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雨期が到来しつつある、とある町のはずれにある小さな道場。ここでは今日も武術家を目指すものたちが木槍を手にして修行に明け暮れていた。 この道場で教えているのは[無天一真流]。神速の攻撃を信条とした槍を繰り出す武繰の一派だ。かつてこのゴンドア大陸ではこのような武繰を含む武術の類いを指南する道場がいくつも存在した。が、全盛期には[市民に要らぬ武術を教えてお上に対する謀反を煽動する]として弾圧され、そして現在では銃火器の発展に伴う戦闘方法の変革と習得難易度が非常に高いためにその数は激減、武繰の流派の数はかつての十分の一以下に減ってしまった。 それでも低位の技を習得できただけでも無類の力を得ることができるとあって、武術家として名を上げんとする者や単に力を欲する者などが道場の門を叩いた。 そんな中、道場では一人の少年が明日の武術家を目指そうと修業に励んでいた。この少年、若干十三才でありながらも非常に高い才能を持ち、既にいくつかの技を習得するまでに至っていた。それゆえに同世代では相手にならず、今日も兄弟子の模擬試合の相手をさせられていた。 「始めっ!」 師匠の合図とともに少年は、目の前の兄弟子に向けてとりあえずは頭を垂れた。少年の四つ上の兄弟子にして今日の模擬試合の相手の名はエリフェスと言った。彼の実力はなかなかのもので、少年同様師匠から期待されている一人だが、虚栄心が強く、兄弟子であることを鼻にかけ、少年を何かにつけて敵視しているという、人間としては嫌な面を持ち合わせていた。 今日も早速エリフェスは、互いの礼の際少年に向かってこう呟いた。 「わかってるだろうな!。こういうときは普通、兄弟子に譲るって云うのが弟弟子の礼儀だぜ……!!」 そのいきなりの言葉に少年は鼻で笑って答えた。それを見たエリフェスはあからさまな憎悪の表情を少年に向けた。 今までの二人の試合の結果は、さすがに入門当時は少年に分がなかったが、ここ最近は少年も才能を伸ばし、その実力はかなり切迫してきており、今では五分と言ったところだろうか。最近では、師匠もこの才ある少年に高い関心を示している。それゆえに虚栄心の強いエリフェスとしては少年を今のうちに叩いておく必要があるのだろう……。そんな思惑の中、礼を済ませた二人は槍に見立てた棒を構えた。 最初に動いたのはエリフェスだった。彼は少年に向けて鋭い一撃を繰り出した!。少年はそれをかわし切れずにまともに受ける。辛うじて堪えた少年も反撃の棒をふるうがエリフェスは巧みに身をひねり軽々と回避する。 「どうしたどうした!。手も足も出ないのか!!」 調子に乗って少年を挑発するエリフェスは、今度は流派の技[舞]の構えを取った。この技は数回攻撃型の技としては[繰り手]として知られる初級の部類に入るもので、余計に体力を消耗するものの命中するまで、または複数の目標に対して攻撃を繰り出すことができる。エリフェスはこの技で少年を嬲るつもりのようだ。 だが、それよりも早く少年が動いた。エリフェスの油断から生じた隙を突いて鳩尾に棒の先を叩き込んだのだ!。その一撃を受けたエリフェスはその場で悶絶し、苦悶の声を上げた。 「勝負あり!!」 師匠が試合の終わりと少年の勝利を告げた。が、エリフェスはその結果を認めなかった。 「師匠!。俺はまだ死んではいません!。まだ戦えます!!」 「今の一撃は十分相手を無力化するだけのものであった。これが実戦であれば、お主はとっくに気を失っておったぞ……!」 師匠の諫めの言葉は今のエリフェスには聞こえなかった。 「あくまでこれは試合ですっ!。実戦とは違う……!!」 師匠はさらに食い下がるエリフェスを突き放すように言う。 「実戦も試合も同じだ。エリフェス、お主がその奢りの心を捨てないかぎり、お主はもはや誰にも勝つことはできぬぞ!!」 