「何だ、今の夢……」
枕元では目覚ましのデジタル時計が癇に障る電子音を響かせている。普段なら寝ぼけた目を擦りながらだらっと起きるわけなんだが、今日は完全に覚醒している。理由は簡単で、見てた夢の所為だ。
「何か漫画とか読んだっけか……?」
記憶にはない。というか昨日は何だか知らないが疲れてて飯喰ったら速攻寝た気がする。まあ、夢なんざ気にしても仕方ない。夢なんだし。折角すぱっと目覚めたんだから、この時間を有意義に使おう。
「今日は久々に飯でも作るかー」
1人暮らしであるところの俺は、いつもならだらだらしてる時間のせいでトーストを焼いて喰うくらいしかしない。だが、時間があるなら簡単なものを作って喰うのもいいだろう。
俺は布団を抜け出して、顔を洗いに洗面所に向かった――
何事もなく放課後になって。俺は久しぶりに街をうろついていた。と言うのも、そろそろ冷蔵庫の中身が無くなってきたからだ。一人暮らしをする以上、しっかりと節制せねば生きてはいけない。それには、外食の回数は減らすのがベストなわけで。作るには材料が必要。とまあ、普通の論理帰結だ。そんなわけで商店街に出てきて、ついでに本屋やら雑貨屋やらを回っているのである。
そろそろ日も暮れてくるような時間だ。特に目的もなく買った雑誌やら食料品が入ったスーパーの袋やらを持っていそいそと家路を歩いていると。
きんっ――
そんな感じの澄んだ音が聞こえた気がした。
「…?」
耳を澄ましてみるが、何も聞こえない。気のせいか? 首を傾げながら歩を進めようと前を見ると――
視界が、紅かった。
一面の紅。まるで赤いペンキをぶちまけたように、何もかもが赤い。
確かに夕陽は出ていたが――コレは、異常、だ。幾ら夕陽だからってここまで鮮やかな紅には染まらない。
道が紅い。壁が紅い。空が紅い月が人が影が紅い紅い紅い紅い紅い紅い紅いあかいあかいあかいあかいあかいあかいあかイアカイアカイアカイアカイアカイアカイアカイ――
その/クルったように/アカイ/セカイ/で/ミタことも/ない/バケモノ/が。
ヒトを/
ヒトが/
アカイ液体を/
アカイ地面に/
ぶちまけて/
コエが/リカイ
デキない
オレはどこかで/
マチガえたのだろうか
ここは/
オレがシッテイルショ/
ウテンガイじゃない
ヒ/
きカエして。ひきかえさないと。おれはいちゃいけない。ここはいちゃいけないセカイだ。
――何で逃げるよ?
頭の中で聲がする。何で? 何でと訊くのか俺よ。逃げるだろう。あんな、バケモノが、いたら。
――雑魚じゃん?
雑魚? 違う、違うものだアレは。ヒトの領域にいちゃいけないモノだ。だから逃げる。俺の命と精神(こころ)を護るにはそれしかない。
でも――分かってはいた。逃げられないっことは。ヒトである以上。アレから逃げるのは不可能。だからって立ち向かうなんてのはもっと無理だ。だから、可能性がある以上、俺は逃げなければならない。けど、見逃して貰えるわけもなく。
珍妙なコエを上げて、バケモノが襲いかかってくる。コレは、死んだ。異論を挟む余地もない。
思わず目を瞑った。全身が緊張する。だが、数秒経っても痛みは襲ってこない。
「……?」
疑問を持ちながら目を開けると――バケモノは――俺の近くにイタ――女生徒に――
カチリ、と。
アタマのナカでオトがする。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
マッシロになったアタマには。恐怖もナニもなかった。ただ、腹が立った。ヒトの領域に入り込んできた”外のもの”に対して。だから。
ぐにゃりとした、手応え。
突然俺が殴りかかった事に驚いたのか、化物は意外なほどあっさりと吹っ飛んだ。だが、ただの高校生である俺の一撃などダメージはないのだろう。あっさりと着地し、こっちに向き直る。
逆に、それで腹が据わった。
犬にも似た姿のソレは、前動作も何もなく飛びかかってきた。だけど。
遅い――な。
その動きは粘性の液体の中でのもののようにゆっくりで。俺の動きはいつもと同じ速さで。だから。
もう一度、殴り飛ばすのに苦労はしない。