Fate/stay night二次創作「あるいは存在した結末、その後〜士郎争奪戦〜」

「桜をフッたの?」
 泣いている桜を残し、士郎が居間を出ると凛が居た。
「遠坂……聞いてたのか?」
「あの状況なら誰でも分かるわよ。それより……答えて貰うわ」
 きょとんとしながら訊ねた彼に、双眸に底冷えのする光を宿して告げる。それは――反論を許さない口調。
 だが、もとより凛には話すつもりだったのだ。この、掛け替えのない相棒には知っておいて貰いたいから。
「ああ……取り敢えず俺の部屋でいいか? 悪いが遠坂の部屋までは保ちそうにないんだ」
「支えてあげないからね」
「当たり前だろ。遠坂なんだから」
 微妙に失礼な事を言いながら、壁を伝って歩いていく。それが、彼が選んだ道だ。誰の支えもなく、ただ血を吐いて地を這ってでも進む。それが。
 一度は否定したものの、やはりそれが衛宮士郎の本質なのだから。
 遠坂凛は、言葉の通り支えはしなかったが、しかし士郎の歩く姿を心配そうに、羨ましそうに見ながら後に続いた。

「どうして?」
「……桜をフッたのか……か?」
 士郎の私室。セイバーが驚くほど何もない部屋で、二人は向き合って座った。
「そうよ。だって貴方、黒化した桜だって見捨てなかったじゃない。理想だってそのために棄てたんでしょう?」
「そう……そうだったな」
 今までの理想(せいぎのみかた)なら、桜という一を殺し(きりすて)、その他の人々という九を生かし(すくっ)ただろう。最小の被害で最大の効率、それが正義の味方の役割だ。
 だが、士郎は(さくら)を優先した。それは正義の味方としてあるまじき判断。その瞬間、それまでの衛宮士郎は否定された。

 ――正義の味方は、味方に取っての正義の味方でしかない、と――

 ――赤い騎士の言葉が甦る――

 ならば理想など棄てよう。自分が愛する女性すら救えないのならば、そんな理想は必要ない、と。そう思ったのだ。そう思っていたのに。
「多分――こいつの所為だと思う」
 左手を指し示す。凛が息を飲んだ。
「アーチャーの……?」
「ああ。こいつの記憶や魔術回路に侵蝕された所為で、俺の中であいつと融合した部分があるみたいなんだ。あいつは、桜を愛しい家族として認識してたから」
「……そう」
 凛の顔は納得がいかないと言っていた。恐らく彼女は士郎に、こう言いたいのだろう。

 ――お前の桜への想いはその程度なのか――と。

 しかし、同時に彼女は、アーチャーからの侵蝕がどれだけの苦痛なのかを知っていた。そもそもが人間と英霊、格が違い過ぎる。それが分かっているから何も言わない。言えないのだ。
 でも、と。士郎は続けた。
「俺はあいつを護るよ」
「……それが、誓いだから?」
「違う。あいつが大切だからだ。勿論セイバーもライダーも遠坂も。みんな俺が護る」
 正直身体は辛い。今すぐ転がって眠ってしまいたい。だが、そんな素振りは微塵も表に出さずに、きっぱりと告げた。
「俺は――味方だから」
 正義の、ではない。その理想は既に棄てた。ならば、何の味方なのか。考えるまでもない。間桐桜の、遠坂凛の、アルトリアの、メドゥーサの。
 それぞれの一を護るためなら、九すらも敵に回そう。世界が彼女らを責めるのならば、世界を殺してでも守り抜こう。
 それが、衛宮士郎の決意だった。

