これは位置的に『いつも…』より半年くらい前の話です。
   設定も変わりありません。
   じゃあ、本編をどうぞ……。




〜 ささやかな願い 〜


「……、一体何処に行ったんだよ、由綺」
 すでに暗くなった街の中を、俺は走っていた。

 …1時間前。
『ピンポーン』
「んぁ?」
 少し眠っていた俺は、間抜けな声を出してしまった。
「夜分すみません、篠塚ですが」
(弥生さん? 何でこんな時間に?)
「あ、すぐ開けます」
 俺はチェーンロックをはずし、ドアを開けた。
「一体、どうしたんですか?」
 弥生さんが用もないのに俺の部屋なんて訪ねる訳がない。
「由綺さんはこちらにいらっしゃいますでしょうか?」
「由綺? いえ、来ていませんけど。由綺がどうかしたんですか?」
「今日はスタジオで収録の予定になっていたのですが、由綺さんがいないのです」
「また、場所を間違えているだけじゃないんですか?」
 そう、由綺はよく収録場所を間違える。
「そう思いましたが、そうではないようなのです」
「どういうことですか?」
「私の携帯に由綺さんからのメールがありました」
「メール?」
「はい」
「そのメール、ちょっと見せてもらえますか?」
「どうぞ」
 そう言うと弥生さんは携帯を貸してくれた。
『自分のことが、もうわかりません、少しお休みさせてください。自分勝手ですいません』
 ディスプレイにはそう表示されていた。
「由綺…」
「何か心当たりがありませんか?」
 弥生さんが俺を睨むように見る。まぁ、俺が原因でこうなったと思われてもしょうがないけど…。
「いえ、別に…」
 本当に心当たりなんてなかった。最近忙しくて、由綺に会う事さえ出来なかったからだ。
「そうですか」
 弥生さんはしばらく何か考えていたようだが、
「わかりました。夜分遅くにすみませんでした」
 と言い、そのまま行ってしまった。
  ……。
(俺も探さなきゃ)
 そう思い、カギを掛けて家を後にした。

 俺は駅前に来ていた。さすがにこの時間になると終電しか残ってないので、人の数は少ない。
「何処に行ったんだよ、由綺」
 俺はベンチに座り夜空を見上げた。その時、後ろから声をかけられた。
「藤井か?」
 その声の方向に振り返ってみると、見知った顔があった。
「森さん、今帰りですか?」
「ああ、今日は手間取っちまってな」
 この人は『森 武史(もり たけし)』。
 俺が働いているTV局の編集担当の人だ。俺は音声担当なので、結構よく、一緒に仕事なんかをする。
 由綺との事も相談に乗ってくれて、『頼れる先輩』って感じの人だ。
「どうしたんだ? 藤井こそ。こんな時間に、それもこんな所で」
「実は…」
 俺は事情を話した。
「そうか、今日、由綺ちゃんを見ないと思ったら、そう言うことだったのか」
「俺、情けないですよね」
「ん? 何がだ?」
「だって俺、仮にも由綺の恋人なのに、由綺のこと、何もわかってやれなくて…」
「藤井、それは違うぞ」
「えっ?」
「恋人と言えど、所詮は他人だ。他人の事なんか全部わかるはずがない」
「でも、俺は気づいてやれなかった」
「そうか、じゃあ、由綺ちゃんがお前には、そう言う辛さを見せないようにしていたのかもな…」
「それ、どういうことですか?」
「好きな人の前では、自分を格好よく見せたいって事さ」
「……」
「それで、由綺ちゃんの行きそうな場所に心当たりはないのか?」
「一応、心当たりがある場所には行ってみたんですけど…」
「そうか、かと言って警察はマズイしな」
 そう、確かに警察はマズイ。マスコミが黙っていないだろう。
「『自分のことが、もうわかりません』か…」
 俺は由綺の言葉を呟いた。俺だってよくわからない、でも…。
「悪いな、力になれなくて」
 森さんが、少し申し訳なさそうに言う。
「いえ、どうもありがとうございました」
「まあ、捜査に行き詰ったら原点に戻るってのが基本だけどな…」
「そうですね。もう一度、由綺のマンションに行ってみます」
「ああ、がんばれよ」
 そう言うと森さんは行ってしまった。
「さてと、行こうかな」
 そう呟くと、俺は由綺のマンションに向かった。

