「わしは寒いのだ・・・・・・
寒いのだよ、楊ゼン・・・」
夜着に包まれた己の細い身体を抱きしめるようにしてつぶやいた太公望に、楊ゼンはそっと腕を伸ばした。
窓の外は、冷たい春の雨が音もなく降り続く。













春の夜の夢













僕は太公望師叔の肩にそっと手を置き、彼の身体を寝台に横たえた。
そのまま僕も身を横たえ、腕を彼の背にまわす。
その華奢な身体を腕に抱いていると、たまらなく狂おしいような気持ちになって、このまま抱きつぶしてしまいたい衝動に駆られてしまう。
それを理性で押しとどめて、優しく彼の背を撫でさする。
不意に太公望師叔の足が僕の足に触れた。突然のことと、そのあまりの彼の足の冷たさに思わず僕は足を引っ込めてしまった。
しかし、その彼の足の冷たさが彼のこころを襲っている冷たさに感じて、僕は自分の脚を思いっきり彼の脚に絡めた。
師叔は、初めは身体を強張らせていたけれど、そのうちふっと息を抜く。
僕の熱が師叔に移っていく。
熱と一緒に、僕の身体も彼に交わっているような感覚に僕の理性は揺らいだ。
胸の鼓動が速くなる。
彼の顔を覗き込むと、うつむき気味で表情は伺えない。時折まばたきで睫毛が動くだけ。
この小さな身体に押しつぶさんばかりの荷を背負い、それでも凛と先頭に立ち、皆を導く。
決して公の場では弱音を吐かず、それどころかこちらをいつでも気にかけ、思いやることを忘れない。
限りなく強く、優しい人。
だが、彼のこころにはいつも自責の念があることを僕は知っている。
戦によって失われる人の生命。
それは当然のことで、師叔が気に病むことではないのに、いやむしろ司令官が気に病んではいけないことなのに。
彼は決して戦だからと割り切ることはしない。自分の策によってできた犠牲をすべて受けとめる。
たとえ名もない一歩兵だとしても。たとえ敵兵だとしても。
彼は、限りなく強く優しい人だから。
そんな彼が、僕の前で弱音を吐いてくれたことがうれしい。
同時に、そんな彼の責を取り払ってやれないことがくやしい。
今の僕にできることといったら、
せめて一時でも、この冷えたちいさな身体をあたためてさしあげること。
せめて一時でも、この繊細なこころから重責を忘れさせてさしあげること。
僕はまわしていた腕に力を込めた。










「太公望師叔」










ささやくほどに呼んだつもりだったが、また何事か考えていたのだろう、肩をびくっとさせた。
そして、意外と長い睫毛を少し震わせると、おずおずと顔を上げた。
大きく澄んだ眼でひたむきに僕を見つめる。
彼の眼に吸い込まれそうになるのを必死に押し留まって、僕は彼の花びらのような唇に唇を寄せようとした。










――今宵一夜でも、何も考えずに僕に身を委ねて・・・・・・










僕の愛撫を待っているかのような可憐な花びら。
その花びらから言葉が紡がれた。










「楊ゼン・・・・・・、おぬしの腕の中はあたたかいのう・・・・・・」










僕は師叔の顔を見た。
安住の地を見つけたような、くつろいだ顔。うっとりとした微笑み。
それに見惚れぬ者がどこにいるだろうか。
この人は、自分がどれほど人を引き付ける力があるかわかっておられるのだろうか。
花びらはさらに言葉を紡いだ。










