キャンペーン・リプレイ

第 三十四話 「 [ ヌ シ ] を 継 ぐ も の 」  平成13年4月8日(日) 

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 大きく深い森の中を一人の幼女がトコトコと歩いていた。その木々の大きさは幼女が里で見たどの木々、建物よりも大きく、此処が大人たちが「行ってはいけない!」と言っていた[樹界]であることは一目瞭然であった。
 その幼女は幼きころの静夜だった。なぜ彼女がこんなところをうろうろしているか、それは今となっては定かではなかったが、とにかく樹界をさ迷っていることは確かなようだ。が、彼女自身は特に泣くでもなく、とにかく出口を求めて歩き続けていた。
 その時、そんな静夜の前に一匹の小さな動物が飛び出してきた。その金色の毛並みをもった小さな狐とも山犬とも見える獣は、人を恐れる様子を見せずに静夜の足もとに近づくと、丸く人なつっこい顔と瞳できょとんとしている幼女の顔を見上げた。
「キツネさん……なんでここにいるの?……」
 静夜が話しかけると、その[キツネ]は悲しげな瞳で「くー……」と一声鳴いた。そんなキツネを静夜はおもむろに抱き上げた。キツネは特に抵抗するでなく為すが儘にされる。
「キツネさん迷子なのー?……静夜と同じだね。じゃあ、お母さん捜してあげるね……」
 静夜はそう言って、その[五本の大きな尾]をもった子ギツネを抱いたまま森の奥へ奥へと進んでいった。
「そういえば、名前をつけてあげないと……くー……[久遠]、くーちゃん?……」
 その時、遠くのほうから「ォオーン……」という遠吠えのようなものが聞こえてきた。
「くーちゃんのお母さんかな……」
 静夜と久遠が進んでいくと、先のほうが突然明るくなった。そしてそこから明らかに人の声が聞こえてきた。それは、静夜の一族のものたちだった。その姿は逆光でよくは見えないが、おそらくは一族の長老である祖父を先頭に、家族が全員で静夜を捜しに来たのだろう……。どうやら静夜は、奥に進んだつもりで出口のほうに進んでいたようだ。必殺技である[方向音痴]はこのころから既に[会得]していたのだ。
 が、静夜はすぐにそちらのほうに行こうとはしなかった。明らかに樹界の住人である久遠を家族に見せるかどうか迷ったのだ。静夜が知っているかどうかはわからないが、久遠のキツネのような外観、そしてその五本の尻尾はまさしく樹界の主と言われる[モノノケの王]の特徴を示しているのだ。
 静夜がどうするべきか迷っていると、遠くのほうから再び遠吠えが聞こえてきた。そしてそれを聞いた久遠は静夜の腕の中で暴れ、しきりにその遠吠えのした方に向かおうとしていた。
「そっちに行きたいの?」
 静夜は自分も迷子であることを忘れ、その遠吠えのほうに再び歩いて行った。そしてしばらく進むと、やがて遠くのほうに金色の輝きが見えた。それを見た久遠はその方向に向かってしきりに声を上げた。
「くーっ!くーっ!!」
「あれが[お母さん]なの?」
 静夜の問いかけに久遠は返事をするように小さく鳴いた。それを受けた静夜は久遠を抱いたままそちらのほうに向かってトコトコと走り出した。
 が、その時静夜の中に突然恐怖心のようなものが湧いて出てきた。それは明らかに金色の輝きをもつ[獣]から放たれた波動を受けたためだった。静夜は何とかそれを振り切って先に進もうとしたが、(行っちゃだめだ!)という心の叫びが体を動かすことをためらわせていた。 久遠は突然動きを止めた静夜を不思議そうに見上げた。それを見た静夜は此処で久遠を地面に降ろした。どうやらお別れの時が来たようだ。放された久遠は金色の獣のほうに一目散に駈けていった。が、途中で止まり、静夜のほうに振り返った。そして静夜と金色の獣をキョトキョトと見比べた。
「ばいばーい……!」
 静夜が別れの言葉とともに手を振ると、久遠は静夜に向けて「くーっ!」と一声鳴き、そして金色の獣のほうに走り去っていった。そして久遠がその側に着くや金色の獣は再び遠吠えをあげ、そしてその場からかき消えるようにいなくなった。
 金色の輝きが消えると、静夜の中の恐怖心もなくなった。が、森の奥に静夜一人が取り残された事実は変わらない。ここでようやく自分も迷子であることを思い出した静夜は、とりあえずトコトコと歩き出した。
 その時、辺りに地響きのようなものが定期的に響いてきた。それはまるで巨大な何かが歩いてくるような感じだった。それを感じた静夜はよく母や乳母から聞いた[御仁]という樹界に住む異形の巨人のことを思い出し、慌ててその場に隠れようとした。
