水瀬家の朝の食卓。
今日は珍しく真琴が一緒に朝食を食べている。
しかも、真琴が変にそわそわしてるなと思ったら、真琴の口からひょんな言葉が出てきた。
「お願いがあるんだけど・・・」
「!!??」
これは一体どういう事だろう?
でも、そのお願いの内容はだいたい想像できる。
漫画が欲しいけどお小遣い使い果たしちゃったからお金貸してくれない? というとこだろう。
まったく自分が考えもなしにお金を使うからダメなんだ。
ここは無視して真琴にしっかりとお金の大切さを味わさせなければいけない。
俺は聞こえなかったフリをしてトーストを齧った。
「えっと・・・」
少しは負い目を感じているのだろうか? 真琴は声を小さくし、目を伏せた。
う〜ん、今回くらいなら大目に見ても・・・ってだめだめ、心を鬼にしなくては。
「どうしたの? 真琴ちゃん?」
あっ、こら名雪、声をかけるんじゃないっ。
「実は・・・明日保育園の手伝いを手伝って欲しいんだけど・・・」
「ほいくえん?」
「う、うん・・・」
真琴はなぜか恥ずかしそうに答えた。
「保育園ってどういう事だ?」
俺は思わず口を挟んだ。
「それが、明日他の人たちほとんどどうしても休むって事になって、それで一日だけ手伝ってくれる人を探してるの」
「名雪、祐一さん、手伝ってあげてください」
いつの間に聞いていたのか、秋子さんが立っていた。
「私は大丈夫だと思うよ〜」
「・・・ま、仕方ないな。どうせ予定はなかったし」
「あ、ありがと・・・」
なんだか真琴が落ち着いたというか素直になったというか、良くなったな〜。俺の愛の賜物かな?(笑)
それに真琴の仕事っぷりを見れるからちょっとは楽しみだな。
「あ、でもこれだけじゃちょっと足りないのよ」
口調がいつもの真琴に戻った。
「そうなのか?」
「人数は多い方がいいから」
「よし! 真琴、俺に任せとけ!」
俺はどんと胸を叩き椅子から立ち上がった。
「ほんとっ!?」
真琴に期待の瞳で見つめられる、なかなかいい気分だ。
「俺の人脈を使えばちょちょいのちょいだ!」
「へぇ〜」
驚きの様子で俺を見上る真琴。
「祐一、そんな人脈あったんだ・・・」
「なにをっ、名雪、俺の人脈は山よりも高く海より深いんだぞ!」
「ふ〜ん・・・」
「なんか信じてないような感じだな」
「そんな事ないよ」
「そうか?」
「あっ! もう学校行く時間過ぎてるよ!」
名雪が時計を指す。大変な時間だった。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
秋子さんが穏やかに言う。
「いってきま〜す。祐一、はやくはやくっ」
「わかってる! いってきます秋子さん。・・・真琴」
秋子さんの隣りで見送る真琴に声をかけた。
「うん?」
「お前も保母さん頑張れよ」
「言われなくてもわかってるわよーっ、祐一ちゃんと手伝い見つけてきてよね!」
「ああ、じゃあな」
日曜日。
真琴が手伝いに行っている保育園に集まったのは俺、名雪、あゆ、栞、舞に佐祐理さん。
「祐一の人脈って女の子ばっかりだね〜」
「なんか名雪、ひがみっぽくないか・・・」
「そんなことぜんぜんないよ〜」
「あははーっ、確かに祐一さんそうですねーっ。ね、舞?」
「はちみつくまさん」
「・・・ひどいよ祐一君・・・」
「そうそう、女の子にそんなこと言う人嫌いです」
「ま、待てっ、今回はそういう類の話じゃないだろっ! っていうか真琴はどこだ!?」
「逃げるのは卑怯だよ、祐一」
「はちみつくまさん」
「あははーっ、舞も許さないそうです」
「祐一さん、ひどいです」
「祐一君、一緒に食い逃げした仲だったのに・・・」
全員じりっと祐一に詰め寄る。
「だ、だからその話は今度別にしような、なっ? というか俺は食い逃げした前科は持ってないぞ!」
「そういう事はすぐにはっきりさせた方がいいんだよ」
笑顔で名雪は祐一にさらに詰め寄る。
「逃げ道はありませんよ、祐一さん」
みんなにっこりと祐一に笑いかける。
「あ、あは、あははは・・・あっ、真琴っ!」
前掛けをした真琴がこちらに向かってくる。天使に見えるよ・・・真琴。
「はい、みんなの分」
と言って真琴はメリケンサックを渡す。というのは目の錯覚で前掛けを渡す。
「真琴でも前掛けするとちゃんとした保母さんって感じだよな、さしずめ馬子にも衣装か?」
「それって真琴をけなしてるでしょ!」
ぽかっ。
「真琴のへなちょこパンチなぞ効かんわ〜」
「ムッ、真琴を怒らせたわねーっ」
ぽこぽこぽこぽこぽこ!
