紂王の死により永きにわたって栄えた殷王朝は滅亡し、周王朝が創建された。
周王朝は洛邑に東方支配の拠点を作るとともに、新たに版図に入った土地を支配するために、一族の主だった者や功臣を諸侯として封建した。



その周王朝創設の功臣の一人である太公望呂尚は、斉の国に封じられることとなった。













風のふくやうに 雲の飛ぶやうに














「納得いかねえ!!」
足音も荒く部屋に入ってきて開口一番にそう怒鳴った者に顔を向けた部屋の主は、乱入者の身分にふさわしい礼を送った。
「そんなに頭に血を上らせていると、また腹の傷が開くぞ。武王」
そうして背を向けると、やっていた作業を再開する。
加速までついていた興奮をあっさりとかわされ、武王姫発は意味不明なことを言いながら地団駄を踏んだ。
その様子を背で感じていた部屋の主、太公望は一つため息をつく。
「ほれ、おちつけ。そんなことでは本当に傷に障るぞ」
茵を取り出して自分の前に置き、ぽんぽんとたたいた。
己の傷が浅からぬことは自覚しているのだろう姫発は、それでもまだ憤懣収まらぬ様子でどかっと勢いよく座る。
太公望は碗に鎮静作用のある香草を入れ、白湯を注ぐと「飲め」と姫発の前に置いた。
出されたそれを姫発は香草ごと一気に飲み干す。
「何でそんなに落ち着いているんだよ、太公望!」
どうやらあまり役には立たなかったらしい。
「おまえ、軍師なんだぜ。おまえがいなかったら、殷はやっつけられなかったんだぜ。
そこんとこわかってるのか?!」
返事の代わりに太公望は声を立てて笑った。
それを見た姫発は片膝を立ててさらに言おうとしたが、笑いを納めた太公望が「まあ待て」と手で押さえる。
「何にそのように腹を立てる。斉の国へ赴くことはわしも納得し、先ほど了承したではないか」
落ち着き払って香茶をすする。
「ほかにもっといい土地はたくさんあるんだ。何でそんな斉なんかへんぴなところで納得しちまうんだよ!」
「よいではないか、未開の地の方が国を造る楽しさ倍増だ」
そう言って呵々と笑った。
姫発にはそれが強がりや負け惜しみなどではないことはわかっていた。太公望はどこの地であろうとも、たとえ何も与えられなかったとしても、頓着しないだろう。
急に勢いをなくした姫発に対しあやすように太公望は話しかける。
「なぜそのようなことを気にかけるのだ。わしが何を欲して軍師となったかわからぬわけでもあるまい」
姫発は少し背を丸め、先ほど飲み干した香茶の碗をもてあそび始めた。
「だけどよ、おまえはやっぱりこの戦争の一番の功労者なんだぜ。
・・・・・・なのによ、何だよあのあいつらの態度。おまえを追い出したいって、誰もいらねえ土地をあてがって。
なんかおれ、王として恥ずかしいよ」
しかもその追い出しを諸侯にあおっているのが自分の身内らしいという。
曰く、『王に取り入り、この周王朝を裏から操ろうという算段だ。』
   『代々仕えてきたわれら名家であろうと、ないがしろにされるやもしれん。』
元仙道であるという事実がさらに軍師太公望を畏怖し、遠ざけておきたいという気持ちにさせた。
もちろん姫発は反論した。太公望の人となりを知る重鎮たちも応戦した。しかし当の本人があっさりと了承したため、強いことが言えなくなってしまったのだ。
太公望が望めば、たとえすべての諸侯を敵に回したとしても、反対し続ける気でいた。だが気勢を削がれてしまって、その矛先が太公望に向いたのだ。
「武王よ、今の周はできたばかりで基盤がまだもろい。諸侯も完全に忠誠を誓ったとは言い難く、また滅びたとはいえ殷の勢力はまだまだ大きい」
姫発が顔を上げると太公望がまっすぐに自分を見つめていた。

