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―――王はその姿をこの数年間民衆の前に見せておらぬ
その少年の姿を見て、玖瑠亜はああ、と心の何処かで納得した。
(昨日云っていた話は―――どうやら)
□■□
「何だって?」
「このリニア国の統治者である国王、アルイドゥール様は、ここ数年、公の場に姿を現して居らぬと云うたのじゃ」
「…国王なのに?」
その問いに、スタディは軽く眼を伏せて、かぶりを振った。
「厳密に言えば、あのお方は国王ではないからの」
「…どういう意味だよ?」
「うむ。…幾ら阿呆で常識知らずのお主でも、先代の王、アルイドゥール一世がお亡くなりになったときの事は覚えておろう?」
「当たり前だろ」
「ではその息子が後を継いだことは?」
「息子? …居たのか、あの王に?」
「ああ。――唯一人な…」
神妙に語るその声に不思議がりながら、話の続きが語られるのを待つ。
「実の、妹との間に生まれた、異端の子供が一人」
「……は?」
予想だにもしていなかった返答に、素っ頓狂な声が上がった。しかし無理もないと思ったのか何も云わずそのまま続ける。
「名をアリューと云った」
「ちょ、ちょお待て、い。…妹ぉ?」
「ああ」
早い返答に思わず頭を抱える。
「…マジかよ…」
「続けるぞ。…そのアリューには双子の妹が居たというが…こんな所で仕来りを持ち出すのも何かとは思うのじゃが、…生まれてちょうど七日目の満月の夜、城に納められた聖剣・ホワイトセイヴァーで、昇華されたらしい」
「…ショウカ?」
「斬ったのじゃよ。簡単に云えば」
「…き…っ!?」
「双子は王家では不吉なものとされておってな。必ずその一方を殺すことにしてきたらしい。王族に生まれた世継ぎの息子と娘、それは息子を取るに決まっておろう」
「…双子は、不吉……?」
いつもとは少し違う声色で。僅かに沈黙があって、静かに息を飲んだ。
「それだけの、理由で、…娘を殺したのか…?」
「ああ。幼子は命を落とした。名も無いうちにな」
一つ息を吐いて、スタディは近くに置いてあったカップを手に取り、軽く傾けた。カチャンという小さな音と共に再び話は再開される。
「そうして残ったアリュー王子と、王の妹――タッセは、何処までも利己的で、王権を振り翳す王アルイドゥールを、許す訳には行かなくなった」
「何故?」
「先ずは国民が黙っておらん。反乱が起こりかねん状況じゃったのじゃな」
「それを止める為に?」
「ああ。母タッセは、実兄に立ち向かった」
――震える手に、小刀一つ持って。
「…それに…、自分の子供が、実の父親に人間扱いされていなかったのじゃ。…当然じゃな」
――兄さん、貴方の子供なのよ。この子は人間なのよ。如何して解ってくれないの?
「アルイドゥール王は息子を殺そうとしておった。自分の名声を落とす唯のモノとしか見ていなかったのじゃ」
――アリューを殺そうというなら、…私が穢れた貴方を殺す……!
「…結果は?」
「タッセが死んだ。アルイドゥール王に、あっけもなく、殺された」
――アリューだけは…っ…
「 『アリューだけは殺させない』 と云って、…その想いの強さからか否かは知らぬが、彼女はその魂を銃に姿を変え、死んだ」
――この銃を放って、アリュー
「幼子はその手に母を取り」
―― 『 私 で 』 、 殺 し て … !!
