電車の心地いい揺れで、私は少し眠くなる
私は冬弥くんの肩に寄りかかる
そしたら、冬弥くんは少し困った顔をした
でも、優しく私に微笑みかけてくれる
そう、私の大好きなあの笑顔で…
もうすぐで、電車は駅に着いてしまうけど
もう少しだけ、このままでいたいな…
いいよね? 冬弥くん……
7月に入って間もない頃、由綺が珍しく休日をもらったので、俺たちは家でくつろぐことにした。
家と言っても今まで住んでいたアパートではない。
場所は俺が前に住んでいた場所からそんなに離れていない。
去年の秋に新しく借りたマンションの1室で、由綺と2人で暮らすには少し広すぎるくらいの部屋だ。
去年の6月に式を挙げ、それから俺たちはここに越してきた。
当時はマスコミがうるさかったけど、今は落ち着いている。
近くに川があり、部屋から見える景色も結構いい。
キッチンはリビングから見えるようになっている。
そのキッチンにはいろいろな設備があり、由綺が『毎日おいしい物作るね! 』などと言っていた。
由綺も気に入ったようなので結局ここに決めた。
引っ越して来て、改めて由綺の荷物が少ないことに気がついた。
まあ、整理が楽で助かったけど…。
整理が終わると少し寂しい風景だった。
今はソファやテーブル、サイドボードなどいろいろ買い揃えたのでそうでもないが…。
俺はソファに座り新聞を読んでいた。
キッチンでは由綺が朝食を作っている。
本当は俺が作るはずだったけど、由綺が『どうしても私が作るの! 』って言うからそうしてもらった。
言い出したら聞かない性格だからなぁ…。
新聞を読み終わり、折り込みチラシに目を通す。
今日は土曜だからやけに量が多い。
その時、1枚のチラシが目に入ってきた。
それは旅行会社の広告だった。
「……なぁ、由綺?」
「なに、冬弥君?」
由綺がこちらを向く。
ちなみに結婚しても由綺は俺を『冬弥君』と呼ぶ。
たまには『あなた』とか呼ばれてみたいけど…別にいいか。
今さら呼び方を変えられても困るしな…。
そして、俺は今思ったことを聞いてみた。
「新婚旅行、何処に行きたい?」
「えっ…、新婚旅行?」
「そう、新婚旅行」
「…無理だよ、冬弥君。私、お休みもらえないと思うから…」
由綺はうつむいてそう言った。
「大丈夫だよ、英二さんも判ってくれるさ」
そう言ったものの、俺は英二さんを納得させるのに自信がある訳じゃなかった。
「冬弥君、ありがとう…。その気持ちだけで十分だよ…」
由綺が笑顔でそう言った。
俺はその笑顔を見て、何が何でも由綺を何処かに連れて行きたくなった。
「いざとなったら、由綺を連れ去るさ」
「もう、冬弥君たらっ。冗談なんか言わないでよ…、本気にしちゃうよ…」
「ああ、いいぞ。俺も本気だからな」
「……冬弥君」
「まぁ、行ける行けないの問題は置いといて…。もしも、行くとしたら何処がいい?」
「でも…」
「だから『もしも』の話だって」
「うん…、じゃあ、私、国内がいいな」
「海外じゃなくていいの?」
「うん…、ゆっくりと電車とかで、いろんな所に行きたい…」
「そうだなぁ…、いいなぁ、そういうのも」
「うん、いいよね!」
由綺が楽しそうにそう言った。
その時、何か焦げ臭い匂いがしているのに気がついた。
「…由綺、焦げてるぞ」
「えっ? あっ!」
由綺は慌てて火を止めた。
「……作り直すね」
「ああ…」
そして、由綺は朝食を作り直し始めた。
俺は明日のTV局のスケジュール表を確認しに、隣にある寝室に行った。
(明日は、確か由綺も局に来る予定だったはず…)
バックの中から目当ての物を探し出す。
思ったより時間がかかってしまった。
確認したが、やはり、明日は由綺も俺のTV局で仕事だった。
(たぶん英二さんも局に来るはずだ…。駄目でもともと、聞いてみるか…)
その時キッチンから、由綺が俺を呼ぶ声が聞こえた。
「ああ、構わないぜ。行ってきなよ。来週ぐらいから1ヶ月くらい休みにするから」
「えっ!?」
俺は英二さんの意外な一言に驚いた。
「なんだ、不満なのか?」
「いえ、そうじゃなくて…。その…、まさかOKが出るとは思わなかったもんで」
「まあ、そう思われてもしょうがないか…」
そう言うと英二さんは、何か思い悩んだような顔になった。
「まぁ、今までがんばった『ご褒美』とでも受け取ってくれ」
「はぁ…、じゃあ、遠慮なくもらっときます」
そんなことを2人で話していると理奈ちゃんがやって来た。
「こんにちは、冬弥君」
「こんにちは、理奈ちゃん」
なぜか英二さんが、部屋から逃げ出そうとしていた。
「兄さん! 逃がさないわよ!」
理奈ちゃんが英二さんを止めた。
「理、理奈、俺は逃げたりなんかしないぞ。ただ、スタジオのことがちょっと…」
「あら、スタジオならもう撤収済みのはずよ」
「うっ! じゃあ、由綺ちゃんにちょっと用が…」
「…由綺は今、着替え中よ。…着替えを覗く気?」
「むぅ…。いや、ちょっと腹が減ったからな、何か食いに行こうかなって…なぁ、青年?」
「えっ? いや、俺は別に…」
何だろう? 何で英二さんがこんなに理奈ちゃんを避けるんだろう?
