スイカ




 夏休みに入って間もない、ある日の昼下がり。
「……あちぃ」
 蝉の爽やかな鳴き声で俺は清々しい朝を迎える。
「って、蝉の鳴き声は爽やかじゃねえし、今は朝でもねえ」
 汗で肌に張り付いたTシャツを脱ぎ捨てる。
「シャワーでも浴びてこよう……」
 エアコンのスイッチを入れる。
 こうしておけば部屋に戻ってきたとき、ここは天国になっているだろう。
 そのまま着替えとバスタオルを手にして部屋を出て、風呂場に直行するが……。
「祐……一?」
 ドアを開けると部屋の前に、ドアをノックしようとしていた名雪がいた。
「ん? どした?」
「なんで……裸なの?」
 少し恥ずかしそうに言う。
「なんでって……シャワーでも浴びようかな、って……」
「だったら、お風呂で脱げばいいでしょ!」
「脱いでるって言っても上だけなんだから気にすることないだろ?
 それに俺とお前の仲じゃないか?」
「も、もうっ! 祐一のエッチ!」
 そう言うと自分の部屋に戻り、ドアを勢いよく閉めた。
「……まぁ、否定はしないけどな」
 あいつも暑さのせいで少しイライラしてるのだろう。
 そう解釈して階段を下りる。
「ん? あいつ、何か用があったんじゃないのか?」
 そう思ったが、今はシャワーを浴びることが最重要任務だ。
「目標確認、これより破壊……してどうする」
 風呂場のドアを開け、シャワーを浴びる。
 暑さでおかしくなっていた頭が少しずつ元に戻っていく。
 手早く着替え、名雪の部屋を襲撃する。
 ん、襲撃?
 ……まだ少しおかしいな。
「名雪、さっきは何の用だったん……だ?」
 名雪部屋のドアを開けて、俺は固まる。
「なぜなら、ベットの上で名雪が死んでいたからだ……」
「う〜、勝手に殺さないでよ〜」
 うつ伏せになった状態から、顔だけを俺の方に向ける。
「なんだ、生きていたのか」
「当たり前だよ…」
 そしてまた溶け始める。
「んで、お前は今、何やってんだ?」
「私、暑いの苦手なんだよ〜」
「いや、見りゃわかるし」
「暑いよ〜」
 と言いながらも、部屋の中はエアコンのおかげで外と比べると大分涼しい。
「じゃあ、服でも脱いだらどうだ? 少しは涼しくなるんじゃないのか?」
「………祐一」
 名雪がジト目で俺を見る。
「……夏だからな」
 俺は窓から空を見つめる。
「祐一は一年中エッチだよ」
「悪かったな。んで、さっきは何の用だったんだ?」
「さっき……?」
「俺の部屋の前にいただろう?」
「あっ!」
 名雪がベットから体を起こす。
「あのね、香里が土曜日に海に行こうって言ってるんだけど……」
「海かぁ〜」
 夏の陽射し、青い海、そして……。
「ねぇ〜、祐一。早く〜」
「祐一さんもこっちに来てくださいよ〜」
「栞の言う通りよ相沢君、早く来なさい?」
「……祐一、早く」
「あはは〜、祐一さ〜ん。早く来てください〜」
「あぅ〜祐一、早く来てよ〜」
「相沢さん、真琴が待っていますよ?」
「うぐぅ、祐一君、早く来てよ……」
 水着を着たみんなが俺を呼んでいる。
「ははは、そんなに急かすなって……」
 俺は熱くなっている砂をものともせずに駆け足でみんなの元へ……
「……祐一?」
「なんだよ名雪、邪魔するなよ。今、俺は名雪たちと……ん?」
「祐一、大丈夫?」
「名雪………か?」
「そうだよ?」
 目の前の名雪が首をかしげる。
「………そうか、やっぱり夢は夢でしかないんだな」
 俺は空の上にいる父さんと母さんを思う。
 って、まだ2人とも生きてるし。
「祐一、本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
 ちょっと『 逝ってた 』だけだからな。
「ならいいけど」
 またベットに寝そべってだらだらし始める。
「暑いよ〜」
「んなこと言っても涼しくはならないぞ?」
「う〜。でも、暑いんだもん……」
「エアコンが効いた部屋でそんなことを言うな」
「なら温度を下げればいいだろ?」
「私、機械苦手……」
 苦手って……。
 まぁ、こいつの機械音痴は知ってるけどな。
「祐一さん、名雪。スイカ切ったんだけど、よかったら食べない?」
