鋭い刃先が白い肌に赤い線を刻む。 そこから流れ出した血液がいくつかの筋をつくって
床へ落ちていった。
自分でつけた手首の傷をみて、リナはひそやかなため息をつく。
「なにやってんのかしらね、あたしは……?」
続いて、呪文を唱え始める。 傷自体はごく浅く、放っておいてもすぐに出血は止まるだろうが、
彼女の保護者がみつけたらきっと怒るから。
『治癒』
力ある言葉により、見る間に傷はふさがって、あとにのこるはただ鮮やかな赤だけ。
リナはもう一度、ため息をついた。
自分で傷をつけ、自分で治す。
こんな奇行を始めてから何日たつのだろう。
最初は、ほとんど無意識の行動だった。 何時の間にか手にとった刃物で、自分の手首を
――浅くではあるが――傷つける。そして血がにじみだすのを見ていた。
そのとき感じた……安心感とでもいうのだろうか、心が軽くなるような気分。
何故そんなものを感じたのかはわからないが、それは確かに彼女を楽にしてくれた。
一時的なものではあるが。
自分と、それをとりまく騒ぎの中、命を落としていったものたち。
それは、依頼主であったり、通りすがりであったり――仲間であったり、した。
彼らのことが頭から離れない。 どれほど日常に戻ろうとしても、忘れようとしても、
……ふとした拍子に思い出すのだ。
それが、苦しかった。
だから、気が楽になるこのどこか狂った行為を止められなかった。
自分の腕についている血を、なめてみる。 少し、甘い。
ふと、ある考えが浮かんだ。
(もし――――したらどうなるだろう?)
もし、もう少し深く切ったら? 血がどんどん溢れ出すぐらいにふかく――――
そして、『治癒』を掛けずにいたらどうなるだろう?
出血は止まらず、そして体は次第に冷たくなって――――
そして、あたしはいなくなる。
それは非常に魅力的なことに思えた。
ゆっくりと刃を手首にあてる。 自分の鼓動だけが耳に届く。
さあ、あとは力を込めてナイフを引くだけ。
(……ダメよ)
それだけで、全てを忘れることが出来る。
(……そんなの、なんの解決にもならない)
もう辛いことも、悲しいことも全部なくなる。
誰かを巻き込むことを恐れる必要も、何もかも――――
(……だめ……ダメだって……)
ほんの少し。
力を入れて、さあ。
(やめて……)
――――さあ。
全てを終わりにしよう。
(だめ……誰か……)
(誰か……っ!)
「……ガウリイッ……!」
「リナッ?! どうし――――?!」
あたしの声ですぐ部屋に踏み込んできたガウリイが血相を変える。
「……っ何やってんだお前は?!」
ガウリイの手がナイフを取り上げたときも、リナは呆然とそれをながめていた。
「あ……――――」
身体が震え出す。
「ご、ごめ――あたし、あたし――――」
「みせてみろ! ……傷はないんだな? ……よかった」
あたしの手を調べたガウリイが、大きく息を吐く。
「あたし、は――……」
「……リナ」
(怒られる!!)
びくりと身をすくませるリナを、ガウリイはそっと抱き締めた。
穏やかな声であやすように言う。
「怒らないから。 大丈夫。 な?」
「……」
「だから、怖がらなくていい」
ポンポン、ポンポン。 背中を叩くその調子があたしに落ち着きを取り戻させる。
「……で……どうしたんだ?」
「……わかんなっ……」
口を開いたら涙があふれてきた。 ガウリイのあたしを抱き締める腕が、少しだけ強くなる。
「無理なら言わなくてもいいから」
「……あのね、あたし、辛かっ、たの……」
「何が? ……ルークのことか?」
「それもある、けど、他にも、色んな人を巻き添えにして――」
「リナ――」
「……わかってる。あたしのせいじゃない。でも――でも、あたしさえいなければ、って――
そう思ったら……。
早く平気になろうとしたの。 でも、いつも思い出して苦しくて――
そしたら何時の間にか、手、切ってて……少し楽になったから……」
「……そうか……」
「……っごめんなさい……」
泣きじゃくりながら言うリナの髪をいつもするようになでながら、ガウリイは言う。
「あやまらなくてもいいから……ただ、もう無理はしないでくれ。 辛いときは、辛いって
言ってくれていいんだから。 無理して平気になる必要はないんだ」
「うん……」
「だから……――自分を傷つけるようなことはしないでくれ――……」
「うん……もうしない……」
しばらくすると、リナの泣き声がだんだん小さくなってきた。
「……眠いのか?」
「……うん……久々におお泣きしたから疲れた……」
「そっか。じゃあ、今日はもう寝な」
抱きかかえて、ベッドに寝かせる。 半分目をとじて、リナが言ってきた。
「ん……ガウリイも、部屋に戻っていいよ……」
「……ほんとにいいのか? お前は……もう少し甘えてもいいんだぞ?」
しばしの沈黙ののち。
毛布の下から伸びた細い腕が、ガウリイのシャツを遠慮がちにつかむ。
「……じゃあ、そばにいて……? 今日だけでいいから……」
「……今日だけじゃなくても、リナが望む時にはずっとそばにいるよ」
優しく手を握り返しながら言うと、リナが目を閉じたまま微かに微笑んだ。
「お休みリナ、良い夢を……」
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