 やがてそれは木々をかき分けて姿を現した。が、それは御仁ではなかった。その巨人は足音とともに機械独特の駆動音を響かせ、全身から蒸気を噴く、要するに操兵だった。しかし、その外観は異形のものであったことは確かだ。形状そのものは人型なのだが、装甲や外套に目玉のような模様が描かれていたのだ。そしてさらに、その顔の目も一つ目だったのだ。
 その操兵は必死に茂みに隠れようとしている静夜を見つけると、
「なんでこんなところに女の子がいるんだ?」
 と、不思議そうに操手槽の扉を開けた。そして中からは、一人の青年が姿を現した。その年の頃十代後半から二十代前半の青年はこれまた奇妙なことに、その顔に一つ目の目玉の形状の面具を着けていた。青年は機体から飛び降りると、静夜の側に寄った。
「ところで、お嬢ちゃんはここで何をしているんだい?……ひょっとして、迷子?」
「……[土偶]から人が出てきた……」
 それを聞いた青年は一瞬硬直し、操兵は首がかくん、と項垂れた。やがて気を取り直した操手は、静夜に里まで送ろうかと持ちかけた。それに対して静夜はおもむろに、
「おじたま、誰?」
 と問いかけた。
「おじたま、じゃなくてお兄さん!」
「おじたま?」
「……ま、いいか……ともかく、俺が操兵で里まで送ってやろう。確か近くに倭一族の集落があったはずだ」
 青年はそう言うと、静夜の襟を猫掴みで摘みあげた。静夜は抵抗せずにただ「ニャー」とだけ言ってそのまま操手槽に放り込まれた。そして操兵は静夜の里に向かって歩き出した。

 そこで静夜はふと、目を覚ました。辺りを見渡すとここは竜の牙亭の一室。どうやら静夜は幼いころの夢を見ていたようだ。それに気付いた静夜は再び寝台に倒れ込んだ。そして結局起き出したのはその日の昼頃であった。
 白面党の事件から一週間が経過していた。雨季は相変わらず続き、一行は雨が降ったり止んだりという不安定な天気の日々を過ごしていた。その中でミオはジュウコーとともにクリスヤマ操兵製作所に出向、アファエルも何かの用事で出掛けており、宿に残っていたのはクサナギ、セフィロス、イーリス、そしてヴァネッサと静夜、マリンだけであった。そう、静夜が起きてこないのはいつも起こしてくれるミオがいなかったためである……。
 いや、実際にはマリンが代わりに起こそうとはしていた。が、いくらマリンが頭や頬をポカポカ叩いても静夜は結局起きようとはせず、逆に寝ぼけた静夜に捕まってダッコされるという事態に陥っていたのだ。
 静夜がようやく起き出して一階の食堂兼酒場に降りてくると、ほかのものたちが特に何をするでもなく寛いでいた。現在のところ雨季が続いているためにいまいち仕事がなく、また、いくら工業、商業が発達しているといってもそうそう用心棒の仕事があるものではない。大体の商隊が今まで雇っていたものたちとたいてい契約を継続させるためだ。
「ハニ丸様、暇ですか?」
 おもむろに話しかけてきた静夜に[ハニ丸様]ことクサナギは、特に反論する事なく頷いた。ここのところクサナギはハニ丸様と呼ばれることに対して半ば諦めたようだ。そのクサナギに静夜はこんなことを持ちかけた。
「じゃ、モ・エギ様のところに行きましょう」
 それを聞いたクサナギはふと、モ・エギのことを思った。彼女はその大きさゆえに、雨の日にこの宿に遊びに来ても中に入ることができない。それゆえにこういう天気の日は家で過ごしていることが多いという……。
「そうだな……雨も弱まったことだし、たまにはこちらから出向くのもよいだろう……」
 クサナギがそう言うと、静夜は間を入れずに返し、その言葉にクサナギは顔を真っ赤にした。「ハニ丸様がいらっしゃれば、モ・エギ様も喜びますからね……」
 恥ずかしさのあまり卓に突っ伏すクサナギをよそに、静夜はヴァネッサも誘った。
「ところで、ヴァネッサ様はどうなさいます?」
「私は今日も仕事を捜しますわ……」
 ここのところヴァネッサは毎日のように仕事を捜していた。が、やはり雨季のためもあって仕事はなかなか見つからなかった。
 ヴァネッサに断られた静夜は今度はセフィロスを捕まえ、やはりモ・エギの家に遊びに行くことに誘った。それを受けたセフィロスは、
「そうだな……[ラブラブな]二人をからかうのも面白いか……」
 と、二つ返事で了承した。そしてイーリスも、
「何をからかうんです?」