 その表情は、毅然としていた。
 まるで、アーチャーみたいだったわね。と考えて凛は苦笑する。そんなことを言ったら二人とも嫌がるだろう、と思ったのだ。
 士郎は既に布団で眠っている。凛は居間に戻る途中だった。と、向こうからセイバーが歩いてくる。
「凛、話は終わりましたか?」
「ええ。終わったわ。相変わらずよ、士郎は」
 苦笑しながら言うと、セイバーも同じ様な表情になった。
「そうですか。アーチャーからの侵蝕の影響はさほどなかったようですね」
「んー……まあ、ね。桜の方は?」
「落ち着いたみたいです。先程まで独りで泣いていましたが」
「そ。なら会うわ。丁度いいから貴女も来なさい。ライダーは?」
「既にサクラのところに」
「OK」
 す、と襖を開く。赤い目をした桜と、それを支えるように側に寄り添うライダーが揃ってこちらを見ていた。
「姉……さん」
「士郎の言い訳は聞いてきたわ」
 ずかずかと歩いていって桜の正面に腰を下ろす。びく、と身体を震わせる彼女に、気のない口調で告げた。
「まあ……振り出しに戻った、って感じね」
「……え?」
「貴女の事は大切に思ってるわよ、あいつ。今更貴女を突き放すような男でもないでしょ」
「でも……」
 まだ不安そうにしている桜。まあ、無理もなかろう。
 面倒な役を押しつけてくれちゃって……
 こめかみに指を当ててぐりぐりする。
「何て言われたかは知らないけど、どうせ恋人って言うより家族、とかでしょ? あいつが言葉を取り繕えるワケないんだから。その通りに受け取っておきなさいよ」
「凛、それはシロウに失礼では」
 困った顔で、セイバーが控えめに抗議する。だが、黙殺した。
「それに……まあ、何て言うか……」
「……どうしたんです、姉さん?」
 突然歯切れが悪くなった凛に桜が不思議そうな表情を見せる。
 意を決して、続けた。
「奥さんだって家族でしょ……なら、妹から昇格すればいいじゃない!」
「…っ!」
 桜はなにやらびっくりしている。凛は、少しだけ嫉妬を籠めて言ってやった。
「貴女とセイバーはあいつの家族なのよ、とっくにね。私やライダーとは違って……だから簡単に諦めたりしないように」
「私も……含まれるのですか?」
 きょとんとしているセイバー。その顔が可愛かったので余計に腹が立った。
「そうなの。そういう人間なのよ、あいつは」
「それなら……」
「ん? 何よライダー」
「いえ、それならリンも含まれると思いますが」
「そうですね。シロウの性格からして既に凛も家族でしょう」
 ライダーとセイバーに、桜も頷く。凛は少し照れた。
 そんな彼女に、桜が挑戦的に微笑む。
「でも……負けませんからね?」
「……何よ、負けないって」
「姉さんだって先輩の事が好きなんでしょう? だから、正々堂々と勝負しましょう。勿論セイバーさんも、ね」
「望むところです。挑まれた勝負から逃げるわけにはいきません」
 何やら、二人はやる気だ。凛はライダーの方に視線を向けたが、彼女は是非もなし、と言った風情で首を振ってきた。
 溜息を吐く。
「はいはい。認めるわよ。これでいいんでしょ?」
「では、私も参戦させて頂きます」
「……え?」
「……は?」
「……今、何と言いましたか、ライダー」
 さり気ない口調のライダーに、三人そろって訊き返す。参戦する……?
「ですから。私も参戦すると言いました」
「何であんたが参加すんのよ」
「士郎の魔力は心地よいので。手に入れなければ吸精の許可は下りないでしょう?」
 すました答え。凛と桜が慌てる。
「そういう理由で士郎が欲しいの、あんたっ!?」
「ライダー……それはちょっと……」
「というか、何故シロウの魔力の味を知っているのですか、貴女」
 すい、と目を細めたセイバーから視線を逸らし、ライダーは少しだけ気まずそうになる。頬を伝う汗が動揺っぷりを語っていた。

 士郎争奪戦の幕は、そうして静かに切って落とされた。

 尚、ライダー&桜はセイバーと凛にこっぴどく叱られた。

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