隆山にもようやく春の到来を感じさせる時期になった。
鶴来屋の近くの山の桜が満開なのだ。
毎年、ゴールデンウィークの今の時期に満開になるのよね。
その桜を見るために来てくださるお客様もいるし……。
会長室の窓からその山を眺める。
「……綺麗」
思わず呟いてしまう。
『コンコン』
不意にドアがノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのは足立さんだった。
「ちーちゃん、ちょっといいかな?」
足立さんが私を『ちーちゃん』って呼ぶときはプライベートなことの時が多い。
「なんですか?」
「今年はお客様も少ないし、社員総出で花見でもどうだい?」
「お花見ですか……」
確かに今年は例年に比べて入りがない。
きっと不景気だからね……。
「ちーちゃんの会長就任1周年も兼ねてさ、どうだろう?」
「そうですね……。私の1周年は別にいいとしても、皆さんにも少し休んで欲しいですからね」
「じゃあ、決まりだね」
「はい」
足立さんは満足そうな笑みを浮かべながら、部屋を出て行った。
「お花見か……」
(耕一さんがいればなぁ……)
そう思うと溜め息がこぼれた。
家に帰ったら電話してみよう。
足立さんもこれくらいの我が儘、許してくれるわよね……?
私はいても立ってもいられず、ファイルをまとめると急いで帰宅する準備をし始めた。
「では、これからの鶴来屋の発展を願って……カンパ〜イ!」
『カンパ〜イ!』
私の音頭でお花見(宴会)が始まる。
「おつかれ、ちーちゃん」
足立さんがビールを片手にやってきた。
「足立さんの方こそ、ご苦労様です」
「まぁ、今日はお互い楽しくやろうよ。妹さんたちも来てることだし」
「えっ?」
私は足立さんの一言に驚く。
「足立さん、こんばんは〜」
「………(ぺこっ)」
「こんばんは〜」
いつの間にかに後ろに来ていた梓、楓、初音が足立さんに挨拶をする。
「じゃあ、姉妹水入らずで楽しんでね」
それだけ言うと、向こうに行ってしまった。
「あなた達、どうしてここに?」
私は3人は未成年だから呼ばなかったのに……。
「足立さんに招待されたんだ」
梓が私を恨めしそうに見る。
……そう見られてもしょうがないけど。
「そう……」
「梓お姉ちゃん、千鶴お姉ちゃんだって……」
初音が私を庇ってくれる。
これじゃあ、どっちが姉か分からないわね。
「わかってるよ、初音」
梓が初音に笑いかける。
「私にも千鶴姉の考えくらい分かってるさ」
「うん」
初音も笑顔で頷く。
「千鶴姉さん、耕一さんは来るんですか?」
楓がポツリと呟く。
「楓、どうして知っているの?」
「……前に、姉さんが電話で話してるのが聞こえちゃったから」
少し申し訳なさそうに言う。
「えっ? 耕一、来るのか?」
「耕一お兄ちゃん来てくれるの?」
梓と初音が私に詰め寄る。
「……耕一さんはアルバイトがどうしても外せないって……」
私はその言葉を聞いたとき、やっぱり溜め息が出た。
でも、耕一さんには耕一さんの都合があるんだもの。
私も子供じゃないからそれくらい分かってる。
「そっか……耕一、私たちよりもバイトの方が大事なんだ」
梓が少し怒ったような口調になる。
「梓お姉ちゃん、耕一お兄ちゃんにもきっといろいろあるんだよ」
初音がいつものように耕一さんを庇う。
「………(こくっ)」
楓も初音に賛同する。
「だけどさ……」
まだ納得がいかない表情の梓。
「梓……」
「わかったよ、千鶴姉」
梓も頭では分かってるけど、心の中では認めたくないのね……。
「じゃあ、パーっとやろうかな?」
そう言ってビールが入ったグラスに手を伸ばし始める。
「梓……あなたまだ未成年でしょ?」
「少しくらいなら……今日は無礼講で」
「あ・ず・さ?」
「うっ……わかったよ。ハァ〜」
渋々ながら梓は私の言うことに従う。
「じゃあ、ジュースでも貰ってこようっと」
そう言うと、近くのテーブルに行き、料理をつまみだした。
初音と楓も食べ始めている。
私は……少し1人になりたかったので、テーブルから離れる。
(……耕一さん、今頃何をしてるのかな……)
桜を見上げながら耕一さんのことを想う。
そして、あまり飲めないお酒を飲む。
「会長……」
不意に後ろから声をかけられた。
この人は……
「どうしたんですか、森さん?」
森さん……鶴来屋の役員の1人。
