Fate/stay night二次創作「新たなる魔術師」
夜の街の、更に闇の中で。彼は対峙していた。
ふらり、とバランスの悪い人形のような動きで近寄ってくる人影。辺りに散乱している人だったモノの残骸。立ちこめる血臭。視界は黒一色。恐らく充分な光があれば赤一色だろう。
「はん。死者風情が……」
気配は一つ――否。背後に更に二つ。人目に付きにくい裏路地で、前後を挟まれた形である。
「塵は塵に。灰は灰に――ってなぁ!」
光を伴った破裂音。前に――路地の奥に居た人の頭が吹き飛ぶ。だが、頭を失いながらもその歩みは止まらない。
「ったくよぉ! さっさとくたばれってんだよっ!」
更に破裂音。左手の拳銃の引き金を引きながら、この場の唯一のまともな”人間”である彼は路地の奥に駆け出し、飛び蹴りをかます。
二発目の銃撃を受けたところに蹴りまで入れられ、人影が転倒した。彼は懐から取り出した十字架を模した短剣をその胸に突き刺し、踏みつけながら立ち上がる。
「白木の杭じゃあねぇけど……ま、死ぬだろ?」
まるで劫火に包まれたかのような苦悶を見せる人影はそのままに、路地の入り口に目をやる。
「――なあ?」
右手が一閃。仄かな月明かりに銀光を残して、短剣が”死者”の喉もとに突き立つ。更に左手の拳銃の弾丸が、もう一人の”死者”を打ち据えた。
二人の”死者”がたたらを踏んだ一瞬で、彼は既に間合いを詰めていた。右手が翻り――
数瞬の後には、人の残骸が二人分増えていた。
「終わり、っと。さて……今度はこの街か。確か……」
血溜まりの中で、彼は呟く。その声には感慨も喜びも何もなかった。悲しみさえも。
「冬木市――だっけな」
聖杯戦争が終わり、早数ヶ月。季節は移ろい、既に春。
衛宮士郎、遠坂凛の二人は三年生に、間桐桜は二年生になっていた。
――そして。衛宮士郎はぐったりと疲れていた。
「大丈夫か衛宮? 何やら今年度が始まって以来顔色が悪化の一途を辿っているが」
ある日の昼休み。生徒会室で昼食など摂りつつ、生徒会長であるところの柳洞一成が心配そうに訊ねる。
「ああ……なんか最近疲れてて……」
どことなく憔悴しながら士郎が返した。声にも覇気とかそういったものはない。
理由は至って単純で、最近の士郎には安らぎの場所というものが殆どないのだ。学校では凛と桜が、家ではそれに加えてセイバーとライダーまでが何かと言えば士郎にちょっかいを出してくる。流石に凛の魔術講座、セイバーの剣術指南では大人しいが。土蔵での魔術修練の時まで周囲に気配を感じるのは流石に勘弁して欲しい。
そんなわけで、安らぎ空間はバイト先にしかない。士郎はバイトの予定を限界まで詰め込んでいたりした。疲労が溜まる一方なのは自明の理だ。辛うじてこうして生徒会室に避難している時は、一成が凛を追い払ってくれるのが助かる。
「何なんだよ……一体……」
士郎はがっくりと机に突っ伏した。
「よお、そこのカップル……じゃなくて何だ?」
士郎が凛と桜を伴って――というか士郎が伴われて下校していると、三人の背後から声がかけられた。軽薄そうな口調である。
「ん……? って、何だっ!?」
何の気なしに振り返った士郎は驚き、後の二人は無言の内に身構えている。
声をかけてきたのは、明らかに外人風の男性であった。いや、それだけならば問題ない。声通りの軽薄そうな表情も、意外に整っている顔も問題ではない。少々暑そうなコートもいいだろう。問題なのはただ一点。
男性は――長大な包みを背負っていた。
どこからどうみても不審物だ。というかフィクションで見るような大剣を真紅の布でくるんだような棒状のブツである。怪しい。怪しすぎる。
凛は左手を突き出し、桜はいつでも命令――霊体化しているライダーにだろう――出来るようになっている。かくいう士郎も魔術回路を幻視し、いつでも投影出来るよう呼吸を整えていた。
男性は後頭部を掻きながら気楽そうに口を開く。
「ああ、待った待った。そんなに警戒すんなよ。俺ゃ別に不審人物ってワケじゃねぇんだ」
「不審よ、明らかにね」
「そうみたいだな。やっぱ背負ってるコレの所為か?」
「分かってるんじゃない」
「そりゃ分かるさ。何処行ったって警戒される」
肩を軽く竦めるその仕草は外連味たっぷりだ。信用して貰おうともしていないのではなかろうか。
「それで、一体何の用なんだ?」
