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そんなこんなで一行は、どんよりとした不気味な雲に包まれた屋敷の玄関口にやってきた。 「失礼しまーす……」 静夜が物怖じする事なく玄関をあけた。すると誰もいないはずなのに、一人の侍女服を着た少女が一行を出迎えた。まるで死人のように青ざめた少女を見た静夜はそれでも冷静に声をかけた。 「こんにちはー……おじゃましま……」 その時、少女はいきなり吐血すると、そのまま背中から袈裟掛けに斬られたかのように肩口から膨大な血を噴き出しながら苦悶の形相で一行に向けて倒れてきた!そのあまりの光景にこの場にいた全員が言葉を失った。 「だ……大丈夫ですかぁー?!」 我に返った静夜が倒れた少女に駆け寄ったが、そこには既に誰もいなかった。そう、そこには少女どころか、今噴き出されたはずの血の跡すら残ってはいなかったのだ。 「今のは確か、[古クメーラ調]の服装……」 クサナギの呟きを聞いたミオが混乱しながら叫ぶ。 「あーっ!そういう事だったら、同じ幽霊のジェンヌを連れてくれば……って、もう成仏しちゃってるしー……そうだ![あの]吸血鬼の侍女を連れてくれば……!!」 「マルティアなら、もっと古い時代の生まれだぞ……!」 そんなやり取りをしていると、静夜が一人で屋敷の奥へと入っていった。それを見た一行も後に続く。頭上ではシャンデリアが風もないのに揺れていた…だが、とりあえずは落ちては来ないようだ。 この手の屋敷の定番通り玄関は広間になっており、両脇には二階へと続く階段が伸びていた。一行はまずは二階から調べる事にし、その階段を上っていった。 階段を上り切った一行は、吹き抜けになっている玄関を見てシャンデリアの鎖が丈夫そうなのを確認し、そして奥に続く通路へと進んでいった。二階は一階と異なりかなり複雑に入り組んでおり、すべてを見て回るにはかなりの時間がかかりそうだ。 一行がどこから手をつけたら良いのか迷っている中、静夜は一人片っ端から扉を開けて回った。そのうちの一つ、物置の扉を開けた静夜はその奥に何かぼんやりとした光が灯っているのが見えた。それは蹲る一人の少女だった。 「ミオ様ミオ様……」 何故か指名されたミオを先頭に一行が部屋を覗き込むと、やはり一人の少女が蹲っているのが見えた。どうやら静夜一人の幻影ではないようだ。良く見ると少女は何かから逃れるように隠れているようだ。小さく震える少女の姿に哀れみを感じた静夜は思わず声をかけた。 「どうしました……?」 優しく声をかけられた少女はおもむろに立ち上がり、 「怖かったよおぉぉ!!」 と、恐怖に凍りついた表情で静夜に抱きついてきた!その瞬間静夜は冷たい霧のようなものが体の周囲を取り巻くような感じを受けた。が、それでも[ほわわん]とした表情を崩す事なく静夜はその脅える少女の頭を優しく撫でてやった。すると少女は表情を和らげ、やがて笑顔になってそしてそのまま消えていった。 その一部始終を見ていたミオは凍りついたように動けなかった。そして側にいたイーリスも若干動揺していたようだ。もっとも、この誇り高い女剣士はそんな表情を表に出そうとはしなかった。 狭い部屋ゆえに中を見る事ができなかったクサナギとヴァネッサは、それぞれ別の部屋を探索してみる事にした。その中でクサナギは、さらに上に伸びている階段を見つけ、ゆっくりと上っていった。外から見るとこの屋敷は二階建て。おそらくこの階段は屋根裏部屋にでも続いているのだろう……。 だが、クサナギがそう思ったのも束の間、一瞬目の前を何かが通った!それは一人の女性だった。その透き通る靄のような女性はクサナギの鼻先を通過すると、そのまますうっと、壁の中へと消えていった。 目の前の不可解な現象がもたらす恐怖に打ち勝ったクサナギがさらに階段を上っていくと、その頂上と思われる突き当たりに出た。そこは他に入口のない、全くの行き止まりだった。