〜居酒屋にて〜
「く〜っ、何で勝たれへんねん!」
ビールジョッキをドンと勢いよく机に置く由宇。もうすっかり出来あがってしまっているらしい…まだ中ジョッキ一杯目なんだが。
「くそ〜。めっちゃむかつくわ!何であそこでブツブツ…。」
「まあまあ。調子悪かったんだろ?」
「それはそうやけど…今日はむかつくんや!あ、おっちゃん!ビールもう一本!」
「おいおい…。」
なぜ由宇がこんなに荒れているかというと、今日甲O園であった「阪O対横O戦」、この一言に尽きる。
今日の昼ごろ大阪についた僕は、「大阪に来たのに、これ見ていかんかったら嘘やでぇ。」と言う由宇の言葉につられて、O子園でやっていた阪O対横O戦を見に行った。
由宇いわく、「横O相手やったら、久々に阪Oが勝つ姿を拝める。」とのことらしい。まあ、確かに5位と6位。勝つ可能性は一番高そうだが…その結果はというと、
「新Oのアホー!!!」
…とのことらしい。
今日の阪Oの先発O尻は調子がいいらしく、7回まで最近調子の上がってきている横O打線を0点に押さえていた。だが、相変わらずなのは阪O打線。調子がそういいとは思えない横浜先発斎O隆の前にタイムリーがでず、0対0のまま8回を向かえる。
その8回表、横浜の攻撃。走者は2塁まで進んでいるものの、O尻我慢の投球でツーアウト。最後のバッターも、センターフライに打ち取った…はずだった。
「新Oのボケ、どこに目ぇつけとんねん!!!」
ドン!とカラになった2杯目のジョッキを置く由宇。もうちょっと酔っているのレベルはとうに通り越しているらしく、眼鏡の奥に見えるその目は完全にすわっている。
「ついでに言うたら度胸もあらへん!あれはまだ、前に飛んだらとれてるやんか!なあ、和樹もそう思うやろ!?」
「ははは…。ま、まあ、そうかなぁ。」
とてもそうは思えなかったが、下手になにかを言ったら多分ボコボコに殴られる事は目に見えていたので、苦笑で返す。
「その後すぐさま佐O木投入て。チキン(弱虫)にも程があるわ!なあなあおっちゃん、おっちゃんもそう思うやろ?」
こちらの態度がそっけなかったからなのか、それともより多くの人間に愚痴りたいのかはわからないが、いきなり隣で飲んでいたサラリーマン風の親父に話しかける由宇。迷惑だろうなぁ…とか思っていたら、
「そりゃそうや!おう、ねーちゃん、わかっとるやないか!」
迷惑そうどころか、一瞬で意気投合。これが、これが大阪人というやつなのだろうか…。
「ふう…。」
トイレでやっとこさ一呼吸置く。あれから1時間ぐらいたっただろうか。あんまり飲んだ覚えはないのだが、妙に気持ち悪い。場の雰囲気に酔ってしまったのかもしれない。
由宇はというと…相変わらず隣の親父と話しこんでいる。もはや今日の試合のはなしはとっくに終わり、阪O昔話に花を咲かせていたようだ。なぜ由宇が昭和50年代の阪Oのはなしについていけるのかは謎だが。
「さてと…。」
顔を洗って気合を入れなおす。あの調子だと、後1時間は話しこんでいるだろうから…。
気合を入れてトイレのドアを開ける。と、目の前に由宇と話しこんでいるはずの親父が立っていた。
「おう、あんちゃん。あんた眼鏡掛けた嬢ちゃんの連れやろ?」
「はぁ、そうですが…。ま,まさか、あいつ何かしたんですか?」
心の中でツーッっとはしる冷や汗。普段から無茶苦茶な行動を目にしてる分、不安でしょうがない。このとき、真っ先に浮かんだのは、居酒屋で暴れている由宇の姿だった。
「いや、そう言うわけやないんやけど…。ま、見たらわかるわ。」
「あ、はい!どうもすみませんでした!」
そう言うわけじゃない…。だ、駄目だ。悪い想像しかできん…。おっさんの横を通りぬけると、走って席のほうに向かう。
「頼む,由宇!怪我人だけは出さないでいてくれよ!」
「…まったく、世話焼かせやがって…。」
「そこは…やん!」
その世話を焼かせた張本人は、自分の背中に向かって幸せそうに寝言なんか言っている。人の気も知らずに…、とかはじめは思ったが、あまりにも無邪気な寝顔を見ていると、怒る気も失せてしまった。
「はぁ…。ま、怪我人どうこうって言う事じゃないだけましか。」
客をかき分けてまで席に戻ってみると、俺の日本酒のコップを持ったままつぶれて寝むってしまっている由宇がいた。コップの中身はカラになっている。ということは…。
「あんちゃんが席はなした瞬間コップとって一気のみしたんやけど…その瞬間コロッっといってもうてなぁ…。」
だろうと思った。少し前から俺の飲んでる日本酒を欲しそうにしてたが…。まったく…。
「起こそうとしてもぜんぜんおきへんし…。悪いけどあんちゃん、連れて帰ってくれるか?」
「…ってな事になって、ここまで連れて帰ってやったんだぞ。お礼の一つも欲しいとこだな。」
後ろを見ると、相変わらずすうすうとかわいい寝息を立てている由宇がいる。起きる様子はまったく無さそうだ。起きないようにちょっとだけ自分の手の位置を置き変えて、また歩き出す。
「ま、礼はその寝顔で勘弁しとこうか。さて、そろそろ家に着くぞ,お嬢様。」
「…んな。」
かすれるように弱々しい由宇の声。寝言かとも思ったが、自分の前にだらんとたれていた由宇の両腕が背中から抱きしめるように前にまわしてきたので、寝言ではないと判断できた。
「ごめんな、和樹…。また迷惑かけてもうて…。」
今度ははっきりと聞こえる由宇の声。顔を横にして喋っているのか、由宇の柔らかい頬が背中にあたっている。一瞬どんな顔をしてるのか見たいという欲求にかられたが、そこは押さえて、前を向いたまま由宇に喋りかけた。
「もう慣れたって、前も言わなかったか?気にするなって。」
「…でもな、でも…。」
「っと。着いたぞ。」
目の前に,自分ですらもう見慣れてしまった温泉宿が立っている。ま,由宇は自分よりも何倍も見なれているとは思うが。
「降りるか?」
「うん…。」
俺の肩を抱くようにまわしていた両腕をほどいて、地面に足を下ろす由宇。顔は…うつむいたままだ。
「…なあ、由宇?」
何?と言った感じで少しだけ由宇の顔があがる。それに狙いをあわせて、自分の顔を由宇の顔に近づける。そして、たった一瞬、柔らかい唇の感触…。
「あ…。」
「お代はいただいたぜ、由宇。じゃ、俺は部屋に戻るからな。」
あっけにとられて立ち尽くしている由宇をその場に残し、旅館のほうに走る。自分が旅館の入り口に入るぐらいには、またいつもの元気な声が飛んでくることだろう。
「待てぇ!和樹!ウチの唇はそんなに安かないでぇ!!!」
ほ〜ら、ね♪
〜END〜