『 うわぁ! 』
 秋子さんに不意に声をかけられて驚く俺と名雪。
「どうですか?」
「い、いただきます…」
「私も〜」
「じゃあ、早く降りてきてくださいね」
 微笑んでそう言うと部屋を出て行った。
「……お母さん、いつ入ってきたのかな?」
「俺はドアを後ろにしてるからわかるわけないだろ?」
「私だって、ドアが開いたところ見てないよ?」
「そういえば、ドアを開けたとき感じる暖かい空気を感じなかった気が……」
「………」
「………」
「ね、ねえ。祐一?」
「な、なんだ?」
「スイカ、食べに行こう?」
「そうだな……」
 今さら秋子さんのことを詮索してもどうしようもないしな。
『 祐一さん、正しい判断ですね 』
「っ!?」
 俺は後ろを恐る恐る振り返る。
「どうしたの、祐一?」
「いや……。今、秋子さんの声が聞こえた気が……」
「お母さんの声? 私は聞こえなかったけど……」
「そっか……。じゃあ、気のせいだろう」
 今日は暑いしな……。
「スイカっ、スイカっ♪」
 名雪は名雪でまたわけのわからない歌を歌ってるし……。
「これが日本の夏か……」
 日本の夏、○鳥の夏、ってか?
 蚊もいなくなって万々歳だな。
「少し間違ってる気もしますけどね」
「!?」
 キッチンにつくなり、秋子さんに俺の考え(妄想?)は否定された。
 ……俺、声に出してないよな?
「あ、名雪。悪いんだけど3人の分も持っていってくれる?」
「3人? 真琴にあゆちゃんに……」
「今日は天野さんが来ているから」
「あ、そうなんだ。うん、わかったよ」
「じゃあ、俺等もそっちで食うか?」
「そうだね」
 と言うわけで俺たちは5人分のスイカ(+塩)を持っていく。
「って、どこに持っていくんだ?」
「みんなは庭にいるみたいだけど……」
「庭に? この暑いのにか?」
「うん」
 そうこうしている内にダイニングに着き、扉を開ける。
「お邪魔しています」
 縁側に腰を下ろしていた天野がこちらを振り返りお辞儀をする。
「いらっしゃい」
「んで、そんなところで何やってんだ?」
「2人を見ています」
 天野の目線の先には少し大きめの子供用プールで遊ぶあゆと真琴がいた。
 着ている水着もそうだが、中身もお子様とはな……。
「……なるほどな。お守り、ごくろう」
「お守りなんかじゃないですけど……」
「それより、スイカ食べませんか?」
 名雪が天野にスイカを勧める。
「いいんですか?」
「もちろんだよ〜」
 そう言ってスイカが乗った皿を差し出す。
「では、お言葉に甘えて……」
「あゆ、真琴〜、スイカだぞ〜。早くこないと名雪に食われるぞ〜」
「私、そんなことしないよ……」
 名雪が口をとがらせる。
『 スイカ!? 』
 2人が凄まじい速さでこちらにやってくる。
「名雪、私の分まで食べちゃだめだからねっ!?」
「名雪さん、全部食べないでよ〜」
「う〜」
 名雪が俺を恨めしそうに見つめる。
「悪かった。こいつらがこんなに食い物にこだわるとは思わなかったから……」
「もういいよ……」
 少し拗ねる。
 後で機嫌を取らなきゃな……。
 俺も名雪の隣りに座り、スイカを一切れ取り、食べ始める……が。
「おい、真琴」
「な〜に?」
 口元にスイカの種をつけ、新しいスイカに塩をかけながら返事をする。
「お前……塩、かけるのか?」
「うん」
「……本当にいたんだな」
「なにが?」
「いや、スイカに塩かけるやつが、さ」
「なによぉ〜」
「いや、別に文句を言ってるわけじゃないが……」
「なら別にいいじゃない」
 そう言って塩を再びかけ始める真琴。
「いや、悪いなんて一言も言ってないが……
「フンっだ!」
 まだ塩をかけている真琴。
「真琴。塩をかけるのはいいですが、余りかけすぎると体に毒ですよ?」
「う〜、美汐まで……」
「とにかく、塩をかけるのはそのくらいにしておいた方がいいですよ?」
「えっ? あっ!」
 そう、真琴は今までずっと塩をかけていたのだ。
「……ま、いいや」
 そういうと、真琴は大量の塩がかかったスイカを食べ始めた。
「……塩をかけるとおいしいのかな?」
