『サバンの嵐』(中編)

5.動揺

「―――!!」
声にならない絶叫を上げ、シヴァは飛び起きた。
ハァッ、ハァッ…。
激しい疲労感と脱力感。
また…あの夢か…。
体中ぐっしょりと汗に濡れている。
「お目覚めになりましたか?」
聞き慣れない声に突然声をかけられ、バッと振り返ると、一人の女性がベッドの脇の椅子に腰掛け、遠慮がちに微笑んでいた。
白い神官衣、つややかな黒髪。
「…!」
夢と現実が交錯しているのだろうか。激しいめまいを覚え、しばし目を閉じる。
「随分うなされていたようでしたが…。悪い夢でも見ていらっしゃったのですか?」
女性は心配そうな声をかける。
その声にシヴァは現実に引き戻されていった。
声が…違う…。
だんだんと意識が鮮明になってゆく。
そう、そんなはずはないのだ。この女は、昨日帰りに偶然出会った女だ。そう、ただそれだけの女だ…。
「なぜ、お前がここにいる?」
勝手に入り込まれたこともあり、少し不機嫌な口調でシヴァは言った。
「ご、ごめんなさい…。扉が開いていたものだから…。」
女性は申し訳なさそうな顔でうつむいた。
ヴィッシュの奴…また開けたまま出かけて行ったな…。
心の中で舌打ちをするとシヴァはベッドから降り、クローゼットへ向かい中から新しい上着を取り出した。そしておもむろに着替えを始める。
「ご、ごめんなさい…。」
女性は慌てて背を向ける。その様子を目の端に止めながら、シヴァはぐるりと部屋の中を見渡した。
いつの間にか部屋が小綺麗に掃除されている。部屋の中央にある机の上には、見慣れない花瓶に白い花が一輪飾られていた。おそらくこの女性がやったのだろう。
「私は、エルナと申します…。」
エルナと名乗った女性は未だに背を向けたまま答えた。
「今日は、何の用だ…。」
シヴァの相変わらずの無愛想な言葉にも、エルナは全く気を悪くした様子もなく穏やかに答えた。
「はい、あの時のお礼を言いたくて…。」
おずおずと振り返り、シヴァの着替えが終わっているのを確認すると、ほっと息をついてにこりと微笑む。
「昨日この町の教会へ赴任して来たばかりで、右も左も解らず…。その節は、助けて下さって本当にありがとうございました。」
エルナは深々と頭を下げた。
「礼を言われる程の事ではない…。」
関心なさそうにそう言うと、シヴァは開いたままになっているガラス窓へと近づいた。そして窓の縁に腰掛けて、目的もなく外の景色を眺める。生暖かく乾いた風が、シヴァの頬を撫でた。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはエルナであった。
「シヴァ様…とおっしゃるそうですね。街の人から聞いたのですが、何でも大変腕の立つ傭兵であるとか…。」
「人殺しの仕事をしているだけだ…。お前も死にたくなければ、俺に近づかぬことだな…。」
親しげに話し掛けるエルナを牽制するように、シヴァは語気に少し凄みを利かせつつ睨みつけた。
しかし、その脅しもまるで効いていないかの如く、エルナはにっこりと微笑んだ。
「あら、あなたはそのような方ではないと思いましたが…?」
肩透かしを食い、シヴァは再び窓の外に目を向け黙り込む。
「シヴァ様は、『暁の勇者』の伝説をご存知でしょうか?」
思いもよらぬ質問に、内心ギョッとしつつも、ゆっくりとシヴァは振り向いた。
「トラキア半島にその名を轟かせた傭兵です。その腕の立つこともさることながら、何よりもその優しさゆえに多くの人から讃えられた方です。でも、10年程前、当時猛威を振るっていた盗賊団を壊滅させた際にその命を落とし、今では伝説となってしまいましたが…。」
エルナはゆっくりと、記憶をたどるように話を続ける。
「実は、その方がお亡くなりになる少し前に、直接お会いしたことがあるのです。少女だった私は、先の盗賊がらみの事件に巻き込まれ、親元から連れ去られようとしていたのですが、その時、たまたま通りがかったあの方に救っていただいたのです。」
懐かしそうな目をしながら語り続けるエルナ。
「あの方は、私を背負って親元へと送って下さいました。何も語っては下さらなかったのですが、その背中は広く、とても温かかった…。その瞳は、ゆるぎない勇気と限りない慈愛に満ち溢れていました…。」