その言葉を聞いたエリフェスは少年に今まで以上の敵意を込めた視線を向けた。そしてまだ稽古中にも拘らずきびすを返して道場を後にした。それを見たエリフェスの取り巻きたちは、 「待ってください!……。いいんですか、師匠!!」 と、師匠に詰め寄った。が…… 「放っておけ!!」 と、突き放すように弟子たちを一喝した。そして少年に素振りの稽古に入るように指示を出した。 「まったく……エリフェスめ、素質は確かなのだが、人間的に問題が多すぎる……心がああでは、武術家としては……」 師匠のその呟きは少年にしか聞き取ることができなかった。 その日の夕方。今日は雨期が近いとあってか空に夕焼けを見ることはできない。そんな中、少年は自由時間を利用して気晴らしに街へと出かけた。が、そこで思わぬ光景に出くわした。 「止めてください……!あぁ!!」 その叫び声の直後、目の前の飲み屋から酒瓶や杯などが投げ出されてきた。少年が何事かと思って店の中を覗き込むと、そこではエリフェスが自棄酒を煽って酔った勢いで暴れているのが見えた。回りでは店員や他の客が止めに入ろうとしているが、エリフェスは手にした本身の槍を振り回しており、迂闊に手が出せないでいた。 「やめろエリフェス!!……飲んでいるのか……だらしない!」 見兼ねた少年が止めに入ると、エリフェスは据わったままの目で少年を睨み返してきた。 「貴様……弟弟子の分際で、この俺を呼び捨てにするのか!。師匠に目をかけられているからって、調子に乗るなよコラァッ!!」 「それがどうした!……」 少年の返事にさらに頭に来たエリフェスは槍先を少年に向けた。それを見た店員たちは思わず悲鳴を上げた。 「ちょうど良い……ここで本当にどっちが強いかを証明してやろう!!」 エリフェスの言葉に呆れ返りながらも少年は何か槍の代わりになるような物を捜した。そして手近の女給が持っていたモップに目を付けると、 「貸してくれ……」 と、有無を言わせず借り、そしてそれをエリフェスに向けた。それを見たエリフェスは顔を真っ赤にして叫んだ。 「俺を舐めているのかぁ!!」 「貴様には、これで十分だ!!」 少年の態度に完全に頭に来たエリフェスは、少年を殺すつもりで構えた槍を突き出してきた!。が、少年は特に慌てるでもなく手にしたモップを構え直すと、迫り来る[大虎]の顔めがけて鋭い突き返しを繰り出した!!。そしてその一撃はものの見事にエリフェスの顔面に直撃した。 この瞬間、飲み屋の中は静寂に包まれた。状況を見守っていた店員や客たちはこの光景を笑って良いものかどうか迷っているのだ。が、その静寂は少年にモップを貸した給仕娘が吹き出したことで一気に解け、その後、大爆笑が店内を包んだ。 「あいつ、モップでやっつけられてらぁ……!!」 その言葉は爆笑にさらに拍車をかけた。それを受けたエリフェスはモップの金具の跡がくっきり残った顔を隠しながら少年に向かって叫んだ。 「……このままで済むと思うなよ!……[セフィロス]!!」 エリフェスはそれだけを言い残すと、その場から脱兎の如く逃走した。が、少年は今の言葉を気にする事なく 「すまなかった。迷惑をかけたね……」 と、そっけなくモップを給仕娘に返した。 この出来事の後、エリフェスは道場に戻ることはなく、そしてその姿を誰も見ることはなかった。後に[蒼き閃光]と呼ばれるセフィロスが一行に加わる三年前の出来事だった。 「………そんなことも……あったな……」 竜の牙亭のカウンターから窓の外を見たセフィロスは、雨期が近づいた曇り空を眺めながらふと、三年前の出来事を思い出していた。 一行が[幽霊屋敷事件]を[解決]してから一週間が経っていた。あの後、屋敷の跡地はアルバ氏がショックで寝込んでいるためか特に何も手が付けられていなかった。そしてミオなどはしばらくの間、屋敷での恐怖体験、さらには報酬の支払いがなかったことに対して愚痴をこぼしていた。が、そんなことは露知らず、クサナギは雨期に備えて使用した砲弾、ロケット弾の補充に出かけていた。