楊ゼンがその行事を知ったのは、つい最近のことだった。
何となく華やいだ城内の雰囲気に、楊ゼンは何気なく近くの女官に聞いたのだ。
「楊ゼンさまもきっと大変ですわよ」と思わせぶりな声を背中に聞きながら、しかし楊ゼンは自身のことよりも別のことを考えていた。


むろんそれは、天才美形道士の名にかけて最高のチョコレートを作り、太公望に贈ることである。












幸ヲ徼ム















「・・・・・・出来た」
窓から射す朝日を背に浴びながら、額を拭う楊ゼン。
大理石で出来た台の上には、西岐一のパティシエによるレシピで作ったチョコレートが、つややかに輝いている。
楊ゼンは、目の下にくっきりと隈のついた顔を自らの作品と同じくらい輝かせて、三角巾を取った。
それから愛する人の瞳の色に合わせた包み紙で、丁寧にラッピングする。
「やはり僕は天才だ。ああっ、時々自分で自分が怖くなるよ・・・」
そのすばらしい出来栄えに自画自賛した楊ゼンは、鼻息とともに大きくガッツポーズすると、寝不足も何のその、足取りも軽やかに執務室へ向かっていった。





しかし執務室には目的の人は不在だった。
「ああ、あいつなら今日は自分の部屋で仕事してるだろうよ」
仕事中にもかかわらず、姫発は大きなハート型のチョコを口にくわえながら、のんびりと書類に目を通していた。
お祭り好きの周の民。今日は城中仕事が滞っているらしい。
楊ゼンは一瞬がっくりとうなだれたが、すぐに考え直した。
(そうだ、太公望師叔の部屋ならば2人きりになれるじゃないか)
(そして改めてこの想いの丈を太公望師叔に伝えるんだ)

――楊ゼン・・・そんなにわしのことを想ってくれているなんて、わしは何と幸せ者だろう。
――ええ、師叔。僕はいつもあなただけを想っています。
――すまぬな、そんなおぬしの気持ちをいつもかわしてばかりで。だが、本当はわしもおぬしのことを・・・・・・。
――わかっていますよ。あなたはとても恥ずかしがりやなんですよね。けれどもそんなあなたも僕は愛しています。
――よ、楊ゼン・・・・・・。あ、お、おぬしからもらったチョコレートをさっそく食べようではないか。のう。
(そこで「僕が食べさせて差し上げますよ」なんて口移しで食べさせてあげたりなんかして)
――楊ゼン・・・・・・。
――僕へのプレゼントは太公望師叔、あなたがいい。
(僕を見つめていた大きな瞳がふっと外されて、赤くなりうつむく太公望師叔。しかしそこで恥ずかしそうに一言)
――・・・・・・おぬしがよければ。
――うれしいです。・・・・・・甘い甘い僕の師叔!!

思わず口にくわえたチョコレートを落とした姫発が見守る中、含み笑いを浮かべた楊ゼンは、桃色の仙気を撒き散らしながら太公望の自室に向かって消えていった。
廊下では多くの女官らが楊ゼンにプレゼントを渡そうと待ち構えていたが、もちろん誰一人として渡せたものはいなかった。









「服装、よし。髪型、よし。口臭、なし・・・・・・」
太公望の私室の前で念入りに最終確認を行なう楊ゼン。
ここに着く前に、自室に寄って湯浴みをし、歯を磨いて、勝負下着に着替えてきた。
天才の名にかけて万事抜かりはない。
すべてを確認し終えて、心の中で一つ気合いを入れると、部屋の扉を叩く。
一呼吸待って中から応えの声が聞こえたので、楊ゼンはゆっくりと扉を開けた。