私とあまり年は変わらないけど、実力でその地位に就いた優秀な人……。
お飾りの私とは大違いね……。
「会長……いえ、千鶴さん!」
「はい?」
「俺と……俺と付き合ってください!」
「え?」
いきなりの告白に戸惑う私。
「俺とあなたでは釣り合わないのは十分に承知しています」
「はぁ……」
釣り合わないのは私の方なのに……。
「でも……俺、本気なんです!」
「森さん、少し飲みすぎなんじゃ?」
「酔ってなんかいません! 俺は本気です!!」
……困ったわね。
「あ〜、ダメダメ。千鶴姉はもう売約済みだから」
梓がグラスを片手にそう言ってきた。
「あなた、いつからそこに?」
「そんなこと、どうだっていいだろ?」
梓が気にした風も無く言う。
「売約済みって……?」
森さんが梓に聞き返してきた。
「もう、相手がいるってこと。将来を誓うくらいのね」
「そ、そんな……」
「ま、諦めることだね」
森さんは背中に哀愁を漂わせながら去って行った。
「梓っ!」
「何だよ千鶴姉……」
「あんな言い方ないでしょ!?」
将来を誓う、なんて……。
「まんざら嘘じゃないと思うけどな。それとも千鶴姉に、その気はないってこと?」
「そ、そういう訳じゃないけど……」
「じゃあやっぱり、嘘じゃないだろ?」
「梓っ!」
「千鶴姉さん、あんまり大きな声を出すと、周りの人に聞こえますよ?」
「え?」
いつの間にか傍にいた楓に言われて気がつく。
「あ……」
我を忘れていた自分が少し恥ずかしくなる。
顔が赤くなっていくのが自分でも良くわかる。
「千鶴お姉ちゃん、大丈夫? 顔が赤いよ?」
初音が私の顔が赤いのに気がついたみたい。
「少し酔ったみたい……涼んでくるわね」
お酒のせいにしてその場を離れる。
そして会場から少し離れることにした。
3人が笑っていたのが気になるけど……。
しばらく歩くと、桜を眺めるのにちょうどいい場所があった。
そこに座り、桜を見上げる。
溜まっていた疲れが出てきたみたいなので、木に寄りかかる。
お酒を飲んだせいかしら?
そう言えば、少し眠くなってきちゃった……。
…………。
「千鶴さん、こんなところで寝ていると風邪ひいちゃうよ?」
この声は……。
「耕一……さん?」
どうしてこんな所に耕一さんが?
………そっか、きっと夢を見ているのね。
耕一さんは私にシャツをかけてくれた。
耕一さんの匂い……。
夢の中でも匂いってわかるのね。
私の隣りに耕一さんが腰を下ろす。
私は耕一さんの肩にもたれかかる。
すると耕一さんは優しく私の肩に手を回してくれた。
……夢の中くらいは思いっきり甘えてもいいわよね?
「ずっと……こうしていたいです……」
「……俺も」
私は夜空を見上げる。
夜空には雲に隠れて霞んだ月があった。
「月が……出ていますね」
「うん。今日は雲に少し隠れて霞んでるけどね」
「それでも……おぼろな月でも人は綺麗と言ってくれます」
「そうだね。なんか情緒があるって言うか、なんて言うか……」
「月は霞んでいても、みんなが綺麗と言ってくれます……そして、愛してくれます」
「……千鶴さん?」
「それに比べて、私は……」
私は耕一さんのシャツを強く握り締めます。
「本当の私は弱くて、泣き虫で、外面だけ体裁よく振舞って…。
梓に偽善者って言われますけど、本当のことなんです。
こんな私を、愛してくれる人なんて、誰も……」
「千鶴さん……」
耕一さんが私の方を向く。
「俺じゃダメかな?」
「え……?」
「俺は、例えどんなことがあっても、千鶴さんのことを愛し続けるから……」
耕一さんが真っ直ぐな目で私を見てくれている。
私だけを……。
「だから、それじゃダメかな?」
「……そんなことないです。十分すぎますよ……」
私は微笑んで耕一さんの想いに答える。
「ありがとう、千鶴さん……」
「お礼を言うのは私の方です……」
私はまた耕一さんに寄りかかる。
そして私は目を閉じた……。
…………。
「……う〜ん」
「あ、やっと起きたか」
梓の声が聞こえる。
私は目を開ける。
「……ここは?」
「千鶴姉さんが出勤に使う車の中です」
私の右隣にいた楓がそう言う。
「千鶴お姉ちゃん眠っちゃったんだよ」
助手席から初音が顔を出す。
「全く、飲めないのに飲んだりするから……」
私の左隣には梓がいた。
「耕一さんは?」
私、耕一さんと一緒にいたはずじゃ……?