何かあると踏んだクサナギが調べてみたが、やはりそれは唯の壁のようだった。 そのころ、クサナギ、イーリス、ヴァネッサと別れた静夜とミオは、すぐ隣の部屋に向かった。が、扉を開けた二人はしばし茫然となった。部屋の中ではいつの間にか大勢の使用人、侍女達でごった返し、しかも彼らが次々と[見えない何か]に殺害されていくという地獄絵と化していたのだ!! 使用人達は自分達を切り刻んでいる[何か]を必死に宥めようとしているようだ。そして斬られたものたちはミオ、静夜に向けて何かを訴えているようだった。気を失いそうになりながらもミオがその声に耳を傾けると、それは確かにこう聞こえた。 「御館様が……ご乱心!!」 「やっぱり!!」 静夜はそんな声を聞いてか聞かずかトコトコ部屋の中へと入っていき、 「[喧嘩]はやめなさいぃーっ!!」 と、何か場違いな(明らかにこれは一方的な殺戮であって喧嘩ではない)叫びをあげた。が、というよりはやはりその瞬間にこの場で繰り広げられていた惨劇はきれいさっぱり消え、そこには唯の本棚が並び立つ書庫が広がっているだけだった。 一方、行き止まりの階段を下りてきたクサナギは手近な部屋に足を踏み入れた。ゆっくりと扉を開け、長銃を構えて油断なく入ったその部屋は、元の主人の部屋のようだった。中には立派な調度品が並び、奥には机と寝台があるくらいで特に何もなかった。寝台の側に一人の貴族が立っている以外は……。 その古クメーラ調の扮装で身を包んだ男は全身を不気味に青白く光らせ、全身から異様な[気]を発していた。それは、この屋敷に入って初めて感じる[敵意]をもった波動だった。その強烈な[敵意]をもった恐ろしい目付きで睨まれ、クサナギは背筋が寒くなるような感じに捕らわれた。 男は腰に下げた剣をゆっくりと抜き放った。その刀身はやはり青白い光を放っていた。それを見たクサナギが長銃を構え直すが、それよりも早く男が「出て行けえぇぇ!!」とものすごい形相で叫びながらクサナギ目がけて斬り掛かってきた! 不気味な憤怒の表情で迫ってくる男にクサナギは思わずボルトアクションの引き金を引いた!…が、その銃弾は男の体を素通りし、その後ろの壁に命中した。 「ボルトアクションが……効かない?!」 金属合成獣すら貫いたボルトアクションが通用しなかった事に一瞬動揺したクサナギだが、それでも目の前の驚異に対して反射的に防御姿勢を取ろうとした。が、男の剣はそれより早くクサナギの体に届き、その切っ先はものの見事に命中、クサナギは自分の体が切り裂かれる感触を確かに感じ取った。 その屋敷中に響き渡った銃声を聞いたイーリスとヴァネッサが[主人の部屋]に駆けつけると、そこではクサナギが[怪我をしているわけでもない]のに肩口を押さえて蹲っていた。その姿に呆れ返ったイーリスは思わずクサナギを蹴った。それを受けたクサナギは正気に戻り、自分を襲ったものが幻であった事にようやく気付いた。 クサナギの放った銃声は静夜とミオにも聞こえていた。が、ここで例によって静夜の方向音痴が災いし、ミオは音と全く正反対の方へと引っ張られてしまい、結局クサナギのいる部屋からかなり離れた誰かの寝室と思われる部屋へとたどり着いていた。 おどおどするミオを他所に静夜は部屋の奥にある別の扉に向かい、何のためらいもなくそれを開け放った。その部屋は物置のようで、中には一人の初老の男性が悲しげな表情で立ちつくし、扉を開けた静夜をじっと見つめていた。そして男性はおもむろに剣を抜き放ち、目の前の静夜に斬り掛かった! 男性の悲しそうな目に気付いた静夜は両手を広げた。それはまるでその剣を敢えて受けようとしているかのようだった。 その姿勢を見たミオは自分を庇っていると思い、「庇うのはこっちでしょぉ!」と、無防備な静夜の前に立とうとしたがそれより早く男性の剣が静夜の体を貫いた! だが、その剣に実際に静夜を斬るだけの実体はなかった。