「じゃあ行きましょうか。兄さん、どこで食べるの?」
理奈ちゃんが『勝った』という顔で英二さんを見る。
「判った! 黙っていたのは謝る。俺が悪かった! 許してくれ、理奈…」
「じゃあ、私も連れて行ってね」
「……はい」
英二さんは観念したようにそう言った。
「英二さん…、どうしたんですか?」
「…聞かないでくれ」
そう言うと英二さんは肩を落としながら部屋を出て行った。
「理奈ちゃん、一体どういうこと?」
俺は理奈ちゃんに聞いてみた。
「それはね……」
聞いた話をまとめると以下の通りだ。
英二さんはこの夏、1人(理奈ちゃんに内緒)で、海外を旅行するつもりだったらしい。
そして飛行機のチケットを買い(もちろん内緒で)家に置いておいたのを、昨日理奈ちゃんに見つかったそうだ。
そして現在に至る、という訳だ。…ご愁傷様です。
「なるほどねぇ〜」
俺は2つのことに納得した。
1つは英二さんの行動。…あの人らしい行動だ。
もう1つは、由綺が休みになった理由だ。
要するに『俺が休みたいから会社を休みにする』って事だろう。
「まったく、自分が休みたいからって、普通、社員全員を休みにする?」
「ハハハッ…」
俺は苦笑した。そのおかげで由綺と旅行に行けるんだからな…。
「まぁ、由綺にはいい休みだと思うけどね…」
「うん、新婚旅行とまではいかないけど、何処かに旅行に行こうと思うんだ」
「そうね、由綺、最近また疲れてきてるみたいだし…」
理奈ちゃんが自分のことのように心配そうに言った。
「だから、冬弥君が元気付けてあげなきゃ。なんて言っても由綺の旦那さんなんだから…」
「まぁ、努力はします」
「うふふっ、がんばってね」
そう言うと理奈ちゃんも部屋から出て行った。
「…さて、何処に行こうかな?」
俺は旅行の行き先を考え始めた。
「なあ、由綺。今度の月曜から3日間くらい、どこかに旅行に行かないか?」
「えっ? …旅行?」
「そう、旅行。新婚旅行とまでは、いかないけどさ…」
そう、俺たちはまだ、新婚旅行に行っていない。
由綺も忙しいし、俺も、仕事を休めない立場だからだ。
しかし、今回、珍しく俺と由綺の休みが重なった。
もっとも、由綺はこれからずっと休みなのだが…。
「でも、冬弥君、お仕事は?」
「ああ、大丈夫だよ。3、4日くらい、休みをくれるって言っていたから」
「…本当?」
「嘘ついてどうすんだよ…」
「でも、冬弥君、疲れるんじゃない?」
「大丈夫だって。それより、せっかくの休みなんだから、有効に使わなきゃ」
「うん…。じゃあ、行こう…かな」
「よし! じゃあ、どこに行く? どこか行きたいとこでもある?」
「うん…。あのね――――――」
「あ〜ん、どうしよう。冬弥君、助けて〜」
泣きそうな声で由綺が俺に言ってくる。
由綺の周りには大量の鹿がいる。
鹿たちのお目当ては、由綺の手の中にある『鹿せんべい』だ。
鹿に囲まれておろおろする由綺は、見ていて飽きない。
由綺には悪いけど、つい笑ってしまう。
「冬弥く〜ん、笑ってないで助けてよ〜」
由綺が本当に泣きそうになっている。
「はいはい」
俺は鹿の群れの間を通り、由綺の元へ向かった。
そして今は、奈良公園を出て並んで歩いている。
「冬弥くん、酷いよ。すぐに助けてくれないんだもん」
ちょっとむくれて由綺が言う。
「ごめんごめん」
「謝っても許さないんだから」
…どうやら本当に怒っているようだ。
でも、怒った由綺もなんかいい。
…いや、違う。問題は由綺の機嫌をどうやって直すか、だ。
どうしようかな?