 あゆが真琴の行為に興味を持ったらしい。
「なんなら、やってみればどうだ?」
「う、うん……」
 恐々と塩に手を伸ばし、スイカに塩をかける。
「……うぐぅ、しょっぱいよぉ」
「ま、塩だからな」
「うぐぅ」
 まぁ、食えないレベルじゃないから大丈夫だろう……。
「ごちそうさまっ!」
 しばらくして、真琴はまたプールに向かっていった。
「ボクもごちそうさまっ!」
 あゆも負けずにプールに向かっていった。
「やれやれ、あいつらは元気だな」
「そうですね……でも、元気がないよりはいいです」
「まあな……ん?」
 不意に肩に重みを感じた。
「くー」
 いつの間にか名雪は寝てしまったらしい。
「おい、起きろ名雪」
「にゅう……」
「くすっ」
 俺たちのやりとり(と言っても名雪は寝てるだけだが)を見て天野が笑う。
「何がおかしいんだ、天野?」
「いえ。名雪さん、幸せそうだなって」
 俺も名雪の寝顔を見る。
「まぁ……それはそうだが……」
 こういうところを他人に見られるのは恥ずかしい。
「相沢さん、優しい眼をするんですね」
「そうか?」
「はい、名雪さんには特に」
「まあ……な」
 名雪の寝顔を見ると、ついそんな言葉が出てしまう。
「熱いですね……」
「そうか? ならエアコンの温度下げるか?」
「いえ。お2人が、ですよ」
 意味深な笑みを浮かべる天野。
「クッ……先輩をからかうとはいい度胸だな、天野」
「私は本当の事を言ったまでです」
「む……」
「それとも、違うんですか?」
「それは……」
 違わないけどさ……。
「なら、そういうことです」
 スイカをもう一切れ取って、再び真琴たちの方を見る。
「……ま、いっか」
 俺は名雪を膝枕するようにし、右手で名雪の髪を撫でる。
「うにゅ…。イチゴ……サンデー……」
「スイカの次はイチゴサンデーかよ……」
 苦笑しながらも、手の動きは止めない。
「イチゴサンデーはまた今度、な?」
「……うにゅ」
 納得したような声を出して、心地よさそうに眠る名雪。
 天野はあゆと真琴を、俺は名雪を眺める。
 そして俺は空いている左手でスイカを取り、かじる。
「今年のスイカは甘いんだな」
 思った以上のスイカの甘さに、そんな言葉が出る。
「甘いのは、スイカだけじゃないような気もしますが」
 天野が振り返りもせずに、そんなことを言う。
「やけに突っかかってくるが………彼氏でも欲しいのか?」
 ささやかな反撃。
「結構です」
 反撃はかすりもしなかった。
「……そうか」
 食べ終わったスイカを皿の上に置き、名雪の髪を再び撫でる。
「でも……彼女がいるってのもいいもんだぞ。あ、天野の場合は彼氏か」
「そうですね……」
 天野が振り返り、名雪を見る。
「いい人が見つかれば、いいとは思いますけどね」
「そっか……」
「相沢さんは見つかりましたか?」
 少し意地悪そうな笑みを浮かべ、俺に訊いてくる。
「……もちろん」
 俺がそう言った後、名雪が笑った気がした。
『 ちりん 』
 ぶら下げてあった風鈴が、部屋の中に優しい夏の音色を響かせた。






   〜 あとがき 〜

   夏休み中のごくフツーの一日を書いてみたんですが……。
   オチがないのを言い訳してるだけだったり……。(汗)
   ちなみに名雪SSと言っていますが、名雪との絡みは少なめです。
   ……最近、不調なんで大目に見てください。(←言い訳)
   それはさて置き……。(ぉ
   これはテーマを『 平凡な夏の日常 』と題し、連作にしようと思う中の一作です。
   そして、出来るだけ現実味がある、普通の夏の日常を書いてみようと思います。
   実際に付き合っている人たちだって毎日イチャイチャしてるわけじゃないでしょ?
  (そう言う人たちもいるかもしれませんが、みんながみんなそうじゃないと思います)
   なので、そんなにラヴラヴには(たぶん)ならないと思います。(爆)
   夏のうちに書き終わるように努力はします。
   なんか言い訳ばっかりだなぁ……。

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