暁がアースゲインに着くと、そこは大わらわの最中だった。
「…何やってんだ、一体?」
慌てて走り回っている基地のスタッフ達にぽつりと呟いて、暁はアズライトの通信を開く。
『や、無事取ってきたみたいだね』
通信用モニターに、緑の髪をした青年が現れる。
「ああ。で――キリスト教徒のおっさんは?」
単刀直入な物言いに青年は苦笑する。
『取り敢えず着替えて、ブリーフィングルームに来てくれるかな。そこで待ってて貰ってるから』
「分かった」
それだけ言って、彼はHMTから降りた。
一方、ブレイドロック――
そのブリーフィングルームでは、和夕が再び声を張り上げていた。
「いよいよ! 我等がその存在を全宇宙にアピールする時が来た! 我等の理念を! 想いを! そして世界の選択を器の小さな偽善者どもに知らしめてやるのだ!」
眼前の信徒達は相も変わらず大騒ぎである。構わず彼は続けた。
「まずは! 我等が母なる地球を護っているとか抜かしているちっぽけな基地を落とし! 我等の偉業の足がかりとしようではないか!」
アースゲインの攻略作戦は単純明快。物量作戦である。いくら連合軍の基地とは言えここは辺境、大した軍備があるとも思えないから妥当な所であろう。
それを信徒達に伝え、準備するように言って彼は副官の朱鷺を伴って自室に戻った。
「ここの防衛は任せる。まあ、出番は来ないと思うがな」
「了解です。して――誰を出す積もりですかな?」
誰を――というのは一般兵の事ではない。彼らの軍のエース級、専用機体を持つ者の内誰を出撃させるのか、という事である。たかが防衛用の基地一つ落とすのに総力を決する必要などないのだから。
「取り敢えずは――つかちーだな。後は、先生に頑張って貰おうじゃないか。折角金を払っているのだからな」
「そうですか。では、晃は防衛と」
「万が一という事がある。一応残して置いた方がいいだろう」
それでもエースの大半を出すという和夕の言葉に、少し神経質なんじゃないかと思った朱鷺だが――了解の返事と敬礼だけを返し、ブリッジへと指示のため戻るのだった。
本来の住人だけが残った部屋で、和夕が呟く。まるで自分に言い聞かせるように。
「そう…万が一だ――そのために有能な人員を割く――」
そして彼は、ワインをあおった。
部屋着に着替えて――でも刀は帯びたまま――ブリーフィングルームに入る。
「や、来たね」
「遅ぇよ」
「無茶言うな。ノーマルスーツ脱ぐのメンドいんだぞ」
入るなり文句を言ってくる大輔に軽口を返し、暁は部屋を見回す。特にこれといって怪しい人影は――いた。確かに修道服を着ているのが一人。だがその人物は女で、その上――
何というか、小さかった。
小柄も小柄、恐らく身長は150cmにさえ満たないのではなかろうか。手足も細く、まるで子供の様だ。だが、雰囲気は――それだけはいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた者特有のもの。とはいえ、それでも暁は取り敢えずこう呟いた。
「子供…」
次の瞬間、彼のいた空間を拳が貫いた。
「初対面の人にそれは失礼ですよ」
踏み込み、右腕を伸ばしたまま虹乃が言う。大輔や、先程通信していた青年は可笑しそうに見ているだけだ。
「取り敢えず感想だ」
飛び退いたままの姿勢で暁が言う。そう、彼は虹乃の拳が飛んでくる前に後ろに飛んで、攻撃を躱していた。それに気付いた虹乃が一瞬驚愕の表情を浮かべる。すぐに平静な顔を装い、元の位置に戻ったが。
「まあ、言うとは思ってたけどな」
「ってことは、お前も言ったな?」
大輔が自分の脇の椅子に座る暁に言い、返された言葉には手をひらひらさせて応える。その掌はまだ多少赤い。同様の攻撃――彼の場合は蹴りだったが――を受け止めた跡だ。彼らは価値観や長期に関する思考は違うのだが、日常会話などに関する短期的な思考が似通っている。そのため会話のネタを先読みしたり、それが被ったりすることが多いのだ。同じリアクションをする事もままある。
そんな遣り取りをする二人に険の混じった視線を送る虹乃。緑髪の青年が場を繕う様に口を開く。
「じゃあ、まずは自己紹介かな。僕はアールグレイだよ」
「――好きな紅茶の銘柄からですか?」
「いや、名前なんだけど。僕の。一応ここの指揮とか任されてるから。よろしくね」
名前に関しては同じ様な経験がよくあるのだろう。苦笑いしながらアールグレイは言い、暁の方に目を遣る。
「俺か。蒼魔 暁だ。ここに雇われてる傭兵でHMT乗り。よろしくなお嬢さん」
引っ張る暁を虹乃は睨み付け、アールグレイはうんざりした視線を向け、大輔は笑っている。
「俺はさっきも名乗ったけど葵 大輔だ。こいつの相棒で同じくHMT乗り。知ってっと思うけど」
暁を指さしながら名乗る大輔に、ええ、と応えて、
「虹乃です。所属はニュー・エルサレム。今回は非公式任務という事でこちらの方まで来ました。よろしくお願いします」
あまり友好的ではない雰囲気で虹乃が名乗る。まあ無理もないが。
「また殴られねぇ内に話進めっけど。何だってこんな辺境まで、それも一人で来たんだ? あんた、エースだろ?」
いつものようにいきなり本題を切り出す暁に虹乃は内心舌打ちする。まさかろくに機体も見られていない暁にすらそれを気取られているとは。彼女のラグエルは傭兵二人の機体とは別の格納庫に置いてあるのだ。だが、出来るという事は協力してもらう場合には心強い。そう思い直して、事情を説明しようとした瞬間。部屋に備え付けの内線がコール音を響かせる。はいはい、と言いながらアールグレイが通信をオンにする。
「何だい?」
『たった今、ブレイドロックとか言う所属不明艦が基地に対して宣戦布告してきました』
切羽詰まったオペレーターの声に、虹乃は頷いて言った。
「彼らを打ち倒すために、来たんです」