 と言ってやってきた。結局、クサナギを連れて静夜、セフィロス、イーリスは早速モ・エギの家に遊びに出掛けた。そして、そんな一行を見送ったヴァネッサもまた、仕事を求めて渡世人斡旋所に出掛けた。外の天気は、とりあえず雨が上がっていた。
 斡旋所の入口をくぐったヴァネッサは、窓口の係員に妙に明るい声で話しかけた。
「おっ仕事くっださい(笑)」
 それはまるで、仕事がなくて半ば自棄になっている、という感じだ。そしてそれに対して係員も、
「あぁ〜るぅ〜よぉっ!」
 と、やはり投げやりになって答えた。
「い、いや、それはともかく、久しぶりに隊商の用心棒の仕事が来てますよ。以来主はラゾレ商会。ライバから少し離れたところに商売で行くのだそうで……」
「それはいい仕事ですね……」
 ヴァネッサがちゃんとした口調に戻ったのを見計らった係員は、さらに話を続けた。
「出発の日取りはまだ聞いていないが、あと何人か雇ったらすぐにでも出るそうだよ。よかったら、友達でも誘ってみたらどうだ?」
 それを聞いたヴァネッサは、
「友達……ねぇ……」
 と、何故か考え込んだ。そして出た結論はこうだった。
「[研究対象]でも誘ってみましょうか……」
 そのころ、そのヴァネッサの[研究対象]である一行は、モ・エギの家の玄関(?)の前に来ていた。クサナギが呼びかけると、モ・エギが天幕を開けて一行を出迎えた。
「あ、いらっしゃい。どうしたんです?皆さんそろって……」
「ハニ丸様が、[愛しい愛しい]モ・エギ様に逢いたかったのだそうで……」
 静夜のその言葉にクサナギとモ・エギは顔を真っ赤に紅潮させて慌てふためいた。いくら既に周知の事実といっても、他人からあからさまに指摘されるとやはり恥ずかしいものなのだろう……。
「今更恥ずかしがることもないでしょうに……」
 イーリスの呟きにセフィロスも相槌を打つ。そして静夜も続けてこう言った。
「そうですよー。誰が見ているわけでもないしー……」
 嘘だ。ここはライバの街の門の程近く、人の往来が最も激しい場所なのだ。が、[ライバの御仁姫]の噂は近隣に広がっていることもあり、往来する人々は多少驚くことはあっても、今更大騒ぎするほどのことでもなかったのだ。
 いや、別の理由で騒ぐものもいた。一行の裏から怒号の叫び声が聞こえた。
「クサナギヒコ!、噂には聞いていたが、貴様とうとう[人の道]を外してしまったようだな!!」
 一行が振り返ってみると、そこには一組の男女が立っていた。小柄な女性のほうは誰もが初めて見る人物だが、もう一人にはクサナギ、イーリス、セフィロスには見覚えがあった。リダーヤ正教所属の聖騎士アヴィアス・リーンだった。
 突如しかめっ面を引っ提げて登場したこの聖騎士を見たイーリスは、何故か彼の年齢が気になった。それを見た静夜は医者としての視点から、アヴィアスの年齢を推測した。
「この人、[老け顔]ですけども、多分二十歳くらいですよー……」
 突然年齢を指摘されたアヴィアスはムッとなって、
「誰が老け顔だ!」
 と、静夜を怒鳴りつける。それを見たイーリスが、思わずこう言った。
「だから、貴方ですよ。よく言われませんか?」
 その横では、静夜がクサナギにアヴィアスが何者なのかを尋ね、クサナギが口に出すのも憚る、といった感じで、
「何でも、リダーヤ教の聖騎士なのだそうだ……」
 と答えた。その物言いとイーリスの無礼な発言にいい加減苛立ってきたアヴィアスは、「言わせておけば……!」とますます突っ掛かろうとする。が、そこに連れの女性が割り込み、この聖騎士を諫めた。
「お止めなさい!。ここは公共の往来ですよ……それより、この方ですか?。貴方が話していたクサナギヒコと申すのは……」
 まだあどけない少女のような感じの女性がその見た目通りの物腰で尋ねると、アヴィアスは急に改まって、「その通りです!」と答えた。どうやら、立場的にこの女性はアヴィアスよりも上位の騎士と思われた。それを見て取ったイーリスがその女性が何者かをアヴィアスに問うと、誇り高い聖騎士はぞんざいな態度で叫んだ。
「このお方を知らぬようだな!」
「知らないです」
 イーリスが間を入れずに答えると、アヴィアスはさらに声を荒げ、
「ならば知るがよい。このお方こそ……!!」
 と、声高らかにその女性の名を告げようとした。が……
「アヴィアス……それをこの場で言うものではありません……」
 と、女性が割って入った。その冷ややかな声を聞いたアヴィアスは冷や水をかけられたように冷静になり、恐縮して女性に詫びた。