少し頬を赤く染めつつ、机の上の白い花に視線を落とす。
「思えば、あれが私にとっての初恋だったのかもしれませんね…。」
ほぅっ、と軽く溜息をついた後、突然エルナは我に返ったように顔をあげた。
「あっ…あら…私ったら…何てことを…」
耳まで真っ赤になってあたふたとする。胸の前で軽く手を組み、神の名を唱えつつ懺悔を捧げる。
自分で言っておきながら…忙しい女だ…。
シヴァは半ばあきれていたが、道行く人が避けて通る自分に対し、あまりにも無防備な姿を見せるこの女性に、少しずつ興味を持ち始めている自分に気づいてはいなかった。
そんなシヴァの視線に気づき、エルナは取り繕うようなぎこちない笑みを浮かべた。
「ご、ごめんなさい…。つまらない話を…。」
エルナはこほんと小さく咳払いをすると、今度は真剣な眼差しでシヴァを見つめなおす。
「あなたは、あの方と同じ瞳をしていらっしゃる…。」
エルナに真っ直ぐに見つめられ、妙に気まずさを覚えたシヴァは再び窓の外へと視線を外した。
「でも…。」
と、エルナは視線を落とし、遠慮がちに呟く。しばらくの沈黙の後、何かを決意したように小さくうなずくと、シヴァを再び真っ直ぐ見つめ直して言った。
「今のあなたの瞳は、深い悲しみに曇らされているように見えるのです…。」
シヴァの肩がぴくっと動いた。
「『悲しみ』…だと…?」
一瞬顔をこわばらせたシヴァだったが、すぐにいつもの表情に戻り、多少自嘲的な笑みを浮かべた。
「フッ…。『憎しみ』の間違いだろう…。」
「ええ、確かに『憎しみ』もかいま見えます。でも、その『憎しみ』は、もっと根源的な『悲しみ』から派生したもの…。しかもその『憎しみ』は、ご自身に向けられている…。」
シヴァを真っ直ぐ見つめながら、エルナは続ける。
「あなたは、ご自身がお嫌いなのですね…。」
ぴくっ。再びシヴァの肩が震える。
「ご自分を好きになることの出来ない方は、本当の意味で他人を好きになることは出来ません。それはとても、悲しいことです…。」
いかにもシスターらしい物言いに、シヴァは不機嫌そうに答えた。
「他人などに興味はない…。」
そして窓の縁から腰をあげると、エルナを見下ろしながら冷たく言い放つ。
「俺は説教を受けるつもりはない…。」
だがエルナは、そんなシヴァの態度に物怖じもせず、頭一つ高いシヴァを見上げた。その目には強い意志の光が見える。
「いいえ。私は説教をするつもりはありません。ただ…。」
そこで言葉を止め、顔を伏せるエルナ。
「ただ…どのような『悲しみ』なのか存じ上げませんが…その『悲しみ』を、解放するお手伝いをして差し上げたいのです…。それが、私に出来るかもしれない、せめてものお礼…。」
エルナは再びその頬を赤く染めた。
「その必要はない…」
シヴァは多少声高にそう言いつつも、かつてない動揺を覚えていた。
かつて、この女のような者と出会ったことはなかった。自分の周りには、自分を憎しみ牙をむく者、自分を恐れ避けて通る者の二種類しかいなかった。時に、ヴィッシュのような変わり者もいたが…。
だが、この女はどうだ。あまりにも無防備に近づき、心に触れようとする。
かつてない感覚に、シヴァの心は大きく揺さぶられていた。
必要ない、と明言され、エルナは悲しそうな表情を浮かべる。しかし、その目がまだ彼女があきらめていないことを語っていた。
「どうして…どうしてなのですか…。」
シヴァはエルナの視線から逃れるように顔を背けた。
その目で…俺を見るな…。
強い意志と限りない慈愛が同居する、懐かしいその目。
その時、エルナがポツリと呟いた。
「私は、あなたの瞳の奥で、孤独に泣き続ける少年の姿を見てしまったのです…。」
「―――!!」
後頭部を鉄の棒で殴られたような衝撃を、シヴァは感じた。
「俺は…」
一瞬にして蘇る、いつもの悪夢。
「俺は…泣いてなどいない…」
自分の手の中で体温を失ってゆく、女性の姿。
「泣いてなどいない!!」
普段の様子からは考えられないほど激昂したシヴァは、エルナの両肩を強く掴んだ。そして息もかからんばかりに顔を近づけ、必死の形相で睨みつける。
「きゃっ…!」
