「小兄様、太公望より何やら届いていますよ」
姫発は寝台の上から弟の手にあるものをひったくるように受け取ると、慌ただしく封を解き、幾重にも巻かれた上等な絹をはがす。
「なんだこりゃ?」
周国武王へ斉大公が献上したものは、己の身体を何色も使って塗られ、そのあまりといえばあまりな色合いに呆然と口を開けている木彫りの魚であった。
上には餐飯を加えよと言い
「・・・・・・小兄様、太公望は何を考えているのでしょうね」
「・・・・・・さあな」
上の空で返事をして独特のセンスで色づけされた木彫りの魚をこねくり回す。
(あいつのことだからただの置物というわけじゃないんだろうけど・・・・・・)
注意深く見ると、えらから尾までうっすらとつなぎ目が囲んでいるのがわかる。けれども力ではどうしても開かない。
周公旦はといえば、興味なさげに寝台より少し離れたところで立っていた。早々に「太公望からの新手の嫌がらせ」と結論づけたようだ。
どこかに仕掛けがないかと顔をくっつけんばかりに調べていた姫発だが、間抜けに開けられた口をのぞきこんだ時に喉の奥に何やら影が見える。
にやっと笑った姫発はどこからか取り出した針を口の中に突っ込んだ。
(へへっ、昔を思い出すぜ)
まだ武王と呼ばれる前、呼ばれるようになってもしばらくはいろいろと悪さをした。
太公望の部屋に忍び込むのもそのうちの一つだ。
もちろん鍵はかかっていたが、南京錠くらいでは簡単に開けられる。業を煮やした太公望は自作でからくり式の鍵を作るようになった。
だがそれは姫発の新しい刺激にしかならなかった。いたちごっこの争いは姫発の手癖の悪さを助長することとなってしまった。
王としては何の自慢にもならない特技をして、程なく内部から乾いた音がして魚が腹からはじけるように開いた。
興味津々で覗き込む姫発と周公旦。
そこにあったものは―――
「文・・・・・・だけですか?」
「・・・・・・らしいな」
魚の腹の中にあったものは、絹に書かれた文。
姫発は文を手に取り、からになった魚をひっくり返してみたが、もう仕掛けは見当たらなかった。
それだけのためにこんな物をと、周公旦はこめかみを抑える。
「それで、太公望は何と云っているのですか?」
見向きもしないで尋ねる周公旦に、姫発は無造作に畳まれた文を開いてみた。
やわらかい衣擦れの音が耳に響く。
「えっと・・・・・・、なんだこりゃ?!『飯はちゃんと食ってるか』だと?
こんな事のためにこんなん送ってきたのか、あいつは」
その後も『執務をサボっていないか』とか『邑羌を大事にしているか』などとまるで幼子にあてた手紙のようだ。
「全く、いつまでも子ども扱いしやがって、あいつはよう」
ぶつくさ言いながら読み進めていった姫発だが、その愚痴がぴたりと止まった。
仮にも一国の王に対するあまりな内容にめまいさえ覚えた周公旦だが、突然部屋が静かになったことにいぶかしみ、顔を上げる。
「小兄様?」
目の前で口元を抑えて顔を真っ赤にし、肩を震わせている姫発に一瞬具合が悪くなったのではと心配したが、単に笑いをこらえているらしい。
はしたないことだとは思ったが好奇心には勝てず、近づいて文を覗いてみると、最後の一文だけ文字が不自然に小さくなっている。目を凝らしたが、読む前に気がついた姫発によって隠されてしまった。
入っていた時よりも更に無造作に折りたたんで、ぱたんと魚の腹を閉じる。
これでもう誰の目にも触れることはできない。
姫発はしばらく込み上げる笑みをこらえようとしていたが、「よし!」と何やら気合いを一つ入れると、それまで奇妙な生き物を見るような顔をしていた周公旦に声をかけた。
「旦!おれの印と未採決の書類を持ってきてくれ」
周公旦は「はあ?」と常の彼からは考えられないほど間の抜けた声を出した。やがて言われた意味を理解すると、心底心配げな顔をしてみせた。
「小兄様、もう二・三日ほど安静にされていたほうがよろしいのではありませんか?」
「何言ってるんだ、いつもはこっちがやだって言っても持ってくるくせに。
まあいいや、とりあえず今おれは仕事がしたいんだよ」
「ほれほれ」とうながされて周公旦はしぶしぶ退室するが、典医を呼ぶべきかと立ち止まって思案する。と、衝立の向こうから乾いた音がして、押し殺したような笑い声が洩れ聞こえる。
周公旦は歩き出した。―――典医を呼ぶために。
そんな弟の心配などつゆ知らず、姫発は手に持った文をちらりと見ては敷布に顔をうずめることを繰り返す。
肩は絶えず震え、耳の先や首筋まで真っ赤になっている。
やがて落ち着きをとりもどした姫発は、仰向けになって両手で文を透かし見るようにかかげた。
口元の笑みは消すことができない。
「いやあ、まあ、こんなところがあいつらしいって言っちゃあ、あいつらしいんだけどな」
そうしてまた文に目を走らす。
見慣れた文字。最後の一文だけ小さく書かれ、少し乱れていた。
―――長く相憶う。
――了
−−−
初めての発太。
だいぶ昔の書き途中を書いたので、何が書きたかったのか忘れてしまいました。
でもこれではまるっきり子離れできていないお母さん・・・。
わたしの書く太公望はどうしても"母親"になってしまいます。特に姫発。
「よしよし」って感じなんですけど。誰に対しても。
あ、武成王は違いますね。彼が大人だからかな。
元ネタは「詩経」・・・だったかな?(すみません、だいぶ昔なもんで)。
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