 そんな中、セフィロスはクサナギにリダーヤ正教がいかなる宗教かを尋ねた。クサナギは以前ゼノアから聞いたことを伝えた。そもそもリダーヤ教はクメーラ王朝時代に最盛期を迎えた一大宗教だ。それが王朝中期に正教と凡教に分裂、その後地殻変動で衰えるも、現在に至るまで都市国家群南部を中心に信仰されている。
 だがこの宗教、人間中心主義的な思想を持ち、ケモノビトなどを始めとする亜人種の迫害を行っていると云われ、また、排他的な一神教でもあるこの宗教組織は聖騎士などを中心とする独自の軍隊を所持し、異教徒(他の宗教全般)や異端分子(自分たちと相反するもの)などに対して武力で平定することもあると云われており、黒い噂も絶えない。
「ようするに、自分たちの教義のためなら平気で街の中にまで操兵を持ち出してくるような奴等だ……!」
 クサナギが最後に、口に出すのも憚る、といったような表情で付け加えると、静夜がアヴィアスを何か嫌なものでも見るような目で見て、そして、
「……最低ー!」
 と、言い切った。それを聞いたアヴィアスは何か反論しようとしたが、クサナギが「そなたはその通りのことをしたではないか!」と、年明けの出来事を持ち出した。それを聞いたセフィロスは、
「モ・エギ相手に勝てると思ったんだろうか……」
 と呟き、その隣ではイーリスも、
「暇なんですね……」
 と、呆れ返った。その言葉にアヴィアスは、
「私は神のために戦ったに過ぎない! 神はこのような存在を決して許しはしない!!」
 と、茫然とするモ・エギに向けて拳を振り上げた。それを聞いたクサナギは
「まだ言うかっ!!」
 と、怒りを露にした。が、次のイーリスの言葉にはさすがのクサナギも、そして静夜も茫然となった。
「そうですよ。こんなに[便利]なのに……」
「……べ……便利……?」
「そうですよ。こんなに人がいいし……土木作業にも使えるし……」
 そのイーリスの言葉に静夜は、呆れ返りながらも納得している自分に気付いた。

 ちょうどそのころ。渡世人斡旋所をあとにしたヴァネッサの頭の上に不意に何かが乗っかった。それはマリンだった。そんなマリンにヴァネッサは何故か手を伸ばし、その目の前でこれまた何故か蜻蛉でも捕まえるかの如く指をクルクルと回し始めた。
「く〜る〜く〜る〜……」
「目〜が〜ま〜わ〜る〜……と、マリン、蜻蛉じゃないもん!、何させるのよ!!」
 どうやらヴァネッサはマリンの羽を見た時、蜻蛉を連想してついこんなことをしてしまったようだ。
「あ、そうだ。こんなことしている場合じゃなかったんだ……なんかモ・エギの家の前でみんな何かやってるよ。何かやくざみたいな人に因縁つけられて喧嘩になってるみたい……」
[やくざみたいな人]とはもちろんアヴィアスのことだろう。だが、彼はこの場でも聖騎士としての正装をしていたはずだ。いくらなんでもやくざ呼ばわりは可哀相な気がする……。
「面白そうだから見に行こ……」
 ともかく、その話に興味を覚えたヴァネッサは早速モ・エギの家に向かった。そして二人が着いた時にはモ・エギの家は既に人だかりとなっていた。
 その人だかりの中、イーリスは今度はアヴィアスの連れの女性のほうに話しかけていた。彼女の名前はフィネリア。やはりリダーヤ教の聖騎士のようだ。だが、フィネリアがどのような役職、階級に就いているのかは語ろうとはしなかった。
 フィネリアは興奮するアヴィアスを諫めながらもゆっくりとした口調で話し始めた。
「私は本来別の用事でこの街を訪れたのですが、アヴィアスがクサナギヒコという方の話を余りにもしているので、一目見ておこうかと……」
 だが、ここでフィネリアの表情が一瞬固くなった。
「ですが、よりにもよって[御仁]などと結ばれるとは……」
 フィネリアの侮蔑とも取れる発言にクサナギは怒りを露にして答えた。
「そなたも所詮はリダーヤの神の手先のようだな……!」
「貴様そこまで……!!」
 クサナギの態度にアヴィアスが再び腰の剣に手を当てるが、フィネリアは表情を変えずにそんなアヴィアスを押し留めた。 
「およしなさい。アヴィアス。私たちはこのようなところで油を売っているわけにはいきません。それでは皆様方、縁がございましたらまたどこかで……」
 フィネリアはそう言って、アヴィアスを連れてその場を去ろうとした。が、そのフィネリアは群衆の中のヴァネッサを見た途端、今までの冷静な表情が吹っ飛び、突如自らの腰の剣を引き抜き、困惑するヴァネッサに向けて斬り掛かった!。いや、正確にはその剣先はヴァネッサの頭の上のマリンに向けられていた。
「悪霊!!」