「あれ…この反応は…参ったなぁ…」
もうすぐで海賊連中と交戦可能距離になると言うところで、虹乃はレーダーに反応を確認した。機体データは未登録、識別信号は三つの軍のどれでもない。恐らくは地球の基地に雇われた傭兵だろう。軍の識別コードは偽装を防ぐために正規軍に所属していないと教えられない。
「やっぱり私にも攻撃してくるよねぇ…」
日系の惑星が非交戦宙域なのは軍属の者たちの不文律だが、傭兵達はそれに縛られていない。ましてやその惑星を護るために雇われているのならばなおさらだ。危険な行動をとりかねないニュー・エルサレム軍の兵器を攻撃するのを躊躇う理由など皆無である。ここは戦闘に巻き込まれない位置へ迂回し、基地に向かうのが正しいか。とはいえ、傭兵と思しき反応は二機のみ。海賊達は中型の戦艦に艦載機がおよそ20。流石に彼らだけでは荷が重いだろう。
「ま、何とかなるかな…」
至って気楽に、彼女は加速を始めた。攻撃可能域まではもう1分もない――
「クリスチャン…ねぇ。どーするよ…」
カオティック・ブルーのコクピットでは大輔が、こちらも困った顔をしていた。こちらのレーダーにもようやく件の機体が捉えられたが、どう見てもその動きは海賊達に向いている。取り敢えずヤツらを潰してからこちらに来るか――あるいは油断を誘うためのフェイクか。何にせよ要注意である。彼らは異教徒に対してかなり容赦しない。
取り敢えず大輔はレーダーに出た反応から機体データを検索する。暁のようにレンジの長いレーダーを使用しているとレーダーに捕捉してから検索可能な距離まで間がある――データ検索可能域はレーダーレンジに関わらないのだ――が、カオティック・ブルーは積んであるレーダーのレンジよりデータ検索可能域の方が長いので即座に検索をかける事が可能なのだ。
結果は――未登録機体。ニュー・エルサレム軍のコードから〈天使〉シリーズなのは間違いないが正確なところが分からない。取り敢えず熱量と質量、形態を探知してみると、大型の戦闘機であることは分かったが――それ以外はデータがない。
「新型か――あるいはエース専用機か。噂の〈熾天使〉か〈大天使〉かもな…」
最終決戦に備えたニュー・エルサレム軍の機体の噂はかなりの信憑性を伴って色々な所で囁かれていた。通常の〈天使〉シリーズなら全てデータベースに入っているのだ。それらの特殊な機体である可能性は高い。
「ま、こんな辺境攻略にそんなモン使うとも思えねぇけど…取り敢えず通信だな」
悩んでいる間に通常通信が可能な相対距離だ。だが、海賊達も既にこちらに気付いているだろう。大輔は特に隠蔽工作も何もしていない。今は動きがないが――時間の問題だ。そんな時だというのに大輔は何も気にせずに〈天使〉に通信を要請する。周波数は――どの軍も使わない様な通常回線。その気にならなくても傍受される可能性のある周波数帯である。
流石に出ねぇかな…?
