れぎおんさんとの出会い、思い出
〜めいどはんまー寄せ書き〜
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序文 投稿者:沖田さん

人は、こころの内なる『愛』をどこまで高めることができるのだろうか。
そしてまた、それぞれの『生』に、どこまで真摯になれるのだろうか。
人には、さまざまな生き方があり、そこには少なくとも明日への夢と希望が息づいているはずである。
れぎおん氏がこのような気持ちを抱きながら『めいどはんまー』を夢想してから、はやいものでもう5年の歳月が過ぎている。
幼い頃からもちつづけてきた彼なりの夢と希望をこめて、果敢に戦いつつ創ったこの『めいどはんまー』は、一言でいい切れば、人間の無限の可能性と、それを信じてあらゆるものに挑戦していく精神への賛歌である。
ところで近頃、私が残念に思うことは、『萌え消費世代』といわれる若者が現れ、萌えですべてがわかってしまったような気になって、可能性を信じて挑戦していくという生き方に、冷ややかな眼をむけていることである。
これではもはや若者ではなく、老人ではないか。
私自身、今日にいたるまで、このような考え方を一度もしたことがなく、例えどんな仕事でも、いかなる局面に直面しても、私は自分の可能性を信じて真剣に生きてきたつもりである。
最初から自分をあきらめ、世の中が悪いという前に、何事にも精いっぱい自分をぶつけていくこと。
私はそこにこそ若さを確認し、また若者のロマンのありかたを認めたいと思う。
そうした意味では『めいどはんまー』は無限の可能性を問い続けるれぎおん氏の生き方そのものであるといえよう。
私がこのゲームに出会い、最もうれしかったことは「めいどはんまー」への参加というかたちで、多くの若者、本当の意味での若者たちがまだまだ日本に大勢いるのだということを思い知ったことであった。
私が心から熱愛してやまない若き人々よ!
願わくば「めいどはんまー」を君たちひとりひとりの青春のモニュメントとして、長くプレイされんことを。
そして、二度と戻らぬすばらしい青春を悔いのないものにされんことを。



何時の事だか 思い出してご〜らん〜♪ 投稿者:「雲」さん

おいらのれぎおんさんとの出会いは、4年ほど前の10月、武蔵小杉で行われたイベント、『まこけっと』であります。
 当時おいらは、真っ当なPCも無く、ネットとは無縁の存在でした。ドールを創っても、仲間内に流すか「某」に展示するかしか、発表の場が有りませんでした。
 その日もいつも通り、その知人のサークルに合流し、ドール(この時は『川澄 舞』)を展開した後、徘徊を始めました。まだドールがマイナーな時期、サークルさんの大半は同人誌だった頃です。
 そんな中、1/6メイド服を売っているサークルさんを発見し、興味本位で近づいたおいらに手渡された1枚のチラシには、『めいどはんまー』の文字が。
 おいらもサークルの場所を明かし、「ドール、やっています。」という話しから始まり、行き来しているうちに、1/6用の「肉まん」までおまけとして頂いてしまいました。

後日、チラシに明記された日時に、前日の夜まで掛かって仕立てたメイド服を着させた「ウデスパー」&「サデスパー」を連れて中野の会場に入ったおいらは、チラシを頂いたその人こそ、我等が主催者、れぎおんさんだと知ったのでした。

デビュー:11月開催、めいどはんまー3



昔、昔の事じゃった・・・かと言うとそうでもないけど/(^^) 投稿者:eagle404さん

れぎおんさんとの出会いは忘れもしない・・・

・・・え〜と、何時だっけ?(ヲイ!)・・・(※参加レポート参照中)ああそうそう、
2000年10月21日、中野区上高田地域センターで行われた、『めいどはんまーVer.2』の事でした。
初参戦の時が初めての出会いなんで間違いありません、多分(いい加減だなぁ・・・/(´o`;))

