キャンペーン・リプレイ

第 三十五話 「 彼 の 者 達 の 聖 典 」  平成13年4月22日(日)

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 そして何事もなく数日が過ぎた。街道を進み、翌日には目的地に着くであろうという場所までやってきた一行は、とりあえずこの晩は道沿いの岩場で一晩を明かすことにして野営の支度を始めた。
 そんな中アファエルは、一人岩場に腰かけて、手近な石を拾っては何やらブツブツと独り言を呟いていた。いや、彼女にとってそれは[独り言]ではないのだが。
「〜[ノームさん]〜[ノームさん]〜」
 それは、アファエル達妖精族に伝わる[精霊語]と呼ばれる言葉だった。本来彼女達は[剣の世界]においては[万物に宿る精霊]達に語りかけ、さらにはその力を借りることができた。が、このゴンドア大陸においてはその力を行使することができなくなってしまっていたのだ。
 が、この世界にも精霊が全くいないわけではない。それは正しくは[聖霊]と呼ばれ、一部の僧侶、神官やケモノビト、御仁族などの呪術師などが[招霊衡法]と呼ばれる特別な術法を用いて使役しているという。そして残念なことにアファエルは、この術法の存在さえも知らず、[聖霊]達の気配こそ感じることはあれど、その声を聞くことはかなわなかった。
「(〜ノームさん〜ノームさん〜)」
「(…………………)」
 何も返事を返さない石を見ながら、アファエルは一人ため息をついた。その周りでは風が巻いていた。そんな風の音にも耳を傾けてみたが、やはり[声]など聞こえない。その時、岩場の麓からアファエルを呼ぶメリアの声が聞こえてきた。
「シチュー出来ましたよー!」
 その声に反応したアファエルは、今度はシチュー鍋の乗った焚き火の炎に目をやった。が、その火もただ、ぱちぱちと燃える音だけしか聞こえてこなかった。
「〜風は何も答えない〜焚き火の火もただ燃えるだけ〜」
アファエルどうしたの?……何か悪いものでも食べたの?」
 彼女らしい言い回しでなぐさめに来たミオにアファエルは軽く首を横に振った。
「外に出ると〜つい昔いた[世界]を思い出すんです〜」
 アファエルは焚き火の側に腰かけ、自分達のいた世界の精霊についてその場にいるもの達に語って聞かせた。が、[魔法]だの[精霊]だのといったものに全く縁のないアルバートとメリアはその話の意味を半分も飲み込めず、結局独自の[変な]解釈に発展した。
「お兄様、火の中にいたりして、その[精霊]さんは熱くないのでしょうか?」
「多分、僕の推測では、それは一種の微生物だと思うんだ。そしてその微生物は[精霊語]という言葉に何らかの反応を示し、アファエルさん達はその性質を利用しているんだと思う……」
 その意見にゼノアも同意し、三人はさらに意見を交わした。が、彼の部下とミオは結局その話にすらついていけずに何となく疎外感を感じていた。
 さらに夜が更け、一行はとりあえず食事をとって休むことにした。が、出されたシチューを見た一行は何故か溜め息をついた。
「今日も昨日もおとといも……毎日シチューだ嬉しい……な……」
 ゼノアが肩を落としたまま歌うように嘆いた。そう、ライバを出てからというもの、晩御飯は毎日シチューだった。どうやらメリアはこれしか作れないようだった。
「何でもかんでも煮込んで終わり……」
 ミオの呟きを聞いたメリアは特に表情を変える事なく、
「煮込んだほうが栄養をたくさん取れるんですよ」
 と笑顔で答えた。そしてミオが、
「ライバを出る前日もお粥だったんですよー」
 と、「(もういい加減煮込み料理は食べ飽きたんだ!)」という気持ちを遠回しに伝えようとしてもそれに全く気付かずに、
「それは健康的ですねぇ……」
 と、笑みを崩さずに言った。
 が、そんなものでも喜んで食すものたちがいた。それはゼノアの部下二人だった。
「久しぶりに人間らしいものを食った……!」
 そう、工房都市組合のエージェントの彼らはいつも何らかの任務についており、あちこちを旅して回っていることが多い。そして旅の間も食事に余計な時間をかけないようにするために乾燥食などの軽量の食事で済ますことが多いので、このような火を囲んでの食事などめったになく(しかもそれが女の子の手料理とあって)、たとえ同じメニューであっても彼らにとってはまさに[御馳走]なのだ。
