Fate/stay night二次創作「あるいは存在した結末」
気が付くと、俺は布団で寝ていた。
「……なんでさ」
もう全く分からない。いや別に布団で寝るのがおかしいわけじゃないというか俺の部屋は和室だから寝るのはいつも布団なんだがそうじゃなくて。
OK、クールに行こう。自分に言い聞かせてみる。ついでに深呼吸。すーはーすーはー。よし落ち着いた。落ち着いたよな? 落ち着いたはずだ。
では、状況を整理する。俺は確か、聖杯を破壊して桜を助けるためにライダー、遠坂と一緒に柳洞寺の地下に行ったんだ。そこでセイバーと戦って――殺した。
ずきん、と胸が痛む。無視した。
その後は確か、死にかけてる遠坂と桜が大聖杯とかいう物のたもとに居て、遠坂の所為で地下の空洞は壊れそうな様子で、まあそれはどうでもいいが。桜に投影した『破戒すべき全ての符』を刺して聖杯との繋がりを断った。あれ? よく考えたらライダーとのパスも切っちゃったんじゃないか? まあ、どちらにせよ聖杯戦争が終わったらサーヴァントはまた英霊の座に還らなきゃいけないんだからいいか。
それで、後は大聖杯テンノサカズキ
何か妙な格好をしたイリヤに会ったような気もする。第三法がどうとか言われたような……まあ、取り敢えず起きよう。聖杯戦争は終わったはずなんだ。あの遠坂が死ぬわけないし、桜も元気だろう。いや、慎二が死んだんだから桜は元気じゃないのか? 例えあいつが腐っていても、桜が自分で手にかけたとしても、気に病むよなあ。下手に内罰的だからタチが悪い。その辺のフォローも含めて話を聞くか。
気合いを入れて身体を起こ――アレ?
ナンダコレ。
身体が動かない。そうか。そういえば聖骸布を解いたんだ。アーチャーの記憶や経験、魔術回路なんかが俺の身体を侵蝕したんだから、動けるわけがない。むしろ今俺が正気でいられるというだけで奇跡のはずなんだ。
さっきは思わず独り言が口を突いた。ということは顔は動かせるのか? ふむ。猛烈に疲れるが辛うじて首は動く。眼球も運動出来る。喋れるのは実験済みだ。
俺がここに寝てるってことは誰かが俺を運んで来たんだし、それならば事情を知ってる人のはずだ。なら、しばらく待てば様子を見にでも来るだろう。来なかったら泣こう。力の限り。その時俺の部屋は凄まじい臭気が汚染してるだろうから。
「シロウ。調子はどうですか?」
ああ、やっぱりまだ完調じゃないらしい。懐かしい――というほどでもないけど、知っている声で幻聴が聞こえる。彼女ならばこんな風に優しい声で心配してくれるはずだ。
す、っと音を立てて襖が開いた。ああ、幻聴だけじゃなくて幻覚まで。何ともないようで意外と侵蝕の影響が激しいのか。あの野郎のやりそうなことだ。
「シロウ? まだ寝ているのですか?」
寝てる、そうかもしれない。何せセイバーが枕元に座り込んでこちらの顔色を窺っているんだから。これは実にリアルな夢なのかも。そうか、実は俺は今も柳洞寺の地下に居て末期の夢を見ているのか。それなら納得だ。誰だか知らないが最期に粋な計らいをしてくれる。どうせなら身体が動く程度には融通を利かせてくれてもいいんじゃないかとは思うけど。
「セイバー」
穏やかに声をかける。目は開いていたんだから俺が起きてる事には気付いていただろう。セイバーはほっとした顔で返事をした。
「何ですか、シロウ?」
「ごめんな」
あ、面食らってる。突然謝罪の言葉だけを投げかけられれば驚くか。補完しておこう。思い残しはしたくないし。
「お前を殺しちゃって……ごめん」
「何を言っているんですか、貴方は!」
途端にセイバーが沸騰した。騎士王ともあろう御方が、沸点低いぞー。
「シロウに罪はない! ああなってしまったのは私のミスだ! 何故貴方が謝るのですか!」
「それでもだ。そもそもマスターである俺が安易に動いた所為で……」
「そういう問題ではありません! それに、あの時私を殺さなかったら、凛も貴方も死んでいた! 貴方の選択は正しい。正しいのです、シロウ!」
「ちょっと二人とも……朝っぱらから大声出さないでよ……」
責任の所在で揉めていると、不機嫌そうな顔の遠坂が現れた。相変わらず朝に弱いな、こいつ。
「セイバーも、士郎はまだ気付いたばっかだろうから。そういう話は後にしなさい」
「……申し訳ない。シロウが突然妙なことを言った所為で取り乱しました」
「士郎はもう少し休んで。まだ身体が動かないでしょ?」
「ああ、そうだな。そうさせて貰うよ」