「お。兄ちゃん話が分かるねぇ。さっすがいい女を二人も侍らしてるヤツぁ言うことが違う」
「……用がないなら帰るぞ」
「あぁっと。待ってくれや。軽いおちゃっぴぃってヤツじゃねぇか」
「…………早くしてくれ」
妙な方向に日本語堪能な男性に、ぐったりと疲れながら士郎が返した。士郎には分かる。この男性の立ち振る舞いには全く隙がない。気怠そうな動作も、それ自体は隙だらけに見えるが何かあったならすぐ対処出来るだろう。
そして、同時に。彼が敵意を持っていない事にも気付いた。だから、魔術回路の幻視は止めて普通に話す。
「悪いが俺もアルバイトがあるんだ。悠長にしてる時間はないんだぞ」
「そりゃ悪かった。けど、蛇足ついでに忠告してやらぁ。敵意がないからって、臨戦態勢をすぐに解くのは止めな。死ぬぜ?」
いつの間にか――男性の手には――
――拳銃が握られていた――
「っ……
投影
(
トレース
)
――」
「なーんちって」
既に放たれていたガンドをあっさりと躱し、男性は拳銃を仕舞う。
「冗談だよ冗談。まあ、銃はモノホンだけどな」
「……」
「日本にゃあ常在戦場っつー素敵な言葉があんだろ? まあつまりは油断すんなって事よ」
警戒レベルが最大になっているこちらに向かって、相変わらずの態度だ。自信の成せる技か。
「まあ、本題入るわ。この辺に遠坂っつー家があると思うんだが。知らねぇかい?」
「……その家の人間に何の用?」
凛が冷たい声で訊き返す。当事者であるのだから気になるのだろう。士郎も桜も口を挟まない。まあ、二人は何かあったときに声を使うというのも理由だが。
「ちっと用事があってな。管理者に話通さねぇといけねぇんだわ。三人とも魔術師だったからさ。知ってっかと思ったんだが……ドウヨ?」
その顔は相変わらず軽薄そうだが――瞳は。
「遠坂。話を聞こう」
「っ!? 士郎! 何であんたはそうやって――!」
がーっ、とこちらに突っかかってくる凛を軽く無視して、男性に向き直る。
「どうやらマジな話みたいだ。そうだろ?」
「……やるね、兄ちゃん」
にやり、と誉めてから男性は表情をシリアスなものに変えた。
「嬢ちゃんが管理者か。なら話は早ぇ。ちっとばかし深刻な問題だぜ?」
「……何なのよ一体」
「吸血鬼、さ」
その言葉だけで、凛はある程度事情を把握出来たらしい。一行は四人に増えた。
話に聞くような日本家屋。衛宮邸の居間に、全員集合した。
道すがら名前を聞いた衛宮士郎、遠坂凛、間桐桜の他に、明らかに日本国籍ではない美女と美少女が一人ずつ。
「はー。壮観だこりゃ。あるところにゃあるもんだね」
「親父くさ……」
凛が呆れた様に呟く。実際呆れているのだろうが。
「んで、そっちのうつくしーお姉サマとお嬢サマの名前は?」
「ライダーです」
「セイバーと」
「ふぅん……おっけ。取り敢えずそれが呼称名な」
乗り手
(
ライダー
)
に
剣
(
セイバー
)
。そんな名前が本名とはとても思えない。しかもここは冬木の土地であり二人の気配は人間のものではない。故にそれだけ言ってやった。
「そちらの名をお聞きしたい」
「応。俺の名前はレオンハルト=フォン=ベルモンド=エルリックだ。長いんでレオでいい」
「レオだな。分かった」
「ちょ……ちょっと!」
気安げに頷く士郎とは対照的に、凛が慌てた表情になる。レオンハルトは唇を歪めた。士郎や桜はきょとんとしている。
「どしたい、嬢ちゃん」
「遠坂、どうした?」
「ベルモンド家――それもエルリック!? 何でそんな有名どころが……」
「そうなんですか?」
こちらに訊ねてくる桜に、首を軽く振る。
「さあな。異端だとは思ってるが、有名だとは思ってねぇよ。ん? いや、そりゃそうか。正当な魔術師で土地の管理者でもある遠坂の人間なら知っててもおかしくねぇんだな。異端なんだから」
「異端……? 魔術師のか?」
「ベルモンドの人間は魔術師じゃないの。魔術使いよ。それも特殊な、ね」
「どう違うんだ?」
どうも衛宮士郎は知識が少ないらしい。半人前というより――そう、正当な魔術師ではない。
「あれ? 説明してなかったっけ?」
「嬢ちゃんの手落ちか。じゃあおじさんが教えてやろう。魔術使いってのはな、魔術を使う人間のことだ」
「魔術師も使うぞ?」
「……素で返すなよ。切ねぇじゃん」