「どうやら、部隊の食事事情の改善が必要ですね……」
 夕べと全く同じ味付けのシチューを一生分頬張る部下二人を見たゼノアは、自分の部隊の現状改善を真剣に検討し始めた。
 やがて食事を終えた一行は、明日に備えて早々と休むことにした。辺りはすっかり静まり返り、聞こえてくるのはせいぜいが「あぉーん……」といった獣の鳴き声や「きゃー……」という少女の悲鳴くらいで……

「ちょっと待った!。何、今のきゃーっ!、て……?」
 悲鳴に気付いたミオ、ゼノアが岩場によじ登って辺りを見渡すと、ちょうど目的地のヒレル村の方角から、一人の少女が一行のほうに向かって走ってくるのが見えた。その12才くらいの少女は腕に何かを抱え、必死になって何かから逃れるために走っていた。そしてその後ろからは、数人の人影が少女を追いかけてくるようだった。
「やれやれ……」
 またも事件に巻き込まれる予感に駆られ、溜め息をつきながらもミオはすぐさまウォークマンデの起動準備に入った。その横では、アルバートもケイト・ラッカーに乗り込んでいた。メリアやゼノア、その部下達もそれにならって荷台に転がり込んだ。が、その中でアファエルは一人操兵に乗らずに真っ先にその少女のもとに走り寄っていた。
 アファエルの姿は少女のほうからも確認できた。少女は縋るような思いでアファエルに向かって走りながら叫んだ。
「助けて!。変な人達に追われてるの!!」
 アファエルは少女が指さした方角を凝視した。が、その先には暗闇だけが広がっているようだった。
「違うっ!。もっと下のほう!!」
 見当違いの角度を見ていることに気付いた少女にもっと下のほうを見るように促されたアファエルは、今度は確かにその暗闇の中に何かがいるのを確認した。その数はおそらく六人程度。地面の起伏や岩に潜んでこちらの様子を伺っているようだ。その地面と同じ色の布を駆使した隠れ方の様子から見て、この連中は唯の野党ではなく、おそらくは隠密に長けたもの達だろうことが予想できた。
 相手が只者ではないことを見抜いたアファエルは、すぐさま少女を自分の元に呼び寄せた。そして自分も外套を翻し、戸惑う少女とともにその場でかき消えるように身を隠した!。アファエルと少女が目の前から突然姿を消したことに賊は戸惑い、それぞれ隠れていた場所から顔を出して辺りを見渡し、消えた目標を捜し始めた。
 その時、その賊に眩しい光が浴びせられた!。ケイト・ラッカーの投光器が賊を照らし出したのだ!。が、驚いたのは光にさらされた賊ではなく、その賊の姿を見たミオ、アファエル、ゼノアのほうだった。
「奇面衆?!」
 そう、その賊の顔には例によって例の如くの[あの]奇面がはめられていたのだ!。それを見たアファエルとミオはそれぞれに反応、行動を起こした!。
 アファエルは隠れていた地面の起伏から上半身だけ乗り出し、すぐさま複合弓に矢をつがえ、狙いを定めてその矢を打ち放った!。が、慌てていたためかそれはその場で弾いてしまい、結局射撃は失敗に終わってしまった。
 アファエルの姿を確認した奇面衆はその手の小剣を構え直しながらゆっくりと二人の元に近づき始めた。が、そんな彼らをとんでもないものが襲った!。
「いっけえぇぇぇ!!」
 それは、蒸気輪を作動させたウォークマンデだった。奇面衆の姿を確認したミオが透かさず蒸気を充填、そしてすぐさま奇面衆目がけて突進させたのだ!。その攻撃は功を奏し、六人中四人を衝撃で吹き飛ばした!。
 突然現れた操兵に仲間をやられた奇面衆は状況が不利なことを察し、すぐさま退却を試みた。その時、残る奇面の一人の膝に一本の矢が深々と刺さった!。それはアファエルの二撃目の矢だった。もはや逃げられないと悟った残る一人の奇面衆は一人でも任務を達成しようと、アファエルに向けて走り出した!。
 そこに再びウォークマンデが立ち塞がった。ミオはウォークマンデの右手の棍を奇面衆の目の前の地面に叩きつけた!。さしもの奇面衆もその衝撃に耐え切ることができずに吹き飛び、その場に転がった。そこにアファエルが駆けつけ、手にした短剣を喉元に突きつけた!!。
「〜あのぉ〜降参した方が身のためですよぉ〜」
 アファエルの呑気な降伏勧告に対し、奇面衆は特に表情を変えることもなくただ黙り込んでいた。そこにミオが拡声器を通じてこんなことを叫んだ。
「アファエル!、早くそいつを気絶させるか猿ぐつわを!。でないとそいつは毒を飲んじゃうよ!!」