エルナは小さな悲鳴をあげつつ、痛みと羞恥で顔をわずかに歪めた。
その悲鳴には我に返ったシヴァは、おもむろに手を離してエルナに背を向けた。
「帰れ…。」
シヴァは出来る限り冷静を装って言った。
「帰れ…っ!!」
シヴァの背中に、悲しげな雰囲気が伝わってくる。
「ごめんなさい…。」
エルナは一言そう言うと、部屋から小走りに出て行った。
「おわっ!?」
ちょうどその時、ドアの所で部屋に戻ってきたヴィッシュにぶつかりそうになる。
「ごめんなさいっ…!」
エルナはおざなりにそう呟いただけで、顔を伏せたままヴィッシュの横を通り過ぎていった。
ヴィッシュはしばらくぽかんとしたまま立ち尽くしていたが、部屋の中にシヴァがいることに気づくと、いつもの薄ら笑いを更ににやけさせながらシヴァに声をかけた。
「おいおい、お前も何だかんだ言って隅に置けねーじゃねーか。あの女、昨日の奴だろ?」
きししし…と、お世辞にも品のあると言えない笑い声を上げ、バンとシヴァの背中を叩く。
「…。」
シヴァは無言のまま窓の外を見つめるだけであった。
「だがなぁシヴァ、あの女、泣いてたぜ?遊びならともかく、本命の女にはだなぁ…」
シヴァの肩がわずかに揺れる。だがヴィッシュはそんなシヴァの様子に気付くことなく、得意そうな顔で恋愛講釈を続けていた。
窓の外を見つめるシヴァの目には、小走りで走り去るエルナの姿が映っていた。
くそっ…俺としたことが…。
ガン!と窓の縁に固めた拳を打ち付ける。
いつもと様子の違うシヴァの様子にようやく気づいたヴィッシュが話を止めた。そして軽く肩をすくめて、自分のベッドに身を投げ出した。
「さーて、優雅に昼寝でもさせてもらおうかねぇ。」
目をつむりながらも、シヴァの背中に向かって話し続ける。
「奴らに会ってきたぜ…。」
ヴィッシュの言葉に、真剣さが加わる。
「ほら…『黒鷲』っつー連中が一掃された後にダキアに入ってきやがった、盗賊どもよ。そいつらの頭目って奴に、仕事を持ち掛けられてたじゃねーか。」
二人のうちで仕事を請け負ってくるのはヴィッシュと、役割が決まっていた。
「しっかし、これがまたケチくせぇヤマでよ。獲物も小物だし、俺達への報酬もカスみてーなもんよ。まぁ恐らく、ともかく名前を売り出そうって腹なんだろ。俺は鼻で笑って断ってやったぜ。」
フンと、その場を再現するかの如く、ヴィッシュは鼻で笑って見せた。
「見物だったぜぇ。頭目の野郎、ポーカーフェイスを気取りながら、青筋立てて震えてやがったからな。へっ、でけぇ図体してながら、気の短けぇ奴だぜ。っつーことで…。」
ヴィッシュが目を開けたのと、シヴァがゆっくりと振り返ったのは同時であった。
「今晩は賑やかになりそうだぜ。」
ヴィッシュは悪戯を仕掛けた子供のような笑みを浮かべた。


6.襲撃

深夜のサバンの町を、四つの黒い人影が進んでいる。
黒いマントに黒い覆面。小走りしながらも全く足音を立てることのない身のこなし。昼間なら誰が見ても見間違うことのない暗殺者の姿をした者達であったが、月の光が雲に隠された夜には見事に溶け込んでいた。ただ、覆面の隙間から覗く両眼だけが、獲物を狙う豹のようにギラギラと光っている。
街外れまで来ると、その四つの人影は一軒の古ぼけた宿屋の前で止まった。四人はお互いうなずきあうと、正面の扉へと向かった。
一人が小さな針金で扉の鍵穴をカチャカチャといじると、数秒も経たぬうちに鍵が外れる。どうやら相当な腕を持つ盗賊達らしい。
扉から滑るように侵入した四人は、静かに二階へと向かった。古びた階段は、どれほど注意を払っても、足を踏み出す度にキィキィと小さな音を上げる。先頭を歩く者が眉をひそめた。
階段を上りきった四人は、二階に三つしかない扉のうちの一番奥の扉に向かう。ゆっくりとノブを回すと、鍵はかかっていなかった。
四人は再び顔を見合わせ、それぞれ腰に挿した短刀を音もなく抜き放った。その刃には毒であろう緑色の液体が滴っている。
そして、一、ニ、三の呼吸に合わせ、勢いよく扉を開け放ち中に飛び込む。部屋の中に二つベッドがあるのを確認すると、二手に分かれて飛び掛かり、ベッドに横たわる人影に向かって短刀を振り下ろした。
グサッ!グサッ!
