「なあ……エクセレン」
北米、ラングレー基地で、キョウスケ=ナンブ中尉――L5戦役の功績で昇進したのである――はエクセレン=ブロウニング少尉に向かって切り出した。
「ん? 何、キョウスケ?」
エクセレンはきょとんとした顔で聞き返した。キョウスケの表情が緊張に強ばっていたからである。
「あー……何だ、その……今日は……だな……」
何やら口の中でもごもごと言っているキョウスケを見て、エクセレンはピーンときた。今日の日付は三月十四日。となれば用件は一つであろう。
「あら、お返しでもくれるのかしら?」
「ああ……そうだ。そうなんだが……」
「……?」
いまいちはっきりしないキョウスケを訝しげに見る。去年まではもっと気楽に――とは言わないが、ここまでの緊張はなかった。一体どうしたというのか。
キョウスケは深呼吸すると両手で顔を張った。決意をした顔で気を入れ直して言ってくる。
「とにかく、こっちに来てくれ」
キョウスケったら照れ屋さんなんだから……
そんな事を思って、くすくすと笑いながら彼女はついていった。
所変わってキョウスケの個室。
「こんな所でお返し? あ、分かった。お返しはキョウスケね!?」
「……お前じゃあるまいし……そんなことをするか……」
ごく質素な部屋で手をぱん、と合わせながら言うエクセレンに辟易したように天を仰ぎながらキョウスケは突っ込んだ。ちなみに、そのネタはバレンタインの時にエクセレン自身がやっている。丁重に断られたが。
「これを……」
彼がベッドの上に置かれていた箱を渡してくる。菓子の箱としては随分大きい。
私を太らせる積もりかしら……? キョウスケってそういう趣味だっけ……
それを受け取りながら、エクセレンはそんな事を考えた。当然キョウスケには特殊な性癖はない。
「開けてみてくれんか?」
「ええ……あら、これは……」
箱の中身は彼女が予想したような菓子類は入っていなかった。代わりに入っていたのは――豪奢なワインレッドのドレス。とはいえ、それほど派手なものでもなく、贈り主の性格を表すように比較的飾り気が少ない。だが、使われている生地、随所に施されている刺繍などはかなり良い物だ。ブランドも――なかなかの有名どころ。結構値の張る一品だろう。
「これは……」
いまいち状況が飲み込めず同じ言葉を繰り返すエクセレンにキョウスケは事も無げ――というほど緊張が解けてはいないが――に言ってくる。
「今年のプレゼントだ。貰ってくれないか?」
「いいの……?」
いまいち気が利くとは言い難いキョウスケにしては洒落たプレゼントである。大変に嬉しい。が、いまいちこんなものを着る機会というのも思いつかないエクセレンはどういう言葉で感謝を表そうかと思案した。
「珍しいわね……」
結局出たのはそんな言葉だった。無理もないが。去年までのプレゼントと言えば何処にでもあるような菓子折だったのだ。いきなりこんな物を貰ったら面食らってしまう。
キョウスケは彼女のそんな表情を見て、愉しげに唇を歪めた。顔つきからは先程迄の緊張は影をひそめ――代わりに覗かせていたのは彼のギャンブラーとしての顔。勝負に勝った賭博師の表情そのものである。
「手札はまだ、ある」
「え……?」
キョウスケは腕時計を見、未だ状況を飲み込みきれないエクセレンの手を取った。
「着替えてくれ」
唐突である。何を考えているのか分からない、と言った顔でこちらを見やるエクセレンを部屋外へと押しやりながら彼は続けた。
「待ち合わせは基地の前だ」
それだけ言って彼はドアを閉める。廊下に出たエクセレンは、しばし呆けた後に自分の部屋へと歩いていった。
そして、30分後。キョウスケは自分の指定した場所である基地の門の前で待っていた。タキシードなどを着ている。あまり着慣れた様子はない。
「お待たせ」
背後からかけられた声に振り向くと、そこにはドレスを着たエクセレンが立っていた。
「よし、サイズは間違ってなかったな」
そのドレスはまるであつらえた様に――いや、実際あつらえたのだが――彼女にぴったりだった。
「似合ってる?」
無垢な子供のような挙動で訊いてくるエクセレンに彼は軽く頷いてやった。
「ああ。似合っている」
普段は無愛想な彼の、素直な誉め言葉にエクセレンは破顔し、その腕を取る。降ろした髪が、キョウスケの首筋をくすぐった。
「ねぇ、何処行くの?」
楽しそうな声音で訊ねてくる彼女に、キョウスケは歩き出しながら言った。
「レストランの予約を取ってある。折角贈ったんだ、一度くらいは着る機会が要るだろう」
「一回しか着させてくれないんだ?」
「……まあ、機会があればまた……な」
悪戯っぽい顔で言うエクセレンに、キョウスケは照れたように返した。
「それにしても……今年は随分気の利いたプレゼントね……どういう心境の変化?」
「たまには……な。こうして奇策を上がって見せるというのは有効な戦術だ。驚いただろう?」
不思議そうに聞いてきた彼女への答えはいかにもギャンブラー然としたものだった。こういう物言いしか出来ない自分に、たまに歯がゆくなるが。まあいいだろう。彼女ならば、真意をくみ取ってくれるはずだ。
「そうね……よーっし。今日は飲むわよぉ」
「……宿酔になるような飲み方をするなよ……」
元気良く宣言したエクセレンに呆れた様に言って、キョウスケは微笑んだ。
そして――北米は夜になっていった。
Ende.