いつものようにエコーズでバイトをしていると
「今日も相変わらずの勤労青年だな」
と言いながら英二さんが店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
一応形式どおりの挨拶をする。
「いやだなぁ……堅苦しい挨拶は抜きにしないか? 俺と君との仲じゃないか、な?」
どんな仲だ?
「は、はあ……」
「ふむ……時に青年。来週から一週間、予定は空いているか?」
「えっ? 来週ですか……」
来週はクリスマスがあるな……。
去年は由綺のライブを見に行ったけど、今年はどうなんだろう?
「さあ? 空いているような、いないような……」
「曖昧だな……。まあいい、空いてるんだな?」
「……まあ、そうなりますね」
ううっ、相変わらずこの人には逆らえそうもない。
「ならちょうどいい。アルバイトをしないか?」
「アルバイト?」
「ああ、今年は理奈と由綺ちゃんが一緒にクリスマスライブをするって事は知ってるだろう?」
「ええ………そりゃ、まあ」
「そのライブのスタッフが足りなくてな、新規のやつを使ってもいいんだが……不安は残る」
「それはそうですね。慣れてる人がやったほうがいいですからね」
「そこで青年の出番だ」
「俺の?」
「こういう関係の仕事には慣れてるだろう?」
「そりゃあ、まあ……2年もやれば多少は……」
「じゃあ決まりだな」
「俺に拒否権はないんですか?」
「断ると由綺ちゃんが泣くぞ?」
ぐぅ、なんてことを言うんだこの人は…。
「わかりましたよ。やらせてもらいます」
「さすがだな。それでこそ俺が見込んだ男だ」
……去年は目の敵にしてたくせに。
「じゃあ、月曜から来てくれ。場所は―――――」
そしてサラサラとメモを書いて店を出て行く。
一人で何もかも決めて帰った英二さん。
さすがやり手のプロデューサーだ……。
「バイトかあ……。ま、由綺と一緒にいられるなら別にいいか」
俺が呆けていると後ろから視線を感じた。
「すみません。そういうことで、来週はバイトに来れません」
マスターが、がっくり首を落とす。
「彰でも呼んだらどうですか?」
俺がそう言うと、途端に元気になる。
そんなに嫌なら店をたためばいいのに……。
グラスを磨きながら、そんなことを思った。
相変わらずダンディーなBGMが店の中に流れていた。
――― クリスマスライブ前日。
「藤井先輩、こっちお願いしま〜す」
「は〜い」
……ライブのステージの設営ってのも疲れる。
それ以上に疲れるのが人間関係だ。
今年、英二さんの会社にも数人の新入社員が入った。
俺より年下の人も結構いたみたいだ。
それはいいとしても、バイトの俺が正社員の人に『先輩』って呼ばれるのはなんか変な感じがする。
先輩には間違いないだろうけど、何かおかしい……。
「藤井さ〜ん。ここ、どうすればいいんですか?」
「すぐ行きま〜す」
第一、正社員の人が仕事を覚えていないで、バイトに聞くってのは間違ってるんじゃ……?
「藤井センパーイ」
ああっ!
今度はなんだ!!
「緒方さんが呼んでますよ〜」
「えっ? あ、わかった。ありがとう」
英二さん、何の用だろう?
「藤井さん、ここは……?」
「ごめん。悪いけど他の人に聞いて」
英二さんの呼び出しを口実に、この現場から一刻も早く逃げる。
控え室の並ぶ廊下もバタバタしているが、ステージ程ではないみたいだ。
英二さん、どこにいるんだろう……?
とりあえず、由綺たちの楽屋に行ってみるか……。
そう思い、由綺の楽屋に向かう。
さっき、リハーサルが終わったばかりだからまだ帰っていないだろう……。
由綺と理奈ちゃんは二人で一つの楽屋を使ってるらしい。
空きはまだあるんだけど、『二人の方が楽しいから』って言ってそうしたらしい。
まあ、あの二人なら言いそうだけどなあ……。
『コンコン』
ドアをノックする。
「は〜い。どうぞ〜」
中から間延びした声が聞こえる。
この声は由綺だな。
苦笑しながらドアを開ける。
「あ! 冬弥君!」
由綺が俺を見て、大きな声で言う。
嬉しいけど、少し恥ずかしい。
「いらっしゃい、冬弥君」
理奈ちゃんも微笑んで挨拶をしてくれた。
ううっ、俺って幸せ者かもしれない……。
「冬弥君、どうしたの?」
「ああ、そうだ。由綺、英二さん知らない?」
「えっ? 緒方さん? それなら……」
由綺が不思議そうな顔をして答える。
「冬弥君も相変わらず天然ね……」
「えっ!?」
理奈ちゃんが訳のわからないことを言ってる。
「後ろ後ろ」
俺の指を指して呆れた顔をする。
「……後ろ?」
言われた通りに振り返ってみる。
………誰もいない。
「誰もいないよ、理奈ちゃ―――」
由綺たちの方に向き直ると
「よお、青年」
「わっ!!」
英二さんがいた。
「ははは。驚いたかね、青年」
得意満面の顔で笑う英二さん。
「全く、子供じゃないんだから」
理奈ちゃんが、ため息をつく。
「なんだ、理奈? 子供の心を持ち続けるのは大切なことだぞ」
「もう、30になるんだから、いい加減にしたら?」
「うっ。そ、それは………」
あ、気にしてたんだ。
「そんなことより英二さん。話ってなんですか?」
肝心なことを聞く。
「おお、そうだ。それはな……。まあ、ここじゃなんだ。ちょっと来てくれ」
「え? あ、はい……」
英二さんに言われるまま、控え室の外に出る。
「ふむ、ここら辺でいいだろう」
由綺たちの部屋から少し離れた場所で話を始める。
「それで、話って?」
「明日は何の日か知ってるよな?」
明日?
