−前書き−
あゆENDの続きです。ネタバレの可能性があるので、気を付けてください。
気持ち良い風を感じながら、祐一と一緒に商店街を歩く。
あゆは歩く度に帽子がずれてくるようで、ほとんどかぶるというより押さえていると言ったほうが正しい。祐一はそんなあゆが面白くて小さく笑った。
「そんなに気になるんなら、取ったらどうだ?」
祐一は笑いを堪えながら、あゆにそう提案する。
「うぐぅ。絶対に嫌っ!」
取ったらどうせまた、大笑いするに決まっている。あゆはそう思いながら、力を込めて帽子を押さえる。
そんなあゆが面白くてしょうがないのか、祐一はまた小さく笑った。そして、祐一は空を見上げた。
この冬に起きた数多くの奇跡たち…
この雪の降る街に戻ってきた事…
あゆと再会できたこと…
こうして、あゆと一緒に商店街を歩いている事…
今の自分たちが、多くに奇跡から成り立っていると祐一は思っている。
祐一もまた、昔と変わらないやりとりが何よりも嬉しかった。そして、これからもずっと続けば良いと思っていた。
そこには、祐一の知らない風景があった。
気が付くと、この街に対する拒絶はまったくなくなっていた。自分はただ、思い出したくなかった。
初恋の人の死。何もできなかった無力な自分。そんなつらい事を思い出したくなかったのだ。
でも今は違う。
大切な人がそばにいる。一緒に笑っていられる人がいる。
あの時は何もできなかったけど、今は守れる自信があった。
この時をずっと守っていきたい。祐一はそう思っていた。
「♪〜〜♪〜〜」
祐一はそっと、隣を歩くあゆを盗み見た。
そんなことを考えている祐一を知ってか知らずか、よほどたい焼きを食べられるのが嬉しいのだろう、あゆは楽しそうに商店街を歩いている。
祐一は再び空を見上げた。
空は、雲一つなかった。暖かい日差しがとても心地よかった。
HAPPINESS 〜奇跡の先にあるもの〜
by Lathi=AM-LARM
「お邪魔しまーす」
水瀬家の玄関にあゆの声が響く。そこに2人を秋子さんが迎える。
すでに準備はできているようだった。
「秋子さん、名雪はどうしたんですか?」
こういった団らん(?)に、必ずと言って良いほどいる名雪の姿が見当たらなかった。
時刻は二時過ぎで、さすがに寝ていると言う事はないだろう。
「電話しているみたいでしたけど」
耳を済ましてみると、確かにリビングのほうで名雪の喋り声が聞こえる。でも何を話しているかは分からなかった。
「秋子さん、ボクもたい焼き作るの挑戦してもいいかな?」
「やめとけ、たい焼き以外のものになるのがオチだ」
さっきと同じように、祐一はあゆをからかう。
前回のクッキーがいい例だ。あれはまるで墓石のようで食えた物ではなかった。さすがにあれは御免だと祐一は思った。
「そんなことはないと思いますよ。作り方さえちゃんと教えれば、きっと上手くいきますよ」
そう言いながら秋子さんは、立ち話もなんですからと2人をリビングへ通した。
ちょうど名雪の電話も終わったようだった。
「こんにちは、名雪さん」
「こんにちは、あゆちゃん」
「ねぇ、名雪さん。ボクもたい焼き作れるかな?」
よほど、祐一に言われたのを気にしているのか、名雪にも同じことを聞いた。
あゆは上手にたい焼きを作って、祐一を見返してやりたいと思っていた。
「そうだね、きっと上手にできるよ」
名雪はあゆの思っている事が分かっているみたいに、即答する。
もっとも、当の名雪は本当に思っていることを口にしただけだが、あゆは名雪のそういう所が好きだった。
「そういえば、お前誰に電話してたんだ?」
「秘密だよ。でも、後で分かると思うよ」
普段の名雪なら教えてくれるのだが、もったいぶったように言うとあゆと一緒にキッチンの方へ行ってしまった。
祐一の頭の上にハテナマークが7つ浮かんでいた。あまり深く考えてもしょうがないので、その内分かるだろうと思い、祐一もキッチンへ向かった。
キッチンからは楽しそうな笑い声が聞こえる。
どうやら、秋子さんと名雪があゆにたい焼きの作り方を教えているらしかった。