 俺は由綺の部屋の前に座りこんでいた。やはり由綺は帰っていなかった。
(何処にいるんだよ…)
 俺は考えた。大学、公園、商店街。しかし、思い当たる場所の何処にも由綺はいなかった。
『自分のことが、もうわかりません』
 由綺の言葉が頭に浮かぶ。その時、さっきの森さんの言葉も頭に浮かんだ。
『まあ、捜査に行き詰ったら原点に戻るってのが基本だけどな…』
 ……『原点に戻る』。
「そうか! もしかしたら…」
 俺は急いでマンションから出て、通りに出るとタクシーを捕まえ、運転手に目的地を告げる。
 高校時代、由綺とよく来た河川公園の少し手前に着いた。代金を払い、俺は公園に向かった。
 この公園は昔、由綺とよく話をしていた場所だ、『ここならもしかして』そう思い、来てみた。
 公園の中央にある、噴水の前のベンチに女性が座っているのがわかった。
 その女性に近づき、そしてこう声を掛けた。
「隣、座っていいかな?」
「…うん」
 その女性、……由綺は頷いた。
「ごめんな、由綺。俺、由綺のこと何もわかってやれなかった」
「ううん、勝手な行動をとった私が悪いの」
「でも、俺は由綺のことを誰よりもわかってやらなきゃならなかったのに」
「冬弥くんは何も悪くないよ!みんな私が悪いの…」
 これ以上この事について話すと、由綺が自分を責めるのをやめそうにないので、ここら辺で切り上げることにした。
「…それで、自分のこと、何かわかったのか?」
「…うん、少しだけ」
「そうか…。じゃあ、帰ろうか」
「……」
 由綺は首を横に振った。
「…由綺?」
「私、まだ帰りたくない」
「…そうか、わかった」
  そしてしばらく無言でいると、由綺が口を開いた。
「私、歌手、辞めようかな」
「えっ!?」
 由綺の、突然発せられた言葉に俺は驚いた。
「どうしたんだよ? 歌手になるのが夢だったんだろ? 歌を歌うのが好きなんだろ?」
「うん、歌を歌うのは好きだよ。だから辛いレッスンにも耐えられた…」
「だったら…」
「でも! でも、冬弥くんと離れ離れになるのには、もう私、耐えられないよ!」
「…由綺」
「私、みんなが思っているほど強くない。これ以上、冬弥くんに会えないなんて、耐えられそうにないよ」
 由綺の瞳に、輝くものがあった。
 由綺は今まで何回、こうして辛いことを自分の中だけに貯めつづけてきたんだろうか?
 そう思うと、自分に対して腹が立った。
『どうして今まで気づいてやれなかったのか?』と。
 俺は由綺の涙をそっと拭いてやった。
 そして由綺を抱きしめて、髪を撫でてやった。
「いいんだよ、由綺。俺の前では弱くてもいいんだ…」
「うん」
「俺は、由綺がそんなに強くないってことを、誰よりも知っているからな…」
「…うん」
「だから、俺の前では弱くてもいいんだ…、俺には好きなだけ甘えてもいいだぞ…」
「…うん、うん!」
 由綺は泣きじゃくっていた。今までの辛さを全て清算するかの様に…。
 そのまま泣かせてやると、幾分か由綺が落ち着いた。
「ごめんなさい、冬弥くん」
「ん? 何がだ?」
「心配かけちゃって」
「何だ、そんなことか。いつものことだろう?」
「あ、冬弥くん、ひどいよぉ〜」
 由綺が少し怒った顔で抗議してくる。
「あははっ、ごめんごめん」
「もうっ! 今回だけだよ」
 そう言うと由綺は俺の肩に寄りかかってきた。
「…それで、本当に歌手、辞めるの?」
「ううん、辞めない」
 由綺は首を横に振った。
 さっきの言葉はきっと本気じゃなかったんだろう。
 おそらく、今の生活が苦しかったから、辛かったから、寂しかったから、無意識のうちに出てしまった言葉だろう。
「そうか…、その方がいいよ」
「私、これからは冬弥くんの為だけに歌うんだから」
「…由綺」
「えへへっ、私の原点はこの気持ちだったから…。それを確かめたかったんだ」
「そうか」
「うん!」
 そう言うと、由綺は目の前にある噴水の前に行った。
「じゃあ、これから冬弥くんの為だけのライブをします!」
 パチパチパチ…。
 俺は拍手を送った。
 そして、観客が俺1人だけのライブが始まった。