イーリスも特にすることもなく刀の手入れに勤しみ、ヴァネッサも仕事を捜して渡世人斡旋所に出かけていた。 そんな中ミオは、側にいたはずの静夜がこの場にいないことに気付いた。見ると、[買い物に行ってきます]という書き置きだけが残されていた。 「やばい……!」 静夜はいまだライバの町並みを憶えたとは言い難い。実際憶えていると言えば、ここ竜の牙亭からジュウコーの工房、ナバールの芸人組合までの道くらいだ。ミオは慌てて静夜を捜しに出かけた。 そのミオの頭にマリンがへばり付いてきた。どうやらミオの静夜捜しを手伝ってくれるようだ。が…… 「マリン……雨が降ると空飛べなくなるから……」 と言って、ミオの頭から降りようとはしなかった。 一方、その静夜はミオの心配どおり買い物の途中、道端にいた子猫に興味を示し、そのまま裏通りに入り込んでしまった。このままでは迷って出られなくなってしまうのは必死だ。しかも裏通りにはチンピラの類いが大勢屯していることがあるのだ。もっとも、アファエルとマリン以外は知らないのだが、武繰の達人である静夜にはそんな心配はまったく要らないのだ。しかし、道がわからずに迷うのはどうしようもないことには変わりはなかった。 そんなわけで、静夜が子猫を追いかけて裏通りにそのまま入っていこうとしたその時、表通りに衛士隊が列を成し、仰々しい出で立ちで行進しているのが見えた。その数ざっと十人以上。そしてそれを指揮していると思われる、いかにもな役人風の男を乗せた騎馬、さらに、静夜は知らないのだが、王室近衛隊の制服に身を包んだ女性を乗せた騎馬も見られた。しかもこれまた静夜は気付かないのだが、その衛士隊は竜の牙亭に向かっていたのだ。 だが、静夜は特に興味を示さなかった。彼女の興味は目の前の子猫に注がれていたのだ。 「あ……猫さん待ってくださいぃーっ!!」 静夜をからかうようにその子猫は、途中で立ち止まって振り返りながら走り去って行き、そして静夜もそれを追ってさらに狭い路地裏へと入って行った。 その直後、静夜を追って商店街までやってきたミオとマリンは、目の前からやはり仰々しい出で立ちの衛士隊の行進がこちらに向かってきており、しかもその内騎馬に乗った女性が見覚えのある人物であることに気付いた。それは近衛隊見習いのレイムだった。だが、いつも逢っている彼女とは、今日は雰囲気が違っていた。後に続く衛士隊の重武装を見てもそれが唯の捕り物とは思えなかったのだ。 その不自然な光景に話しかけることを躊躇していたミオだが、その前にレイムの方が馬を降りて話しかけてきた。 「あ……ミオ様でいらっしゃいますか……」 「レイムさーん、クサナギならともかくアタシに[様]は無いでしょー!」 「すいません。今日は衛士隊としての役目の途中だったもので……あの……」 ここでレイムは、急に暗い表情になってミオに訪ねた。 「セフィロス様は……この街に戻っていらっしゃいますか……?」 ミオは何かある、と思いながらも他ならぬレイムだから、とセフィロスが宿にいることを伝えた。が、それを聞いたレイムは喜ぶどころかいっそう重苦しげな表情で「そうですか……」と呟いた。そして再び馬に乗ると、衛士隊とともに竜の牙亭へと向かった。 その時、レイムとともにいた眼鏡を掛けた役人風の男が嫌味そうに呟いた。 「では……手早く済ませましょうか……」 いったい何を[手早く済ませる]のだろうか。ミオは何が何だかわからなくなってしまった。が、今はとりあえず静夜のほうが心配だ。そう考えたミオは再び静夜を捜して路地をうろつき始めた。 そのころ、竜の牙亭にはその役人よりも一足先にヴァネッサが戻ってきていた。 「セフィロスさん、貴方の[変な噂]が街道沿いで流れているみたいですよ……!」 それは、渡世人斡旋所でヴァネッサが仕事を求めて張り紙などを見ていた時のことだった。