「お主が今為さねばならぬことは何だ。そのような奴らのために心悩ませることか」

「守らねばならぬことは何だ。わしの名誉か」

「何のためにこの国を建てたのだ。多大な犠牲と引き替えに、それでも周王朝を建てたのはなぜだ」

「お主が“姫発”を捨てて“武王”となったのは誰のためだ」



「答えよ、武王」








静かでしかし凛とした声が姫発を打った。
しばらく姫発は太公望の澄んだ眼を見つめていたが、やがて軽く目を伏せると「すまねえ」とつぶやいた。
「俺は少し思い上がっていたみたいだな。殷を倒して誰はばかることなく王を名乗ることとなって。
俺は王なのに、四百余邑を束ねる王なのに、建国の功労者に・・・・・・自分の好きなやつに国一つやれねえなんてよ」
恥ずかしかったのは身内ではなく、諸侯も思い通りにできない自分の無力さ、ふがいなさだったのか。
太公望は姫発のそばによると、やさしく肩をたたいた。
「そのようなことで恥じることはない。
国を壊すのはたやすい。大義名分さえあれば自然と人は従ってくるものだ。
しかし国を造るのは難い。今まで付き従ってきた者はとたんに批判者となり、お主を引きずり落とし、国を壊しにかかる。
おぬしが感じたのは、今まで一体となって従ってきた者達の態度が手のひらを返すように変わってしまったことへの不安であろう」
不意にこみ上げてくるものにこらえきれなくなって、姫発は太公望の腰にしがみついた。

「ここにいてくれ、太公望! 俺にはまだおまえが必要なんだ!
どうしたらいいんだ?ひとりきりで、俺はどうしたらいい?
わかんねえよ、おしえてくれ、太公望!」

幼子のように加減をせず抱きついてくる姫発は、決して頑丈とはいえない身体には少しつらいが、太公望は受け入れ、髪を梳いてやる。
「おぬしは決してひとりきりではないはずだ。思い出せ、公私ともに昔から変わらず付き従い、意見を述べてくれる者達を。
おぬしには徳が有る。天がおぬしを王に為したのは偶然ではない。
大丈夫だ、おぬしならきっとやっていける。 きっとこの国をよい方向に向けていけるとわしは信じておるよ」
姫発は顔を上げ、太公望を見上げた。
太公望は一つ大きくうなずくと、腕の力を緩めるように促す。
「すまぬと言いたいのはわしの方だ。
事後処理もほとんど終わっていない今、かの地に赴くことは、逃げなのやもしれぬ」
思ってもいないことを言われて、姫発は驚き、太公望の華奢な肩をつかんで揺さぶった。
「そんなことねえよ!何言ってるんだよ、おまえはよくやったよ」
そして手を離すと、にっと笑った。
「よし、軍師サマには斉のほかに、副賞として永の休暇をつけてやる!
あ、あとそれから、あっちに桃園も造ってやる!」
他にはないかと考える太っ腹な王に、太公望も真面目にふざけて「恐悦至極」と臣下の礼をしてみせる。
ひとしきり笑いあって、姫発は太公望の小さな身体を覆い被さるようにして抱きしめた。
「大丈夫だよな。俺、やっていけるよな」
歴史という名の計り知れない大きさの大河にちいさなちいさな身を躍らせ、激しい流れの中で己の進むべき道を進んでいかねばならない、その重圧はいかばかりか。
そんな彼に安全な岸辺からあえて「大丈夫だ」と声をかけてやる。
これから“姫発”が“武王”としてやっていくために。
これからも“武王”が“姫発”としてやっていけるように




おぬしはおぬしであればよいのだ。

自然と自由とに生きていけばよいのだ。






風の吹くように、雲の飛ぶように





















――了





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封神計画終了後、第2弾。
ねこはあまり仙界に帰る師叔を想像できないですね。
いつまでも人界でぶら〜っと。
彼の事だから、どこかの候になれば3食昼寝付!とかなんとか姫発に言われて、そんじゃ・・・って感じで斉をもらったのではないかなと思っています。
そういう意味では王子に勝った王サマ。
寿命という壁がありますが・・・。
でも、あまり師叔はどちらとは考えてなさそうですね。
求められれば、誰にでも自分を分けてやる・・・アン○ンマンのような方です(爆)。
そしてそれも彼にとっては些細な事で。
勝手にそんなイメージをつけています(ゴメンなさい、あくまで勝手にです)。

ベースは超有名な詩人さんの詩から(恥ずかしすぎて言えませんよ(赤面))。
見事にオリジナルに引きずられてしまいました。
やはり参考にするなら1〜2行くらいが妥当だと・・・。
オリジナルを押しきってまで書きたい事が書ける強さはないもんで。
要修行。










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