「はぁ? 何言ってるんだよ千鶴姉、耕一はバイトでこれなかったんだろう?」
「あ………」
じゃあ、さっきまでのことは……夢?
「姉さん、大丈夫ですか?」
楓も心配する。
やっぱり少し疲れているのかも知れないわね……。
「千鶴お姉ちゃん、家までもう少し眠っていたら?」
「そうだね……まだ、だいぶあるから眠ったいたらどう、千鶴姉?」
「………(こくっ)」
3人とも………ありがとう。
「じゃあ、悪いけれどそうさせてもらうわね……」
私は再び目を閉じた。
千鶴が眠りについて数分後の車内……。
「千鶴お姉ちゃん、眠ったみたいだね」
初音が囁くような声でそう言った。
「まぁ、千鶴姉もいろいろと大変だからなぁ」
後ろの座席の、千鶴をはさんで左側に座っている梓が呟く。
「近年は不景気だから……」
後ろの席の、逆の右側に座っている楓が付け加える。
「そう考えると……嘘をつくなんて……」
初音が申し訳なさそうな顔をする。
「い〜や、日頃の復讐にはちょうどいい」
梓が満足そうな笑みを浮かべる。
「でも、これは復讐になるんですか?」
楓がそう聞いてくる。
「………さぁ?」
「梓姉さんも、あまり考えてなかったわけですね?」
「うっ……」
「でも、少しは効果があったかも知れませんね」
「だろ?」
3人とも千鶴の寝顔を見る。
眼から涙を流しながら眠っている千鶴。
「こりゃあ、早く帰って喜ばせた方がいいな」
「そうですね」
「うんっ」
3人の意見が一致する。
「よしっ。運転手、急いで柏木家に帰れっ!」
梓が運転手に命令する。
「あのなぁ……」
運転手がなにやら不満げな表情をする。
「いいから、早くっ!」
「へ〜い」
「返事は『はい』だろ?」
「はいはい」
「1回だけっ!」
「は〜い」
梓と運転手のやりとりを見て初音と楓が笑う。
「いい加減にしろっ、耕一っ!」
「は〜い」
「全く、運転手…しかも臨時のバイトのくせに何でそんなに態度がでかいんだよ?」
「さぁな?」
「耕一お兄ちゃんも、梓お姉ちゃんも……」
「千鶴姉さんが起きてしまいます」
初音と楓が2人をたしなめる。
「全く……耕一が悪いんだぞ?」
「へ〜い」
「耕一っ!」
また2人の喧嘩が始まる。
初音と楓は『しょうがないなぁ』と言う顔で2人を見ている。
そして、車が柏木家の門を照らした頃……。
夜空にあった雲は風に流され、おぼろだった月は、はっきりとした満月に変わっていた。
冒頭で『 ゴールデンウィーク 』とありますが、大分過ぎてしまいましたね。(汗)
千鶴さんの内面の弱さを書いてみましたけど……どうなんでしょう?
読んでくれた方たちに、上手く伝わればいいのですが……。
ちなみに耕一のバイトは
『 鶴来屋会長専用車の臨時の運転手 』
という感じです。(長いなぁ)
千鶴以外の3姉妹は、耕一が来ることを知っていたわけです。
解説入れなきゃ、わかんないようなSS書くなって?
……善処します。
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