顔に幾筋も縦線を入れて、しょんぼりしてみる。セイバーなる少女が半眼になった。
「シロウで遊ぶだけなら帰って頂きたいのですが」
「わぁったよ。じゃあちゃんと、かつ簡潔に説明してやろう。魔術師ってのは研究者だ。魔術使いは技術者――つーよりは現場の人間だな。魔術を手段として使う事は共通してるが、目的が違う。魔術師にとって魔術ってのは根源へ至るための手段だ。魔術使いってのはそうじゃなくて……単に便利だから魔術を使う。そうだなあ……手段が目的に直結してるヤツと、本当の意味で手段としてしか使わないヤツ、って言ってもいいや」
「ああ……何となく分かった。魔術使いにとって魔術っていうのは代替可能な手段でしかないんだな?」
「そういうこと。飲み込み早いな。魔術使いは根源なんてどうでもいいから用が足せるなら魔術である必要もない。わざわざ魔術回路形成して火の玉出さなくたって、火薬に火ぃ点けたっていいからな。だから、魔術使いは魔術以外にも習熟してる。例えば――俺みたいに銃使ったり。白兵戦闘技術を習得したりな」
「だから異端なの。魔術師にとって、魔術は根源へと至るためのものだから。それ以外を目的とするなんて何事だ、って」
「逆に魔術使いからすりゃ、魔術師ってのは折角ある技術を一個の目的のためにしか使わない頭の固いヤツら、ってことになる。だから仲悪い事が多いんだが――」
そこで一回言葉を切って、一同を見回してみる。
「ここの連中はそういう偏見はないみたいだな」
「ああ。だって俺も魔術使いだ」
「あ、なるほど」
惚れた男が魔術使いじゃあ、偏見なんて持ってられないか。レオンハルトは納得して、出されたお茶を啜った。渋い。日本茶は舌に馴染まない。どう見ても欧州系のセイバーとライダーは気にせずに飲んでいる。趣味の違いが良く出るようだ。
「それで、どう特殊なんだ?」
「今言ったように、魔術使いは魔術を道具として使うの。戦闘に特化したものを使ったりして傭兵まがいの事もするんだけど……ベルモンドの人間はある特定の敵と戦うために完璧に特化した家系なのよ」
「特定の敵……ですか?」
それまで口を挟まず、お茶を淹れたりしていた桜が聞き返した。流石にこちらの事は知らないらしい。
「そ。ベルモンドは
吸血鬼狩り
(
ヴァンパイアハンター
)
の家系なのよ」
「吸血鬼狩り……」
桜とライダーが緊張する。その様を、レオンハルトは笑った。
「おいおい。それじゃやましいって言ってるようなモンだぜ。安心しろよ、俺の標的はあんたらじゃないから」
第一、ライダーを相手にしたくない。ヒトの身で彼女に勝つのは難しいだろう。手がないわけでもないが。レオンハルトは外套のポケットからメモ用紙を取り出して読み上げた。
「三日前、
冬木市
(
このまち
)
で三体の死者に遭遇した。そいつぁ俺が仕留めたが、勿論親となるヴァンパイアがいるはずだ。で、それの撃滅が俺の仕事ってワケよ」
「三日前……確か、新都の裏路地で殺人事件があったってニュースで言ってたな」
「ああ、それだ。ンで、まあ速攻で教会に行って報告はしたから――そのニュースしか流れてないだろ?」
「って事は……」
ぞっとしたような顔で士郎が呟いた。やはり、彼は飲み込みが早い。
「そうだ。一昨日、昨日と連続して死者に遭遇した。一昨日が四、昨日に至っては八体。全部潰したからそろそろ大人しくなると思うが……」
「それで……吸血種の力量の予測は出来てるの?」
こめかみに指を当てて黙考していた凛が聞いてくる。頷きを返した。
「ああ。二十七レベルにゃ当然及ばない。それどころか、小物だな。とはいえ、なかなかに頭の方はキレるらしい。それはここにいる連中が気付かなかった事からも分かる。正面からぶつかれば簡単に叩けるだろうが……」
「その分、知略を用いて動く、と言う事ですね」
「そうだ。弱いヤツは頭使うからな。中途半端に強い方が楽なんだが……」
ひょい、とメモ帳をゴミ箱に放り込み、次いで脇に置いておいたバッグから書類を取り出す。
「教会の連中には許可を取った。代行者をこっちに送るのに手間がかかるから、この件は俺に一任するそうだ。だから後は――管理者。あんたの許可だけが要る」
テーブルを滑らせて書類を渡す。凛は受け取って、渋面を作った。
「手回しがいいわね。流石ベルモンド……」
