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城の中は大変綺麗である。
綺麗、というよりも、生活感がないほどに磨かれた、或る意味では 『恐ろしさ』 さえも何処となく感じさせる雰囲気である。足元に敷かれた紅い絨毯は染み一つないし、天井から下げられた金装飾のシャンデリアは、まるで昨日今日出来上がったばかりのもののようだ。
はっきり云って、玖瑠亜にとってこのような場所は決して居心地の良い場所ではなかった。というよりも、過去居た場所に似ている 『恐ろしさ』 漂うこの雰囲気が嫌だと云った方が正しい。その場所は、ここのように陽が当たる場所ではなかったし、ぱっと見た瞬間の華やかさはなかった。けれど暗い中に置かれた幾つもの宝石は、この城に置かれた骨董などにも勝るような値打ちのものであった。
(あー…気持ち悪ィ)
その場所と、 『恐ろしさ』 を中心にちょうど対照的ともいえるこの城に、思わずそんな思考が過ぎる。時々すれ違うメイドたちの声が、その思考を一時的に止める、多少の救いだった。
「玖瑠亜殿」
突然、でもなかったのだろうが、玖瑠亜にはそう感じられたカジルの声に、玖瑠亜は間抜けな声を発する。
「ぅえっ? あ、な、何…スか」
「紹介が遅れましたな。私め、この城の大臣兼アルイ王の教育係を勤めているカジルと申します」
教育係、という言葉はさも楽しげに玖瑠亜の耳に響いた。
「アルイの教育係」
何気なく繰り返してみると、カジルは何処か満足そうに深く頷いた。
「左様。アルイ王の事は生まれた時からお世話をさせて頂いております」
「へえ」
「ですから解るのです。…先程、王が銃を向けませんでしたでしょうか」
「…は? 銃?」
アルイから殺気は感じたものの、何かを抜こうとする意識までは感じられなかった。玖瑠亜が訝しげに訊くと、カジルは少し安堵したような顔を見せた。
「そうですか。ご存知ないのですな…それなら良かった…」
「銃って…どういう事だ?」
「深くはお教えできませんが…。アルイ王の携帯している 『タッセ』 という銃のことです」
「 『タッセ』 ? 訊いたことない名前だなァ」
「ええ、それもその筈でしょうな。世界に唯一挺の魔銃なのですから」
「魔銃?」
「魔法や念、魂などを銃弾として扱う特殊な銃です。 『タッセ』 は元々先代の王妃、ティアーシアル姫の護身用に作られたのです」
ティアーシアル姫。昨日スタディの話に出てきた、その身を銃に変えたという、アルイの母親の事だろうか。
(…その身を…銃に?)
魔銃の銃弾には、魔法や念、魂を使うとカジルは云った。…という事は、母親は銃に姿を変えたのではなく、銃弾に姿を変えたのかもしれない。
「それを引き継いでアルイ王が使っていらっしゃるのです。勿論護身用ですから、いつでも携帯しています。ですから、突然落ちてきた玖瑠亜殿に銃口を向けたのではないかと思いましてな―――」
「否…なかったっスよ」
「そうですか…。それなら…、それなら良いのです」
何処か不可思議なカジルの反応に首を傾げつつも、遅れまいと歩みを進める。間もなくカジルが大きな扉の前に立ち止まった。
「こちらです。直ぐに王をこちらにお呼びしますので、こちらで少々お待ち下さい。他の方々にもそのようにお伝え下さると尚嬉しいのですが…」
「オッケー。解った」
「宜しく頼みますぞ」
深く一礼して、カジルはその場に背を向け、廊下の向こう側の曲がり角で、姿を消した。
□■□
玖瑠亜はぼんやりと色々な事を考えつつも、その部屋に入ろうと扉を開けると、直ぐに黒いものに身体が当たった。
ぼすん。
良い音がして玖瑠亜はその黒いものの中に上手く納まった。
「玖瑠」
少し遅れて頭上から声が響いた。
「……ファイ」
扉を押した体勢だった為、身体を少々曲げていた所為だろう。元々少しばかり背の高いファイの背中に追突したようである。