ここのところ商隊の護衛などの[手頃な]荒事はあらかた他所に取られており、残っているのは雨期に備えての治水工事や補修作業くらいのものであった。騎士の家の出であるヴァネッサは今まではそのような仕事を嫌っていたのだが、ここのところロケット弾を大量に消費しており、そのようなことは言ってはいられない状況にあったのも事実であった。 ヴァネッサが治水工事のための操兵を募集した張り紙とにらめっこしていたその時、側にいた行商人たちがこのような噂話しをしているのが耳に入ってきた。 「そういえば……最近近隣の村々で、妙な盗賊団が暴れ回っているって言う噂だそうだ……」 「それなら、私も聞きましたよ……なんでも、頭領は凄腕の槍使いだそうで……」 「それがよ……俺が聞いた話だとよ、その槍使い、凄腕なんてものじゃねぇ。まるで神業だって云うぞ!。普通の人間の何倍もの早さで一瞬のうちに何人もの村人を串刺しにしたって云うらしい……!」 その話を聞いたヴァネッサは、そんな人間を一人だけ知っていた。それは…… 「そういえば……アクラの街の骨董市で、悪漢相手に大立ち回りをやった槍使いがいたな……確か[蒼き神槍セフィロス]……」 「あぁ、確か、あのサイラスを倒したって云う……それがよ、俺が聞いた噂によると、どうやら例の盗賊団の頭領と同一人物らしいって云う話だ……」 「それじゃ、勝ち目がねぇじゃねぇか!!」 そんな行商人たちの話の中、ヴァネッサはこのことをセフィロスに聞かせようと、すぐさま竜の牙亭に戻った。 が、そのヴァネッサの話を聞いたセフィロスは特に何をするわけでもなく落ち着いていた。 「別に俺に関係なければ、構わないが……」 「でも……世間はそうは見てはくれないですよ!」 ヴァネッサの言葉にセフィロスは、 「文句を言いたい奴は、直接来ればいいのだ!」 と、強気の態度を崩そうとはしなかった。 同じころ。タフルの元に砲弾を買い求めていたクサナギは、やはりタフルから同じような話を聞いていた。 「[白面党]……聞いたこともないが……この辺りにまだそんな盗賊団がいたのか!」 「あぁ。王朝結社の残党とかで結成されているその盗賊団は何でも、[世の中を良くするため]に活動しているというんだが、今の強奪は、そのための資金調達のためだそうだ……」 タフルの言葉にクサナギは憤慨した。 「まだそのようなことを続けている者がいるのか!。そんなものは暴れたいだけの言い訳に過ぎないだろう……!!」 だが、クサナギが本当に驚いたのはその白面党の頭領がセフィロスではないかという噂だったのだ。 「いや!。セフィロスに限ってそのようなことはない!!」 クサナギはそう言って、すぐさま竜の牙亭に取って返した。 そんなクサナギの心配を他所に、そのセフィロスがいる竜の牙亭に先の衛士隊が到着し、その周囲を取り囲み始めていた。そして包囲が完了したのを確認した役人風の男は、レイムに中に入るよう促した。 レイムが中に入った直後、衛士たちはここから誰も出られないように包囲網をすぐさま完成させた。衛士たちは市民の前ということもあって毅然としていたが、それでもどことなく不安と緊張の混ざった表情も浮かべていた。無理もない。相手は[あの]セフィロスなのだ。 一方、宿屋のカウンターでセフィロス、イーリスがヴァネッサの話を聞いていると、外で何か大勢の人間が竜の牙亭を取り囲むような、しかも銃を構えるような音まで聞こえてきた。 が、予想に反して中に入ってきたのはレイムだけであった。それを見たセフィロスは軽く驚いた。 「久しぶり……だった……ね……」 だが、動揺しているためか語尾がおかしくなっていることに気付かないセフィロスの様子を見ても、レイムは笑顔を見せずに重苦しい表情でセフィロスにこう告げた。 「こんな形で……再会はしたくなかったのですが……」 レイムが何とか絞り出した悲痛な言葉の直後、一人の眼鏡を掛けた役人風の男が入ってきて、開口一番にこう言った。 「セフィロス殿……我々は貴殿を逮捕しに来ました」 |