夢でも幻でも、セイバーが俺を恨んでないと思っただけで救われた気になる。つくづく単純な人間だ。でも……これで……安らかに……
俺は意識を失った。
再び目覚めるとやっぱり布団の中だった。
「……なんでさ」
何となく既視感
鉛より重い身体を引きずって、居間に行く。普段なら数分もかからないような事なのに、今の俺にはフルマラソンを全力疾走するかの様な重労働だ。いや、可能なんだから全力疾走ほどじゃないか。
「おはよう……」
ずるずると襖を開けて中に入る。中にいるのは……セイバー、遠坂、桜と……誰だ、あの眼鏡ッ娘は。ん? いやよく見れば分かる。ライダーだ。あの瞳孔の形は間違いない。
「シロウ! 気が付いたのですね!」
全員がポカン、とした顔でこっちを眺めている中、いち早く我に返ったのはセイバーだった。
セイバーに身体を支えて貰って、どうにかこうにか座る。そのままテーブルに突っ伏したい気もするが、流石に格好悪いから止めた。気合いと根性で耐えるのは得意なのだ。
「士郎、無理するわね、貴方」
「そうですよ、先輩。もう少しすれば様子を見に行ったのに…」
「サクラはいつも士郎の枕元にいましたからね」
ライダーに言われて、桜の顔が真っ赤になる。ああ、そうだな。桜ならやりそうだ――だが。
「悪い。状況が全く分からないんだ」
「それは当然です、シロウ」
座っても身体を支え続けているセイバー。嬉しいんだが、桜の視線が怖い。視線というより死線だぞ、あれ。
それは辛うじて無視することに成功する。桜へは後でお詫びするとして、何よりまず情報だ。
「変なことを訊くようだけど…これは夢じゃないのか?」
言って二秒で後悔した。夢の中で訊いてどうする。
だが、気持ちは分かったらしい。遠坂がさもありなん、といった風情で言ってくる。
「まあ、疑うのは当然よね。セイバーがいるんだし」
そしてそのまま、俺はあの後の状況を教えて貰った。
まず、イリヤだが。やっぱりあの場にいたらしい。アインツベルン家に伝わる何とか言う服を着て、役目を放棄した――させられた桜の代わりに聖杯になったんだそうだ。それは避けたい事態だったのだが、今更言ってもどうしようもない。それで、大聖杯を用いた第三魔法、魂の固体化を行って俺を助けようとしたらしいんだが。俺が、こう言ったらしい。
「セイバーを助けてくれ」
――と。
我ながらあそこまで死にかけていたというのに、よく他人を気遣ってられたものだ。自分でも感心する。そう言ったら桜が泣きそうになった。他の連中は呆れてた。
本来ならば大聖杯に取り込まれた魂を取り戻す事など出来るはずがない。聖杯の降霊に必要な魂の数は実に六つ。ライダーが残っていたのだから他の英霊は全て聖杯のために使われていたはずだが――理由は分からないが英霊の魂は七つ分聖杯にくべられていたのだそうだ。
そこまで聞いたとき、俺の脳裡に知らないはずの黄金の鎧を纏った英雄の姿が浮かんできたが、俺は何も言わなかった。恐らくは左手のあいつが持っていた情報なんだろう。
ともあれ、開いた向こう側への孔を利用して、セイバーを再招喚、及び魂の固体化を行ったんだそうだ。不完全な第三法とはいえ、セイバーは元々英霊。固体化せずとも魔力さえあれば現界しているのは不可能ではない。まして、セイバーの場合はその属性故に存在し、呼吸するだけでも魔力を生み出すのだから。
そしてセイバーとライダーは死にそうになっていた俺を慌てて運んできて、布団に寝かせた。俺の肉体自体は家に着いた時には殆ど治っていたらしい。むしろ遠坂の方が重傷だったそうだ。相変わらず出鱈目な身体をしてる。
尚、『破戒すべき全ての符』で断ち切られたライダーと桜の間のパスは、再契約で事なきを得たそうだ。ついでに今の桜はセイバーとも契約している。大聖杯と繋がっていた所為で、今の桜は膨大な魔力値があるらしく、サーヴァント二人くらいに魔力を流さないとむしろ大変らしい。
ちなみに情報のソースはライダーだった。まあ、遠坂は死にそうだったし桜は遠坂を家に運んでたんだから当たり前だけど。
「それで、だ」
話が終わって、そう切り出すとみんなが何事かとこちらを注視する。
「何で俺は何ともないんだ?」
結局分からなかった。聖骸布を剥いだというのに、今の俺は何ともない。至って普通だ。まあ、身体は死ぬほど重いし、たまに知らないはずの記憶が甦ってきたりはするけど。
「知らないわよ、そんなの」
遠坂の答えは身も蓋もない。
「先輩が慣れたんじゃないんですか?」