「母さんを還せええええええええええ!!」
「父を撃った」
「…何ちゅう…家だよ…」
「ああ、…呪われて居ったとしか云いようがないな、リニア王家は」
そう云って、飲み終えたらしいカップを取って立ち上がる。
「後を継いだのは勿論父をその手で殺した異端児アリューじゃ。今は憎き父の名を継いでアルイドゥール2世と名を改めて居るがな」
「兄妹の間に生まれ、子供の上、人殺しか…」
「殆どの国民がその事実を知らぬ。唯、前王が死に、若き王が即位したとしかな」
「お前は何でこの事を?」
「…或る意味では偶然じゃな。儂がここに所長として勤め始める時、お会いしたのじゃ、現アルイ王に。その時お聞きしてな」
「ソイツに会いに行くのか――」
「うむ」
スタディは静かに眼を閉じ、そして最後にこう云った。
「あの凍る瞳に、見透かされるでないぞ」
□■□
(どうやら――本当だったらしいな)
此方を見据える冷たい瞳は、確かに『凍る瞳』といっても過言でない。
「如何したの。…諦めた?」
動かない玖瑠亜に、冷たい笑みを浮かべたまま、王と名乗った少年は云った。
「別に俺は、盗みに来た訳じゃねえから」
今回は、と心の中で付け足して云って、まだ少し痛む身体を持ち上げた。黒のスーツについた白い土埃を軽く払う。
「じゃあ、何であんな所から来たの?」
「……グウゼン」
棒読みに云った言葉に、少年は顔を歪めた。
「…っくは、ははっ、…偶然だって? 偶然そんなことになるものかな?」
「全てを嘘だと信じ込むクセは改善した方が云いと思うぜ」
「云うじゃないか。…名前は?」
「……玖瑠亜=不由」
ふ、と笑んでそう返すと、予想外の反応を見せた。暫く沈黙し、次第に眼を見開いて、そして。
「……きみが!!」
がばっと、抱きついた。それはさながら、シュリカを思わせるかのような。
「どあぁ!!?」
一人焦る玖瑠亜も、少年には見えていないらしい。
「きみがきみがきみが!! そうだったんだね!! 会えて嬉しいよっ!」
勝手にべらべらと喋りだす。先程とは打って変わった、明るく弾んだ声。最後に云ったのは。
「ストーナーのフューア!!」
少年が知る由もない、自分の―――。
「な…っ」
「王!! アルイ王ーっ!! 何をしていらっしゃるんです、お客人は私めがご案内します故、城内にお戻り下さい!」
しかし、男の声に問い詰めようとした言葉は、掻き消された。玖瑠亜も少年もそちらへ視線を移す。少年は、息を切らせて走り寄る影が誰だか解ったらしく、小さく呟いた。
「あ、カジル」
「早くお戻り下さい! 全く、何をしていらっしゃるんですか」
「…ごめんね」
悲しげに笑む。その様子に、カジルと呼ばれた4、50代の男は苦く笑い、玖瑠亜の方へ向き直った。
「玖瑠亜=不由殿に間違いありませんな?」
「え、あ、…おう」
「シュリカ殿とそのお連れはもうお部屋にご案内しました。貴方もそちらへ」
「あー…でも……」
語尾を濁らせながら、ちらりと壊れた破片の山を見やる。
「…これは?」
「片付けはこちらでやります故。道中事故に遭われるとは、全く大変で御座いましたね。お怪我は?」
「はっ? …ね、ねぇけど…」
「ご無事で何よりです。さ、こちらへ。ご案内します」
そう云って、何も咎める事無く歩いていってしまう。如何やらスタディ達が上手く云い包めたか、向こうが勝手に勘違いしたかのどちらからしい。
「…事故、だったんだ?」
少年がからかっているのか、楽しそうに笑って訊いて来る。
「……俺も良く解んねえ…」
顔を顰めてそう云うと、少年はまた笑った。
「玖瑠亜殿!」
「ああっ、今行くって!!」
呼ばれて仕方なしに走り出す。しかし数歩走ったところで、ふと立ち止まり、振り返った。少年がこちらに笑顔で手を振っている。
「お前、名前は?」
変な問い掛け方だと自分でも思ったが、訂正せずに答えを待つ。
「王様の名前も知らない? アルイドゥールだよ」
「んな長い名前で呼べるか」
「はは、…アルイ、で良いよ、玖瑠亜…くん」
「アルイ、な」
「うん。…じゃあ、また後で」
また軽く手を振った少年―アルイに背を向け、玖瑠亜は再び走り出した。
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