当時、自分が会場で見知っていた人物は睦月さんのみだったのですが、皆さん結構フレンドリーな方達で助かりました。
そんな中、風ちゃんを操る一際アツい人物が自分の脳内に記憶されるのにそう時間は掛かりませんでした。
そう、彼こそ主催者の一人であり、ジャッジを担当していたれぎおん氏だったのデス!(死)

お互いに巨乳スキーでもあり、懐かし系の特撮関連のお話も通じるれぎおんさんとは、
はんま〜後の食事の席でも「ゴレンジャー」のギャグ怪人にまつわる話に始まり、
「アオレンジャーとキレンジャーって意外と仲良しだよね」等と言う濃い目の特撮話を経て、
ZOIDの成人女性は巨乳揃いだとか言うバカ話で盛り上がったりして直ぐに意気投合し、
後のはんま〜で自分が『ZOIDOLL』を製作したのをきっかけにれぎおん氏も風ちゃんをZOID化したり、
はたまたウチのサークルで衣装を製作販売している事を知ると「これはいけますよ!」と教えて頂いたのが
現在でも当サークル(あとりえうさぎ)の主力商品でもあるCure Maid服だったり、と、
お互いイイ影響を与え合い今日までやって来ました。

今回、東京圏から地元へ帰られるそうですが、元々地方に住んでいて中々ご本人と会う機会の無い自分にとってはそう辛い事では有りません。

関東圏の皆さんは残念でしょうけど、まあ永久にお別れでもないし、多分イベント毎に顔を会わせるでしょうしね(^^)

今後は是非、地元の人形モノにはんま〜の愉しさを洗脳伝授してあげて下さいね。

P.S.
忘れないよ・・・あの日の夜のコトは・・・しくしく(爆)



おもいで 投稿者:花園健太@福岡さん

初めてお会いしたのは初参戦の「めいどはんまー9」だったかと記憶しております。
しかしれぎおんさんとは何故かはんまー会場じゃないとこで何度もエンカウントしておりました。
具体的に挙げるならば、

・秋葉のK−BOOKSで見慣れたバンダナが
・いつぞやの夏コミ東館で設営中の中、見慣れたバンダナが
・こないだの冬コミでサークル入場して東→西移動中に連絡通路で見慣れたバンダナが
・いつぞやのレヴォで(以下略
・いつぞ(以下略

とまあこんな感じです。
あ、わたしは福岡在住ですよ、念のため。
「実は隠れ東京人でしょ?」とか言われますが正真正銘九州人です。

あとれぎおんさんといえば、きゅあめいどかふぇ服のminiサイズを作っていただいたり、
レヴォで買ったあずまんが制服(mini)も、後で気付いてみればれぎおんさんとこだったり、
うちのドール達も大変お世話になっております。

大阪、OK、福岡近いヨー。
なんか大阪のどこぞでもお見かけしそうな予感がいまからしてたりして。
ということでこれからもどうぞよしなに・・・

ところで。
このサイトを通じてれぎおんさんとみなさんとの語らいなどを眺めておりますと、どうやら
東京大阪などといった距離は大して問題じゃないんじゃなかろうかと感じております。
機会は減るかも知れませんが、その分濃厚にねっとりと・・・ね。うふふ。



う〜む....今、ココで語るのも 投稿者:やつだ いずみさん

いやしかし、敢えて語ります;


きっかけは、『ドルパ・7』の会場内。
自作パーツが開始後15分で完売し、てきとーにぶらついている際に1枚のチラシを貰いました。
『めいどはんまー・22』の告知。
即、『ウォーハンマー』のパロディーである事を察知しました。
しかもユニットはメイドさんDoll!
かな〜り惹かれました。「....いつか参加する!」と思いつつ、ビッグサイトを後にしました。
初参戦は、1年後の『はんまー・34』第3戦。
そう、"はんまー"史上初の「フラッグの所有権を巡る同士討ち」が展開されたきっつい回でした(笑)。
他の参加Dollさん達と違ったものにしたかったので、惜しげもなく1/6・FN-MAGにビームサーベルを装着。
「ビーム銃剣持ちの爆乳メイドさん」が登場した記念すべき(?)日でもあります。
そしてその場で、"めいどはんまー"についていろいろ語って下さった「大阪出身な、頭にバンダナを巻いてた方。」が
主催者である"れぎおん氏"だったのを知ったのは、2日後の"ドルパ・9"の会場内だったりして(←失礼);

