月の裏側。
 現在は単なる地球の衛星としか認識されていないこの星の、比較的施設などが開発されてない部分。その軌道上にそれはあった。
 350m級戦術宇宙戦艦『ブレイドロック』。
「諸君!」
 百単位の艦載機を搭載し、あるいは戦術兵器を運用するための艦の広大なブリーフィングルーム。指揮官用に一段高くなっている部分で、長身痩躯の男が――和夕が叫んでいた。部屋に立って整列している兵士と思しき者たちが声を上げてソレに応える。彼は良く通る声で演説を始めた。
「我らが想像神は有限にして無限。八百万の神に通ずるところがある!
 我らは諸君らを束縛はしない。全ては自由だ…
 だが! 諸君らの心に宿る魂の咆哮。想いは等しき空間に存在し、等しき方向へと向かっていることを忘れないで欲しい!
 その想念こそがこの時代を変える大いなる力に昇華しうるのであるっ!」
 大歓声が上がる。和夕は一度言葉を切り、眼前の兵士――信者達を見やってしばし待つ。
 歓声が収まるまでたっぷりと時間を置いて、彼は続けた。
「萌えよ!
 古今東西あらゆる美少女、美幼女に!
 諸君らのピュアソウルサンクチュアリに飼い、愛でているその娘こそが 万物の根源たる意思。我らが神なのだ!!
 萌えよ! 喪人よ。饗宴の時は来たれり―――」
 そのブリーフィングルームの隅に、辺りの者たちとは一線を画す雰囲気を纏った男がいた。彼は騒ぎまくってる周囲をよそに、目を閉じ腕を組んで背を壁に預けている。
「ふん…よくもまあ、これだけ熱くなれるもんだな。だが――」
 唇が歪む。
「少しは楽しい事態になりそうだ」

「えっと…そろそろ地球か――」
 ラグエルの表示を見て、虹乃はまたパイロットシートに背を沈める。既に機体は超空間航路を抜け、火星の周回軌道よりも内側に入っている。地球の側まではオートパイロットが働いているから特にすることもない。
「どっかの宇宙基地でドック借りられるかな…」
 いくら超空間航路を使ってショートカットしても、流石にニュー・エルサレムからは標準時間で数日以上かかった。その間、休憩は途中途中の教会に寄ってきたが――流石に仮眠を取る事は出来なかったため、睡眠は全てイスに座った状態だった。いい加減躰を伸ばして眠りたい。幸いにして現在地球は日系の惑星だ。事情を話せば――あるいはそれなりの金を使えば眠る場所くらいは確保できるだろう。などと考えていると――
 突然アラートが鳴る。レーダーに目をやれば10時の方向にいくつかの光点。識別コード――一隻を除いて、不明。
「ったく…人が疲れてるときに…」
 憂鬱に呟いてラグエルを回頭させる。流石に宇宙海賊を見逃すことは出来ない。しかも彼らが仕事中ならば、なおさらだ。襲われてる船を助けるのはやぶさかではないし…なにより他人の物を奪ってのうのうとしている連中が気にくわない。
「まあ、彼らを助ければ地球の人達の心象も良くなるか…主よ、この導きに深く感謝いたします」
 自分に都合のいいように思い直し、軽く聖印を切ってから彼女は自機を加速させた。

「葵 大輔、カオティック・ブルー出る!」
『あんま無茶すんなよ〜』
 起動チェックシークエンスを終了したカオティック・ブルーのコックピットに暁の脳天気な通信が入る。暁は予備――というかこれまで彼が乗っていたデアボリカに搭乗してはいるが、カオティック・ブルーに比べると移動速度がかなり落ちるため今回は出番なしで終わるだろうと、皆予想していた。
「ま、雑魚相手じゃ無茶しようったって出来ねぇよ。お前は後からのこのこ来るんだな?」
 軽口を叩きながら宇宙基地『アースゲイン』を出撃したカオティック・ブルーは一気に加速し、宇宙海賊と思しき反応のあった宙域へ急ぐ。暁のデアボリカもそれを追って出撃、バーニアを吹かそうとしたその時――
『暁、ちょっとレーダーを見てくれないか』
 アースゲインからの通信。それに習って暁がレーダーを確認すると――
「あン? こりゃあ…識別反応〈天使〉シリーズ…ニュー・エルサレム軍の連中か?」
『多分ね。あちらさんの進路も海賊に向いてるから下手すると交戦する羽目になるかも知れない。大輔にはもう通信が届かないから君が注意してくれ』
 この時代の宇宙には色んな要素によって発生した妨害電波が結構あるため、通信可能距離はかなり短めなのである。
「了解…つっても、あいつらがこっちを見逃してくれるとも思えねぇからな…剣、出してくれ。それで一気に追いかけるから」
『ん、了解。進路上に射出するから拾ってくれ。んじゃオーヴァ』
 微妙に適当な通信終了の声を聞き、『剣』の射出される場所を予測してバーニア出力を上げる。丁度予想通りの位置に丁度良いタイミングで射出された『剣』――その外見はHMTサイズの斬馬刀(アウトレイジ)だ――を拾って、機体のシステムに接続。その鍔の部分に作られているブースターを起動させ、一気に加速する。ついでに機体のアフターバーナーも点火。これで通常の倍以上の速度で移動可能になる。カオティック・ブルーの移動速度より多少速いはずだ。アフターバーナーはこの機体だと3回分しか燃料が持たないが…まあ、実際戦闘中にこれを使うことはそうそうない。何とかなるだろう。
「到達予測時間は…大輔と〈天使〉がほぼ同時で…俺はその1分後、か…通信は間に合わないっぽいな…ちと強引だがアレをやるか…」
 備え付けのヘッドセットを引っ張り出して被り、脇のスイッチをいくつかオンに。脳内に結構な圧迫感を感じるが――それは無視して意識をシステムに集中させる。暁が使用しているのは精神感応型の特殊な通信機である。通常通信に使われる電波が届かない距離でも、相手が通信機をオフにしていても光速を超えた速度で届く便利なものだが、使用者の精神――脳に負担をかけるため、普通はこういった機動兵器に乗っていたり戦闘宙域にいたりする場合には使わないのだが。しかもデアボリカは今、高速移動中である。自動車の運転中に携帯電話を使用するより危険だ。だがまあ…近くにスペースデブリが無いことは確認済みである。コースはオートパイロットを起動しているから問題ない。
 精神感応通信機――通称はそのままテレパシーである――で、カオティック・ブルーに簡単なメッセージを送る。
〈近くにニュー・エルサレムっぽいのがいるから気を付けろ〉
 テレパシーで送るメッセージは何故かユーザーの声と同じ声色で聞こえるため、知り合いに送る場合誰からの通信か言わなくて良いから便利である。ちなみに、カオティック・ブルーに搭載されているレーダーはレンジが著しく低い。近接戦闘に特化してある上、長時間戦闘に耐える構造の機体のためシステムメモリを節約しているのだ。代わりに暁のデアボリカは本来搭載されているものよりかなりロングレンジのレーダーを搭載している。それこそアースゲインの様な基地に搭載してある物と同等の。
 コンビの傭兵をやっている彼らの生活の知恵である。本当は暁も近接戦闘が得意なのだが――別に誰も気にしていない。今までそれで困ったことがないからだ。
「さて…〈天使〉相手にどれだけ出来っか…見せて貰うぜ、カオティック・ブルー…」
 ヘッドセットを外し、やるべき事を終わらせた安堵感に軽くドリンクなど飲みながら暁は呟いた。