「おいこらっ、やめろ!」
「あーっ、まことおねーちゃんがだれかいじめてるー」
突然背後から子供の声がした。
「まことおねえちゃんいじめちゃだめだっていつも言ってるのに〜」
「だれだれ、このおとこのひと?」
あれよあれよという間に子供が集まってくる。
「え、えっとぉ・・・祐一はいじめても大丈夫なのよ!」
「なにっ、コラ! 変なことを子供に吹き込むんじゃないっ!」
「さあみんな! 祐一お兄ちゃんをやっちゃうのよ!」
「わーい♪」
足元に大量の子供が寄ってくる。
大抵はただまとわりつくだけだが、一人ぐらい思いっきり蹴ってくる憎たらしいガキがいる。
「だ、だれか助けろっ!」
しかしすでに周りには子供しかいない。
各自他の子供と遊んでいる。
「うぎゃあー真琴ぉ〜覚えてろぉぉ! いってぇぇ誰だぁぁぁ!」
きゃーきゃーぎゃーぎゃー言って子供が一斉に駆け出した。
「まあぁぁぁてえぇぇぇぇ!」
ひと時の間、俺は童心に帰るのだった。
「さて、他のやつらはどうかな?」
子供と遊ぶのに疲れると、俺は他の者の姿を探した。
と、さっそく舞&佐祐理さんはっけ〜ん。
二人は近い場所にいるけど別々に子供の相手をしている。
「あらあら、だめですよ汚れた手で顔を触っちゃ〜」
「おねえちゃんもいっしょににあそぼう」
「え・・・う〜ん、じゃあおねえちゃんも入れてもらおうかな? でもいいの?」
「うんっ」
「いっしょにおやまつくろー」
「うん、お姉ちゃんもおやま作り手伝うね」
佐祐理さんが砂場にいる子供たちの輪に入る。
「あっ、おねえちゃんじぶんでいったのに、おててでおかおさわってるよ〜」
「あ、ごめんね・・・だめだよね、目にバイキン入っちゃうもんね」
佐祐理さん・・・泣いてる?
そっか。弟のことを思い出したんだな。
でも、佐祐理さん笑ってる。
俺は舞の方を向いた。
舞は子供たちと話し合っているようだ。
「・・・いぬさん」
「まいおねえちゃん『ん』ってまたいった〜」
「・・・いぬ」
「ん〜とぬいぐるみ」
どうやらしりとりしてるみたいだ。
「み、み、みか・・・じゃなくてみそ!」
「そ・・・そ・・・そうめん?」
「『ん』がついた〜」
「あっ・・・う、うっうっ、うわ〜ん!」
「またゆうくんがないた〜」
あ〜あ、子供が泣いてるよ。
「・・・泣かないの」
「うぐっ、うっ、うっ、うっ・・・」
「泣かないの」
「ううっ、うん・・・」
「もう1回、ほら、『そ』」
「・・・そ、そ、そうじき・・・」
「きりんさん」
「またいった〜」
「・・・きりん」
「だめだよ〜『ん』だよ〜」
「私の負け・・・もう1回」
泣いていた子供がくすくすっと笑顔にもどる。
さて、他の奴は、と。
お、あゆだ。
「うぐぅ、いくよ〜」
「きゃーっ」
さすがはあゆ、違和感なく溶け込んで追いかけっこをしている。
名雪も母性をくすぐられるようで、楽しそうに子供の相手をしていた。
おっと、そういや栞はどこだ?