明日はクリスマスライブだし。
それに………。
「ええ、まあ一応は」
「それでだ……、明日のライブ終了後に打ち上げ、兼、由綺ちゃんの誕生日を祝おうと思ってるのだがな……」
「はぁ……」
遠まわしな言い方だ。
「その打ち上げに青年も参加して欲しい」
「えっ? な、なんで俺まで……」
ただのバイトの俺が、そんな場所に参加してもいいのか?
由綺の誕生日を祝うのはわかるとしても……。
「いや…………嫌なら強制はしないが……由綺ちゃん、悲しむだろうなぁ」
ぐぅ、こ、この人は……。
「理奈も、きっとがっかりするだろうし……」
理奈ちゃんまで引き合いに出しますか。
「行きますよ。行かせてください」
もう、脅迫のような気もするけど、どうでもいいや。
別に嫌なことじゃないし……。
むしろ、ラッキーなことじゃないのか?
「そうかそうか、参加してくれるか。いや〜、助かったよ」
………?
『助かった』?
「あの……『助かった』って?」
「いや、話はそれだけだ。じゃあ仕事がんばってくれよ、青年」
また、風のように去って行った。
「………仕事に戻るか」
俺は重い足取りで現場に戻った。
「お疲れ様でしたー」
クリスマスライブも無事に終り、後片付けを終えたスタッフが一人、また一人と帰って行く。
「さてと……俺も帰るかな」
バックを持って帰ろうとしたとき、昨日の英二さんの約束を思い出した。
「打ち上げがどうとか言ってたけど………どこでやってるんだ?」
困ってその場で立ちつくす俺。
……由綺たち、まだいるかな?
一応、由綺たちの楽屋に向かう。
運良くその途中に英二さんが向こうから歩いてきた。
「あ、英二さん。お疲れ様でした」
「おお、青年か。ちょうど良かった」
「そ、そうですか?」
「ちょっとここに行ってくれないか? 行けばわかるから」
と言い、メモ帳のページに書いてある地図を俺に渡した。
「じゃ、頼んだよ」
それだけ言うと、またどこかに行ってしまった。
「………。しょうがない、行くか……」
俺はその地図の場所に向かうべく、ライブ会場を後にした。
「では、ライブの成功を祝って………乾杯!」
『カンパ〜イ!!』
……今、ライブ会場から少し離れた場所で打ち上げが行われている。
「それと……。由綺ちゃん、21歳の誕生日おめでとう!」
『♪Happy Birthday ―――』
この会場にいる全員で由綺の誕生日を祝う。
「あ、ありがとうございます……」
由綺は照れて、真っ赤になり、言葉が出てこないようだ。
俺がその様子をボーっと見ていると
「お〜い。ビール足んないぞ〜!」
と、注文がきた。
「あ、は〜い」
俺は仕方なくビールを取りに向かう。
せっかくのクリスマスなのに……。
せっかくの由綺の誕生日なのに……。
俺は何をしてるんだろう?
…………。
「はぁ〜」
思わずため息が出る。
本当なら、由綺と一緒に帰って二人だけの時間を過ごす予定だったのに……。
くそっ、なんで俺がこんなことしなきゃならんのだ。
一人でブツブツ文句を言いながらビールを運ぶ。
ようやく席についてのんびりできるようになった。
「お疲れ様だな、青年」
後ろから英二さんに肩を叩かれた。
「あ、英二さん……」
「ま、いろいろとがんばってくれよ」
そしてまたどこかに行ってしまった。
「雑用役のために俺を呼んだんだろうなあ……」
ボソッと呟く。
あの人、まだ俺を目の敵にしてるのか?
………飲もう。
近くにあるビール瓶を取り、手酌で飲もうとするが既に空になっていた。
仕方なく新しいのを持ってこようとすると
「ふふっ、お疲れ様。冬弥君」
由綺がビール瓶を片手に隣りにきた。
「あ、由綺。由綺の方こそお疲れ様」
「うん……。でも、冬弥君はライブが終わってからも働いていたんでしょ?」
「……まあね」
「じゃあ、やっぱりお疲れ様だよ」
……ちょっと会話がおかしいような気もするけど、ま、いいか。
「冬弥君。はい、どうぞ」
そう言ってビールを注いでくれる由綺。
「うん。ありがと、由綺」
注がれたビールを一気に飲む。
「……くぅ〜! やっぱり、由綺が注いでくれると美味いなぁ〜」
………少し酔ってるかな、俺?