奴さんもそろそろ交戦可能な相対距離になっているだろう。通信などしている暇はないと感じる可能性はある。その場合はまあ、取り敢えずの敵対意志が無いことを戦闘の様子で伝えるしかあるまい。
などと考えていると、通信回線が開く。多少驚きながら大輔は早口で用件だけを伝える。
「こちら地球衛星軌道基地『アースゲイン』所属の傭兵だ。こちらに貴官との交戦の意志はない。ってか、取り敢えず海賊どもを潰すまではそっちも攻撃しねぇでくれるとありがてぇ」
途中でものすごく口調が変わっているが、大輔は気にしていない。というか面倒くさくなったのだ。だが、気にしないのは相手も同じらしい。普通に応対してくる。
『こちらニュー・エルサレム軍第13部隊所属『ラグエル』。了解しました。私もあなた方と戦うためにここまで来たわけではありませんから。では、オーヴァ』
これで当面の危機は一つ回避である。多少相手の言葉に気になる点もあったが、それは後で考えよう。取り敢えずは海賊を撃滅し、商船を助けることが重要だ。
「んじゃさっさと潰すか…目標タイムは――暁がここに着く前までだっ!」
カオティック・ブルーは一気に加速し、それと同時に頭部にある二門のバルカンを2秒間斉射。牽制くらいにはなるだろう。
商船に群がっていた海賊の艦載機はこちらを迎え撃つように散開する。大体半々に分かれたようだ。
「バーカ…雑魚が戦力分散してんじゃねぇぜっ!」
全身に取り付けられたスラスターが激しく光を放ち、カオティック・ブルーの姿勢をめまぐるしく変えていく。飛来していた銃弾を全て回避。それを行いながら同時に――
「ストライィィィィク・ナッコォォォォォォォォ!」
右手首から先が猛烈な勢いで飛んでいく。ストライク・ナックル、いわゆるロケットパンチである。フィクションではよく見る武器だが、どの軍にも実装されていない。まあ当然だが。そんな冗談としか思えない武器をいきなり放ってくるとは流石に思っていなかったらしく、戦闘機の内の一機がまともに喰らい、爆散する。
カオティック・ブルーは尚も加速しながら放った右手を引き戻す。ワイヤードなのである。ワイヤーの材質は機体表面の装甲と同じ超鋼積層材『ヴェライト』であるためかなり頑丈だ。
「続けて…バリアフィィィィィィルド・パァァァァァンチッッッッッ!」
いちいち叫ぶ大輔。誰にも聞こえていないのだがそんなことはお構いなしだ。装着したばかりの右拳が、今度は青白い光に包まれる。特殊なビームでコーティングしているのである。そのまま突進し――数発バルカンの弾らしきものが被弾したが、ダメージはほぼ0だ――数機の戦闘機の翼を抉り、HMTの一部を持っていく。更に振り返りざま左手の指先から無数の弾丸を吐き出すカオティック・ブルー。もはや海賊達は完全に浮き足立ったらしい。右往左往するだけで攻撃を仕掛けてすら来ない。勝負は完全に決した。
一方、虹乃は地道に一機ずつ潰していた。海賊連中の攻撃など避けることは造作もないし、当てることも簡単だ。だが、流石に側に敵対しかねない者が居る状態で全力戦闘をし、手の内を晒すような愚を犯す気はなかった。だというのに。
「何て…非常識な……」
蒼いHMTは元気良く飛び回り、何というか…「必殺技だ!」と強烈に主張しそうな武器を平気でぶっ放している。こちらの事など全然考えていないような大盤振る舞いっぷりだ。しばし呆然と――回避運動はこなしながらだが――それを見ていた虹乃は、ふと微笑みをこぼす。
「フレブ・ザ・フレブ――ですね。じゃあこちらも少し見せちゃいましょう」
白い繊手がかなりの速度でコンソールパネルの上を流れる。そして――
宇宙に爆炎の花が咲いた。
「うわ…二人とも派手だなおい」
それらの様子は未だ戦場に遠いデアボリカのコクピットからもよく見えた。蒼く細い光はカオティック・ブルーのバリア兵器だろう。白い爆炎は――恐らくはニュー・エルサレムの兵器が使ったものだ。控えめに見てももはや暁に出番は無さそうである。
「けど…ま、戦闘は避けられたみたいだな」
二つの閃光はそれなりに離れた位置で迸っている。どの程度の休戦か――この星系に彼がいる間なのか、それとも海賊を潰したら敵対するのかは分からないが、取り敢えずの交戦はないらしい。
「じゃあ、俺は俺の用事を先に済ませちまいますかね、っと」
残った二回分のアフターバーナーの燃料に同時に点火する。猛烈なGに息が詰まり視界が暗くなるが――辛うじて意識を保ち、暁のデアボリカは圧倒的な速度で一直線に商船に向かっていった。
『あれは――?』
そのとんでもない勢いで突っ込んでいくデアボリカの姿は、大輔からも虹乃からもよく見えた。二人は期せずして同じ言葉を漏らす。そして同時に互いに通信回線を開く。
「あのデアボリカは味方ですか――?」「あのデアボリカは味方だ!」
科白がハモり、二人は一瞬絶句した。