あ、いたいた。なにやってんだろ?
「王子様は言いました。『おれは、これまでもこれからも、後悔なんかずっとしない』」
紙芝居か・・・なんていうか、栞らしいな。
それにしてもどっかで聞いた事があるようなセリフ・・・?
とにかくみんな楽しそうだな。
そうそう、真琴はどこだ? 真琴の仕事を見るんだった。
すぐに何人もの子供に引っ張られている真琴の姿が目に入った。
本人も楽しそうにしながら、でも転んだ子供や泣いている子供にすぐ飛んでいく。
なんだ、意外としっかりしてるんだな。
そう思った時、誰かが俺の服の裾を引っ張る。
「ん?」
「お兄ちゃんもあそぼ」
「いいぞ、なにをするんだ?」
子供たちの親が現れ、一人、また一人と数が少なくなってゆく。
「おねえちゃんたちバイバイ」
「うん、バイバイ」
みんなが帰っていく子供に手を振る。
「これで、最後かな?」
「あれ、でも真琴ちゃんは?」
名雪がそう言って辺りを見回した時、真琴がこちらに向かって大急ぎで走ってきた。
「大変っ! 子供が、一人・・・」
「どうしたんだ真琴? 息を落ち着けてから言え」
「子供の親が来てるんだけど、いないの」
俺たちは顔を見合わせた。
「じゃあみんなで手分けして探そう」
「わかった」
四方に散らばる。
俺は建物の裏側を探した。
植え込み、物置・・・やっぱいないか・・・。
真琴がいた。
「真琴、そっちは?」
真琴は力なく首を横に振った。
「こっちもだ・・・他の場所を当たろう」
その時、かさかさっと草木が擦れる音がした。
「?」
真琴が走り出した。そして立ち止まる。
「見つかったか?」
俺が近づくと、植え込みと雑草が混ざり合ったところに園児の着る緑の服が見えた。
「シンちゃん、なにしてるの?」
真琴が優しく声をかける。
「ひとりかくれんぼ」
「じゃあ、見つけた。帰ろ、お母さんがきてるよ」
「うんっ」
子供が出てきた。
さっさっと簡単に子供についた汚れを払う。
「さっ、いこうね」
真琴が手を繋ぐ。
親は最悪だった。
「もうっ、一体何考えてやってるのここは!? 子供の面倒を見るのが仕事じゃないの!?」
延々に罵詈雑言を吐いてくる。
「すみません」
「お金払って預けてるのよ! なのになに!? この体たらくは!?」
「すみません」
「あなたちはそれしか言えないの! 子供になにかあったらただじゃすまさないわよ!」
「くっ・・・この・・・」
「祐一」
そっと真琴の手が背中に当たった。
「すいません、今度からしっかりやります」
真琴は深々と頭を下げた。
「最初からしっかりしてちょうだい! まったく! 帰るわよ、シンゴ」
母親がくるりと背を向ける。
母親に手を繋がれた子供が振り向いた。
「まことおねえちゃん、あしたもあそぼうねーっ」
そう言って手を振る。
「うん、しんちゃん・・・」
真琴は小さく答え、手を振り返した。
なんか、大人だな、真琴・・・。
「今日はありがとうございました。少ないけど、どうぞ」
そう言って、保育園の人がみんなに封筒を渡す。
「沢渡さんもいつもありがとうね、最初はちょっと心配だったけど例えば・・・」
「そ、それは言わないでっ、ください・・・」
「あっ、ごめんなさいね、とにかく皆さん今日は本当にお疲れ様でした、おかげで助かりました」
「うぐぅ、そんなことないよ〜」
「楽しかったよね」
「佐祐理はとってもいい経験できましたから」
「私も・・・よかった」
「そうですよ、また機会があったら呼んでください」
「ありがとうございます。沢渡さんはこんないいお友達がいていいですね」
