私の狂気観



狂気という言葉をご存知だろか?

言葉の上では気が狂っている事、気が狂っている様子と言うことらしい。

しかしここで言う狂気とはそう言う事ではない。

否・・・そういう事なのかもしれない。

ただ、私が狂気に憧れていると言う事は、気が狂いたいと言う事ではない。

否、実際は狂いたいのかもしれない。

ただ無理であると言う事なのかもしれない。 

この平和な世に生きて、生を特別なものにする為には,

気が狂わなければ成らない。

そういう意味なのかもしれない。

しかし、ただ気が狂うだけでは何も生まない。

そう・・気が狂うほどに大切なものを見つけたいという事なのだろうと思う。

自分がそのものに対して気が狂うほどに熱中するという事。 

其れはなんと楽しい事だろうと思う。

しかし・・僕の中にはもう一つの狂気が眠っている。

破壊衝動とでも言うべき、まさに気が狂った状態を欲する気持ち。

俗に言う「切れる」と言うのはこの事を指すのではないだろうか?

たまに何もかも…外聞も何もかも捨てて叫び出したくなる時がある。

本心はこの世界を壊したいと思っているのではないかと思うが・・

どうだろうか?

こういった破壊衝動に駆られるという事は誰にでもあるような気がする。

例えば新雪の積もった朝、

誰しもその雪の中で足跡をつけて楽しむものではないであろうか。

規模は違えど似たようなことである。

その整然とした世界の中で自分が付けた足跡が残る・・・

そのことが重大なのだ。

人間は一人では、否、何人集まった所でなにも破壊は出来ない。

壊したところでなにかがその穴埋めをする。

それを止める為には完全なる破壊、この世界の消滅を祈るしかない。

しかし其れをすれば自分を認める人間も居なくなる。

しかし結果として人間を滅ぼしたと言う歴史(?)は残る…

其れを求めているのかもしれない。

ただ、世界に名を残す事を思うのならその気持ちを昇華させ、

研究に励む方がいくぶんか現実的である。

しかし、「切れる」気持ちと言うのはもう少し複雑で単純である。

私の狂気が、なにも残せない世界からの逃避であるとすれば、

彼らの持つ狂気(凶器)は満たす心であり、積極的行動の顕れである。

彼らはなにかを欲しているのだ。

其れが金品であれ、商品であれ、その気分を害するものの排除であれ・・・

彼らは欲する心を止(留)められず暴走する・・・

我慢が足りない…そう言ってしまえば実に単純な理由である・・・

しかし、その背景にあるものが複雑だ・・・

食べ物が変わったとか、よく噛まないからだとか言われてたりするが,

其れでは西洋人はそんなに切れやすかったのか?

私は知らない・・・

だが、一つ言える事が、我慢しないと言うことである。

否、我慢しないと言ってはさっきと言ってる事が変わらないなら…

我慢する術を教えられていないと言うことであろう。

思った事をすぐに実行に移せるこの時代で、

彼らの思い道りに成らない事がある・・・

人の心と法である・・・

そう言った思い通りにならない面に出会った時に彼らは暴走するのだろう…

しかし、この行動は羨ましいと(自分に正直・・過ぎるのであるが…)思う反面

僕が求める輝かしい狂気(あるのかそんなもん)にはほど遠い。

劣悪なまがい物、そう言った気がする。

僕が求めている・・・甘く・・・切なく・・・

激しく感情を沸き立たせる狂気という言葉の真の意味を求めて

今日も僕は古書店巡りを繰り返すのである。(落ち?)

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