「サクラ、それは少々難しいかと」
取りなす様に言った桜に、眼鏡ッ娘ライダーが冷静にツッコミを入れる。まあ、ライダーが正しいだろう。あれは慣れるとかそういうレベルでどうにかなるものじゃなかった。
って、あれ。慣れる――
「いや、そうなのかも」
何となく呟いてみると全員が驚いた。って、おい。桜まで驚くなよ。冗談だったのか、今のは。
俺の考えとしてはこうだ。聖骸布を剥いだ事によってアーチャーの各種情報が俺を侵蝕する。で、まあ侵蝕するって事は俺の元々持っていた情報をあいつの情報が部分的に上書きしていくということで。その上書きされた情報を、本来ならば俺の肉体の残った部分が元に戻そうとする。PCで言うならばバックアップデータで元の情報を復元するわけだ。だが、復元するより先に俺の全身にその侵蝕が行き渡ってしまえば――バックアップデータ自体が上書きされてしまえば――それ以上は情報を上書きする必要はない。当然だが、そうなれば侵蝕される事はなくなる。それが俺の言う慣れる、って事だ。
本来なら俺自身の情報復元で抵抗するんだろう、それが人間が持つ恒常性維持機能ってものだ。だが、あいつは英霊、俺は人間。勝とうと思って勝てる相手じゃない。かくして、聖骸布という障害が取り払われたアーチャーの情報は俺を塗り替えましたとさ。めでたしめでたし。
「めでたくないですっ!」
「どこがめでたいのよっ!?」
「めでたいとは思えませんが……」
そこまで語ったら、セイバーを除く三人が喚いた。いやライダーのは少し違うが。
「シロウが正気を保てたというのはめでたい事だと思いますが」
セイバーは冷静だ。まあ、こいつは俺が侵蝕されてる時の苦しみっぷりを知らないからな。その分客観的に見られるんだろう。
ともあれ、一応納得はして貰えたらしい。俺の精神に影響が出てないというのはいまいち原因不明だが、あいつの腕が何事もなく俺に繋がってるというのも原因不明っちゃ原因不明だし、いいだろう。
――たわけ。思考停止するとは何事だ――
そんな皮肉な声が聞こえた気もするが、無視した。
「まあ、それなら確かに納得も出来るわ」
遠坂が冷静になった。だが、その視線が向いているのは――俺の髪?
「ん? 何で俺の髪の毛なんか見ながら言うんだ?」
「鏡見てみなさい」
いや、あの。遠坂さん。俺、動くのが辛いんですけど……なんて思ってたら桜がコンパクトを貸してくれた。顔と髪が映るように覗いてみると――
「何だと……」
俺の髪の、左側頭部の辺りの髪が白い。そりゃあもう真っ白だ。ついでにつんつんと自己主張している。ああ、そうか。
「あいつの髪……か」
「そういうことね。あんたの身体の情報が、一部あいつのものになってるんでしょ」
何か変な感じだ。まるで間違えたお洒落みたいになってる。後で染めないとだめか……
そんなことを思いながら桜にコンパクトを返す。と、桜は受け取ってそのまま俺の脇に腰を下ろした。ついでに寄りかかるように身体をくっつけてくる。
「……? 桜……?」
「セイバーさんばっかりずるいです」
「モテモテねぇ、衛宮くん?」
遠坂の笑みが怖い。まるで女の敵を見るような――仕方ないのか? いやでも俺が望んだわけじゃないし俺は悪くないと主張したい。したいが、出来ない。だって怖いんだもん。
だが。ここで問題が発生した。否、発生したんじゃない。発覚した、自覚したのだ。
「……ごめん、桜」
「……せん、ぱい?」
「セイバーも離れてくれないか」
「分かりました」
二人を離す。正直辛いが、男として耐えなきゃならない。そういう場面だ。
「桜。気を悪くするとは思うが、聞いてくれ」
桜の目をしっかりと見ながら、言う。息を呑むのが分かる。
「ちょっと、士郎。何だか知らないけど、私たちもいるのよ?」
「ああ、そうだったな。悪い、ちょっと席を外してくれ」
俺が場所を移さないのは単に動くのが辛いからだ。俺の部屋まで保つかどうかすら分からない。
遠坂、ライダー、セイバーがいなくなって、二人だけになった居間で、俺は告げた。
「桜、俺はお前の恋人にはなれそうもない」
「――――!」
目を見開いた。胸が痛む。呼吸をするのも辛い。だが、耐えなきゃいけない。辛いのは俺じゃないんだから。
「やっぱり私みたいなのは……嫌ですか?」
「そうじゃない。そうじゃないんだ……だけど、お前に抱いてた感情が……」
恋人に対する愛情より、家族に対するそれの方が強いんだ――
本当に俺は――正義の味方失格だ――
桜は、泣いた。
Fin.