「え、あ、はい・・・」
「それじゃあこの辺で・・・」
「はい、今日はどうもありがとうございました」
そして、みんな帰ってゆく。
「祐一、わたしたちも帰ろう」
「ん、いや、俺は真琴を待つよ。名雪は先に帰っててくれ」
「それじゃあ夕飯の支度の手伝いして待ってるね」
「ああ、とびきり美味いやつを頼むぞ、腹減ってるから大量にな」
「わかったよ〜」
名雪は去っていった。
建物の方を見ると、真琴が教室を掃除している姿が見え隠れした。
日が落ちて辺りが暗くなったところでようやく真琴が歩いて来る。
「遅いぞ」
「えっ!? 祐一なんでいるの!?」
「お前の帰りを待ってたんだよ」
「祐一がなにか企んでる・・・」
「お前じゃあるまいしそんなことするかっ」
「あうーっ、じゃあなによぅ・・・」
「ただ一緒に帰ろうとしてるだけだろ」
「ふーん、じゃ帰ろうか祐一」
「なんだ、やけに素直だな」
「真琴はいつだって素直よっ」
「そうかぁ?」
「あ、ちょっと待って」
「あっ、おい、どこに行くんだ!?」
静止の声も聞かず真琴は走り出した。
「一体どうしたんだ・・・?」
しばらくすると真琴が肉まんの入った紙袋を持ってやってきた。
「ほらっ、祐一」
紙袋を渡される。
「ってこれ肉まんじゃないか」
「見てわからないの・・・だいじょぶ?」
「そうじゃなくて、これ・・・」
「祐一にあげる」
「えっ、ほんとに?」
「ま、祐一のおかげで人が集まったんだし・・・」
「そうか、ありがたくいただくとするよ」
「そうよ、ちゃんとありがたくしなさいよ」
「・・・お前は? 肉まん食べないの?」
「こ、今月はちょっとお小遣いが・・・もう」
なんだ、つまり真琴は最後のお金を使って・・・。
「・・・ちょっとこれ持って待ってろ、食うんじゃないぞ」
俺は肉まんを真琴に預けた。
「ちょっと、どこ行くの!?」
「いいから待ってろ」
俺はおそらくさっき真琴が入ったコンビニに向かった。
そして、肉まんを買う。
温かい紙袋を真琴に押し付ける。
「まぁなんだ、真琴頑張ってたからな」
そう言葉を付け加えて。
「・・・ありがと・・・」
真琴は少し恥ずかしそうに袋を開けた。
肉まんを食べながら並んで歩く。
「あっつい・・・」
「買ったばっかだからな」
「でも、おいしい・・・」
「そうだな」
はぐはぐ・・・。
「ってああっ、名雪に夕飯大量に作っておくよう言ったんだった!」
「そうなの?」
肉まんをおいしそうにぱくついてた真琴が顔を上げる。
「・・・ま、いっか。いつものことだしな」
それに、こいつと一緒に食べる肉まんは、秋子さんの料理と同じくらいおいしいし、あったかいからな・・・。
というわけであとがき
やけに長かったですね〜、今回は。
このお話は家庭科の授業中、保育園と幼稚園の分類みたいな勉強していた時に思いつきました。
by N
HP http://page.freett.com/nt6453/index.htm
というわけで感想(笑)
最初に初投稿有難う御座います。
「まったく自分が考えもなしにお金を使うからダメなんだ」 by祐一
それを言われると何も言い返せないところが悔しい・・・
それはさて置き、
ストーリーの構成が上手です。
さり気なく佐祐理さんのシナリオを複線に入れている所や、
わざとしりとりに負けてあげる(ように感じた)舞の優しさなど、一人一人キャラの性格が立っていると思います。
相手の気持ちなどがしっかりと読み取れる所が、私とえらい違いのように感じます。
2001年11月4日
by Lathi=AM-LARM