7月も中旬となり、大学も夏休みに入った。
親が帰ってこいとうるさいので、渋々実家に帰ることにした。
平日なら、普通電車も空いているだろうと思い、普通電車に乗ることにした。
予想通り、座席はガラガラで、車両を独り占めしている気分だ。
……っと思ったのも最初だけで、年輩の方や、部活帰りなどの中高生が乗ってきた。
俺の前の座席にも一人のお婆さんが腰を下ろした。
MDに入れた曲を聴きながら、窓の外の景色を眺めていると目の前のお婆さんの口が動いた。
イヤホンを取り、お婆さんの言葉に耳を傾ける。
「どこまで行くの?」
「え? あ、長岡までです。新潟の」
「そう……遠くまで大変だねぇ」
「そうですね……。結構時間かかりますからね」
俺は苦笑しながら答える。
するとお婆さんはバックの中から飴の袋を取り出す。
そして、俺の方に差し出して来た。
「すいません、いただきます」
本当は甘いものは苦手なのだが、断るのも失礼かな、と思ったので一つだけ貰うことにした。
俺が飴を受け取るとお婆さんはにっこりと微笑み、自分も飴を一つだけ口に含んだ。
ふと、手の中にある飴を見つめる。
透明なビニールに包まれた、赤い飴だ。
お婆さんの持っていた袋にはりんごの絵が描かれていたので、おそらくりんごの飴だろう。
「嫌いかい?」
いつまでも食べないでいたことに疑問を感じたのか、お婆さんが訊いてきた。
「いえ、違いますよ」
俺は笑って答えると、ビニールを破って飴を口の中に入れた。
口の中に甘酸っぱい、りんごの味が広がる。
少し経つと電車が駅に停車し、お婆さんが立ち上がる。
「それじゃあ、気をつけて」
「はい、ごちそうさまでした」
俺がそう言うと、お婆さんは再び笑い、電車から降りていった。
口の中の飴が無くなる頃、電車は終着駅に着いた。
乗り換えの電車が来る5番ホームに移動する。
ベンチにドラムバックを下ろし、自動販売機で紅茶を買う。
取り出し口から紅茶を取り、ベンチまで戻って腰を下ろす。
『カシュッ』
プルタブを開け、一口だけ飲む。
腕時計に目をやるが、電車が来るまでまだ大分時間がある。
周りを見回すが人はいなく、改札を通る人もいない。
「……平和だなぁ」
思わずそんなことを呟く。
ポケットに手を入れると、先ほど貰った飴のビニールが出てきた。
不意に、昔、駐車場を挟んで隣に住んでいた幼馴染みの少女を思い出す。
小学3年に、別れの言葉も言わないでどこかへ行ってしまった少女。
思い出せば、別れる少し前まで良く俺の後ろをついていた気がする。
小学校に入ったばかりの頃だろうか。
彼女の家の裏が草が生えている小道のようなものだったので、探検と言い歩いていた。
彼女は怖がって、俺の後ろをついて来ていた。
だが、半分程まで進むといつも泣き出していた。
大人の足で3分もかからないし、子供の足でも5分、多く見積もっても7分あれば一周する。
そんな場所で探検も何もあったもんじゃないと、今は思う。
まあ、子供だったからしょうがないのか……。
だが、子供と言えど彼女を泣かせてしまった罪悪感はあったのだろう。
泣いている彼女を泣きやませようと家からりんごの飴を持ち出して彼女にあげていた。
なぜりんごの飴かと言うのはなんて言うことはない。
以前、両親と一緒に長野のりんご狩りに行った時に、彼女の家に土産として贈った。
その時、その飴をなめて彼女が喜んだから、その飴をあげていたんだろう。
物で釣るのはどうかと思うが、当時はそうするしか方法が分からなかったのだろう。
って、今もどうしたらいいのか、良く分からないままなのだが。
彼女は、その飴をなめると泣きやんでいたから、まあ良かったのだろう。
そんな感じで毎日を過ごしていた。
小学3年頃になると無意識でも男と女を感じるのだろうか。
気がつくと彼女とはあまり遊ばなくなり、男友達と遊ぶようになっていた。
ふと、登校する時に一緒だった彼女がいなくなり、不思議に思い母親に訊いてみた。
すると、彼女は引っ越したのだと知らされた。
それは彼女が引っ越してから一週間が過ぎた頃だった。
そんな昔のことを思い出しながら空を仰ぐ。
視界の隅に電車が入った。
「さて……帰りますか」
俺は紅茶を一気に飲み干し、ゴミ箱に缶を捨てた。
そして、ドラムバックを肩からかけると、やって来た電車に乗り込んだ。
夏、地元の長岡は結構有名な大花火大会がある。
その為、会場の場所取り、後片付けとかは俺がやることになっている訳で……。
当然、後片付けを終えて帰る俺は家族の中で最後に会場を出ることになる。
シートなどを抱え、家に帰る。
「あ、ヤス。良いところに帰ってきた」
「?」
家に帰るなり、母親に呼ばれる。
「これ、出してきて」
大きなビニール袋を渡される。
中にはビールの空き缶などが詰まっていた。
「何で俺が?」
「母さん忙しいの。それともヤスが料理してくれる?」
「………行ってきます」
渋々、ゴミを持って収集所へ行き、ゴミを置く。
家に帰る途中、彼女の家があった場所が目に入る。
昨年の夏に帰ってきた時、彼女の住んでいた家はすでに取り壊されていた
「どうせ帰っても、こき使われるだけか……」
このまま家に帰るのもなんなので、彼女の家があった場所に行く。
細部までは覚えていないのだが、大体の位置は覚えていた。
玄関、客間、台所、そして二階にあった彼女の部屋……。
当時、ファミコンをしてた俺には、ファミコンがない彼女の部屋は退屈な場所と思った。
彼女の部屋で何をして遊んでいたのかはもう覚えてないが、退屈はしてなかった気がする。
朧気だが、俺の中ではまだ彼女の家は存在してる。
でも、現実には存在していない訳で……。
そのことが、何か不思議な感じがした。
「……10年か」
流れた月日を思わず呟く。
その時、後ろの方からこちらに来る足音が聞こえた。
会場から帰って来たのだろうか?