いやその....当時は睦月さんや宗田さん達のインパクトが強かったもので、今にして思えば『車田正美氏の漫画の主人公』的な存在感だったのかも
....などとめっちゃ不謹慎な考えが....。
「ホントはめちゃめちゃ強い筈なのに、脇を固めるキャラに"おいしいトコロ"をもってかれるヒト。」って意味で m(_ _)m

尤も....『"れ"のヒト』Dollの出現にて、形勢が逆転しちゃった感があるのですが(核爆)♪ てゆーか、"いぢられ役"度・up!?
「キシリア様に、あのキャラを!
 あのキャラは...."いいモノ"だぁっっっ(爆死)!」
....ってコトで(笑);
『はまな・2』でのアレに加担させていただいた件に関しては、「恐悦至極!」だったりして(爆)♪

ソレは兎も角。
やつだにホームページを作らせるきっかけとなった『めいどはんまー』。
そして、首謀....もとい主催者のれぎおん氏にはホント感謝しております m(_ _)m
勿論....帰阪後は、微力ながらお手伝いさせていただきます〜 m(_ _)m

PS: すみません。 俺....『巨乳スキー』やのうて『爆乳スキー』
なんです(←何を今更....);



めぐりあい宇宙 投稿者:まりもさん

れぎおんさんとの出会いっすか?。オレの場合はこんなだった。

遙か昔…スーパーコミックシティー歴史系ブースで同人誌売っている時の事だった。
隣のサークルが、突然お人形を沢山並べ始め、小銃を持たせ始めた。
それは何かと訪ねたら、彼はこう言った…
「第一次世界大戦の娘さん達です!これは立派な歴史です!」
でも一緒に並んでいる本は中世ヨーロッパの戦記本だった。
不思議に思っていると、彼は我がサークルを飛び越えて別の机にもお人形を並び始めた。
「ここ、準備会用スペースですよね。勿体ないから使いましょう!」
かくして、私のブースの両サイドに銃を持ったお人形が沢山並ぶのだった。
「でも、よく見るとこういうのも良いかなぁ」
オレがれぎおんさんと知り合ったと同時にドールの世界へ堕ちた瞬間だった。



それは、夏の嵐が過ぎ去った夕暮れ刻…… 投稿者:報道天使ララ(忍)さん

ではなかったな。2001年5月のドルパ……だよね。
当時、私は某誌でドールのコーナーなぞを担当していて、取材でいろいろブースを回っているうち、いかにも写真的にgoodなネタを展開している卓を発見。
取材うんぬんを説明し、写真を撮らせていただいた私に、とどめにチラシを渡したメガネの人物こそは、私のゲーム人生に3度目のインパクトを与えることになる人物でした。
ドルパ記事の後、今度は「めいどはんまー」だけで記事を作ろうと思い、チラシを頼りに連絡を取り、キュアメイドで記事用の打ち合わせをしたことを憶えています。
当時の私はドールのコーナーをやっていながらもドール者ではなく、有していたドールもたまたま買ったララ1体のみ。
メイド属性も持っていない。
そんな状態で「めいどはんまー」に興味を持ったのは、私の中のイロモノゲーマーの血が騒いだに他なりません。
その時は写真も睦月さんからいただいたものを使い、記事もここのレポートを参考に書いたのですが、もう一度、今度は自分で参戦して記事を書こうと思い、「従軍カメラマン」というキャラクターで初参加したのが
「めいどはんまー12 おやじはんまー」。いきなり最強のイロモノの回にぶつかるあたりがなんともはや。
その後、新参者のくせにルールには口出すわ、挙げ句ルールを乗っ取るわ、そんな私に常にとても広い心で接してくださったことには、大変感謝しております。
昨年はコミック化というネタにも巻き込み、主役キャラとして虐め抜いた他、アシスタント代わりに呼びつけては
徹夜の作業を強いるなど、筆舌に尽くし難い酷いことばかりをしている私に、常に笑顔で接してくださるあなた。
この感謝の気持ちを表すには、どれだけ酷い仕打ちをすれば伝わるだろうかと、土器土器している毎日です。
特に私にとって2003年という年は、「めいどはんまー」に捧げた1年となりました。
あの日、あなたがあのチラシを渡さなければ、こんな事にはならなかったのに。
少なくともドールにかけた金の代わりにパソコンは新しくなっていたはず。
ン十万という出費と、それに勝る楽しみを与えてくれるきっかけとなった、あの1枚のチラシ。
我々の出逢いのきっかけとなった、あの1枚のチラシ。
なくしちゃったよウワーン(TT)