でも、本当に由綺は怒っているのかなあ?
手は組んだままだし…。
でも、口は開いてくれないし…。
「あ、冬弥君。東大寺ってあそこだよね? 早く行こ?」
あれ? いつの間にか機嫌が直ってる。
なんなんだ、一体?
もう、訳わかんない。
『女心と秋の空』とはよく言ったものだ…。
「ふぅ〜。判ったよ、由綺。だから、そんなに急がなくても…」
俺はため息まじりに答えながら、由綺に引きずられていった。
それから俺たちは京都に向かい、清水寺に行った後、宿に泊まった。
清水寺の本堂はとても高かった。…そりゃあ、もう。
由綺は、はしゃいでいたが、俺は気が気じゃなかった。
由綺が転んで落ちやしないかと…。
まあ、何も無くて良かった。
さて、風呂でも入るか…。
「由綺、そろそろ風呂でも入らないか?」
部屋の中で、ごろごろしてるのもなんだからな…。
「えっ!? だってここは…」
「…いや、『一緒に入る』ってことじゃなくてさ…」
「あ、そ、そうだよね。あはは…」
由綺は何を勘違いしてんだか…。
「じゃ、行こうか」
「うん」
そして俺たちは別々の風呂に向かった。
「……」
「どうしたの、冬弥君?」
隣にいる由綺が首を傾げて聞いてくる。
「…俺たち、別々の風呂に行ったよな?」
「うん」
「じゃあ、なんで一緒に風呂に入ってるんだ?」
「う〜ん、なんでだろう?」
「……」
なんで混浴なんだ?
入り口には何も書いてなかったし…。
まあ、今は他に客もいないからいいけど。
俺はこっちの方が嬉しいけど…。
「ねえ、冬弥君?」
「な、なんだ!? 俺は別に何もやましいことは…」
「???」
「あ、いや、なんでもない」
いきなり声をかけられたもんだから、つい…。
「それで…なに、由綺?」
「うん…。背中、流そうか?」
顔を赤らめ、俯いて言う由綺。
「え? そんな…。別にいいよ」
そんな恥ずかしいこと…。
まあ、今さら恥ずかしがるような仲でもないけど。
ちらりと由綺の方を見ると、由綺は残念そうな顔をしていた。
「…やっぱり、流してもらおうかな…」
その顔が見たくないので、ついこんな事を言ってしまう。
「えっ…。うん!」
そして、湯船から出る。
「冬弥君の背中、大きいね…」
俺の背中を流す為に、俺の後ろにいた由綺がそんなことを呟く。
「そうか?」
「うん…」
由綺が背中にもたれかかって来る。
「…ずっと、私の側にいてね」
「ああ、約束するよ。大丈夫だよ、由綺」
俺は振り返り、由綺に優しくキスをした。
チュンチュン…。
「ん…」
俺は眠い目を擦りながら起きる。
時間は…7時30分。
隣には俺の左腕にからみついたままの由綺がいる。
「すー、すー」
可愛い寝息をたててまだ寝てる。
起こすのも可哀想だ、と思い由綺を起こさないで立とうとするが、立てない。
由綺が離れないのだ。
どうしようかな?
二度寝をすると、午後まで起きなさそうだし…。
しょうがない、起こそう。
「由綺、朝だぞ」
呼びかけながら、体を揺すってみる。
……。
あれ? 起きない。
いつもはこれで起きるはずなのに…。
由綺は朝は強い方なのになあ…。
「由綺。ゆぅ〜きぃ〜」
もう一度試みる。
……。
やっぱり起きない。
…何かがおかしい。
ん? そういえば、由綺が服を着ている。
別におかしい事じゃないけど、昨日の夜は、その…ごにょごにょ。
それは置いておいて…。
もしかして、もう起きてるとか?
