意識を取り戻したのは、あれからどれだけ経った頃なのか。アクセルは、ソウルゲインのコクピットでその双眸を開いた。
「……生きて、いるのか」
 流石は普段から圧倒的にサバイバビリティの高いソウルゲインだ。だが、幾らソウルゲインの装甲が厚く、自己修復機能さえ持っているとは言え、資源衛星であるアクシズを破砕するほどの威力がある次元転移装置の爆発に至近距離で巻き込まれて、原形を留めているのは異常だ。奇跡という表現ですら可能性が高すぎる。だが、アクセルはそれについて考えるより先に、半ば無意識の内にソウルゲインの各モニターをチェックしていた。
「酸素残量は……後二十分か。生命維持機能は辛うじて生きているが――それだけだな」
 当たり前だが、機能は必要最低限さえも使用ができない。ここまで壊れてしまっていては、ソウルゲインの自己修復機能も満足には働かないだろう。現状の稼働率から算出するに、治るより先に酸素が尽きて自分が死ぬ。
「さて……俺の命は残り二十分。星空でも眺めて死ぬとしようか」
 あれだけの戦乱を引き起こした主犯の一人にしては、随分贅沢な死に方かもしれない。二十分ではロンド・ベルの人間も自分を発見することはできないだろう。モニターを、メインカメラからコクピット周りのサブカメラに移す。コクピット周りは、パイロットの生命維持に必要なために、最優先で修復するようになっているのだ。そして、ただ一つまともに光を放つモニターに目を遣って、ぼんやりと眺める。
「静かだ……宇宙はこれくらい静かな方がいいのかもしれないな……」
 当たり前だが、宇宙には音がない。そして、全ての外敵も、シャドウミラーも滅んだ宇宙には、爆光も悲鳴の通信もまた、ない。虚空はただ虚空として、本来そうであるように、星の光だけをはらんで彼にその姿を見せていた。
 だが、流れていくその星空に、彼は違和感を覚えた。
「……おかしい。コロニーの数が少なすぎる」
 戦闘宙域から吹き飛ばされたとはいえ、地球はまだ見えている。ならば、サイドの一つも目に入るはずだ。なのに、ゼダンの門もコロニーの一つも、アクシズの破片すら見えない。代わりに、一部が崩壊した純白の球体が目に留まった。直径は四十キロもあるだろうか。明らかに人工物。
「あんなものはこの宇宙にはないはず……まさか!」
 彼の脳裡に閃くものがあった。慌ててソウルゲインのコンソールを叩くが――反応はない。
「くそ! 死んでいるか!」
 役立たずのコンソールに拳を叩き付けて、アクセルは考えた。
「ここは――『どこの次元』だ……?」
 どうやら、次元転移装置の爆発に巻き込まれた際、そのまま次元を超えてしまったようだ。軽く計算しても零が六つかそれ以上並ぶような確率だが、零ではない。彼は額に手をやって嘆いた。
「なんて事だ……ソウルゲインがこちらの誰かに見つかりでもしたら……」
 シャドウミラーが存在すればともかく、そうではない次元だったら、ソウルゲインは相当怪しく見える事だろう。ともすれば、それが原因で戦争が起きるかもしれない。それだけのポテンシャルがある機体なのだ。
 戦乱を捨て、今や穏やかな世界を望む自分が、戦乱の種になりかねない。それは、最悪な想像だった。彼に与えられる罰にしては重すぎる。自分だけではなく、この宇宙の誰かの命を奪うものなのだから。
「くそ……せめて自爆装置でも残っていれば……レモンも余計なことを……!」
 思わず、手に掛けた恋人に八つ当たりさえしてしまう。それからも考え続けたが、そもそも手足を動かす事さえままならない状態では、何も出来ない。ただ、誰にも見つからずにこのまま外宇宙まで流れるように祈るだけだ。
 しかし、そんな彼の祈りは天には通じなかった。
『……この…………不明機……属と…………!』
 激しいノイズが混じった通信が入る。聞く限りは若い女性のものだ。取り敢えず皮肉好きな神に呪いの言葉を吐いて、アクセルは通信を開始した。

「酸素が尽きる前に発見出来て何よりでした」
 外宇宙探査船ヒリュウ改の医務室で手当てを受けた後、艦橋でレフィーナ=エンフィールド中佐はそう言って微笑んだ。
(……皮肉か?)