と、いうよりは男性自身にも静夜を傷つける意思はないようで、ただひたすらに剣を振り、その[型]を繰り返しているようだった。おそらく、ここで何があったのかを自分なりに伝えようとしているのだろう……。 「ここのご主人様の乱心は静夜達が必ず止めますから、安心して成仏してください……」 静夜が優しく語りかけると、男性の霊は笑みを浮かべてその場からかき消えた。 同じころ。主人の部屋では、クサナギが落ち着いたのを見たイーリスとヴァネッサが手掛かりがないかどうかを捜していた。もっとも、この部屋を含めほとんどの部屋が建築当時のままのわけはなく、そう簡単に手掛かりなど見つかるものでもないのだが……。 それでも好奇心に駆られてかイーリスとヴァネッサは、入口側にあったおそらくは押し入れだろう二つの扉を同時に開けた。が、中に入っていたのは手掛かりどころか、部屋いっぱいの血まみれの切り刻まれた無残な死体だった!そして驚く暇なく死体は二人の上に雪崩のように崩れてきた!! その死体の山に驚いたイーリスだが、それでも何とかその死体の雪崩を避ける事ができた。が、その隣ではヴァネッサが悲惨な光景に目を回し、そして雪崩来る死体の中にものの見事に埋もれてしまった。気がつくとヴァネッサは何もない床の上でばたばたともがく自分に気付いた。 その異様な光景の中、クサナギは何気なく外を見た。が、窓には特に何もなかった。悲しげな表情を浮かべて部屋の中を覗き込む大量の死人の顔を覗いては……。 同様の異変はミオと静夜の部屋でも発生していた。不意に叩かれた窓を見た二人は、そこに一人の女性が(ここが二階であるにもかかわらず)はりつき、恐怖に凍りついた表情で開けてくれと言わんばかりに必死に窓を叩く姿を見た!静夜はその姿に一瞬たじろぎはしたが、すぐさま「大丈夫ですかーっ!」と、その戸を開けた。が、やはりそこには誰もいなかった。もちろん、ここはテラスになっているわけではない……。 「こういう方も……おられますよ……」 静夜は平然とした―怯えを隠して―様子で言った。だが、ミオの返事が無い。実は先程からミオの口数が極端に減り始め、静夜の服の裾を両手でしっかと掴んで後について回っていた。 理由は言わずもがな、だろう。本音を見せ始めたような、そんな姿を愛しく思った静夜は、ミオの頭を只々、優しく撫でるのだった。 一方、[主人の部屋]を出たクサナギ、イーリス、ヴァネッサは次に書斎らしき部屋に入った。そこで隣の部屋とこの書斎の間の感覚に違和感を感じた三人が壁や床をそれぞれ調べてみると、クサナギは本棚が異様に軽い事に、そしてイーリスはそれが動く事に気付いた。そこでクサナギが本をどかして本棚を動かしてみると、そこには鉄製の扉。イーリスがその扉を開けると、中は吹き抜けになっており、そして下に伸びる鉄製の梯子があった。漂ってくるひんやりとした空気からすると、もう何百年も開けられていない感じがした…… 何かあると睨んで永久ランプを照らしてみると底の方に扉が確認できた。どうやらここが本命と感じた三人はすぐさまミオと静夜を呼びに行った。 そのころ、静夜は「ミオを安心させる為に」なのか、手をつないで屋敷中を探検していた。 「何もないですね……つまらないですー……」 「静夜さ〜ん……何か呼んでますよ……早くそっちに行きましょうよぉ〜……」 「静夜、もう少し探検してきます……」 そういってトコトコ歩く静夜をミオは後ろ髪を引っ張るように必死に止めた。静夜もミオの今にも泣き出しそうな必死の訴えに仕方なく、 「わかりました。一緒に行きますよ……」 と、諦めたように答えた。その言葉に一瞬、ミオは(勝った……!!)と思った。が…… 「そのかわり……」 「そのかわり?」 「今度から[お姉様]って、呼んでくださいネー……(笑)」 静夜はそう言われて硬直したミオの頭を幼子に対するかのように優しく撫でた。 ようやく合流した一行は、隠し扉の前で今後の行動を検討した。そしてまだ一階が手付かずでかつ隠し通路への扉が一階部分にもある事から、まずは全員で一階の方を見てみる事にした。 