水瀬家のキッチンは大きい方だが、四人も入るとさすがに狭いので祐一はリビングで待つことにした。
結局、焼き始めるまでに三十分はかかってしまっていた。
三時には出来上がるだろう。祐一が壁にかかった時計を見上げながらそう思っていると、
ピンポーン
と、チャイムが鳴った。
「ゴメン祐一、代わりに出てくれる」
キッチンの奥から名雪の声がした。
祐一はする事がなかったので、玄関に向かった。
ガチャ
ドアを開けると、そこには北川と香里がいた。
「………羽毛布団は、間に合ってるよ」
祐一は真顔でそう言うと、ドアを閉めようとした。
「こらぁっ! いきなり閉めるなっ!」
すかさず北川が突っ込む。
「ちっ」
祐一は仕方なく再びドアを開けた。
香里はというと『アンタ、相変わらずねぇ』と呆れていた。どうやら、このボケは失敗らしい。
次は消火器でいってみるかと祐一は思った。
「で、今日はどうしたんだ?」
「名雪から今日、家に来ないかって電話があったの。どうせ今日、暇だったしね。だから遊びに来たの」
「北川もか?」
「そんなところだ」
玄関でそんなやりとりをしていると、奥から名雪が出てきた。
名雪が何を考えてるのか祐一はまだ分からなかった。
「香里、北川君いらっしゃい。さ、上がって」
名雪は二人を上がるように進める。
二人はお邪魔しますと言って、リビングへ向かった。
「なあ、名雪。何で北川と香里を呼んだんだ?」
「うん。あゆちゃんを、二人に紹介しようと思って」
その時、祐一は名雪の優しさを改めて知った。
あゆは七年前のあの事故で、七年という長い年月をずっと眠っていた。
その長い眠りから覚めて始めにやった事、それはリハビリというとても辛いものだった。
七年も眠っていれば、まず歩く事さえ満足にはできるはずもない。今では普通に歩くことはできるが、普通に歩けるようになるまでずっと付き合ってきた祐一には、それがどれだけのものか分かていた。歩けるようになった時、一緒に手を取ってはしゃいだほどだった。
でも問題はそれだけではなかった。
七年という空白は、他にもいろんな問題があった。
まず、友人はほとんどいなかった。
あの頃の友人はもう、ほとんどあゆのことを覚えてはいないだろう。今の友達と言えば、祐一と名雪くらいなものだった。
他にも学力の問題。
あゆは十七歳だが高校には行くことができない。何故なら、あゆの学力はまだ小学校で止まっているからだ。現にあゆは『家主』という言葉は知らなかった。そのため祐一は時々暇な時間があれば、あゆに勉強を教えたりもしている。
そんな不利な事ばかりでも、それでもあゆは前向きに生きている。
だからこそ、祐一も名雪もそして秋子さんも、あゆのために何かしてやりたいと思っているのだった。今回のたい焼きの件だって、秋子さんが提案したものだ。
そして名雪は北川と香里を紹介する事で、友達を作ってやろうという考えだったのだ。
リビングに戻ると、たい焼きが出来上がったようで、皿の上に綺麗に並んでいた。
どれも実に美味しそうだ。
奥で名雪が、あゆに北川と香里を紹介していた。
あゆはすぐに誰とでも仲良くなってしまうので、すぐに打ち解けてしまっていた。もっとも、名雪の知り合いということもあるあるだろう。あゆは、とても嬉しそうだった。
それぞれ席につくとたい焼きを食べ始める。
「あっ、それボクが作ったんだよっ」
あゆが祐一の手にしたたい焼きを見て嬉しそうに言った。
祐一の想像とは違い、普通のたい焼きでとても美味かった。
あゆはというと、祐一を黙って見ていた。祐一の反応を見ているのだ。
そんなあゆを見て祐一は、素直に感想を言うことにした。
「美味いな」
「確かに、そこらのやつより美味いかも…」
祐一に続いて北川が言う。ちなみに、北川が手にしたのもあゆが作ったものだ。
そんな二人を見てあゆはとても嬉しそうだった。
結局、皿の上にあったたくさんのたい焼きはあっという間になくなってしまった。あゆの作ったたい焼きはとても好評だった。
香里はあゆが気に入ったのか、名雪を入れた三人でずっと話をしていた。