この裏道を通るってことは、近所の佐藤さんだろうか?
目を凝らして近づいてくる人影を見る。
女の人………おばさんか?
勝手にそう判断し、挨拶でもしようと思った時、その女性が呟いた。
「家、取り壊されちゃったんだ……」
そこには長い髪を夜風に軽くなびかせながら立つ女性がいた。
「残念だな……」
そう言いながら俺の方に近づいてくる。
この雰囲気、声には聞き覚えがある……。
「いつ……壊されちゃったの?」
周りには俺と彼女以外、誰もいない。
間違いなく俺に訊いているのだろう。
「去年の夏、こっちに帰ってきた時にはもう無かった」
「そうなんだ……」
気がつくと目の前まで女性が来ていた。
「久しぶりだね」
「そうだな……。10年も経つからな」
目の前の女性は、俺の記憶の中にいた彼女が成長した人だった。
「10年も経つんだね……。元気だった?」
「まぁ、ぼちぼちってとこだな。そっちは?」
「私も。風邪とかはたまにひいたりしちゃうけどね」
そう言い、笑顔を見せる。
「そうか……。んで、どうして長岡に?」
俺の言った『どうして』には、いろんな意味が込められていた。
「短大を卒業するから、就職活動と、アパート探しかな」
「そっか……」
俺は後ろにあった壁に寄りかかり、相づちをうつ。
「それと、もう一度会いたかったから、なんて………。ははは……」
何故か自虐的な笑みを浮かべる。
「会うって……俺に?」
俺の問いに彼女が無言で頷く。
「なんでだ?」
「うん……。昔のこと、謝らないといけないと思ったから……」
そう言って、俺の隣に来て、同じように壁に寄りかかる。
「謝るって……何を?」
こっちが謝ることならけっこう思いつくのだが……。
「……黙って引っ越しちゃったこと」
彼女が少し震えながら言う。
「なんだ……そのことか」
「怒ってるでしょ?」
「いや、別に……」
「本当に? 少しも思ってない?」
「そりゃあ子供の頃は多少は思ったかも知れないけど、今はそんなことないさ」
「やっぱり……怒るよね」
「昔のことだろ? そんなに気にするなよ」
「うん……。でもね、私、怖かったんだ……。ううん、今も怖いの……」
「怖い……? 何がだよ?」
「……嫌われることかな?」
「嫌うって俺がか?」
彼女は再び黙って頷く。
「子供の頃、泣き虫は嫌いだって言ったの覚えてる?」
「ああ、なんとなく……だけどな」
「私ね、お別れの挨拶を言うと、絶対途中で泣くって分かってたから。だから……」
そう呟く彼女の瞳に涙がたまる。
「でも……挨拶には来て欲しかったな」
「うん、ごめんね……」
「もういいさ。それに、またこうして会えたんだから……さ」
「うん……」
なおも彼女の涙は止まらない。
「だから泣くなよ……」
俺も子供の頃から、相手に泣かれると、どうして良いのか分からなくなるのは変わってない。
「ごめんね……」
「謝るくらいなら泣かないでくれ……」
「そうだね、へへっ」
そう言うと、やっと笑顔を見せる。
「でも、泣いてたらまた飴、貰えたかな?」
「飴? ああ、りんごの奴か」
「うん」
「あれは……もう買ってないんだ」
「そうなの?」
「ああ、俺、あんまり甘いの好きじゃないから」
「あ、そうだったね。家に来た時もケーキとか食べなかったし……」
「だから、お前が引っ越してから買ってないんだ」
「そうなんだ………」
すると、彼女は何かを考え始める。
「じゃあ、コンビニ行かない?」
「コンビニ? まさか、そこで飴を買う気か?」
「うん」
無邪気に微笑む彼女。
「俺に拒否権は?」
「無いこともないけど……でも、泣いちゃうよ?」
「………わかりましたよ。お付き合いしましょう」
結局彼女に負ける俺。
「それに、私コンビニの場所なんて知らないし」
「そういやそうだな……。じゃ、ついて来いよ」
「うん」
そう言って、俺と彼女は歩き出す。
「ねえ……?」
しばらく歩き、裏道に入ったところで彼女が口を開く。
「ん?」
「昔みたいに……手、繋がない?」
「………それもいいか」
しばらく考えたが、こんな裏道で知り合いに会うこともないだろうと思った。
そして、俺は差し出された手をそっと握り返した。
夜空に浮かぶ月が、目の前の道をいつまでも照らしていた。
これはいつ作った奴だったかな。
去年か一昨年か……とりあえず実家に帰省した後に書いたような……。
確かありのままを書こうとしたんですが……。
まんま書いたらただの酒飲み話になったので。(笑)
まあ、酒を飲んで昔を思い出したから書いただけですが……。
と言う訳で、多少の脚色はしてます。
ゴミを出すとこまでは完全に実話ですし、ym2に幼馴染みが居るのも実話です。
ただ、その娘が戻ってくる部分だけ違いますが。
第一、そんな彼女が居たら、実家を離れる訳無いじゃないですか。(ぉ
独り身は辛いですね……。
あいつ、今頃元気にやってるのかなぁ……。