 そう、奇面衆は任務失敗を悟るとその場で自害を計るように[洗脳]されている場合が多いのだ。一行に連中を助ける義理はないが、今死なれたら奴等の今回の目的を知るための手掛かりが失われてしまう。アファエルはとりあえず、ミオにいわれるまま奇面衆の顔の奇面を剥がし、毒を飲み込む前に取り押さえた!。今まで成功したことが殆どない奇面衆の[生け捕り]をアファエルがあっさり成功させた瞬間を目の当たりにしたミオは思わず「うそぉ!!」と叫んだ。

 とりあえずこの場の戦闘は一行の勝利に終わった。はっきり言って今回は運が良かったほうだ。何せこちらにはクサナギはおろかセフィロスやイーリス、阿修羅といった(ミオは静夜を戦力とは見なしていない)戦闘主力が全く欠けた状態なのだ。もし、奇面衆が本格的に工作員(要するに[海月]や[蟹]など)を繰り出してきた場合、いったいどれだけ戦えるか……考えたくも無かった。
 その後ゼノアの部下が、アファエルが捕らえた奇面を改めて拘束、野営地まで連れてきた。その他のもの達はゼノア達がたどり着いた頃には既に自らその命を絶っていた。捕らえた奇面はまさに唯一の手掛かりなのだ。
 その間アファエルは少女の話を聞いていた。少女は当初困惑していたが、アファエルのノホホンとした言葉にやがて態度を和らげていった。が、それでも胸に抱いた本を離そうとはしなかった。
「よっぽど大事なんだねぇ〜その本〜」
 アファエルに話しかけられた少女はそのほんの表紙を撫でながら呟いた。
「多分……これを持って逃げろって言われたから……」
 ここで少女ははっとなって叫んだ。
「そうだ!。村は……村はどうなったの?!」
 少女に急に問いつめられたアファエルはどう答えたら良いか分からなかった。そう、相手は奇面衆。もし村ごと襲われていたのなら、おそらくは……
 ここでアルバートが動き出した。
「僕たちがとりあえず様子を見てきます!」
 アルバートはそう言って、すぐさまケイト・ラッカーで村のほうに向かった。とりあえず、推測するよりは確実な情報が欲しかった。ここは危険を承知で行ってもらうより他はなかった。その間ミオとアファエル、ゼノアは少女から詳しい話を聞くことにした。
「私の名前はメテル。ヒレル村の村長の娘です。私たちは今日まで平和に暮らしていました。あの変な面をかぶったもの達が襲ってくるまでは……」
 メテルの話によると、奇面衆は何の前ぶれもなく村長の家に襲撃を掛け、そして父である村長に襲いかかって古くから家に伝わる[聖典]を奪い取ろうとしたそうだ。
「その抱えてるのがそうなの?」
 ミオの質問にメテルがこくりと頷く。が、「でも……」といってその表紙を一行に見せた。そこには、部外者に閲覧されるのを防ぐために丈夫そうな鍵が掛けられていた。
「私も中身はまだ見せてもらったことがないので、この本が何かは知らないんです」
 その鍵は丈夫そうなものではあるものの、アファエルの腕をもってすれば開けられそうなものだった。が、さすがに持ち主の前で勝手に開けるわけにはいかないと判断、とりあえずここはそのままにしておくことにした。
「父さんはこの本を私に託し、奴等から私や家族を守るために戦いました。私は、父さんに言われるまま本を抱いて、夢中で家を飛び出して……」
 メテルの話はここで途切れ、彼女はここでわっと泣き出した。その後父がどうなったのかを予想してしまったのだろう。
 その後、ミオ、アファエル、ゼノアはメテルを休ませることにし、偵察に行ったアルバート、メリアの帰りを待つことにした。
 翌日。明け方になってケイト・ラッカーが野営地に戻ってきた。機体に特に損傷がないところからして、とりあえず襲撃は受けなかったようだ。
「どうでした?村の様子は」
 ミオの質問にアルバートはいつもの明るい口調をなくし、うつむき加減に答えた。
「連中のねらいはメテルさんの抱えていた本だけだったのか、襲われたのは村長の家だけでした。ですが、その村長は……」
 その話を聞いたミオはすぐにメテルのほうを見た。幸い彼女はすっかり眠っており、今の話を聞いた様子はなかった。どうせすぐに分かることなのだが、それでもこんな話を今メテルに聞かせるわけにはいかなかった。
「幸い、母親のほうの命は取り留めていたので、私たちの持っていた解毒剤で対処しました。でも、本当に助かるかどうかはその人の気力次第でしょう……それと、村の方々にはこちらでメテルさんを保護している旨を伝えました」