ありえる。前にも同じようなことがあったし…。
「由綺のスリーサイズは上から…」
あれ? 起きない。前はこれで起きたのに。
本当にまだ寝てるとか?
もう一度試してみるか。
「由綺の机の3番目の引出しの中は…」
「えっ!? 冬弥君、見たの?」
やっぱり起きていたか。
「…おはよう。由綺」
「う、うん。おはよう、冬弥君。あはははは…」
笑ってごまかす由綺。
「女優としてはまだまだですね、由綺さん」
弥生さんの口調をマネして言う。
「…似てないよ、冬弥君」
「そうかな?」
「うん、似てない」
「ま、それはいいとして、朝飯食いに行こうぜ」
「うん。…ねえ、冬弥君」
「ん?」
「引出し、開けたの?」
「……。さ、行こうぜ」
俺は一目散に逃げ出す。
「あっ。待ってよ、冬弥く〜ん」
朝食を取りながら、俺はもう死にそうだった。
さっきから由綺が同じことばかりを聞いてくるのだ。
「ねえ、引出し、本当に開けたの?」
「なんでそんなにこだわるんだ?」
「開けたの? 開けてないの? どっち?」
なんか、いつもの由綺じゃないような怒り方だ。
「すいません、開けました」
ここは素直に謝ろう。
「本当!? 開けちゃったの?」
「うん、ごめん…」
「そうなんだ…」
「でも、昔の写真が入っていただけだろ? そんなに怒らなくても…」
「写真?」
「うん。高校の時とかの」
「あ、そうか。…そうなんだ、良かった。あはは」
なんだ? 急に笑い出して。
「ほら、冬弥君も食べようよ。美味しいよ」
「う、うん」
さっきまで怒っていたと思ったら今度は笑っている。
何なんだろう? 由綺がなんかおかしいな?
これは、旅行が終わったら問いたださないとな。
そして俺たちは朝食を終えた。
私たちは今、金閣寺(正式には鹿苑寺と言うらしい)に向かうバスの中にいる。
私は冬弥君の肩に身を預けている。
今日は朝からちょっと疲れちゃった。
冬弥君がいきなりあんなこと言うんだもん。
勝手に人の机を開けるなんて酷いよ。
でも良かった、『あれ』が見つからなくて…。
『あれ』は冬弥君の誕生日の為にとって置いてるんだから。
冬弥君の誕生日まで、あともう少し。
それまで、絶対に秘密にしておかないと。
「由綺、着いたよ」
目を開けると、優しく微笑かけてくれる冬弥君がいた。
「楽しかったね、冬弥君」
「ああ、もうちょっと長い休みが欲しかったけどな」
帰りの新幹線の中で冬弥君が少し不満そうな顔をする。
「でも、また今度行こうよ」
「そうだな、今度は温泉なんかがいいかな?」
「うん」
そう言うと、私は冬弥君の肩に寄りかかる。
私はこうするのが大好き。
高校時代から、ずっとここは私の指定席。
これからもずっと…。
でも、私がずっとこうしていると、冬弥君は少し困ったような顔をするよね。
そして、その後に必ず、優しく微笑みかけてくれる。
私はその微笑みも大好き。
冬弥君と2人だけっていうのもいいけど、でも、今度は3人で行こうね。
ねえ? 『おとうさん』。
アナウンスが聞こえてきた。
もう少しで駅に着いちゃうね…。
でも、もう少しだけこのままでいさせて…。
いいよね? 冬弥君。
外はもう、すでに暗くなっている。
徐々に灯りの点いた街が見えてきた。
私たちの街までもうすぐだ……。
ども〜、ym2です。
ぶっちゃけた話、このSSは最初はこっちが本案だったんですよ。(涙)
しかし、寄贈するにあたって『これが、WHITE ALBUMか?』と自分で思ってしまいました。
まあ、そんなこと言ったらキリがないですけどね。(笑)
そういうわけで、後半は全く同じになっています。
手抜き………じゃないですよ。(汗)
これはym2のWHITE ALBUM5部作計画(爆)の3作目です。
自己満足ですが、できれば完結するまでお付き合いください。
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