その時通路を覗き込んでいたクサナギは、その奥を照らしている永久ランプに答えるかのように光る人魂と、底の方でもがき苦しみながらクサナギを手招きしている女性らしきものを見たような気がした。 そんなこんなで一行は先行する静夜を追いかけるように一階に降りてきた。静夜は別に好き勝手動いているわけではないのだが、(広いとはいえ)こんな屋敷の中でもいつもの十八番[方向音痴]が働いてしまい、しかもその事に自覚しているかどうかすら危ないのだ。 その中で静夜は、廊下の途中の扉から女性のすすり泣くような声が聞こえる事に気付いた。追いかけてくる一行に構わず静夜がその部屋の扉を開けると、そこには一人の中年の女性が赤子と思われるものを抱いて嗚咽している姿が見えた。それを見た静夜が話しかけると、女性は手にしたものを差し出して叫んだ。 「私の……子供がぁ!!」 それは首だけになった子供の骸だった。だが、それを見た静夜は特に恐怖する事はなく、それどころか同情心さえ感じられた。この時静夜は故郷に置いてきた自分の子供と重ねて見ていたのだ。静夜は思わずその女性を抱きしめ、そして一緒になって泣いた。 その光景は一行には違って見えた。静夜が両腕で自分の体を抱きしめ、その場に蹲っていたのだ。それは傍から見ると[何かに取り憑かれた]というように見えたのだ。 「静夜さぁ〜ん……帰ってきて下さいよぉ〜……」 ミオがいつになく頼り無げな声で静夜に呼びかける。が、静夜は虚空に向かってただ何かを呟くだけだった。 「この館の御主人様にやられちゃったんですかー……」 そんな中、イーリスは部屋の中を見渡した。そこにはおそらくは建築当時ではないだろうが、使われなくなってからしばらく経つ育児の道具が並べられていた。ここはどうやら乳母の部屋らしい……。 一方、[別の世界]に入り込んだ形となった当の静夜は女性の身の上話しに耳を傾けていた。それによると、この屋敷での惨劇は新しく赴任してきた領主の仕業であるという……。 「私は先代の領主の妻でした……夫がなくなり、子供がまだ幼いという事で新しい領主様が赴任なされました……が、その領主様は赴任早々私達を恐怖のどん底に陥れたのでございます……」 新たな領主は自分の気に入らないもの(または別の意味で気に入ったもの)を捕らえ、地下に設けたという拷問部屋に閉じ込めては夜な夜な残虐な拷問を楽しんだという。だがある日、逃げ出した従者の報告を受けた中央はその領主の解任を決定、暴挙を止めるために兵を派遣した。それを見た領主は自棄を起こして乱心、屋敷中のものを惨殺し最後は中央の兵に追い詰められて地下の拷問部屋で果てたと云われている……。 「私たちの魂はお館様の怨念によって、いまだにこの屋敷に縛られております……訪れる人にこの事を伝え、成仏させて頂こうとしましたが、その度にお館様の怨霊に邪魔されて……、お願いです、私達を………」 女性の霊はそれだけを言うと再び嗚咽した。それを聞いた静夜は女性に優しく言った。 「了承。貴方達を必ずここから解放しますから、もう少し待っていてください……」 その一言を聞いた女性は笑みを浮かべ、そして消えていった。 「(……静夜さん、そろそろ戻ってきませんかぁ……!)」 「(……戻ってきて下さいよぉ〜……)」 遠くから聞こえてくるようなイーリスやミオの声に我に返った静夜は、汗だくになりながらも[ほわわん]とした表情を崩さずに、 「戻って来ましたー……」 と、あっけらかんと答えた。そんな静夜の様子にイーリスが心配そうに声をかける。 「だめですよ、同調なんかしちゃ……本当に[あっちの世界]に行ってしまいますよ……!」 「大丈夫ですよー……こういう事は慣れて……ないですけどもー……それに事情は大体掴めましたし……」 静夜は女性の霊から聞いた事情を一行に話して聞かせた。 「と、言うわけで地下に怨霊が閉じ込められているらしいですよー……」 |