「!?」
四人の目が見開かれる。明らかにおかしな手ごたえが、ナイフから伝わってきたのだ。まるで、丸太でも突き刺したような。
「お見通しなんだよォ!!」
バン!と突然開け放たれたクローゼットの中から、一人の男が飛び出してきた。
「グワッ!!」
その男――ヴィッシュが大上段から繰り出した一撃に背中を斬られ、覆面達の一人が血飛沫を上げて倒れた。
「まず一人っ!」
ヴィッシュは剣を振り下ろししゃがみこんだ体勢から、低い姿勢のまま全身のバネを使ってもう一人の覆面に飛び掛かり、剣を突き刺した。覆面は声を上げる間もなく絶命する。
「これで二人っ!」
多少返り血を浴びながら戦うヴィッシュの顔は、戦いを楽しんでいるかの如く生き生きとしていた。
「くっ…引くぞっ!」
予期せぬ事態に、覆面達は入ってきた扉から逃げ出そうとした。だが、その扉には既にシヴァがもたれかかっていたのだった。
「逃がしはせん…。」
ゆらり、と扉から背中を離したシヴァは、隼のような速さで二人に近づく。そして剣を抜き放ちざまに、一人の覆面の首を刎ねた。
そして返す刀でもう一人の肩口を狙う。だがその一撃は紙一重でかわされてしまった。いつになくシヴァの太刀筋に冴えがない。
「くそっ…!」
最後の一人は、勢いをつけて部屋のガラス窓に突っ込み、窓を破って外へと飛び出した。
「おいシヴァ、何やってんだ!!」
ヴィッシュがいらついた声をあげつつ、覆面を追って窓から飛び出そうとした。だが、その時。
ヒュン!
「のわっ!?」
奇声をあげてヴィッシュがのけぞる。その鼻先を掠め、部屋の天井に矢が突き刺さった。しかも、ただの矢ではない。
「火矢…かよ…。」
更に立て続けに火矢が室内へと打ち込まれ、あっという間にあちこちから火の手が上がる。
「くそっ、あいつら、まだ仲間がいやがったか!」
舌打ちをひとつするが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、ヴィッシュは燃え盛る窓に向かって走った。
「そんなら、まとめて片付けるまでよっ!!」
ダン!と勢いよく床を蹴って窓から飛び出す。窓から抜け出し、宙を舞いつつ下を見ると、弓を構えた男達が数人。
「喰らいやがれっ!!」
念を込めつつ、手にした風の剣を思いきり振り下ろす。すると、ヴン…という微かな振動音とともに、剣の先から一陣のつむじ風が巻き起こった。
ゴオオォォォォォッ!!