「わしは眠いのだが、のう楊ゼン、今宵はこのままでいてはくれぬか?」










少し眉をひそめて、控えめに問う。
そんなことでいいのだろうか。
でも、この人がそれでいいというのなら、










「ええ、師叔。
僕は一晩中ここにいます。
ここであなたの眠りをお守りいたします。
どうか安心してお休みください」










何人たりともこの人の眠りの邪魔はさせない。
約束します、と僕は笑いかけた。










「そうか・・・・・・」










そうして彼は見る者がとろけてしまうような笑みを浮かべると、そのまま夢の世界へ旅立っていった。
たとえ儚い春の夜の夢だとしても、この人の安らぐ世界だといい。
























楊ゼンはわしの肩に手をかけると、そのまま寝台に押し倒した。
そしてあやつもわしの隣で横になり、背中に手をまわす。
おお、あったかい。
やはり思ったとおりだ。
わしは調子に乗り、自分の足を楊ゼンのそれにくっつけた。
途端、あやつの足は急いで引っ込められてしまった。
やはり冷たかったか。
そうであろうな、この足といったらまるで石のようだ。
まあ上があったかいので我慢するとするか。
あきらめようとした矢先、わしの足先だけでなく脚全体にぴったりと楊ゼンの長い脚が絡みついた。
最初は触っている感触しかなかったが、じわじわとあやつの温もりが伝わってきた。
おおあったかい。
さすが楊ゼン。
いついかなる時でもわしの役に立つ。それでこそわしの片腕だ。
わしはしばらくそのぬくもりを味わっていたが、余裕ができると、別のことに気がいった。
さきほどから、わしの腿にあやつの股間が触っておる。
いや、そのこと自体はよいのだが・・・・・・。
やはり他の者に頼むべきであったか。
しかし他の者といっても、黄家の三人は寝相が悪そうだ。あやつらと床を共にしては、次の日わしはつぶれているだろう。
武吉は帰っておるし、姫発はおなごのところだ。周公旦なぞこちらからおことわりだ。
後はこやつしかおらぬ。少々危険を伴うが、背に腹は代えられぬ。
だいたい、この寒さは何だ。
昨日まであんなに暖かかったではないか。
おまけにこの間しまったばかりの暖房宝貝を出してみたら壊れておるし。
造らせたのは去年だぞ、たった一冬で壊れるでない、何が崑崙一の科学者だ。
それに元はといえばこの冷え性がいけない。
元来わしは冷え性持ちではなかったのだぞ。
あの激務の所為だ。一日中同じ姿勢で座って筆など持っておるから、血行が悪くなったのだ。
この封神計画の所為で、冷え性、腰痛、肩凝り、関節痛、胃痛、立ちくらみ・・・・・・。
ううっ、何とかわいそうなわし。
まだ若いのに・・・・・・。
すべては、封神計画を押し付けたじじいの所為だ。
おのれじじい、いつか目に物を見せてくれるわ!










「太公望師叔」










わしの背にまわされておった楊ゼンの腕に力が入った。
まずい、忘れておった。
とりあえずわしは顔を上げた。
しかし、こやつなんという顔をしておるのだ。
仙界一の色男。流した浮き名は数知れずと聞いておったが、このようなせっぱ詰まった顔を閨でしていたのでは、おなごは引くのではないか?
うーむ、そこがよいのかのう。まあどうでもよいが、先ほどからわしの腿に当たってるものを何とかして欲しい・・・・・・。
それにしてもこやつ元気だのう。仕事の量もわしとさほど変わらぬであろうに。
わしはもうだめだ。こやつには付き合いきれぬ。
さてと、










「楊ゼン・・・・・・」










わしに唇を寄せようとしていた楊ゼンの動きが止まった。










「おぬしの腕の中はあたたかいのう・・・」










そしてとどめとばかりに、笑みを一つくれてやる。
かっかっか、呆けておる、呆けておる。
当然だ、わしは毎朝鏡の前で表情を作る鍛練を欠かさず行っておるのだからな。
軍師たるもの、己の魅力を知り、それを最大限生かすべく日々たゆまぬ努力が必要だ。
術なぞには頼らぬ!










「わしは眠いのだが、のう楊ゼン、今宵はこのままでいてはくれぬか?」










今度はすこし眉をひそめ、憂えてみせる。
これでまだ手が出せるものなら出してみよ。
わしは眠いのだ!!










「ええ、師叔。
僕は一晩中ここにいます。
ここであなたの眠りをお守りいたします。
どうか安心してお休みください」










かーっかっか、言葉と表情がついていっておらぬぞ。
頬が少々引きつっておる。
まだまだ青いな、楊ゼン。










「そうか・・・・・・」










だがその言葉と理性に免じて、褒美をやることにした。
とびきり極上の笑みをひとつ。
そしてわしは遠慮なく寝ることにする。










明日は朝一番で乾元山に行かねばな・・・・・・。
乾元山のモモの味を思い出しつつ、わしは眠りについた。




















――了





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もったいなくも『封楊太域』様に載せていただいたものです。
たわいもないオチで・・・逆に笑えます。
自分の魅力を知っていて、それを最大限に生かすふてぶてしい軍師サマが好きです。
が、それに翻弄されてしまう楊ゼンはもっと好きです(笑)。
タイトルの「春の夜の夢」とは"儚し"="意味なし"の意。












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