『――ですが、大丈夫なんですか? あの機体…何か背中燃えてますよ?』
「…ああ。たまにやるんだ、あいつ。まあ気にしないでくれ。突然爆散したりはしないから」
多分な、と大輔は呟いたがそれは相手パイロットには聞こえていないだろう。
残った海賊残党を掃討しながら二人は通信している。暢気なモノである。それも天と地ほど戦闘技術に開きがあるからこそだ。未だ散発的な海賊達の攻撃はあるが、かすりもしない。そんな中、ふと気付いたように〈天使〉のパイロットが言ってくる。
『…何かあの人、海賊達の母艦に向かってません…?」
デアボリカを示す光点はひときわ大きい光点――彼女の言うとおり恐らくは海賊達が移動拠点にしているであろう戦艦と、襲われた不幸な商船の方にまっすぐ動いている。
「ああ、そうだろ。まあ、正確にゃ商人連中に用事があるんだろうけど。アレに注文したモンが積まれてるっぽいし」
『…なるほど。でも大丈夫なんですか? データ照合ではアレは通常の〈悪魔〉――デアボリカでしょう?』
「ン…まあ、な。あんまり普通じゃない気もすっけど…一応フレーム周りはそのままだし…」
レーダーなど、変えたパーツもあるのだが、基本的に母体となったデアボリカのままである。軍でもエースパイロット等は部分的にパーツ交換もするし、デアボリカと呼称する分には問題なかろう。相手にするのが戦艦では、デアボリカでは確かに力不足かもしれないが、暁なら問題ない。あの『剣』があるのだから。
「ま、あいつなら大丈夫だ。それよりあんたの方が俺には気になるね」
『…ナンパですか?』
「何でそうなる。あんた…ニュー・エルサレムの人間だろ?
何しに来たんだ?」
にわかに緊迫感を帯びる大輔の言葉に、相手パイロットも多少警戒心が復活したらしい。真面目な声で答えてくる。
『…答える義務はありません』
「ま、そらそーなんだけどよ。こっちも一応連合軍に与する身だし? 気になるワケよ」
敵対する意志があるなら早々に叩いておいてしまいたい。実力的にはやや不利と言ったところだが――不意さえつければ勝機はある。
「ってかな…敵対する可能性があるなら叩かせて貰うぜ? そうじゃないってな事を言ってたけどさ…こっちも世知辛い傭兵稼業が長いんでね…幾ら偽る事なかれな聖職者サマ相手でも――そう簡単に信用は出来ねぇ」
『それは当然の事ですね。しかし言葉がダメなら…どうすれば信用して頂けるんですか?』
「…どーしよ」
間抜けな話である。信用するに値する証を立てさせるのが難しいと言うことに、今気付いた。相手パイロットも呆れたような声になる。
『…ダメじゃないですか』
「あー…ダメだな、こりゃ。取り敢えず――自己紹介か。俺は葵 大輔ってんだ」
『私は――虹乃、と申します。名字(ファミリーネーム)は…ありません』
名字がないというのはおかしな話だが――あるいはあの名前は洗礼名というヤツだろうか。だが、そのワリには日本名に聞こえる。
「名字なし…ねぇ…まあいいや。虹乃さんだな。で、正式な任務のデータとかねぇの?」
『申し訳ありませんけど…実は非公式任務なのでそういった記録は一切残さないようになってるんです』
「…非公式って言って良いのか?」
『まあ、問題ないでしょう』
果てしなく気楽な会話をする二人をよそに、暁のデアボリカが敵艦射程圏内に入る。
「…取り敢えず、あたらねぇようにな」
『…? 何にですか?』
それを見て取った大輔が忠告するが――虹乃には分からないようだ。見たことのない人間なら当然の反応だが、いちいち説明が面倒なので端折る。
「見てりゃ分かる」
カオティック・ブルーのメインモニターは暁のデアボリカを拡大して映し出している。恐らく彼女も同じ様な映像を見ているハズだ。明らかに通常の規格を大きく逸脱したサイズの剣を持った暗青色の機体が、その間合いより遥かに遠くで振りかぶる。
『…あの方は一体何を――』
虹乃の声が途中で途切れる。デアボリカの斬馬刀から異常に長い光の柱が放たれたのだ。否、それは放たれたのではなく、延びきった所で完全に停止し、長大な刃を形成する。
デアボリカはそのまま光の刃を振り下ろし――一撃で戦艦は真っ二つになった。
「分かったろ? あの剣は斬艦刀ってんだ」
『…何て非常識な……』
楽しげに言う大輔に、呆れきった声で返事をする虹乃。戦艦すら一撃で分断する程のビームサーベルとは、確かにロケットパンチどころではない非常識さではあろう。斬艦刀の名はあらゆる意味で相応しく思えるが。
当のデアボリカはその残骸など気にも留めずに商船の方へ流れていく。そこまで確認して、カオティック・ブルーは虹乃のラグエルに向き直る。ちなみに海賊などはとっくに壊滅し、生き残った者も今の光景を見て逃げ出していた。
「さて…と。んで…敵対する意志はあるのかな…?」
『先程も言いましたが、私にはその意志はありません。任務外ですから――出来たら無駄な戦闘はしたくありませんし』
毅然と応える虹乃だが――本音を言えば無駄な戦闘をしたくないというよりこんな非常識な連中を相手取って戦ってなどいられない、といった心情が強い。相手の出方の読みようがないのだ。不必要な損害は避けたい。
「ふむ…信じてやりたいんだが…証拠がないんじゃなあ…」
まだ信じ切れない――まあ、傭兵としては当然の反応だろうが――大輔に、虹乃が提案する。
『なら、こういうのは如何です? 私は今から一度システムを落としますから…私を牽引して基地まで連れて行ってください。万が一私の機体の熱量が高まれば…その時はお好きなようにしていただいて構いません』
「なるほど。五体倒置ってヤツだな。ソレで行こうか」
『はい、では…』
一度スラスターを逆噴射し、ラグエルが宙に静止する。その一角に射出したワイヤーを引っかけて、カオティック・ブルーは移動を開始した。
取り敢えずアースゲインに戻るのだ。全てはそれから――そう、まだ幕は開いたばかりだと彼は予感めいたものを感じていた。