さらさらとボールペンを走らせる彼女を見遣って、士郎が再び訊ねてきた。
「ところで、死者って何だ?」
「ん、ああ。そっか。識らねぇか。ヴァンパイアに血を吸われて、そいつの血を受けた人間も吸血鬼になるってのは知ってるだろ?」
「ああ。映画とかでもあるよな」
「そうそれ。ンで、大半は死ぬんだが、生き残ると吸血鬼化が始まって、
屍食鬼
(
グール
)
になる。連中は失われた肉体を取り戻そうとする。次に、肉体が復元し終わると
可動死者
(
リビングデッド
)
になる。屍食鬼には自我がなくて、可動死者には自我はあるんだが知識がない。それを取り戻すと一人前の吸血鬼ってワケよ。まあ、たまに素質があるヤツなんかは最初の段階をすっ飛ばしていきなり吸血鬼になったりもするらしいが……それはある種の天才だけだな。普通はならねぇ。そんで、そういう自律した存在とは別に、ヴァンパイアの使い魔みてーなものとして使役されるのが、死者。ヴァンパイアも親には基本的に逆らえない様になってはいるが、死者にゃ自我もなんもねぇ」
「それとは別に、生まれつきの吸血種っていうのがいるの。それが真祖って呼ばれるモノよ」
サインが終わった凛が説明を補足する。レオンハルトは頷いた。
「真祖は元々吸血鬼、ヒトじゃない独立した”種”だ。だから吸血種、って呼び方をする」
「なるほど……」
「ついでに言うなら、魔術を極めて仮初めの不死を得たり、真祖に血を吸われた、ヴァンパイアの中でも強い力を持つモノを”死徒”って呼ぶの。ヴァンパイアの親は大抵この死徒ね。その中でも特に古くて強い二十七体を指して死徒二十七祖、とも言うわね。大師父なんかもこの二十七祖に入るわ」
大師父――キシュア=ゼルレッチ=シュバインオーグ。”
万華鏡
(
カレイドスコープ
)
”の二つ名を持つ、五人の魔法使いの一人にして、朱い月殺しの魔人。遠坂家の先祖の師匠でもある。変わり者の死徒で――まあ、二十七祖には変わり者は多いが――ヒトと交わる事が比較的多い。魔法使いであるためにその弟子になりたがる者は多いのだが――弟子は大半が廃人にされるというトンデモナイ人物である。遠坂はその弟子となり、廃人にならなかった希有な血筋だったりする。
「ま、講義はこの辺にして、っと。俺はそろそろ動くんで。人間連中は、夜はあんま出歩かないようにな」
書類のサインを確認して鞄に放り込み、よっこらせ、と立ち上がったレオンハルトを士郎が慌てて止めた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。一人でやるつもりなのか?」
「ああ。ベルモンド家は単独行動が得意でね。なぁに、これまで平気だったんだ。多分次も大丈夫さ」
「そんなのはアテにならないだろ。俺も手伝う」
きっぱりと言ってくる。他の面子を見回すと――誰も彼もが納得したような、納得いかないような微妙な表情。それが全員の心象を克明に語っていた。すなわち――「またか」。
「ひょっとしなくても……士郎はこういうキャラ?」
「その通りです……」
「先輩は自分の事は後回しですから……」
「本当に魔術師としてはへっぽこよね……」
「それが魅力らしいです」
口々に言い放つ。士郎は憮然としている。
「だって、俺達の街の問題だぞ? 他人任せに出来る問題じゃない」
確かに、魔術師にはなれねぇわな、こいつは。
何だかよく分からないがよく分かった。英雄の器か、あるいは単なるバカか。紙一重のラインで
死にたがり
(
ファイアボール
)
かもしれない。
「まあ、いいけど。人手があるに超した事はないし、この街なんか広いし」
「ああ。頼りには――ならないかもしれないけど、多少は役に立つぞ」
「待ちなさい士郎。あんた一人で動かすワケにはいかないの」
頭痛をこらえるような動作をしつつ、凛が立ち上がった。
「というわけで、遺憾だけど私たちも手伝うわ。桜もいいわね」
「ええ、構いません」
「ライダーとセイバーも」
「桜が承知したのなら」
「私はシロウの剣ですから」
「そういうことよ。まあ、
吸血鬼の土地
(
このまち
)
で好き勝手やられたら
管理者
(
わたし
)
には多少責任もあるしね」
「ああ、頼んだぜ」
そして、同盟が成立した。
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