 無論、そんな事はないだろう。そもそも彼女は彼の境遇を知っているはずがないのだから。アクセルの被害妄想でしかない。
「それで、一体何を? 随分と機体が損傷していたようですが」
 傍らに立つ副長のショーン=ウェブリー少佐が、その細い目を探る様に光らせながら訊ねてくる。艦長よりこちらの方がよほど相手にしにくいタイプだ。何せレフィーナは、まだ二十歳かそこらで、人の良さそうな顔立ちをしている。お飾り、というわけではないだろうが、所属不明者に対しては親子ほども年上であるこの副長の方が向いているだろう。
(さて、この場をどう切り抜けるか……)
 ソウルゲインを調べられるのは構わない。どちらにせよ、機能は殆ど死んでいるし、念のために通信記録や交戦記録など前の宇宙にいたときのログは全て消したおいた。だが、あんな宙域であそこまで損傷していた事実と、ソウルゲインが存在する事実は消しようもない。それに、来て間もない今の状況では、この宇宙の事を何一つ知らない。まあ、さほど遠い平行次元ではないだろうから、基本的なところでは共通しているのだろうが……
(まあ、いいか。繰り返しになるが……)
「あー……実は……なーんも覚えてないんだな、これが」
 意識して、思い出して。かつての言葉の繰り返し。
「何も……?」
「そ、なーんも。俺が誰なのかさえ」
 記憶喪失は一度経験している。本来ならば言語も何もかも忘れるべきなのだろうが、そうもいかないし、そうではなかった。
「ふむ……妙ですな。あの機体――損傷もそうですが半年前に見られたという『マスタッシュマン』のようですし」
 マスタッシュマン――口髭男。確かにソウルゲインには髭がある。だが、正式名称ではないところを見ると、どうやらソウルゲインは存在していないらしい。まあ、ワンオフの機体なのだから特務隊が保有していて隠蔽しているのかもしれないが。
「髭男……確かにアレにゃあ髭があったぁね」
「本当に何も覚えていらっしゃらないのですかな?」
 疑っている。それはそうだろう。どう考えても自分は怪しい。怪しすぎる。自分が彼の立場であっても疑うだろう。だが、自分の出自を明かすわけにもいかないし、何より全て忘れたふりをすれば、何かを知らなくても当然になる。だから、この演技を崩すわけにはいかない。
「すまんね。分からんなあ。まあ、あんだけ壊れてっし。その所為じゃねっかな」
「ふむ……ユン伍長。あの宙域で戦闘の反応は?」
「ありませんでした」
 オペレータの女性――やはり二十歳くらいだ――が生真面目に返事をする。当たり前と言えば当たり前である。転移反応くらいはあったかもしれないが、本来の次元転移装置による空間転移ではなく、半ば事故だったわけだし、それも少々難しいところではある。まあ、とにかく。
「何にせよ、そんなわけで俺としても困ってはいるんだな。あの機体の事も含めて」
「……ふむ。調べさせて頂いても構いませんかな?」
「機体を? それとも俺を? どっちもかな? まあ、構わないどころか、こっちからお願いしたいとこだけども」
「分かりました。では、機体を先に調べさせて頂きます。分かった事があったらお教えしますので、ひとまず休んでください」
 レフィーナ艦長は、人当たりの良い微笑を浮かべてそう締めた。
「あー……どうも」
 『向こう』のロンド・ベルもそうだったが、こういう対応は困る。頬をぽりぽりと掻きながら、それだけ返した。
「では……えーと、何てお呼びすればいいでしょうか……」
「ああ、っと。こりゃ失礼。俺の名前は…………名前……か」
(どうするか。どうやら『こちら側』にも『俺』がいる可能性がある。迂闊に名乗るわけにもいかん……)
 思考を必死に回転させる。結論が出るまでにそう時間はかからなかった。
「……シャット。そう呼んでくれ」
「思い出したのですか?」
「分からんが……そんな名前が浮かんださ、これが」
 シャッテン=シュピーゲルと、アクセルは皮肉を込めて己の名をそう定めた。

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