「フューくんっ!」
声を聴きつけたらしく、座っていたシュリカが勢い良く立ち上がってこちらに駆けて来る。
「大丈夫でしたか? 怪我は?」
「ないない」
軽く笑って云うと、ファイも安堵したような表情を見せる。シュリカが満面の笑みを浮かべて数回縦に首を振った。
「うんうん! どうやら上手く誤魔化せたみたいだね! 飛行ボードの件」
「ああ。お前がやってくれたのか?」
「まあちょっとね」
「サンキュ。助かった」
「阿呆か。何が助かったじゃ。借り物を如何してくれる」
誰がどう聞いても不機嫌極まりなく聞こえるような声色で、スタディは怒鳴るにも近いようなイントネーションで云った。
「良いだろ、結果オーライで」
「良くないわ! 恥さらしめが。…自分で弁償するのじゃぞ」
「へいへい」
「それと…先に云って置くが、儂は金は貸さぬからな」
「…げ」
そのやり取りに、ファイが苦笑する。如何したモンかなあ、と玖瑠亜が渋い顔をして頭を掻いた。そしてふと思い出す。
「あ、カジルって大臣サマに 『王を呼んでくるからもう少し待っててくれ』 って伝えるように云われたんだ」
「何、王直々に此方に来られるという事か」
「らしいな」
「へー珍しい」
シュリカが眼を丸くして、しかし声の方は平坦のままそう云った。
「アーくんがここまで出てくるって? 相当…気になるのね。ファイくんと、……フューくんの事」
「玖瑠、の事?」
自分の事はまだしも、とでも云いた気にファイがぽつりと呟くが、シュリカはそれに応じなかった。玖瑠亜の方も何処か納得したような表情のまま、ゆっくりと息を吐いた。そして扉から離れ、幾つも並ぶ椅子の丁度真中あたりに乱暴に座る。それを見送って、シュリカも楽しげに玖瑠亜の後を追って隣の椅子に腰掛ける。
ファイはその様子を静かに見やりながら、もう一度誰にも聴こえないような小さい声で呟いた。
「…玖瑠の、…フューアの……事」
□■□
その後何人かメイドが来て、飲み物や茶菓子、果てには膨大な数の本を部屋の中に積んでいった。スタディが本に手を掛けようとしたところ、物凄い勢いでメイドが怒り、王が来るまでは絶対に触れないようにとスタディにきつく云い付けた。云っていた対象がまさかかの有名な学士だとは思っていなかったらしい。
「ボク! それは大事な本なのよ、アルイ王が見えられるまで絶対に触っちゃダメだからね!!」
その言葉に思わず噴出した玖瑠亜が思い切り巨大辞書で殴られたことは云うまでもない。
□■□
「お待たせいたしました、皆さん。王、どうぞお入り下さい」
カジルがそう云って先刻の少年、アルイを部屋に連れてきたのは、まだメイドが慌しく残りの本を部屋に運んでいる時だった。とはいえメイドの仕事が決して遅いわけではない。何しろ本の数は膨大な量であった。百、否、二百を超えているかも知れない。それに加えて部屋の真中に置かれたテーブルにはこれまた膨大な量の紙。紙の種類や色は様々で、古いものなのか陽に焼けて茶色く変色したものから、先刻最新の印刷機で刷ったばかりのようなものまで一緒くたに積まれている。所々はみ出した付箋が、唯一の共通点であるようだった。
これではメイドが仕事を終えるより先に、この広い城を王を連れて帰ってくる方が早かったというのも頷けるというものだ。
「お待たせしたね、スタディ学士にシュリカ、玖瑠くんに…ファイくん」
王と云われ、そう答えたのが少年だった事に、ファイは大いに驚いている様子だったが、アルイの方は全く気に留める様子もなく続けた。
「ファイ=シータインくん。来てくれて本当に嬉しいよ。…驚くのも無理はない、僕が王だって云って、一体何人の人が信じるだろうね。けれど皮肉にも僕はこの歳で王位に就かなくちゃならなかったんだ」
一息にそう云って、にこりと笑んだ。余りにも無邪気なその姿に、やはり未だファイは戸惑い気味のようだった。