「そ、そんなことないよ………」
顔を赤く染めてうつむく由綺。
……マ、マズイ。
もうちょっと酔っていたら間違いなくこの場で抱きしめただろう。
俺はかろうじて残っている理性に感謝した。
「と、冬弥君、酔っぱらってるんだよ……」
「……じゃ、ちょっと夜風にあたってこようかな」
俺は立ち上がり、会場を後にする。
これ以上この場所に由綺と一緒にいると、とんでもないことになってしまうような気がしたからだ。
階段を上り、屋上に出る。
ドアを開けて外に出た瞬間、肌に痛みを覚えるような寒さの風が吹いてくる。
「さむ………」
「うん……。でも、気持ちいいよね」
後ろからした声に驚いて振り返る。
「ゆ、由綺!?」
「どうしたの、冬弥君? そんなに驚いて?」
「だ、だって、由綺はあの場所にいなきゃならないんじゃ……」
一応、パーティーの主役な訳だし……。
「うふふっ、抜けてきちゃった」
笑顔で俺の腕に絡みつく由綺。
「……相変わらずだなあ〜」
「むぅ〜、何? その相変わらずって?」
由綺がちょっとふくれる。
「ほら、高2の時もあったろ? クラスでクリスマスパーティーした時……」
「あっ! そう言えばみんなでクリスマスパーティーしたね……」
「その時さ、由綺、急に『屋上に行こう』なんて言ってさ」
「えっ? そ、そうだっけ?」
「そうだよ。クラスのやつらをごまかすのに必死だったたんだぞ」
「そ、それは………だって………」
由綺が急におとなしくなる。
「そ、その………冬弥君と、二人っきりになりたかったから………」
消え入りそうな声で話す。
「……そうだったんだ」
俺は由綺をそっと抱き寄せる。
「うん………」
由綺も俺に体を預けてくる。
「あの時見た屋上からの景色、綺麗だったよね……」
「うん。ここの景色も綺麗だけどね……」
俺たちの眼下には、無数の家があり、光が窓から漏れている。
クリスマスにぴったりなイルミネーションだ。
「本当、綺麗……」
うっとりした顔で由綺が言う。
……由綺だって負けてないさ。
心の中でそう思った。
酔っているとは言え、こんなキザな台詞、言えたもんじゃない。
「私ね、こんな光景を見ると時々うらやましく思うんだ」
「うらやましい?」
「うん。きっと、あの家の中の人たちは、好きな人や大切な人と一緒に暮らしているんだろうなあって……」
夜景を眺めながら、ポツリと寂しそうに言う。
「……今も、そう思う?」
「うん。やっぱり……うらやましいかな」
「……じゃあさ、俺たちもいつか灯そうよ」
「えっ?」
驚いた顔で由綺が俺の方を見る。
「いつかさ、俺たちの家の明かりも、この無数の幸せの灯火の中の一つにしよう、ね?」
「冬弥君………。うんっ!」
由綺が俺の方を見て微笑んだ。
「そろそろ、戻ろう? 英二さんとか弥生さんとかうるさいと嫌だからさ」
「くすっ、そうだね」
腕時計を見て時間を確認する。
「あっ!」
「ど、どうしたの冬弥君?」
「一日遅れちゃったけど………はい。誕生日プレゼント」
内ポケットに入れておいた小さめの箱を差し出す。
「ありがとう、冬弥君。………開けてみてもいいかな?」
「うん。気に入ってくれればいいんだけど………」
由綺は包装紙を綺麗に取り、箱の蓋を開ける。
「わぁ………綺麗なイヤリング。ありがとう、冬弥君」
「本当は、クリスマスプレゼントもあげたいんだけど……」
悲しいけど、貧乏学生にはここら辺が精一杯だ。
「………じゃあ、貰ってもいいかな?」
そう言うと、由綺は目を閉じる。
俺は再び由綺の体を優しく抱きしめる。
ちょうどその時、月を覆っていた雲が流れ、月がでてきた。
その月の光は、屋上の一つの影を優しく照らしだした。
街の灯火も、温かくその影を見守っていた。
皆さん、お久しぶりです or 初めまして、ym2です。
クリスマス用に作ってみましたけど、クリスマス、あんまり関係ないかも……。(泣)
タイトルの横にある英語は気にしないで下さい。
最近、英語でサブタイトル(?)をつけるのがマイブームなんで。(笑)
かっこいいと思いません?
………ひょっとして私だけですか?(爆)
前回の投稿から……だいぶ経ってますけど、あんまりレベルアップしてません。
書き出しも、またエコーズでのバイトのシーンからだし……。
感想、批評なんかがありましたらメールを送ってくださいね。
では、また次回作……があったらお会いしましょう。
森川由綺FC 寄贈日 不明