『…と、言うわけで! 我々『真・宇宙聖女愛好会』は貴様らに宣戦布告するものである!』
 アースゲインのブリーフィングルームで、アールグレイを始め暁、大輔、虹乃は例の謎の軍隊からの宣戦布告のテープを見ていた。
「…変な名前だな、どーでもいーけど」
「ああ…変だな、力一杯。っつーか愛好会って何だ…」
「東京に隕石とか落としそうだね。何となくだけど」
「…本当に彼らは新興宗教なのでしょうか…?」
 各々の第一印象を口にする。力の限り脱力し、やる気も失せたが――一応彼らはこちらに戦争を仕掛けてきている。このまま無かったことには――出来るならそうしたいのだが――できない。
「さて…で、彼らの機影は確認出来てるのかな?」
 気を取り直したアールグレイの言葉に、オペレーターがまじめくさった口調で答える。
「はい。月付近の宙域に多数のHMTを確認したと、地上の監視基地から連絡がありました。その数は…およそ百五十から二百」
「月…? まだかなり距離があるね…」
 現在、アースゲインは月と地球を挟んで殆ど対面状態である。交戦可能域までの相対距離は広い。
「陽動かね…」
「ま、そんなトコだろうな」
 傭兵二人が気楽に言葉を交わす。それを聞き――まあ、聞かなくても分かってはいるだろうが――アールグレイはオペレーターに再び尋ねる。
「それで…動きと、予測交戦開始時間は?」
「はい…彼らはまっすぐこちらに移動してきています。ですが…戦闘開始は恐らく5時間ほど後になるかと」
「ふむ…何を考えてるんだろうね…」
 移動をHMTで行い、しかも時間をかければ当然燃料を余分に消費し交戦可能時間が短くなる。
「威圧…でしょうか」
 ぽつり、と虹乃が言った。
「この辺りはいわゆる辺境に当たります。それほどの防衛力が配備されているとも思えませんから…」
「圧倒的な戦力を見せてやれば精神的に萎縮し――あるいは降伏させられるかも知れない、と。まあ、そんなところだろうね」
「つまり…舐めてやがんだな、こっちを」
 挑戦的に――嬉しそうに大輔が言う。暁も何やら楽しげだ。
「普通のHMTの百や二百で俺らを斃そうってか、面白ぇじゃねぇか」
 真面目な顔をしていたアールグレイだが、その二人の様子ににや、と唇を歪める。
「じゃあ、迎撃だね?」
「当然」
「他に何すんだ?」
 この人達は…一体…?
 普通に考えればひっくり返せるハズがない。だが、動じるどころかまるで好きなゲームで対戦するかのような二人を見て、流石の虹乃も疑問を禁じ得なかった。
「じゃあ、迎撃は二人と――虹乃さんに任せるよ。いいかな?」
「ああ。多分アレと交戦し始めたらこっちに何機か来るだろうからな」
「私はこのために来ましたから」
 大輔と共に二つ返事を返して――ふと虹乃は新たな疑問を持った。
「こっちに来る…というのはどういうことです?」
 何機か抜けるという意味だろうか。だが、それなら迎撃する数を増やせばいいのだ。暁がそれに答える。
「知ってるだろうが…多分連中は、超空間跳躍(ハイパージャンプ)して直接こっちに来る積もりだと思うぜ。ありゃ陽動の部隊だろう」
「しかし…アレを行うには相応の施設が必要なハズでは…」
 超空間跳躍。超空間航路を通って直接HMTなどを移動させる方法である。長時間の超空間への滞在は通常のMT――機動兵器では不可能だが、短期であれば戦艦などよりも自由が利く。惑星の持つ空間干渉力の影響が小さいからだ。主に奇襲に使われる戦法である。だが、彼女の言うようにそれを行うには小さからぬ規模の施設が必要となる。MT単機では超空間への次元転移(フェイズシフト)は不可能だから。
「あんだけの数のHMTを独自に編成するのに…普通の手段で出来るワケねぇだろ? いくら連合軍の腰が重いからってあんだけ買ったらバレる。そうすりゃ…多少なりともこっちに増援がくるハズだ。多分ありゃ自分たちで作ったんだろうさ。なら…超空間跳躍が可能な施設を保有しててもおかしくねぇ、ってワケよ」
「なるほど…」
 言われてみればその通りである。それならば連合軍がこちらに来ず、ニュー・エルサレムの自分だけが派遣された理由も分かる。自分たちは他の宗教を認めないが、彼らはここを占拠されても大した被害を被らないからだ。戦いに対するスタンスが違うが故の、決断の相違であった。
 暁の説明が終わったのを見て、アールグレイが口を開いた。
「まあ、まだ迎撃には早すぎるし…取り敢えず休憩でもしてて」
 暢気な指揮官である。だからこそ、暁や大輔と付き合っていけるのだろうが。
「んじゃ俺は寝てるわ。1時間くらいの距離に来たら起こしてくれ」
 言うなり大輔は部屋を出ていった。暁も腰を上げ――ふと、虹乃の方を見る。
「あんたも寝てな。顔に疲れが出てっぞ」
「え…?」
 自分のポーカーフェイスには多少の自信がある虹乃だが――あっさりと見破られて間抜けな声を上げてしまった。
「っつってもこの基地…空き部屋ねぇんだよな。俺の部屋でいっか。ほれ」
「貴方は何を…?」
 無造作に放られたカードキーを受け取り、虹乃が問い返す。まさか寝首を欠く積もりか――?