私とれぎおんさん 投稿者:寺岡さん

きっかけは、「ノアドローム」で貰ったチラシでした。
当時の私は、シュミレーションゲーム者で、ありまして、ドール者では、ありませんでした。
ともかく、チラシを(地図、すぐ近所だった!)頼りに、会場に出かけていくと、そこで応対して下さったのが、れぎおんさんとの出会いでした。
そのときの印象は、「すはっ甘粕 政彦の再来かっ!」でした。
れぎおんさんは、ジュリちゃんを私のために選んで、くださり、私の手をとって、手取り足取り、御指導くださったのでした。
接していくうち、胸のわだかまりが、解け、私もドールが、欲しいと思うようになりました。
最古参の戦友は、平重森、長女の維盛(これもり)、次女の資盛(すけもり)、馬のヒトの和田義盛、22センチドールの高師直(こうのもろなお)、アイルランド義勇兵、ウィリセ・オブライエン。どれも思い出深い戦友達です。
さて、私が、「めいどはんまー」に求めていたのは、「様式美」でした。よって、初めて見て、びっくり!「これは・・・極彩色の混沌ではないかあっ!」
しかしながら、今となってみると、自分が、それに、染まっていたりします。
れぎおんさん、感謝いたします。
私は実家が神戸なので、また、お会いしましよう。本当に本当にありがとうございました。
ついでながら、「神戸はんまー」も企画してくださいませ。
では、お体を大事ににてください。

2004年1月吉日 れぎおん様  寺岡 久隆拝



れぎおんさんとの出会い 投稿者:練馬さん

それは、2000年の夏コミの事でした。フラフラ会場を回っていたら、ゲームのちらしを渡されました。
そう、そのゲームこそ『千鶴はんまー』!!
いや、本当にそういうちらしが『めいどはんまー』と別にあったんですよ。まだ家の中のどっかにあるはずです。
勿論千鶴さんドールなんて持っていない、というかメイド服も無かったので自作してジュディに着せて参加しました。
第一回からの参加者という素敵な経歴をジュディが手に入れたのも、あのインパクトのあるクッキングパパのちらし(本当です)のお陰です。
れぎおんさんには、感謝しています。



二人の出逢い 投稿者:松戸博士さん

二年位前、現在の民明な人たちと上高田地域センターに逝ったのが始まり。
当時は「戦って、生き残って、勝ちさえすればいい」と思っていたビギナーの頃・・・
三枚目造形の(失礼)背の大きいにこやかな人が其処にいた。
彼がれぎおんさんだと知ったのはそれから二ヶ月くらい後だった・・・と思う。
彼のおかげで「勝てばいい」と思っていたスタイルから「ゲームを愉しむこと」に開眼したのも彼によるものが大きかったですね。
おかげで今日のワタシが成り立っているようなものです。

それから思い出深いのは「浜松町の路上で土○の割礼の話をしてくれたこと」
その内訳は「山手線の車内で土○の(以下略)話をしてくれる友人が居る」ことを話してくれたのですが、話しているうちに本題のほうも熱く語ってくれたというオチ(笑)
都内においでの際は是非お知らせ頂いて、また熱い語りを聞かせてください。





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