座の人間が特に指導していたわけではないのだ。まさに誰も知らなかった隠し玉である。いや、アニタはとうに気付いていたのだが……。 レーデリックは周囲のことを気にせず、烈火の如く怒り狂った。 「こうなったら、力ずくでも奴等を止めろっ!。俺の操兵も準備しろ。俺自らが奴に鉄鎚を食らわせてやる……!!」 「お……お頭自ら……?!」 「そうだ……テシウムの奴は一度ならず二度までも俺に恥をかかせ、プライドを傷つけた!。俺を馬鹿にする奴、コケにする奴は絶対に許さない……徹底的に叩き潰してやる……!!」 そして[龍の女神の舞]は山場を迎え、いよいよアリスの一人舞の部分に差しかかった。間欠泉が噴き出るまで後わずかであった。 その時、町の中に五機もの操兵が押し入ってきた。その操兵は町の衛士隊の操兵を蹴散らし、まっすぐ舞台に向かってきた。 「来たか!!」 クサナギは新造古操兵ファルメス・エルグラーテに大太刀を構えさせ、モ・エギ、ミオもそれぞれに戦闘準備に入り、その操兵の一団を迎え撃った!。 その騒ぎは舞台にいるアリスにも聞こえてきた。アリスはどうするべきか迷った。果たしてこのまま踊り続けるのか、それとも自分も迎え撃つか……!。だがこの時、アニタが舞台の下から立て看板を取り出し、アリスに見せた。それには、[気にしないで。このまま続けて!]と書かれてあった。 レーデリック一味の操兵の前にエルグラーテ、紅葉武雷、ワークマンデSACが立ちはだかった。敵の操兵は見ためこそはそれなりに取り繕ってはいるが、どうやら何かしらの再生機のようで大した性能ではなさそうだ、ということが操兵技師であるミオには見て取れる。だが、そのうちの一機だけは別格であった。クサナギはそのレーデリック専用と思われるその機体を見て愕然となった。 「あれは……[ファルラーテ]……!!」 そう、レーデリックの操兵は機体色こそ漆黒だが、確かにあのリダーヤ教聖騎士アヴィアスの乗機ファルラーテ−グラーテマスプロダクション(量産型)−であったのだ……!。その機体を見て憤慨したのはクサナギだけではなかった。 「ふ……一度ならず二度までもこのミオちゃんの心を逆撫でしてくれたね……!」 「この前の聖騎士といい、あのような下賤な者が乗るような操兵なのか……!!」 どうやらクサナギにとっては聖騎士も盗賊の頭目も対して違いはないようだ。そして一行と対峙したファルラーテの中からレーデリックがおもむろに口を開いた。 「このファルラーテ……お前の改造強化操兵の母体となった機体だ……操縦の腕によってはお前の操兵など、簡単に圧倒できる……!」 レーデリックは何か勘違いをしているようだ。エルグラーテはあくまでグラーテの谷の守護操兵である古操兵[ファルメス・グラーテ]を母体にバスティアル操兵工房製の[重操兵ブルガイン]の骨格や筋肉筒、そして機体構造を参考にしてミオが建造したものである。それに対してファルラーテは、工房都市リラームにおいてそのグラーテを母体にして設計された量産機である。要するに、レーデリックの言葉とは逆なのだ。 そのエルグラーテの製作者であるミオは、レーデリックの言葉に怒りのあまり声も出なかった。それに対して一昨日の[古操兵騒動]で暴走しかかったエルグラーテは逆にいつも通りの操縦性を見せていた。どうやらグラーテの仮面は自分の複製でしかないファルラーテなど最初から相手にしてはいないようだ。 「奴等を袋叩きにしろっ!!」 話を終えたレーデリックは、部下の操兵に戦闘開始の命令を下した。そしてそれを一行が迎え撃つ。戦闘が始まった……!!。 |