 俺たちは河原の、少し傾斜がついた場所にいた。
 俺は寝そべって、そして由綺は俺の隣に座っていた。
「星、綺麗だね」
 由綺がうっとりした声でそう言った。
「ああ、そうだな。そう言えば、今日は七夕だったな。…今日って言っても、もう終わったけどな」
「うん。…ねぇ、冬弥くん?」
「ん〜?」
 なんか間抜けな返事になってしまった。今日はこんな返事ばっかりだ。
 でも由綺は思いつめたような顔をして聞いてきた。
「彦星と織姫ってすごいよね」
「何が?」
「だって1年に1回しか会えないんだよ、私だったら耐えられないよ」
「そうだな、俺も耐えられそうにないな」
「えっ? 冬弥くんも?」
 由綺が驚いたように聞いてきた。
「何だよ、その反応。俺だって由綺と離れたくないんだぞ」
  それは本心だった。最近、由綺と一緒にいられないから、余計そう思うのかも知れない。
「そうなんだ…」
 由綺は何かに安心したようにそう言った。
「そうだよ…」
 そう言うと俺は上体を起こし、由綺を抱き寄せた。
 由綺は俺に体を預けて来た。
「ねぇ、冬弥くん」
「なんだ?」
「今日、冬弥くんの家に泊まってもいい?」
 由綺が不意にそんなことを言ってきた。
「あ、ああ、別に構わないけど…」
「本当?」
「ああ。でも、どうして俺の家に来たいんだ?」
「だって冬弥くん、さっき…」
『だから、俺には好きなだけ甘えてもいいだぞ』
 俺は自分の言葉を思い出した。
 改めて考えると、俺はなんて恥ずかしい台詞を言ったんだ。
「そうか。じゃあ、今日は由綺の言うこと、何でも聞いてやろうかな」
 まぁ、自分が言ったことに責任を持たなきゃだからな。
「本当!? じゃあね、じゃあね…」
 由綺がはしゃぐ。 本当に22歳か?
 …まぁ、いいかぁ。今更、性格が変わっても困るしな。
「よし! じゃあ、帰るとしますか」
「うん!」
 そして俺たちは高校時代のように、手をつなぎながら家路に着いた。

「はい、すみませんでした。…、はい、わかりました。ご迷惑をかけてすいませんでした、弥生さん」
 そう言うと由綺は電話を切った。
「で、弥生さん、なんて言ってた?」
 俺はグラスに麦茶を注ぎながら由綺に聞いた。
「うん。明日、9時に駅前で待ってるって」
「それだけ?」
「うん。あと冬弥くんに『ありがとうございます』って」
 俺は今、飲みかけた麦茶を吐き出しそうになった。
「……由綺。今、俺の部屋にいるって事、弥生さんに言った?」
「ううん、言ってないよ」
「……」
 俺は何も言えなかった。
(あの人、こうなると全部知っていて俺のところに来たのか?)
 そんな事を思った。
 だとしたら……。考えすぎだな、うん、きっとそうに違いない。
(今日は早く寝よう…)
 俺はそんな事を思った。
「なぁ、由綺。そろそろ寝ないか? もうこんな時間だし」
 部屋にある時計はすでに2時30分を指していた。
「……うん、そうだね」
 そう言うと由綺はベットの中に入った。
 俺もその中に入る。ちょうど由綺と向かい合うような形になった。
「ねぇ、冬弥くん?」
「ん? 何だ?」
「七夕のお願い事、叶った?」
「願い事か、そんな事考えていなかったな…」
「うふふっ。じゃあ、冬弥くん損したね。私のお願い事は叶ったよ」
「損か、そうかも知れないな…。それで、何をお願いしたんだ?」
「うん。『冬弥くんと会えますように』って」
「またそんな…、すぐ叶いそうな願い事だな」
「あ〜、ひどいよ。……私、本当に会いたかったんだから」
 由綺が俺の服を強く掴んだ。由綺の気持ちが痛いほど伝わってきた。
「そうか。じゃあ、今度からは直接、俺に言ってくれよ。仕事中でもすぐに由綺のところに行くからさ」
「だめだよ。ちゃんとお仕事しないと、クビになっちゃうよ」
「由綺の笑顔が見られるなら、それでもいい」
「…ありがとう、冬…弥くん」
 そう言うと由綺は安心したように眠ってしまった。
「すー、すー」
「由綺?」
 まぁ、精神的にも疲れていたからしょうがないか…。
 しかし、ここで俺にビッグチャンスが訪れた。
 今まで出来なかった『あれ』を実行する、またとない機会だ。
 俺は静かにベットから出て、メジャーを取り出した。
 そしてそれを、由綺の左手の薬指に巻きつける。
 ………。
 全ての作業を終えて、またベットの中に戻る。
(あと約半年か。金、貯めないとな…)
 一層、金を貯めることを決心した。
「うん。『冬弥くんと会えますように』って」
 不意にさっきの由綺の言葉が頭に浮かんだ。
「俺だって願い事はあったんだぞ…」
 すでに眠ってしまった由綺の横顔を見ながら呟いた。
「『由綺と、いつまでも一緒にいられますように』ってな」
 そう由綺に優しく語りかけるように言った後、俺も眠ることにした。
 窓の外には、星たちが光り輝いていた。





   〜 あとがき 〜

  ちぃ〜す、ym2です。
  このSSは七夕の2日前に思いついて、その次の日に書き上げました。
  やっぱり、思いつきのネタだとなんか、締まらないですね。
  もうちょっと考えてからの方が良かったと反省しております(←本当か?)
  感想・苦情などはメールにて承っております。
  では、そういうことで……。

  森川由綺FC 寄贈日  不明

back