つむじ風は、荒れ狂う狼の群れのように弓兵達に襲いかかる。
「ギャアァァッ!!」
飛んできた矢を、そして悲鳴をあげる弓兵達を飲み込む。その風に混じる真空の刃が、哀れな彼らの腕に、足に、まぶたに、唇に、容赦なく爪を立てた。血飛沫にたちまち風は赤く染まる。
ヴィッシュが地に足をつける頃には、風はおさまっていた。既に辺りに何も動くものは残っていない。
「へっ、たわいもねぇ。」
会心の笑みを浮かべるヴィッシュだったが、突然感じた殺気に顔がこわばる。
「!?」
天性の感が、彼の体を動かしたといって良いだろう。音もなく飛んできた短刀が、ヴィッシュの左の肩元を掠めていった。傷口から血が滲み出す。
「フッ…。噂にたがわぬ腕だな…。」
木陰からのそりと現れた大男を、ヴィッシュは睨みつけた。先に仕事を断った盗賊団の頭目である。
「てめぇまで来ていやがったか…。」
肩元の傷口から、徐々に痺れが広がってゆく。どうやら先の短刀には痺れ薬が仕込んであったらしい。
「まあな…。手下どもじゃぁ、束になったってかなわねぇだろうからな…。」
頭目は大振りの曲刀を抜き放った。
「俺が直々に殺してやる。ありがたく思うんだな。」
「おもしれぇ…。」
ヴィッシュは肩元の傷口をぺろりと舐め、いつものひねた笑みを浮かべた。
「てめぇなんか、右腕一本で十分だぜ。」

くっ…あの女…余計なことを…。
窓の外へ一人飛び出したヴィッシュを援護するため、シヴァは階段を駆け下りていた。
何となく体が重い。心の中のわだかまりが、剣筋を曇らせているのだろうか。
俺は、泣いてなどいない…。
エルナの言葉を頭から追いやるように、シヴァはかぶりを振った。
階下は未だひっそりとしていたが、やがてここも炎に包まれることになる。これだけの騒ぎが起きても人気がないので、もう宿の主人も逃げ出したのであろう。
シヴァは外へと通じる扉を開いた。
だが、今日のシヴァはいつもと違っていた。いつもなら、扉の外から伝わる殺気に気づかぬわけはなかった。シヴァはあまりにも無防備に扉を開いてしまったのだ。
「しまっ…!!」
扉を開いて、シヴァは愕然とした。十数人ばかりの弓兵達が、既に弓やボウガンを引き絞って待ち構えていたのだった。
「撃てっ!!」
誰かが上げた声と共に、一斉に矢が放たれる。
「くっ…!!」
シヴァはすぐさま剣を正眼に構え、念を込めた。炎の剣から放たれる炎で、矢を焼き落とそうとしたのである。シヴァの念を受けた剣先から、ブワッと黒い炎がほとばしる。
だが、あまりにも時間がなかった。
グサッ!グサッ!グサッ!
胸を狙って飛んできた矢は焼き落とすことが出来たが、落としきれなかった矢がシヴァの右肩、左脇腹、右腿に突き刺さった。
「ぐはっ…!!」
全身を襲う激痛。特に脇腹に受けたボウガンの傷は深かった。おそらく内臓を痛めてしまっただろう。喉の奥に血の味を感じつつ、シヴァは仰向けに倒れた。
弓兵達は弓からショートソードに持ち替え、無言でシヴァに近づき取り囲んだ。全身血まみれのその様子は、どう見ても生きているようには見えない。だが念を入れようというのか、リーダーらしき男がシヴァの首を落とそうと、ショートソードを振りかぶった。
だが、その時。
ザシュッ!
「グアァッ!?」
剣を振り下ろそうとした男の右肘から下がなくなっていた。シヴァが左手に持ち替えた剣で斬り飛ばしたのである。
「き…さ…ま…ら…。」
口から血を吐きながらも、よろよろと立ち上がるシヴァ。その姿はまさに、死神の名にたがわぬ姿であった。その視線に射抜かれ、弓兵達は戦慄を覚える。
「殺せぇぇっ!!」
腕を飛ばされた男が絶叫する。シヴァに向けて一斉にショートソードが振り下ろされた。
「グオオオォォォォッ!!」
シヴァはありったけの念を炎の剣に向かって注ぎ込む。すると、シヴァの気力の全てを受け止めた剣の先から、漆黒の炎の柱が上がった。
ゴオォォォォッ!!
「なっ、何だとっ…!?」
動揺する弓兵達。神殿の柱にさえ匹敵する巨大な炎の柱は、あたかも生き物のように不気味にくねりながら上空へと舞い上がった。そして、狙い違わず弓兵達に襲い掛かる。
「ギャアァァァァッ!!」
一斉にあがる断末魔の声。暗黒の炎に飲み込まれた弓兵達は、灰すら残さずに焼き尽くされていった。
炎が消え去った後には、焦土と化した台地が残るのみであった。
ピシッ!
シヴァの炎の剣にひびが入る。
全ての力を出し尽くした、か…。
シヴァは長らく生死を共にしたその剣を鞘へと収めた。
そして、俺も…。
シヴァは力なく倒れ込んだ。


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