小説 【我慢する人】 作:two-key 1/3

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ガタン、ゴトン…ガタン、ゴトン…

「ふぅ…」
大きく息をついた…心の中で。この人ごみの中では満足に声を出すことも出来ない。…人ごみは嫌い。
毎朝の儀式になってしまった、電車の"ラッシュ"は特に嫌い。眠る事によって何とか回復した体力が
奪われてしまうからだ。この電車を2年間も通学に使っている。我ながら、良く続いたものだと
自分を関心してしまう。そんな風に思ってしまうぐらいこの電車の混み様はひどい。
(もう20分早く起きていれば…)
と、いつも思う。しかし、朝の"20分"と言う時間はとても大きな時間だ…と思う。20分あれば何が出来るだろう。
読みかけの本を読むことだって出来るし、軽い運動だってやろうと思えばできる。する気は無いのだけど。

キキーッ……!

悲鳴を上げ、電車が止まる。気の抜けた…やる気の無い声が、頭の上にあるスピーカーから聞こえている。
どうやら、ホームに人が転落してしまったらしい。おかげで、この狭い空間の中に閉じ込められている時間が
長くなってしまった。いやみの1つでも言いたくなる。時間に余裕が無いわけではなく、今日はいつにも増して
気分が良くない。実は今3つの事に我慢をしている。

ひとつ目はこの人ごみ。
今日の天気予報は曇り後雨。降水確率は80パーセントにもなるそうだ。雨の降りそうな日は、
朝の電車で通学、通勤をする人が増える。いつも電車を利用する人にとってはまったく迷惑な話…
といっても、そこは仕方の無いことだとは分かっている。ただ、今日は異常なほど人がいるように見える。
まさに、押寿し。ぎゅうぎゅうと詰められる魚や米の気分はこんな感じなのだろう。

ふたつ目は…隣にいる人物のことだ。
太り気味の男性が隣に立っている。それ自体は悪いことでもなく、普段なら気にしない。問題は…髪にある。
やけに長い髪の毛が私の顔にかかっているのだ。私の背はアマリ高くない…と言うか低い。
その相手との身長差は20センチはあり、ちょうど良い所に髪の毛がぶら下がっている。
離れようとするどころか、向きを変えることすら出来ないこの車内。残された方法は、耐え忍ぶことしか
ないだろう…分かっている。彼が悪いわけではない。それは分かっている。しかし、不快感という物に
そんな事は関係無い。生理的なものだから。

ここまでは運が悪かったと諦めるしかないだろう。
しかし、みっつ目。そう…このみっつ目が大問題。正直に言うとこの電車に乗ってから「トイレ」を
ずっと我慢している。文字通り「気分が良くない」のだ。流石にこれには参ってしまった。
朝から調子が悪いのは分かっていた。が、こんなにひどくなるなんて…。
時間が経つに連れその痛みはじわじわと増してくる。そう、まるで津波のように。




と言う物には「波」がある。現在波は引き、何とか落ち着いている。しかし、波が再び襲って来る事は
容易に想像できる。
目的の駅まであと4駅。時間的には15分足らずで着くはず…そんな時に「事故」が起こってしまうのだから、
今日は運が悪いようだ。どうしようもない焦りと、苛立ち。再び「波」が来る事への恐怖。
どうでも良い事が頭の中に浮かんでは消え、また浮かぶ。

ガコン……。

窓から見える景色が動き出した。目的地まであと4駅。(ナントカナル…?)

……………

来た。「波」が襲って来たようだ。妙に嫌な汗が額から滲み出る。体温を2,3度下げてしまいそうな冷たい汗だ。
何事も無かったかのように汗を拭う。血の気が引いていくのが分かった。奥歯をぐぎゅっとかみ締める。
…まだ体裁を気にし、平静を装う余裕はあるようだ。…実は今、悩んでいる。次の駅で降りるか、降りないかを。
私はこれまで、学校に「遅刻」や「欠席」等をしたことが無い。…悲しい事に、自分は頭の良い人間ではない。
運動も「そこそこ」に大体こなせる。外見は…これといって可も無く不可も無く…と友人に言われたことが有る。
ほとんど特徴の無い自分にとって、唯一自慢できる事が(対した事が無いと言われれば、まぁそうなんだけど)
時間に正確な事。
しかし、自分が「真面目」な人間ではないことも知っている。出来れば人生全部を遊んで暮らしたいと
思っているほど。時間を守るのは自分の「ポリシー」(と言うよりは趣味)になっている。

…などと悠長なことを言ってもいられない状況になってきた…「信念はまげられる為に存在する」。
これは仲の良い友人の口癖の1つ。今はそれに習おう。次に駅では、特急電車の待ち合わせをする為、
駅に5分程度停車する。今の自分にとって「5分」はかなりのダメージになってしまう。次に駅で…降りよう。
ただ、私は駅の手洗い場は使いたくない。別に対した理由はない。強いて挙げるとすれば、「きれいではない
イメージがあるから」と言う理由。私は「不特定多数の人が使用したもの」を使う事を嫌う傾向がある。
潔癖症と言うほどではなく、ただ嫌いなだけ。駅前には確かコンビニエンスストアがあったはず。
駅よりはいくらかマシだろう…気は進まないけれど。

そんな事を考えている間に、電車は駅のホーム内に入り込んでいる。とりあえずは安堵感が込み上げてくる。
電車が停車し、ドアが開かれると同時に急ぎ足気味にホームに降りた。まずは、改札へ向かわなければ…

「あれ?」

不意に声が聞こえた。反射的に振り返ってみると…そこには同じクラスの「菅原」が意外そうな
顔をして立っている。

(マズイ…)

そう。目が合った瞬間立ち止まってしまったのだ。こうなると無視をするわけにも行かない。私は社交的…
と言えば聞こえが良いが言ってみれば「小心者」である。幸い体はまだ大丈夫らしい。
2言3言交わして…と思ったとき、あることに気が付いた。通常時、私にはこのホームで降りる理由が
まったくない。当然、菅原にとっては…

「どうしたの、こんなところで?」

…そう、こう聞きたくなるのは当然だろう。ここで「いや、ちょっと…」と言ってこの場を去るには余りにも
不自然だ。理由。理由を考える。(人と待ち合わせている)と言うのはどうだろう?…だめだ。こんなに朝早く、
しかも学校に行く前に人と会う約束をするのはおかしい。どうしたら…そうだ、(降りたくなったから)
と言うのはどうだろう?
突発的にフラフラとこの駅に降りたくなり、足の向くまま気の向くままに…まるで精神に異常を
きたしているように思われそうだ。いっその事(体調が悪い)をはっきり言ってしまったらどうだろう。
それは避けたい。なんとなく気恥ずかしいから。…この間0.5秒。
言い訳が頭の中にぐるぐると回りまわって出た言葉は…

「忘れ物をしたから、家に取りに帰ろうと思って…」

「あ、そうなんだ。珍しいね、忘れ物なんて。」

「ちょっと慌てて家を出てきちゃって…」

「時間もまだ余裕があるしね。じゃ、気をつけて。」

そう言うと菅原はあの電車の中に向かって歩いていった。…我ながら上手くいった。
もちろん、忘れ物なんかはしていない。と言うよりは、出来ない。教科書やノートは学校のロッカーに
放り込んであるし、筆記用具は学校以外の場所で外に出した事は無いから。
…悠長にそんな事を考える暇は無い事に気が付いた。駅を出て、外にあるコンビニへ…
自然と駆け足になっているのに気づいた。

次項

 

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