主よ、人の望みの喜びよ




主よ、人の望みの喜びよ、
我が心を慰め潤す生命の君、
主は諸々の禍いを防ぎ、
我が命の力、
我が目の喜びたる太陽、
我が魂の宝また嬉しき宿りとなり給う。
故に我は主を離さじ、
この心と眼を注ぎまつりて。
(M.ヤーン作 コラール<Jesu, meiner Seelen Wonne「主よ、汝我が魂の喜び」>)




ステンドグラスを通してやわらかい光がそそぐ。
暖かい雰囲気の中に、どこか張り詰めたような穢れなき空気。
神など信じていないティファでも、教会に入ると自然に浄化される気分がする。
祈りのための空間、ここで私は何を祈る?
そう自分に問いかけていると、奥から神父がやって来た。
「お待たせしました。ええと・・・、シエラ・ハイウインドさんですね」
「あ、違うんです。私は新郎新婦の友人のティファ・ロックハートです。
 実は、新郎のほうが恥ずかしがって結婚式を挙げたくないって言うんです。
 でもそれじゃあ花嫁さんがかわいそうだから勝手にセッティングしちゃおう、ってことになって」
「なるほど、ご本人ではないんですね。ハイウインドご夫妻はよいお友達をお持ちですね。
 お二人に喜んでもらえるような式を挙げられるよう、こちらも努力します。
 それでは、打ち合わせをはじめましょうか」


本人達は不在なものの、打ち合わせは順調に進んだ。
「ええと、それでは式のときに流す音楽はどうしましょうか?こちらは当教会でよく流している
 曲のリストです。ご参考になさって下さい」
ティファは神父から受け取った紙を見た。定番のクラシックから最新のウェディングソングまで
さまざまな曲が並んでいる。
「定番ですけど、やっぱり結婚行進曲かな?」
そういいながらリストを見ていたティファの目が、ある曲のところで止まった。
「そうですね、やはりそれが一番人気がありますね。結婚行進曲にしましょう。では今日の打ち合わせ
 は、このへんにしましょうか・・・ティファさん?」
リストを見つめたままぼーっとしているティファを、神父は怪訝そうに覗き込んだ。
ティファは慌てて顔をあげると笑顔をつくった。
「あ、はい、そうですね。今日はありがとうございました」
その笑顔は、神父の元によく来る悩める者達と同じ表情だった。
そのことを心配した神父はなにか声をかけようとしたが、それより早くティファは背を向けた。


家に帰ってから、ティファは昔のことを思い出していた。
その曲を弾きたい、と言ったとき、ピアノの先生が言った言葉。
「いい曲よね。結婚式にもお葬式にも弾ける曲だから、きちんと練習していつでも弾けるように
 しておくと便利よ」
そのときは、主を称える美しい旋律が結婚式にもお葬式にも合うからだろう、
くらいにしか思わなかったが、今はその言葉の意味がわかる。
人は、誰かの幸せを願う生き物である。
たとえ、その誰かが死んでしまっても、その先の幸福を願うのだ。
少なくとも自分は、神を称えるためではなく、大切な人の幸せを願ってこの曲を奏でる。
そう、あの時も――――――――かけがえのない友を失ったときも。
忘らるる都での悲劇からまだ抜け出せなかった頃、立ち寄った街のバーにピアノが置いてあったのを
見つけて、一曲弾かせてもらったことがあった。
天に召された親友に捧げるために、自分の悲しみを溶かすために。
「主よ、人の望みの喜びよ、か・・・」
神とは本当に幸せを与えてくれる存在なのだろうか?
素晴らしい仲間たちとの出会いををくれたのが神なら、大切な人達を奪ったのもまた神である。
それでも、ふとした折になにかを祈っている自分がいる。
「エアリス、あなたの幸せって、なんだろうね・・・」
みもとに引き寄せた者にも、神は幸せを与えるのだろうか。
いや、エアリスが幸せなはずはない。
「だって、あなたの望みは・・・」
天国にいたら、叶わないから。


数時間後、帰宅したクラウドと晩ご飯を食べた。今日はクラウドがずっと喋っている。
最後の決戦の後、自然な流れで一緒に暮らし始めた二人。そのことが幸せだと感じることはなかった、
今日ほんの数時間前までは。
エアリスが残してくれた生きる道を、なにも考えず今まで歩いてきた。
好きな人のそばにいること。その幸せを当たり前に享受していた自分と、切り離されてしまった彼女。
自分にだけ許された幸せ。しかもそれがエアリスの犠牲の上に成り立っているということを痛感した。
「・・・クラウド、話があるんだけど・・・」
上機嫌で一人で喋っていたクラウドだが、ティファの思いつめた表情を見て話を切った。
「どうしたんだ、ティファ?」
「うん、あのね、私、もう少ししたらこの家を出ようと思って」
「えっ、なんで?俺、なんかティファを怒らせるようなことしたか?」
「ううん、そうじゃなくて、ちょっと一人で考えたいことがあるの」
クラウドは納得がいかない、といった表情で、
「べつに、考え事なら一緒にいたってできるじゃないか。俺と一緒にいるのがそんなに嫌なのか?」
「ちがう、ちがうけど・・・」
一緒にいるだけでもすごく幸せ。でもその幸せすら味わえない人もいるのよ。
私、一人で幸せにはなれないよ。
「俺は、ずっとティファと一緒にいたいと・・・つまり結婚したいと思ってたんだ」
うつむいて黙ったままのティファに、クラウドは胸に抱いていた想いを告げた。
ティファの瞳が潤んだ。同じ事をお互いずっと考えていたのだ。
本当は今日だって、シドの結婚式の打ち合わせをしながら、自分の未来を思い描いていた。
あの瞬間までは。
「ごめん、私は・・・こたえられない・・・」
気づいてしまったら、幸せに手を伸ばせない。
クラウドへの想いと、エアリスへの気持ちの狭間でバラバラになりそうになりながら、
溢れ出す涙を必死に堪えていた。



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音楽付きの小説を書いて見たかったんです。この「主よ、人の望みの喜びよ」は
バッハの作品です。ちなみに作中のティファのピアノの先生のセリフは、私のピアノの先生が
言った言葉を使っちゃいました。この言葉がこの作品を書くきっかけになったようなものです。
大切な人に対しては、死後もその幸福を願う――――――今回書きたかったテーマです。
でも、お葬式をしたり、祈りを捧げたりして癒されるのは、死者ではなく残された者なんですよね。
この音楽付き小説は三部作になる予定です。ティファは自分の得るべき幸せに気づくことが
出来るでしょうか?もう少しお付き合い下さい。

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