「おお、楊ゼンか」
太公望は書類から目を上げて、楊ゼンを迎え入れた。
部屋には太公望ひとりきりのようだ。
「どうした?今日の仕事は適当でよいぞ。・・・と言うまでもなく、おぬしなんぞ到底仕事にならんだろうがな」
呵呵と機嫌良く笑う太公望に、これまで一度も呼び止められなかった楊ゼンには彼が言っている意味は分からなかったが、今が好機と歩を進める。
「太公望師叔、受け取ってください・・・・・・」
店先では見たことがない瀟洒な包み。突然目の前に差し出されたそれと、楊ゼンの目の下に薄くつけられた隈を見て、手作りと察した太公望は、極上の笑みで応える。
「そろそろ茶でもと思っていたところだ。楊ゼン、おぬしもどうだ?」
そう言って奥の部屋に入っていった。
楊ゼンは知っていた。その部屋には寝台があることを。
(ああ、師叔。もしかして僕のことを誘ってらっしゃるのですか? いや、そうに違いない!!)
全く予定通りに事が運んでいくことに、思わず妄想を膨らましてしまう楊ゼン。
しかしそのせいで、近づいてくるものの気配に気付くのが遅れてしまった。
窓から、冷たい風とともに白くて大きな物が入って来る。
「あれ、ご主人、追加っスね」
「あっ、スープー、これは・・・・・・」
制止しようとした太公望を余所に、楊ゼンのチョコレートを手にした四不象は窓から庭に出ていった。
四不象を追って窓から身を乗り出すように顔を出した楊ゼンは、庭の奥からキャタピラの低い音を立てながら近づいてくるブルドーザーを見つける。
四不象は一直線にチョコレートを掲げながらブルドーザーに飛んでいった。
「武吉くん、追加っスよー!」
操縦席の武吉は華麗な手さばきでブルドーザーを操りつつ、四不象の手の中のチョコレートを一瞥した。
「う〜ん、これは“ランクC”だね。今、ランクC置き場がいっぱいになっちゃったから、少しあっちに移しているところなんだ。四不象、ここに置いてくれるかい?」
「ラジャーっス」
武吉が指し示した長方形の排土板の上には、大小色とりどりの贈物が文字通り山を成していた。
四不象は楊ゼンの包みも排土板の上に無造作に置く。するともうそのチョコレートは他と紛れて見分けがつかない。
「武吉くん・・・・・・これは?」
「あ、楊ゼンさん。僕、大型特殊免許と車両系建設機械運転業務の資格を持っているんです!」
ハンドルはそのままに礼儀正しく一礼する武吉。
「いや、そうじゃなくて・・・・・・」
「あ、これですか?お師匠さまが皆さんからいただいたバレンタインプレゼントです。いただいた内容別にこうやってランクに分けているんですよ」
「ちなみにランクはAAAからCまであります!」という元気のよい声に、楊ゼンは右側頭部を張り倒される。
「あ、あのな、楊ゼン、これはな・・・・・・」
「僕ノ愛ハらんくC・・・・・・僕ノ愛ハらんくC・・・・・・僕ノ愛ハらんくC・・・・・・」
そうぶつぶつつぶやきながら、波間に漂う藻くずのように楊ゼンの上半身がゆらゆらと揺れはじめた。
「ランクCはボクが食べるので、今年もたくさん集まってうれしいっス!」
その言葉がさらに楊ゼンの左側頭部まで張り倒す。
事態を重く見た太公望は、とっさに窓を飛び越えると、ブルドーザーの排土板に飛び乗って、その贈物の山からひとつの包みを掘り出した。
「よ、楊ゼン!うまいぞ、これ!!」
乱暴に包み紙を破り、中のチョコレートをむさぼるように口にほおりこむ太公望を楊ゼンは一瞥する。
「・・・・・・それ、僕のじゃないです」
とどめに後頭部まで強打されてゆらゆらと揺れながら退出した楊ゼンを見送りながら、太公望は口の中のチョコレートを音を立てて飲み込んだ。
鬼才の軍師にもこの場を打開する良策は思い付かなかった。










お茶を啜りながら太公望は一人悩んでいた。
窓の外に目をむけると、青空の下、ブルドーザーは相変わらず排土板に包みを山盛りに乗せて、庭を行き来している。
「さて・・・・・・どうするかのう」
手作りは心がこもっていてありがたいのだが、衛生上の問題もあり、また、一国の軍師という身にもなると安全面での不安もある。
また、もらったチョコレートは相当数をしかるべきところに寄付しているのだが、手作りの贈物はそのような理由で寄付する訳にもいかない。
だから毎年、中身はすべて四不象に食べてもらっていた。
処理方法が他と違うということでランクCに分類しているのであって、感謝の気持ちには他と何ら劣るものではない。
ましてや楊ゼンからの贈物である。もちろんありがたくいただくつもりでいた。
彼が選んだのだろうセンスのいい包みと、目の下に作られた隈、そして退室際に見せた悲しそうな顔が太公望の脳裏に浮かぶ。
相手の気持ちは十分分かっているつもりだ。今回も自分のために一生懸命作ったのだろう。何としてでも誤解を解かねば。
第一、計画的ではなく、自分の意図しないことで楊ゼンをヘコませてしまったことが気に入らない。
「とりあえず、初めは正攻法でいって、それでも駄目なら・・・・・・むぅ」
太公望は眉をひそめたまま、楊ゼンの私室へ向かっていった。