秋子さんはそんな光景を見て楽しそうに微笑んでいた。
季節はずれのたい焼きパーティーは大成功だ。
こうして楽しい一時は過ぎて行った。
後片付けが終わった後、まだ四時をまわったところだったので、あゆと祐一と名雪、それと北川と香里を入れた計五人で商店街のゲーセンで遊ぶことにした。
祐一は北川と格ゲーで勝負した。北川が昼飯をかけて勝負を挑んできたのだ。
「ぐあっ、まっ負けたっ」
「ふ、修業が足りないな。また出直して来い!」
祐一の圧勝で終わった。元々祐一はこの手のゲームが得意だった。
転校してくる前にもよくゲーセンに行っていたりした。
「それでは、今度の昼を楽しみにしているよ、北川君」
祐一は北川の肩をポンポンと叩きながらそう言った。『くそー、次は見てろよ』と北川はとても悔しそうだった。
香里はというと、名雪とエアホッケーで遊んでいた。
ただ名雪の性格上、思いっきり打つということができないのか、激しい打ち合いにはならない。香里もそんな名雪の性格を知っているので、思いっきり打つようなことはしない。
結局、香里の勝ちで終わった。それを見ていたあゆが香里とやってみたいと言い出した。
「ねえ、香里さん。ボクと勝負しようよ」
「いいわよ」
香里は快く勝負を受ける。元々、次はあゆとやろうと思っていたようだ。
「それじゃ、いくよー」
それ、とあゆが思いっきりパックを打つ。
パックは勢いよく香里のゴールに入った。
「………うそっ」
香里が呆然としていた。
考えても見れば、あゆはリハビリで腕だけで体を支えていたのだから腕の筋力がある程度強いのかもしれない。
「ふっ、それならこっちも本気で行くわよ!」
いつの間にか、エアホッケーの周りに凄い人だかりができていた。
それもそのはず、さっきからあゆと香里の打ち合いが続いているのだ。
結局、決着することはなかった。
でも、あゆは本当に楽しそうだった。
ゲーセンを出ると、もう日が傾いていた。
今日はここで解散である。北川と香里と別れてしばらく歩くと、
「ゴメン、わたし寄る所があるから先に帰ってて」
どうやら本屋に用があるらしく、途中で名雪と別れた。
「今日はとっても楽しかったよ」
「そうか、そりゃ良かったな。新しい友達もできたしな」
「うん。いつか、香里さんと決着つけないとね」
そう言いながらもあゆは、あまりに幸せ過ぎて怖くなる。
これがまだ夢なのではないかと。目が覚めると病院のベッドで寝ているのではないかと。
幸せであればあるほどそれを失った事を考えると、怖くてたまらなくなる。
「ねえ祐一君。これは夢じゃないよね?」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん。なんでもない…」
自分でもおかしなことだと思う。
あゆはそっと祐一を見る。
祐一の優しさを感じる。温かさを感じる。
これは夢じゃない。現実なんだ。
この幸せは現実なんだ。
祐一君がいて、名雪さんがいて、秋子さんがいて、香里さんや北川君、そしてそこにいる自分。それは全て現実なんだ。
もう、怖くない。
あゆは人の温かさを感じながら、夕焼けの中を祐一と一緒に歩く。
すっとあゆの頬を暖かい風が通り抜けていった。
焦ることはない。ゆっくり時間を取り戻せばいい。
あゆはそんなことを考えながら、赤く染まった空を仰ぐ。
風が気持ち良かった。
春がすぐそこまで来ていた……
Fin
−後書き−
これは、以前同人誌に載せたものです。
元々の名前は『奇跡の先にある幸せ』だったんですが、改名しました。余り変わってませんけど・・・
はっきり言って駄作ですね・・・(汗)
う〜む、後で要修正ですね。
丁度、あゆエンディングの続きとして、待ち合わせの後何をしたのかという設定です。
その為約2ヶ月間の空白の時間があるので、その辺りも保管できれば良かったかと思います。
2000年9月17日著
2002年3月17日同人誌『春水面』より転載
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