この街にも、ようやく初夏を感じさせる季節になった、ある休日の昼下がり。
いつもの休日のように惰眠を貪っていたところ、名雪が笑いながら俺の部屋に入ってきた。
「祐一、散歩しようよ〜」
「いつも朝走ってるんだから、休日くらいはゆっくりさせてくれ…」
名雪の願いを即、却下する。
「う〜。そういうこと言うと、祐一の今日の晩御飯は…」
「紅しょうがならないぞ。秋子さんが昨日切れたって言ってたからな」
名雪の先手を取る。
勝った。
俺が心の中でそう思った次の瞬間…。
「祐一の今日の晩御飯は、お母さんのあのジャ――」
「さて、どこに行こうか? 名雪」
俺はまたしても名雪に勝てなかった。
あのジャムを引き合いに出すなよな……。
「ん〜とね、今日は天気がいいからものみの丘に行こうよ」
「しょうがねえなぁ……」
渋々、俺は散歩に行くことにする。
「早くいこっ?」
「ちょっと待てって…」
名雪が急かす。
財布と、腕時計と……あとは上着か。
ハンガーにかけてあった半袖シャツを羽織る。
「んじゃ、いくか」
「うんっ」
そして部屋を出て、玄関に行く。
「あら、2人とも出かけるの?」
靴を履いていると秋子さんに声をかけられた。
「ええ、ちょっと散歩にでも」
「そう、いってらしゃい」
いつものように微笑む。
「いってきま〜す」
「いってきます」
2人そろって家を出る。
外は意外に暑かった。
「結構、気温高いんだな」
「そお?」
「ま、おまえはそう感じないかもな」
名雪の服装を見て思う。
スカートに半袖のTシャツ。
俺はジーパンにTシャツ、その上にもう一枚羽織っている。
……俺の方が暑く感じるわけだよな。
「祐一?」
俺が名雪を見ていたことを疑問に思ったのか、不思議そうな顔をしている。
「なんでもない。ほら、行くぞ」
「あ、待ってよ祐一〜」
俺が歩き出すと名雪も追いかけてきた。
「もうすっかり春だね」
「おまえ、少しずれてるぞ」
今はもう春と言うより夏に近い気がする。
「どうして?」
「だいぶ前に桜も散っただろ?」
「でも、まだ春なんだよ」
名雪が不満そうな顔をする。
「ま、そう思うならそれでもいいだろうけどな」
そうこうしているうちに、ものみの丘に着いた。
吹き抜ける風は、少し強いが心地よい。
「ん〜、いい気持ち」
名雪が目を細め、風を体全体で浴びる。
―――と、そのとき突風が吹いた。
そして、名雪のスカートが……。
名雪が慌ててスカートを手で抑える。
しかし、時すでに遅し。
「……祐一、見た?」
「い〜や、何も見てないぞ」
「本当?」
「ああ、もちろんだ。今日の色は白だなんてこれっぽっちも思ってないぞ」
「う〜。祐一、エッチだよ……」
名雪が少し顔を赤らめる。
「なんだ、今ごろ気がついたのか?」
「前から知ってるけど……」
「別に、もう恥ずかしがるような仲じゃないだろ?」
「そんなことないよ。恥ずかしいよ」
「そういうもんか?」
「そうだよ……」
名雪がその場に腰をおろす。
俺も隣に腰をおろす。
「平和だなぁ……」
思わずそんな言葉が口から出る。
「そうだね。私、眠くなっちゃうよ」
名雪の目がとろんとしてきている。
「眠いなら寝てもいいぞ?」
「でも、祐一が暇になるでしょ?」
「いや、名雪にいたずらするから暇じゃないな」
「うにゅ〜」
「冗談だって。何もしないから寝てろ」
「本当?」
「ああ」
「じゃあ、おやすみなさい……」
そう言うとすぐに眠りにつく。
相変わらず寝つきのいいやつだな。
苦笑しながら寝顔を眺める。
たまに『うにゅ』とか『うにょ』とか、寝言のようなことを言う。
俺は草で名雪の鼻をくすぐったりして、名雪の寝顔の変化を見て楽しんでいた。
どのくらいそうしていただろうか。
名雪が目を覚ました。
「目が覚めたか?」
「うん…」
目を擦りながら返事をする。
「じゃ、そろそろ帰るか」
「祐一……」
名雪が暗い顔をしてる。
「どうした?」
「ごめんね、せっかくのお休みだったのに」
「別にいいって。名雪のかわいい寝顔も見れたしな」
「う〜」
複雑な表情をする。
「よし、帰るぞ」
「うん」
俺たちが立ち上がったとき、また突風が吹いた。
「ここ、結構風強いんだな」
「今度来るときはスカートやめるよ」
「そうしろ」
そして歩き出そうとしたとき、空から白いものが舞い落ちてきた。
「えっ!? ……雪?」
名雪が不思議そうな顔をして白いものを手にとる。
俺も手にとってみる。
「なんだ、タンポポの種か」
「でも、雪みたいだよ?」
「ま、見ようによってはな」
「綺麗……」
名雪の言葉どおり、夕焼けの中舞い落ちる『雪』は綺麗だった。
「ね、祐一」
「なんだ?」
「もう少し、ここにいてもいいかな?」
「ああ、別に構わないぞ」
「ありがとう…」
俺たちは寄りそりあって再び腰をおろす。
そして、この景色を眺めていた。
「きっと天使の落し物だね」
「なんで天使なんだ? 神様じゃダメなのか?」
「天使には羽があるでしょ? きっとその羽根が落ちてきたんだよ」
「タンポポの種が羽根か?」
「もうっ、祐一ったら……」
「悪い」
改めて目の前の光景を見る。
「……そうだな」
「え?」
「案外、天使がうっかりと落とした羽根なのかもな」
「うん」
俺は名雪の肩を抱き寄せ、しばらくその光景を見ていた。
そう―――。
天使が落とした小さな羽根……小さな奇跡を、一番大切な人と共にいつまでも……。
これはGWの終わりに、郷里の駅で思いつきました。
電車を待ってると、何やら白いものがフワフワと流れてきたのです。
服にくっついたので、取ってみるとタンポポの種でした。
そこで『ビビビッ』ときたのです。(核爆)
まぁ、思いつきなんで大したオチじゃないですね。(笑)
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