「俺は機体の調整。さっき緊急起動で起こしたからまだ終わってねぇんだよ。大丈夫、変な真似はしねぇから」
 まるで思考を読んだかのような言葉に虹乃は言葉を詰まらせるが…考えてみればそう考えるのが自然で、それを彼も承知しているのだろう。
「部屋番号はそれに書いてあんだろ。散らかってねぇハズだからまあ…寝ててくれ。大輔起こす時ついでに起こしてやる」
 言いたいことだけ言って彼も部屋を出ていく。アールグレイは無言で続く。恐らく彼には仕事が待っているのだろう。取り残された虹乃は、
「この基地…こんなんでいいのかしら…」
 思わず呟かずにはおれなかった。

「ご苦労様ですな」
 宣戦布告の通達を終えた和夕に珈琲の入ったコップを差し出しながら、朱鷺が微笑んだ。
「これで良かったのだろうか…」
「おや、らしくもなく気弱ですね。我等の理念を主張するのでしょう?」
「それはそうだが…だがな、朱鷺。私は…こうしている今でも、自分の行為が正しいのかどうか確証が持てないんだ。まるで何かに導かれているかのような…」
「誰かに踊らされているような…そんな気がするのですね」
「ああ…私たちは…舞台の上で踊る人形に過ぎないのではないか?」
 その想いは、始めからあった。事が上手く行く度に――上手く行き過ぎる度に、何者かの作為が影にあるような奇妙な感覚。それは時が過ぎるにつれて段々と大きくなっていった。
 自分は――タダの人形――
 そんな事を想い、彼は多少鬱に籠もる。
「我々に付いてきてくれる兵士達には申し訳ないとは思うんだが…」
「ならば、最後まで踊り続けなさい。それしか我等に出来る事などないのですから。それとも――」
 朱鷺は悪戯っぽく唇を歪める。
「舞台をひっくり返しますか?」
「それは無理な相談だな。私にそこまでの力はないし、方法も思いつかない」
「なら、演目に従って踊ります?」
「それも気に入らない。だから…私は、プログラムを書き換えようと思う。本来の主役――それが誰かも知らないが――を引きずり降ろし、我等の物語にするのだ。アドリブで――そう、シナリオを作った者の思いもよらないような話に、な」
「そうですか…取り敢えず、この戦闘には勝ちましょう。でなければ何も始まりません」
 こいつには敵わないな――
 旧い友人の言葉に苦笑を浮かべ、和夕はコップを受け取る。
 やや冷めた珈琲は――えらく微妙な味がした。

 部屋番号を確かめて、カードキーを通す。
「これは…」
 開いたドアから中を見て、虹乃は絶句した。
 その部屋は――例えて言うなら、倉庫。あるいは牢屋。
 そういう表現がぴったり来るほど、暁の部屋には何もなかった。
 生活感どころか物がない。あるのは簡素なベッドと、机。その上に乗った旧時代の筆記用具と今時珍しい紙のルーズリーフ。その脇に、砥石があるのが妙にシュールだ。申し訳程度に備え付けてあるクローゼットには、数えるほどに――いや、数える必要すらないほど少ない衣服が吊ってある。
 確かに散らかっていない。というか散らかしようがない。
「こんな部屋で休まるのかしらね…」
 思わず要らぬ心配が口を付いて出るような部屋であった。
 取り敢えず奥にシャワールームがあるらしい。手荷物をベッドの上に置いて、彼女は服を脱ぐ。
 部屋に衣擦れの音が――それすらが響き、ややあってから水音。
 水しか出ないシャワーに、彼女が悲鳴を上げたのは直後の出来事だった。