楊ゼンの私室の扉を叩いたが返事がないので、太公望は勝手に部屋に入ることにした。
奥の部屋からよく見知った仙気が感じられるが、明かりは全く点けられていない。太公望は手探りで奥の寝所の扉を開けた。
中に入ると、外のわずかな明かりに照らされて、楊ゼンが青白く浮かび上がっている。
「アァ、師叔・・・」
真っ暗な部屋の中でそれでも太公望を見分けた楊ゼンのその目は、しかし焦点が合っていなかった。
「僕ハ元気デス。ドウゾオ気ニナサラズニ。大丈夫デス・・・・・・」
寝台の上に腰掛けて、上半身をゆらゆらさせながら支離滅裂なことを言う楊ゼン。
そんな彼の様子に弁解は不可能と悟った太公望は、部屋の真ん中で立ち止まると、人差し指を立てて、こっちへ来いと合図する。
力なくも誘われるままに近づく楊ゼン。
と、目の前まで来たところで太公望は楊ゼンの服の前身ごろについた首もとの丸い輪っかに手を掛けた。
引き寄せられるままに楊ゼンが身をかがめると、あたたかくやわらかいものが唇に当たり、そのまま口の中に何かが侵入してくる。
甘い・・・と感じたところで、あまりの衝撃に自己防衛反応を起こした彼の頭のブレーカーがすべて下りた。
口内以外全身くまなく硬直させて、楊ゼンの時間が止まる。
ゆっくりと2・3度まばたきをするほどの時間の後、唇を離して軽く息継ぎをすると、太公望は親指の腹で唇の端を軽く拭ってにやりと笑った。
「少し早いが、おぬしのチョコレートに対する礼だ」
そう言って楊ゼンの目の前に提示された包みは、今度こそ確かに昼間彼があげた物だった。
「ありがたくいただくよ」
先ほどまで楊ゼンの顔にあった危うさが消えている。
それを見て、太公望は自分の策が功を奏したと安心すると、扉を閉めた。



薄暗い部屋の中。まるで扉の閉まる音を合図にするように、前傾姿勢のまま硬直していた楊ゼンの身体がゆっくりと傾いで、倒れた。
やがて動かぬ彼の内側から、幸せが溢れるように流れ出し、静かに部屋を満たしていった。















その日の豊邑の話題は、床一面に広がる鼻血の池の真ん中に浮かんでいた天才道士さまであった。
朝の支度をするために部屋に入った彼付きの女官によると、失血で蒼白になった顔はなぜかこの上なく幸せそうであったという。















お茶を啜りながら太公望は一人悩んでいた。
窓の外からは、まだブルドーザーの作業音が聞こえている。1日過ぎたというのに追加が来るらしい。
「それにしても、来月はどうするかのう・・・」
この膨大な返礼の品の出費を考えるだけで、今から頭が痛い。
「チョコレート以外の贈物を包み直させて、4分の1くらいは返せるな。女官らは一括で返すとして、後は・・・・・・」
ちょうど部屋の横を通ったブルドーザーに手を振り返す。今日もいい天気だ。
太公望は筆を鼻の下に挟みながら、器用にため息を吐いた。


「いっそのこと、楊ゼンのように片っ端から口付けで返していくか」



魅力溢れる周の軍師さまは、色々と悩みも多いのである。





















――了





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バレンタインっていつだっけ?(ダメ)

設定は、楊ゼンが人界に常駐するようになって1年目です。
楊ゼンの妄想は考えてて面白いのですが、今回の妄想のようならぶあまで一本話を書くことは出来ないと再確認。
だって、わずか10行ぐらいでこっぱずかしさ大爆発ですもの。

相思相愛だけど愛情に温度差がある2人が好きです。
あと、逆境に弱い楊ゼンも好きです(笑)









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