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PBM OF A YEAR WAR
「ふっ」
司令室の窓から今まさに出航しようとしている1隻の艦船を見ながらその男は吐き捨
てるように言った。
「何か、気に入らないことでも?」 側に立つ副官らしい男が怪訝な顔で尋ねた。
副官らしい男の制服にある認識証から『中尉』であることが分かる。
「やっと出航にまでこぎ着けたのではありませんか。これで大佐も一息付けるのでは
ないですか?」
大佐と呼ばれた男は、眉間にしわを寄せながら、そしてこの中尉の方を振り向くこと
なく、手にした命令書に目を落とした。
命令書はもう何度も読み返している。必要ならば暗唱したって構わないくらいだ。 中尉はそんな大佐の仕草を眺めながら、さらに怪訝な表情を深めた。 「その命令書が来てからこの2週間、まともに休んだ記憶はないですねぇ。まったく
ジャブローのお偉いさんは現場のことなど分かってないんでしょうか・・・」
腕組みをしながら『うんうん』と頷くように話していたが、突然ハッとなって姿勢を
正す。
「申し訳ありません。一介の士官に過ぎない私が出過ぎたことを申しました」 「ふうっ」 今度はため息のようだった。 「まさにお前の言うとおりだな」 大佐は小さくなっていく艦船の姿を見送りながら呟き、手にした命令書を握りつぶし
た。
「カジマ中尉。ジャブローに無事出航したとの報告を」 「はっ」 カジマ中尉は、敬礼をすると足早に司令室を出て行った。 「確かに、無事だな・・・出航は」 誰もいなくなった司令室で独り言を言う自分に気づいたのか大佐は失笑していた。
司令席に身を預けると、コンソールに足を投げだしパネルを操作した。正面のメイン
スクリーンには何やら報告書らしきものが映し出される。
胸元から数枚の紙を取り出すと、なにげに目を走らす。これもまた何かの報告書のコ
ピーらしいが紙面の随所には『SECRET』の文字が見て取れる。
大佐はメインスクリーンの画面と紙面を照らし合わせるかのように眺めた後、一時考
え込んでいた。
「何を考えているのだ、一体」 今度もまた、独り言なのだがその語気には嫌悪が混じっていた。 画面には戦闘記録が映し出されており、そこには一隻の戦艦が沈められた事実が報告
されていた。
『レーザー通信網が完備されている世の中で、2日遅れのリアルタイムな報告を受け
るとは思っても見なかったな』
メインスクリーンの報告書も紙面の報告書も部下には見せていない。いや見せるわけ
にはいかなかった。
『2日遅れだという時点でおかしいと思うだろう、普通は。そしてこの報告書か・・
・運良く手に入ったからいいような・・・』
大佐は薄ら笑いの表情を浮かべた。
『知らない方が良かったのかもな』
MSの開発でジオンに圧倒的な遅れをとった連邦軍は、自軍のMS開発に躍起になっ
ていた。そしてついに新型MSと新型戦艦の実践投入までこぎ着けたのだ。
開戦当初のあらゆる場面で大敗し、戦局は日に日に悪くなる一方だったが、ここ数ヶ
月は膠着状態ある。
伸びきった戦線がジオン軍の補給を困難にし、前線を維持することすらできていない
ことはもはや明確だった。
物資に勝る連邦軍にとって戦争が長引けば長引くほど有利になる。だからこそ連邦軍
の高官たちはジオン軍の地球侵攻が落ち着いた後は、特に手を打たなかったのだ。
そうして着々と反旗のための手段を講じていた。このやり方が良かったのかどうかは
論議する余地はあるものの、大佐自身もやむを得ないと納得はしていた。だからこそ
部下共々ほとんど不眠不休で、先ほど出航した艦船の整備に当たっていたのだから。
『それで、出航を早める命令書が来た訳か』
再び紙面の報告書に目をやる。 『MSの開発コンセプトさえあれば技術力でジオンに劣るとは思えない。ジオンのM
Sのサンプルはあることだし、こちらには博士もいる』
報告書をめくり、最後のページを開く。 『戦闘のたびに学習していく第5世代AIの搭載・・・。確かに我々にはMSの実戦
データがない。当たり前だ! 開発が終わったばかりなのだからな』
報告書を胸に収めると、メインスクリーンを眺めた。 『新型のペガサス級1隻にMSが3機・・・実戦データが欲しいとは言え開発と実戦
投入にどれほど時間を費やしたと思っているんだ!!』
大佐は叩くようにコンソールパネルを操作し、メインスクリーンを消した。そして、
データ自体も抹消した。
「いやMSなどはどうでもいい、補充すれば済むことだからな。だが人の命は・・・
・・」
目頭を押さえながら呟いた。
ここ2週間ばかりの激務はさすがに身体に応えたようだ。
そのとき司令席用コンソールのパネルがコールサインを放つ。 「ワッケイン大佐、ジャブローから通信が入っています。そちらに回線をお回ししま
しょうか?」
「いや、そちらに行く。すまんがコーヒーを入れておいてくれ」 第1司令室のオペレーターにそう返事をすると、ワッケイン大佐は席を立った。 『囮・・・違うな。これではまるで狼の群に投げ込まれた兎だな』 制帽を深くかぶり直して、ワッケイン大佐はただ無限に広がる宇宙しか見えない『ル
ナU』の窓の外を再び見つめていた。
「せっかくここまで来たんだ。生き延びてくれよ、お姫さま!!」
そう言い放つと、大きく背伸びをしながらワッケイン大佐は歩き出した。
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