「僕がアルイドゥール2世=リニア本人だよ」
「……今日は、お招き戴き…有難う御座いました」
「いやいや。僕が無理にでも呼んだんだ。こっちが感謝しなきゃいけないよ」
そう云って机の上に詰まれた紙の山を見やる。余りの量に、アルイの口から感嘆の声が上がった。
「うわー…凄いねえ。こんなに沢山良くあの書庫から引っ張ってきたもんだ」
「アルイ王、これは目を通させて頂いて良いものですかな?」
スタディが訊くと、アルイはぱあっと顔を輝かせて云った。
「スタディ学士! 勿論です、どうぞお好きなものを手に取ってご覧下さい!」
では、と云わんばかりにスタディは手近に置かれた本を手に取って、目を通し始める。その様子に、たまたま入ってきた先程のメイドが、いかにも拙いといった表情で足早に退室していった。
□■□
そうしてスタディが静かに読書を始めて僅かに数分。アルイとシュリカは話し込み、ファイは幾つかの紙を手にしたまま動かずに居る。玖瑠亜はといえば大して興味のないことである、すでに半分眠りかけていた。
その状況の中、読書を始めたら決して一時間以上はそこから動かないスタディが、バン、とその本を机に叩き付けた。振動で載せられていた紙が揺れる。数枚の紙がひらひらと床を白く染めようとしている所に、やっとスタディの声は響いた。
「ふざけるなッ!!」
一蹴。
見事に室内は沈黙に閉ざされた。唯そこに、紙の落ちる軽い音があちらこちらから木霊するように響き渡る。
「何じゃこれは!! 一体どういう事ですか王! 説明して下さい!!」
「…何を?」
「βー105式サイボーグに関する著述によれば… 『この種のサイボーグは記憶型サイボーグで、今在るまでの過去を全て記憶しているという。よって王家にとっては危険なものに相違ない為、リニア法第156条により全て滅却されている。』 …どういう事です、156条にはそのような記述は一つもない筈でしょう!?」
玖瑠亜の頭の上には終に幾つもの疑問符が浮かびだした。それにも構わずアルイが答えた。
「ないよ。でも関与はしてる」
「どういう事です!」
「156条は 『創造体において、王家に認証されぬものに関しては、ここにおいて全ての滅却を可とする』 。βー105式サイボーグは王家で認証されてない。それだけさ」
「過去を記憶していることが何の危険になるというのです!?」
一瞬、沈黙が再び場を制した。そして、ぽつりと冷たい言葉が降る。
「貴方は知っているでしょう。僕の事も母の事もあの男の事も。それをそのサイボーグは自分の知らない所で記憶している」
まるで、冬の雨のように、ぽつり、ぽつりと。
「もしそれが何かの拍子にこの国全体に流れたとしたら? 国は終わるよ? 平和は終わるよ?」
その雨に紛れて、すぅと何かに手を掛ける気配を途切れ途切れに感じる。玖瑠亜は冷たい声に耳を傾けながら、自分の腕を背に回した。
「…まだ解らない? ……そいつはね、ファイ=シータインは…、」
カチャ ン
「兵器なんだよ!!」
雨の中に響く金属音。ノイズが酷くて、ファイの耳にまでは届かない。唯雨の音が、ファイの脳内を占領していた。
「ヘ……イキ…?」
ファイの手から紙が堕ちた。机の下の闇に呑まれるように静かにゆらりと揺れながら堕ちた。まるでその紙がファイ自身であるかのように。
確かに自分は 『兵器の一種である』 とココロの何処かでそう思うのに
確かに自分は 『兵器などではない』 と心の何処かでそう思ってしまう
ノイズが止まない。
ジ ャキ ッ
再び硬質な音が響いた。遥か遠くにあるような、今目の前に突きつけられているような、曖昧な感覚に観得たのは丸い穴。
中は、闇。
「…僕と」
雨が
「…母さんと」
雨が
「…愛しい妹の手で」
雨が降る
「壊れて」
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