 アルバートの報告を聞いた一行は、早速ヒレル村に向かうことにした。が、その際に捕らえた奇面衆をどうするのかが問題となった。
「ところで、せっかく捕らえた彼ですが、どうしましょうかね?」
 困惑気味のゼノアの視線が、(ミオの知る限初めて)生け捕りにした奇面衆に向けられた。仮面を剥がされて拘束され、猿轡を掛けられた男は、無表情にゼノア達を見上げている。
「尋問しようにも猿轡外した途端に毒飲みそうだし、万一自由の身になったら絶対反撃してきそうだし……。でもせっかく捕まえたんだから、何とかここでやってた事ぐらいは聞き出せないかなぁ。ねぇゼノアさん、何か良い方法ない?」
「な、なぜに私が?」
 うろたえるゼノア。
「王朝結社の動乱の頃からこいつらが暗躍してたのは承知してるでしょ?工房都市の機密にも係わるから調査するって言ってたじゃないの。まさか只の一人も捕まえた例が無いって言わないよね?」
 ミオの追求に、ゼノアはそれは苦い溜息を漏らし、
「方法が無い、とは言いませんが……。お勧めはしませんよ」
 と、前置きして懐から小瓶を取り出した。
「ご存知のように、彼らは強力な暗示を掛けられ、自分の意識と呼べるものがほとんどありません。だから苦痛や説得で彼らの口を割らせることは不可能です。ですが今の暗示以上の暗示を掛けることが出来れば……」
「その小瓶の薬でそれが出来るの?」
 勢い込むミオに、しかし首を横に振るゼノアだった。そんな彼に代わって、部下の一人がその小瓶の中身が何なのかを(ためらいがちに)説明した。
「これは麻薬、人の頭の中を破壊し、死に至らしめる毒薬です。連中の暗示は、それこそ子供の頃から培われた強力なもの。それを上回る暗示など、そう簡単にはかけられません。しかし暗示を掛けられた頭そのものが壊れ始めれば、暗示も揺らぎ、別な暗示にもかかるのですよ」
 淡々と凄まじい内容を語るその部下の口調には想像を絶する諜報戦の経緯が感じられ、語る側も聞く側も顔色が蒼白となっていた。
「この毒で捕虜の頭が壊れ始めた頃合いに、暗示を掛けます。上手くいけば何か聞き出せるかもしれません。が、当然コヤツは確実な死を迎えます。言っておきますが、正視に耐えうる代物ではありませんよ?」
 ゼノアの真剣な表情に、ミオは明らかに怯んでいた。そんな後味の悪い思いまでして、情報を得る必要があるのだろうか?、と。
 だが、ここでミオは先ほどのメテルの寝顔を思い起こした。この何事もなかったかのように眠っている少女は、次に起こされた時には辛い[真実]を聞かせれることになるのだ。
「ゼノアさん、あいつに暗示かけて!」
「し、しかし……」
「どうせ殺すんだから聞けることは聞いとかないと損じゃない?やって!」
 殊更に冷たく吐き捨てるミオ。どうやら少女の悲劇に義憤を感じることで、ためらいを払拭したようだ。
 さすがに人目をはばかるので、アルバート達やアファエルが少女の看護をしているうちに済ませることにし、ゼノアは部下に命じて奇面衆の男を引き起こした。瓶の蓋を取り、自分で吸わないように注意しながら男の鼻先にあてがう。男の瞳に霞がかかったのを見定めて瓶をしまうと、ゼノアは慎重に男の猿轡を外した。
「オマエは任務に失敗した。失敗は死をもって裁かれる。しかし裁きの前に、オマエは上官に状況を報告する義務がある」
 ゆっくりと噛んで含めるような台詞回しで、ゼノアは暗示を掛けていく。
「義務を果たせ。我はオマエの上官である。状況を報告せよ……」
「命に、より……ヒレル村の……村長宅に浸入……聖典、の奪取、を図る……」
 とろりとした目線を泳がせながら、男は切れ切れに呟き始めた。
「聖典とは?」
「村長……宅に保管された……リダーヤの……」
 やはり少女が抱えてきた本を狙ったのに間違いはないらしい。ミオに急かされ、ゼノアは次の問いを放った。
「オマエの任務はそれだけか?他の実働部隊は?復唱せよ」
「聖典の奪取、のみ……。他の部隊……が……い、遺跡の……の消去に……って、」
 加速的にろれつが回らなくなる。そしてこれ以降、男の口から意味の分かる言葉は洩れなかった。
「ここまで、ですね……」
 溜息を吐いてゼノアは別な薬を取り出し、男の口に含ませる。ぶるりと一つ痙攣し、男の体から力が抜けた。
「尋問しようとした隙に毒を飲まれた。それで良いですねミオさん」
 ただならぬ様子を感じてこちらに来るアファエルらを見ながら、ゼノアが念を押し、ミオも青い顔で肯いた。